第四節 王城へ④
戻ってきた親衛騎士集会所にて、少し早い昼食を取りながらの説明に新米二人が耳を傾けていた。
もちろんリョウは食事中だというのに手帳を広げてメモを取っており、そんな彼を見てまめな奴だとアーレニウスは笑っている。
「んじゃ次は仕事の話でもすっかー? 俺達は王様たちの警護が主な任務だけどよ、時には他の国へ特使として行ったりするし、要人が行くときの護衛をしたりもするんだぜ」
「私たちは武官ではありますが、この国の中では大臣に次ぐ権限を持ちます。国政側に直接関わってあれこれ口出しすることはないですけれど、騎士団の運営、哨戒や防衛、軍事行動時の作戦立案などはこちらの仕事です。また、国王様が招集される会議でも発言権を持っています」
リョウのペンが止まるのを待った桜花はそこで、自分も何か書くものを持ってくるべきだったと焦っているギルガメシュに向き直った。
「だから変な話だけどギル君、公の場ではあなたの方がフォレスト子爵よりも偉いことになるの」
「嬉しくないですね。廊下で父上とすれ違ったとき、どんな顔をすれば良いのか分かりません」
「仕事中以外は普通にしてりゃいいんじゃねーのー?」
「それから、国王様が人前に出るときは必ず私たちが一人以上護衛につきます。謁見の間の立ち番も同じですね」
桜花が指さした壁の担当予定表には国王、団長予定の他に十二行の枠があったが、今は四人分しか名前が入っておらず、彼らはかなり忙しい毎日を過ごしているのがよく分かる。
「休日の中間日も必ず発生するのが最上階の立ち番。それから、光の日の午前午後、火の日の午前、風の日の午前午後、土の日の午後、水の日の午前午後は国王様の護衛。団員の持ち回りは一週間ごとに変更だけど、見習いが終わって二人が加わったら見直さないとですね」
「まー、お前らしばらくは書類の読み書き処理の仕方、各種規則の暗記に関係部署への挨拶ばっかりになるけどなー? はえーところ覚えて俺らを楽にしてくれや」
「俺達は王族警護には加わらないのですか?」
「そりゃーお前、まだお目通しも授爵もしてない新人に任せられるもんかよ」
表に出る仕事は見習いが取れてからだと言われ、顔を見合わせたリョウとギルガメシュはそれもそうかと頷いた。
何しろ自分達の年齢や経緯が突然すぎる。
ギルモアに選ばれて団員に受け入れられたところで、他の城内業務従事者や各官僚、民衆に受け入れられるかは完全に別問題なのだ。
「ぼ、僕にこんな大役が務まるだろうか……」
「そんなに緊張するでない。仕事がないときは自由にしてよいのだから気楽なものであるぞ? 我が輩などはカッツ殿と錬金術に精を出したり身体を鍛えたりと有意義な余暇を過ごしているのである」
新人の緊張を感じ取ったアントンが意外な趣味を披露していたら、食事の手を止めたフォートがそんな余裕は無くなっただろうと苦い声を出した。
「アントン、そんな悠長な事は言っていられなくなったぞ。今日の試合で見えたそれぞれの課題、早いところ何とかしねえと」
「むう、そうであった!」
確かに、まざまざと見せつけられた団長やリョウとの実力差と、浮き彫りになった課題を放置できるほど彼らも自分に緩慢なわけではない。
筋肉以外になにをと悩むアントンを見て、思うところがあったリョウもいくつかの項目を気に留めておくことにした。
(課題か。いくつか見えてきたことがあるし、時間のあるときは鍛錬の間を借りるとするか。風の日と夕方以降は、親衛騎士専用時間みたいだし)
「でよー? メシは好きなときに食べられるぞ。朝、昼、夜の三食は担当に言えば出してくれるし、そのほかの時間でも腹が減ったら、おつきのメイドに言えばうまいことやってくれるぜ。税金でできたメシはうめぇぞー?」
さすがに皮肉だと分かったギルガメシュが愛想笑いを浮かべていると、あまり待たせるのもねと桜花がこの後の事を言って食事会は終わりとなった。
