第一節 冒険者の少年と貴族の少年②
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「剣を抜かなきゃ無罪放免だったかな?」
衛兵の詰め所の隣、薄暗い留置所の中である。
表情を崩して冗談っぽく言った彼に、座り込んでいたギルガメシュは肩をすくめた。
「さぁ、どうだろう」
だよなぁ、と湿っぽい牢屋と鉄格子を眺めて壁に寄りかかった彼ではあるが、三つ隣に放り込まれた四人組と異なりこちらは剣以外の武装を解除されてはいないのだ。
緊急時以外に町中で武器を抜くことが重罪なのは確かだが、持ち物の検査も受けてないことを含めると衛兵たちは事情を知っていてすぐに釈放するつもりだと思われる。
そこで、言わなければならなかった事に気づいたギルガメシュが正座をして頭を下げた。
「すまない、僕のせいだね」
「冗談だよ。俺も好きでやったことだ」
「そう言ってくれると少しは気が楽になる、助けてくれて本当にありがとう。……えっと、そうだ、君の名は?」
親しみを感じ始めているにもかかわらず名をまだ知らなかったことに気づいて、今さらだけどと尋ねたギルガメシュに、彼もそうだったなと苦笑いで答える。
「俺はリョウだ。リョウ=D=イグザート」
「僕はギルガメシュ=V=フォレスト。ギルと呼んでくれ。……あまり聞かない名だが、東方出身なのかい?」
リョウという単語の雰囲気もあまり耳慣れないが、洗礼名と家名を持つとなるとそれなりの家柄―――少なくとも、多くの金貨を支払って神殿で洗礼を受けられる程度には―――なのだろう。
―――ちなみにこの洗礼名、神殿にお金を払ったこということで司祭達が少し優しくなるほか、大昔に呪術の対象にならぬよう真の名を隠すのに使われた背景もあることから、家族以外は略称しか知らないのが普通だったりする。
装備からして上級貴族か大商人の息子ではないかと考えたギルガメシュがなにか訳ありかもと尋ねると、似たような質問はいつものことだったリョウは肩をすくめて首を振った。
「いや、物心ついた時から親父について回っていた流れ者で、先祖のこととか分からないんだ。三神国生まれって可能性もあるが定かじゃない」
「ええっ、家名も洗礼名もあるのにか?」
「親父は何も教えてくれなかったから、後ろめたいことがあったのかも知れないな。それより、ことの始まりがなんだったか聞いてもいいか?」
「ああ、泥酔してた奴らが女の人に絡んでてね。そのまま無理矢理裏通りに連れて行こうとしてたからケツを蹴っ飛ばしてやったんだ」
「おいおい、騎士殿にあるまじき行為じゃないのか、そいつは。それで?」
てっきり真面目に割り込んだと想像していたリョウは意外な展開に軽く吹き出してしまった。
こう言ってはなんだが、ギルガメシュの外見は猛々しいと言うより優男に近く、身体の線もそれほど太くない。
栗色のくせっ毛と高い鼻、甘めの顔立ちとあって剣と鎧に身を固めた騎士よりも、礼服を着て華やかな舞踏会にいた方が違和感がないだろう。
なのに尻や臀部でなくケツときたので面白くなってきた彼がご機嫌な話の続き先を促すと、予想もしなかった苦しそうな告白が続いた。
「……本当は、まだ…騎士じゃない」
「なんだ、見習いなのか」
「見習いですらない。十日後の募集試験を受けるつもりだけど」
はったりだった発言を恥じ入り、俯くギルガメシュ。
しばし考え込んでいたリョウは一度立ち上がって彼の隣に座ると、肩を組んで気にするなと言った。
「ケツ狙いはどうあれ、性格は騎士向きだろう。困っている人を助けたんだから胸を張っていいんじゃないか」
「ありがとう。だけど君だってそうだよ。あれだけ見ている人がいて、助けてくれたのは君だけだった」
真剣なギルの感謝に、ちょっと照れくさくなったリョウはそうでもないさと肩をすくめる。
「実はちょっと後悔してる」
「ははは、神殿の検査官に頼んで嘘発見の奇跡にかけてみようか?」
後悔など微塵もしていないだろうと確信をもって突っ込んだギルガメシュに、まさしくその通りだった彼はいつものことさと誤魔化すように眉を動かした。
「それで君はどんな職を? 剣を持っているからやっぱり戦士なのかい? いつから一人で冒険者をやっている?」
生き方が流れの冒険者ということはさっき聞いた。
この装備からして前衛なのだろうと思って尋ねると、その通りだとリョウは認める。
「技能職でいえば戦士だな。三年ほど前から一人で旅してる」
―――技能職というのは、その職種に連なる技能を持っていれば名乗れるものであり、武器をもって戦うことができれば戦士、マナを根源とする理力魔法をつかうことができれば魔法使い、精霊を使役する精霊魔法を使うことができれば精霊使いを名乗ることができる。
対照的に契約職というものがあり、天界の神々の一柱と契約を交わすことで神聖魔法を使えるようになったものは司祭職を名乗れるが、こちらはあまり多くの職種が無いこと、また複数の相手と契約する事ができないことからほとんど司祭専用となっていた。
ちなみに騎士というのは冒険者同様に生き方、社会的立場であり技能職には含まれない。
「ご家族は?」
「物心ついた頃から親父と一緒だったんだが、三年前に病死した。おふくろは顔も覚えてない」
両親妹揃って元気すぎるぐらい元気にしており、裕福な貴族に生まれて恵まれた環境で育った自分とはおよそかけ離れた彼の境遇を、ギルガメシュは的確に想像することができなかった。
が、少し俯き、抑揚のない声で答えた相手が孤独を思い返していると察して胸が痛くなる。
「すまない、変な事を聞いた」
「謝ることでもない。ギルのほうは? さっきの騎士は親父さんなのか?」
「……ああ。フォレスト家の男は代々騎士の家柄でね。僕も騎士になることが期待されて――いや、決まってるんだ」
先ほどの父の視線を思い返すだけで忸怩たる思いになる。
改めて自分の無力さを実感したギルガメシュは、どうして僕なんかがフォレスト家に生まれてしまったのだろうといままで何度も繰り返した自問を呟いた。
「家には僕と妹しかいないから逃げ出す訳にもいかない。正直、重荷だけどな」
そう言いながらも自分など廃嫡にして、妹に立派な騎士の入り婿を探した方がよいのではないかとすら思う。
とくにフォレスト家は初代の頃から騎士の血脈にこだわっていて、結婚相手は必ずと言って良いほど実績のある騎士の家柄の息子や娘を選んでいる。
母エリアンヌも実家はマース公国の騎士爵家であり、母方の祖父ララポート卿は去年、陞爵して男爵になったとの手紙をもらっているほどだ。
代々この国の騎士として実績と勲功を積み上げ、ほとんどただの公務員である騎士爵から男爵へ陞爵したのがギュメレリー独立から五十年ほど経ったころ。
現当主のブライアンが四年前に第一騎士団長に任命されたのち、王都の治安を改善した褒美として子爵を陞爵したのは記憶に新しい。
―――古代魔法文明が滅び、魔法の使えない者達による国家が乱立しておよそ千二百年。
国家間戦争がなりを潜め、国境の線引きが明確になり、世襲貴族の席が埋まってほとんど動かなくなったのは、怪物の縄張りに侵出して新たな領地を作ることの難しさが理由の一つに挙げられる。
そうなると派閥闘争、政略結婚などによる権益の奪い合いになるのだが、三つ目の戦略として生み出されたのが才能豊かな良血同士の婚姻だった。
つまり足の引っ張りあいや継承権の横取りではなく、実力で上の座をもぎ取ろうとする者達が現れたのである。
これにはいくつかの国で無能達の内部争いに疲れた国主が実力主義を唱えたことと、もともと血の強さを尊ぶところがあるのが関係しているのではないか。
また、宮中貴族の中でも文官より武官にその傾向が顕著なのは、筋力、体格など遺伝影響の大きい身体的要素が重要だからと考えられる。
現在よりも技術、学術が発達していた古代魔法文明の文献が紐解かれ、本来、突発的にしか登場しない先天性才能の『魔力』をなんとか引き継げないかとの研究資料が見つかったことでその流れはより顕著になり、共通する祖先の因子を強く引きだそうとして近親を繰り返す家や、子供をなるべく器量よしに産んで良家との縁組みを狙おうと美醜にこだわる家も出始める始末だ。