「もう部屋で待っているはずよ、食事が終わったら行ってみなさい」
「んじゃ、これから夕食までは好きにしてていいぜ。午後は手の空いてるのが俺だけなんだが、ちょっと買い物があってよ。わりーな」
「俺達もそろそろ午後の立ち番だな。アントン、行くぞ」
「うむ! 謁見護衛は上着を着る必要があるので窮屈だがな! ワッハッハッハ!」
用事があることを思い出したアーレニウスは手を振って部屋を出ていき、午後も立ち番が入っているフォートと、制式サーコートを持ったアントンも後に続く。
今はアントンだけが持っていた制式サーコートは、白を基調にして左胸にギュメレリーの紋章が刺繍されているもので、鎧の上からも羽織れるゆったりとした作りになっている。
団員は一着ずつ持っており、制式と言うだけあって公の場に出るときは必ず着用する必要があるものだ。
また、右胸には家紋を入れることもできるようで、アントンのサーコートには砦を意匠化した刺繍があった。
「あのサーコート、格好いいな」
「ギル君達の分は授爵式にね。見習いが終わりそうになったら採寸してもらうから、装備を調えたり、家紋を入れても良いか家と相談しておくようこと。じゃあ私も夜番に備えて寝るから、またね」
言い残した桜花も出て行ってしまい、急に集会所内が静まりかえる。
食堂担当のメイドが、音もなく食器などを片付けているのを見ていたギルガメシュはふう、と息を吐いて背もたれに身体を預けた。
「圧倒されっぱなしだよ」
「活気に満ちた人達だよな。こういうの、苦手か?」
「そうじゃないさ。多分、僕がまだ自分に自信が持てないからだろう」
テーブルに頬杖を突いたリョウの問いに対し、ギルガメシュはここに居るのが不安で仕方がないと自嘲気味に答える。
「仕事内容や作法を覚えるのは何とかなると思う。やはり剣の腕だよ、少なくとも団長以外の四人に早く追いつかないと」
「今日の試合、不慣れな相手だから訳が分からなかっただけで、見えてはいたんだろう?」
「僕が相手をしてもらっていた時は、見えたし理解できた。君が相手をしている時は、見えていたけど理解できなかった」
埋められない差ではないと思っていたリョウが言うと、彼は脳裏に焼き付いていた光景を思い返したが、閃光が弾けて轟音が行き交うだけだった戦いのことは知らない、と肩をすくめている。
「ああ、団長と君の戦いは見えなかったしさっぱり分からないからな」
「上等上等。理解なんてのは頭の問題だから、経験と訓練で補えるさ。もう少し下地を付けて繰気技術の訓練に入れば数年で追いつけるだろう」
やはりギルの極限集中と分析力はここでも通用するなと思ったリョウは、団長以外の四人が課題をこなすことも踏まえて、追いつくのはおよそ二、三年ぐらいと予想している。
「君の訓練に期待している。では部屋に行ってみないか? 僕達につくメイドに挨拶しよう」
一つ一つこなしていくしかない、まずはメイドとの顔合わせだと椅子を立ったギルガメシュは、眉をしかめたままのリョウが動こうとしないのでどうした、とそちらを振り返った。
「リョウ?」
「……メイドなんて要らない。自分の事は自分でできる」
複数名が集まった冒険者のパーティは食事の準備に洗濯、買い出し、荷物運びや財布の管理まで分担して行うのが常というが、一人で生きてきた彼は確かにすべてできるのだろう。
勘弁して欲しいと困り顔のリョウがなぜ嫌がっているかを分かっていたギルガメシュは、それは冒険者の考えであり、騎士の考えではないと腰に手をあてる。
「できる、できないの問題じゃないんだ。貴族だって自分の事がなにも出来ないからメイドを付けるわけじゃない」
言いながら荷造りに苦労したことを思い出したが、今だけは心に棚を作って忘れる事にした。
こう言うのは勢いが大事なのである。