(僕は、出来損ないなんだ―――)
そんな中、その先駆けでもあり、王都の武官のなかでも有数とまで言われている血筋の嫡男にしては期待はずれだと自分を評する声があるのをギルガメシュは知っていた。
実際に十五歳まで通っていた貴族学級での座学成績は上の下だったのだが、運動で言えば下から数えた方が早かったほどで、同じ騎士の跡取り達からは『出来損ない』と蔑まれていたのである。
「父上はこの国で一つの騎士団を預かり、王城や王都の警備を指揮している。最近騎士団でも派閥争いが激しいらしくて、僕がみっともないまねをすると父上まで馬鹿にされてしまうんだ。だから、余計に、今日のことは……」
どうしてもっとうまく立ち回れなかったのだろう。
男を蹴って振り返ったすぐそこに、他の三人が立ちふさがって逃げられなかったなんて状況確認が足りなかったとしかいいようがない。
また、出来損ないと自覚があるのに子爵の嫡男を名乗るのがはばかられたのかは分からないが、フォレスト子爵という貴族の権威を使えば端っから相手にならなかったのも事実である。
国の枠組みには捕らわれない冒険者とて、中級以下が好き勝手できるほど世の中は甘くない。
力のある貴族に睨まれたら王都内の依頼を受けられないどころか宿にも泊まれない、武器屋の利用はできない、町の入り口であり得ない通行料を請求されるかも知れないし、出入り禁止を言い渡されることだってある。
追い出されるのならまだかわいい方で、恨みをかったら暗殺者を差し向けられたり、他の冒険者を雇っての襲撃や事故に見せかけた攻撃だって当たり前にあるのだ。
そう言う意味でいうと本日子爵の嫡男に危害を加えた四人組は、気を利かせた衛兵達の独自的な対応によりアトゥムに居られなくなってしまった、と言うのは余談であるが。
ゴッ、と床石を殴りつけたギルガメシュはそれきり黙り込んでしまい、なんと言えば分からないリョウもどこからか響いてくるしずくの垂れる音を数えるしかなかった。
◇ ◇ ◇
しばらくして。
「二人とも、出なさい」
具足が床石を叩く、重い足音が近づいてきたと思ったらギルガメシュの父親が牢屋の前に立った。
そのまま扉の鍵が外され、立ち上がった少年達を連れて牢屋を出ると、次に向かったのは隣に立つ衛兵達の詰め所である。
父は立ち番の衛兵の敬礼に頷き、受付の衛兵の敬礼に頷き、階段の途中ですれ違った衛兵の敬礼に頷き、だんだん居心地が悪くなってきたギルガメシュが平然としているリョウに眉を動かしたところである一室に通された。
「あっ!」
室内には衛兵と若い女性が一人ずついたのだが、ギルガメシュに気づいた娘がすっ飛んできて頭を下げると、ふわりと焼けたパンのにおいが漂ってくる。
「騎士様! 先ほどは助けていただいてありがとうございました!」
「いえ。当然のことをしたまでです」
なんのことはない、彼女は四人組から助けたその人だった。
エプロンがけの女性はあの辺りで評判のパン屋の看板娘だそうで、囲まれている間にうまく逃げていたことは確認したが、その後どうなったのかちょっと心配だったのだ。
「彼女が最初の通報者でね。周辺に聞き込みもしたが、お前達の正当防衛が証明されたので釈放だよ」
どうやら騎士を騙ったことは目を瞑ってくれるらしい。
それがばれるのも怖かったギルガメシュは内心息を吐き出してしまう。
「これ、よろしかったら召し上がってください!」
「お礼なんてとんでもない。お気持ちだけで結構です」
恐縮しきりで差し出されたバスケットには貴族が食べるような白パンが三つ入っていたが、平民が普段食べる黒パンとは値段が違う。
当たり前のことで負担をかけてはいけない、と丁寧に断ったギルガメシュに何度も何度も頭を下げた娘は終始真っ赤な顔のまま部屋を辞していった。
「失礼します。団長、彼らの剣をお持ちしました」
娘と入れ替わりで入ってきた衛兵の手には二人の剣が握られていた。
ギルガメシュの父はテーブルの上に置かれた二振りを見比べていたが、あからさまに超級品だと分かるリョウの剣に眉を動かし、正体を見極めんとばかりに強い眼光で問いかける。
「君の名は?」
「リョウと言います」
「そうか。リョウ君はどこかの騎士なのか?」
本来冒険者は自らが渦中にない限り、町の中のもめ事には手を出さない。
それをよく知っている第一騎士団長は、だからこそ町中の騎士や衛兵には素早い行動を心がけさせている。
綿密かつ漏れがない巡回計画、すぐに連絡が取り合える立ち番の配置、そして町中で起こるもめ事ならば確実に解決できるだけの練度。
事実、彼が団長になってからは王都の犯罪率が激減、検挙率も上がっており、今日だって娘が飛び込んできてから彼らが出発するまでには二分弱しかかかっていないのだ。
「いえ、各地を旅して回っているただの風来坊ですよ」
「とてもそうは見えないが。町中のことは衛兵に任せれば良いと知っているのだろう?」
「性格でして。よく自分から首を突っ込んでは巻き込まれています」
自分の威圧をものともしないこの少年、年齢相応にふるまおうとしているのか、その見た目に騙されるものも多いだろう。
だがギルガメシュの父には分かる。
苦笑いの瞳の奥にはそれでも後悔などしていないという強い意志が宿っていると。
(……量りきれん、な)
寿命の長いエルフやハーフ・エルフのように耳が尖っているわけではないから、見た目通りの年齢のはずなのにこの落ち着き具合はなんだ。
視線、一つ一つの所作、言葉遣いから感じられる余裕はなんだ。
決して一朝一夕には形にならない精神の根幹がすでに一人前として成熟しているならば、つまりはそれだけの経験を積んできたということに他ならない。
彼の言う、首を突っ込んでは巻き込まれるというのも誇張ではないはずだ。
しかしそれでも、どれほど多くの人とふれ合い、書物を読み、濃厚な日々を繰り返せばこの年でこれほどの風格を備えられるのか分からなかった。
ただ少なくとも邪悪なものは感じられなかった。
だから、そうかと頷いたブライアンは直立不動で立っていた衛兵達に退室するように命じると、もう一つの違和感である両手剣をじっと見つめる。
「見事な剣だ。これほどのもの、親衛騎士のブルーシップ卿でも持ってはいまい」
これまで余裕の無かったギルガメシュが横から見ても分かる。
鞘に収まったままなので全容は見てとれないが、華美な装飾が施されているわけではない、どちらかというと質実剛健さを好むドワーフの名匠が打ったかのようなこの剣は、人一人が立っているかのような存在感を放っているのだ。
「……どうやって抜くのかね?」
抜き身を確認しようと鞘と柄に手をかけたが、留め金を外してもびくともしないので尋ねると、特注なのですよと言ったリョウは目の前で両手を捻るように動かして見せた。
「背中に装備するので特注品なのですよ。留め金をはずして時計回りに捻ると鞘が開いて横に取り出せます。戻すときは逆に捻ってください」
言われたように右手を捻れば、合わせ貝が口を開くかのように鞘が分かれて剣を抜き出すことができた、のだが。
「これは―――!」
「うわ……!」
まるで聖女が纏う衣を脱ぎ去ったかのように清浄。
しかしながら僅かに色気もある、鏡のような光沢を放つ刀身にフォレスト親子の目が奪われる。
軽量化のためか肉抜きされた中央の樋には不可思議な文字列の刻印が表裏に列んでおり、鍔元と柄頭にあしらわれた大粒の宝石は自らが発光して魔力をもつ品であることを証明しているのだ。
他者を傷つけ、命を奪う武器のはずなのにこの神々しさはいったいどうしたことか。
もしかしたらさぞかし曰く付きの聖剣であり、彼自身もその所持を許されるほどの聖騎士なのではないか。
この剣を握っていることは不相応だと、恐れ多ささえ感じてきたブライアンはゆっくりと鞘に収めてふう、と息を吐き出した。
「……遅くなったが私はブライアン=E=フォレスト、その未熟者の父だ。父として礼を言う、息子を助けてくれて感謝する。謝礼であるが―――」
「謝礼なんてとんでもない、大したことはしていませんので結構です。あの人を助けたギルを誉めてあげてください」