「人を資産や道具として抱えることで、立場や家柄に差を付けるのも意味があるんだ。腕の立つ護衛を雇うのと、家事を任せられるメイドを雇うことは何も変わらない。秀でた能力を有する者を抱え込むということは、主人の力がそれだけ増したと言うことでもある」
「う~ん……」
掃除も炊事も洗濯も、実家のメイド任せ―――父上の庇護のもとで暮らしていた僕が言っても仕方がないが、と踏まえた彼は、やはり立ち上がろうとしない彼に昔父親から聞いた話を聞かせてみることにした。
「たとえば国王が侍女やメイドを付けず、自分の事を自分でやったとする。他国の王からは笑われるだろうし、国民は恥ずかしく、悲しく思うだろうな。なぜなら洗濯や掃除や料理に時間を使う暇があったら、もっと豊かで、安全で、幸せな国にするために時間を使って欲しいからだ」
ギュメレリーは平和だが貧民街は残っているしすべてがすべて完璧というわけではない。
国王様がその対応もせずに鼻歌交じりで王女様の下着を洗濯していたらどう思う、と極端なたとえを出したギルガメシュに、眉を動かしたリョウはなるほどと呟く。
「何百年も生きるエルフと違って、僕ら人間の時間は短いんだ。そして国の状況は時々刻々と変化している。常に領土に気を配り、国民のことを考える国王が、時間を有効に使うために雑務を他人に任せることは、本当に意味がないことだろうか?」
時間の有効活用と言われ、リョウにも刺さる部分があった。
彼は訓練や休息の時間がもったいないからと野営中はほとんど料理や片付けをせず、町で買った弁当を食べてばかりいたのだ。
「僕らだって同じだろう? 親衛騎士が王族を護りきる安心を買われているのなら、僕らの時間はそのためだけに使われるべきだ」
実際にはアーレニウスの説明にあったとおり事務やら雑務やらも山積みのようだが、それだって重要事項や極秘事項が含まれないものについては、文官と協力するなり大学からできる者を雇い入れたりすれば良いのにとギルガメシュは思う。
ただ、このあたりは内部事情を他の派閥に知られると足下をすくわれやすいとか、自部門の数字ぐらい自分達で把握していないとちゃんと管理出来ないだろうというギルモアの考えもあって、なかなか実現は難しかったりするのだが。
「それに現実は厳しく、皆が皆仕事があり、家族があり、衣食住に困っていないわけではないから、貴族は率先して貧民や孤児の行き場を作ってやることが大切だと母上が言っていた。時々家に遊びに来るんだが、母上の友達のハニトゥーラ侯爵夫人などはメイド養成施設なんてものを運営して、貧民や孤児の受け入れ先になっているそうだぞ」
「アトゥムにはそんな施設まであるのか。フィフトニス神聖王国にある冒険者養成学校みたいだな」
「それに貴族である僕が言うのもなんだが。親衛騎士おつきのメイドともなれば、王族の侍女のようにメイドの中でもかなり上位のほうだろう。おそらく下手な平民より稼ぎもいいはずだ。結構、やりがいと誇りをもって来ていると思う」
「メイドだって一つの仕事。一つの生き方、か」
どうも元は家庭内奴隷だと思うと抵抗があるが、自分にできないことをさせる雇用の他に、自分にできるが時間を確保するための雇用があることを知ったリョウは、メイドと言う存在に対する考え方を少し改めなければと思った。
「じゃあ、行こう」
「ああ」
今まで関わり合いの少なかった町中雇用の理解を深めた元冒険者は、やや暗い面持ちながらも椅子から立ち上がる。
だが、生き方は簡単に変えられない、変えたくない。
それを忘れないように拳を握った彼を見て、逆にそう言う考え方もあると知ったギルガメシュは改めて、生きてきた世界が違う事を実感させられてしまう。
(何でも自分でやる生活、か。だから君はこんなにも大人で、僕はこんなにも子供なんだろうか?)
集会所を出た二人はそのまま、歩いて数十秒の自分の部屋へ向かった。