「やめてくれ! 無様をさらして剣を失った僕のどこに誉められるところがあるんだ!?」
「気持ちとか」
「あれは騎士を目指すものとしてあたりまえのことだ!」
強く遮ってきた少年の声、飛び上がるギルガメシュ。
二人を見比べて不意にブライアンは納得した。
彼は『見返りを求めて善意の押し売りをする冒険者』ではなく、本当に『見て見ぬ振りができない冒険者』であるのだと。
ごくまれに居なくはない、人のいい彼らがそのような生き方を続けるには相応の実力が必要であるのだが、きっと彼はそれを備えているのだろう。
決して異なる剣に振り回されているのではないという確信と、近い将来に大人物になるのかも知れないという直感を感じた彼は息子のために繋がりを持っておくべきだと判断した。
また、この際同格の貴族でなくてもいいから、友達を作ってほしいという切なる願いもあった。
「お前も礼は伝えたか? 彼が居なかったらどうなっていたか、よもや分からぬわけでは有るまい」
「自分の未熟さを痛感しました。もっと腕を磨かなければ―――!」
父への報告ではない。
自らに言い聞かせるような声は、握りしめた拳同様に少し震えている。
すでに何か得るものがあったのか、と少し目を細めたブライアンは、頼りない我が息子とは対照的に礼節を欠かしてはいないが堂々としている少年に向き直った。
「時に、リョウ君。今夜の宿はもう決めてあるのかな?」
「リョウで構いません、フォレスト子爵。実はまだなのです」
「私の事もブライアンで構わない。ならば我が家へ来てくれたまえ。ギルガメシュも良いな? 彼を賓客として招待するのだ」
「分かりました、父上」
「ブライアン様、それは……」
「息子の恩人に何もしないとあってはこのブライアン、世間に顔向けできぬ。どうか今夜だけでも逗留してくれまいか」
いきなりな話ではあったが、ここのところ野宿続きであったし今夜の宿を決めていないのも事実である。
きっと貴族の面子もあるのだろうと納得したリョウは結局、招待を受けることにした。
「お言葉に甘えさせていただきます」
「ではこの剣を返そう。ギルガメシュの剣は―――」
そこでテーブルの上の細剣に視線が集まった。
もちろん鞘に収められてはいるが、まん中からぽっきり折れた剣が勝手に修復されるわけもなく。
「くっ………」
騎士を目指す者として大切な剣を失った悔しさは筆舌に尽くしがたい。
消耗品であれど、父から授けられたその剣は決してギルガメシュの小遣いで買える代物ではなかったのだ。
俯く息子と折れた剣を見比べていたブライアンは、少しだけ表情を和らげると懐から取り出した財布を握らせる。
「良い機会だ、新しい剣を買ってきなさい。もうすぐ募集もある、必要だろう」
「は、はいっ!」
叱責ではなく先を見据えた父の指示に、気に病んでいた表情も一変、儀礼用ではなくやっと本物の剣が持てる興奮に背筋が伸びた。
感触と重さからして金貨がそれなりに入っているに違いない、鋼鉄の剣なら高品質なものにも手が届くはずだ。
「剣は彼に見立ててもらうと良いだろう。リョウ、頼めるかね?」
「ええ、ギルを育ててくれるものですね」
好きにさせると何を買われるか分かったものではないな、と思案したブライアンが同行するはずの冒険者に引き締めを依頼してみると、十二分に察した少年は相応のものを選ばせますと頷いてくれる。
この年で武器は実力に見合ったものを持つべきだと分かっているし、息子を暴漢から救ってくれたことといい、まったく頼りになる少年だ。
「では行きなさい。私はいつもの時間に帰宅する」
「ありがとうございます、父上!」
「それでは失礼します」
見よう見まねで敬礼した息子と頭を下げたリョウが部屋から辞した後。
静まりかえった室内で、今日何度目になるか分からないため息をついてブライアンは独りごちる。
「本当に世話のかかる息子だよ」
表情は苦笑いだった。
けれどそれは、上手くいかなかったとしても、困っている人を助けようとした息子を誉めてやりたいという気持ちが含まれた苦笑いだった。