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英雄は約束を守るようです  作者: ショボン玉
第一章 二人の騎士
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第四節 王城へ①

7/13 設定ミス(集会所の場所)修正

「よし、行くか」


 朝食のあと。

 リョウはフォレスト家へ来た時と同じように手ぶらな姿で客室を出た。


 いつものように両手剣バスタード・ソードを背中に装備し、新しい鎧の左胸には一角獣の記章が光っている。


「もうお出になるのですね」

「ああ、メアリさん。お世話になりました」


「と、とんでもございませんっ!」


 呼びに来たのだろう、ちょうどそこに居たメイドに会釈をすると、ブライアンの賓客から頭を下げられる事など本来あり得ないメアリは飛び上がってしまう。


「ギルガメシュにくっついて遊びに来る事もあるでしょうから、その時はよろしくお願いします」

「は、はいっ」


 どうしてこの方はメイドなんかに丁寧な言葉遣いなのだろう、と彼女は心底不思議に思った。


 今では足環もなくメイドなどと呼ばれているが、歴史を辿れば家庭内奴隷の役割を担う者であり、主人と同じ人格は認められない、完全なる服従を求められる立場である。


 だけどそれを不満に思うメイドはおそらくいないとメアリは思うのだ。

 少なくともマリーのような貧民上がりや、自分のように元孤児のメイドには。



 決して多くはないがきちんと賃金はもらえるし、衣食住も保証されている。

 どうしても我慢できなければ雇用関係を停止して他の主人を捜したり、他の仕事を選ぶ事だってできなくはない。


 ただし、生産技術を持ってもいなければ大した教養もない女が仕事を探すとなると、呼び子や売り子がせいぜいで、他には宿屋の店員や食堂の店員など、ほとんどメイドと変わらない仕事しか見あたらない。


 男には男の、女には女の役目があると考えられているご時世である。

 メイドを雇う余裕などない平民の間では、女は男が働いている間に家庭の雑務を行う、というのが半ば常識であり、養ってもらうことを目的として結婚を急ぐ者も少なくなかった。


 ところが、ここに男女比の問題が発生する。

 男女の出生率はほぼ一対一なのだが、一般学級を出たあたり、つまり十五歳前後から危険なことは男の役割となり、男の死亡率が極端に跳ね上がるのである。


 これは大勢の騎士や衛兵を抱えている町でも、独立村、認可村といった小中の集落でも傾向は変わらない。


 町にいても強力な怪物が襲ってくれば男が戦いに出て大勢帰らぬ人となるし、町の外に出れば余裕で怪物や野盗が襲ってくるし、畑仕事でもたまに怪物や動物が襲ってくるからだ。


 そうして男手不足になった農村などが貧民街から少年や男を連れて行くことも多く、貧民も平民も、結婚適齢期までに女が余る図式ができあがってしまっている。


 一応の救済策として一夫多妻が認められているものの、そんな余裕があるのは貴族や大商人だけである。

 貧民は貧民で自分がその日生きていくのが精一杯で、結婚なんてとんでもない。


 このように社会的に生み出されてしまう、働く場所も結婚相手もみつからない妙齢の女性の身のやりどころが、神殿だったりメイド養成施設だったりするわけだ。



 生きていくために望んだ仕事である以上、雇用主に完全服従なのは当然だと思うし、名家のメイドともなれば誇りだってある。

 だから決して腰を低くする必要はない、と思うのだが―――


(またベッドも使ってなかったみたいだし、慣れてないのかしら)


 朝食の合間にシーツを交換しにいったとき、また使った形跡がないのでくんかくんかと匂いを確認した彼女は、むしろ彼のような少年にこそああだこうだと命令されてみたいのだけど、と思った。



 そんなことを考えるメアリを引き連れながら玄関前に向かうと、すでにギルガメシュが荷物を抱えて待っているのが吹き抜けから確認できた。


 周りにはエリアンヌとリイナ、シーバスとメアリも居るが、ブライアンの姿だけが見あたらない。

 おそらくすでに登城したのだろう。


「すまない、待たせた」

「相変わらず手ぶらなんだな。僕も準備は出来てる、行くとしよう」


「お兄様、リョウさん。時々は遊びに来て欲しいですわ」

「落ち着いたら来るよ」


 まだ納得できていない様子の妹に頷くと、リイナの肩に手を置いた母が真剣な表情で言葉を贈ってくれた。


「団長様や先輩方の言う事を良く聞くのですよ? リョウさんにもご迷惑をかけないように」


「分かっていますよ。それではギルガメシュ=V=フォレスト、行ってまいります」

「お世話になりました」


 頭を下げた二人は、それでフォレスト家を後にする。

 玄関を離れ、門を出て、街路に出て数分。


 黙り込んだギルガメシュに、隣を歩くリョウがそっと囁いた。


「早くもお家が恋しいか?」

「う、うるさいっ! 君には分からないかも知れないが、住み慣れた家を離れるってのは寂しいもんなんだ」


「それは分かるが、帰るべき家があるんだ。今は後ろ髪引かれるよりも、目の前に広がった新しい道を歩いてみようじゃないか」


「でも君は、これからは城が帰るべき家になるんだな。……ソファだけではないが、いい加減に慣れなれないと」


「努力はする!」

「そんなに気合いが必要な事か」


 口を尖らせたギルガメシュが仕返しに言ってやると、リョウは渾身の気合いをもってよく分からない覚悟を語った。


         ◇   ◇   ◇


 午前九時半。


 町を抜けて跳ね橋の前に到着した二人は、青空に映える白い王城を振り仰ぎ、これから生活し、働く事になるその建物を眩しそうに見つめていた。


「着いてしまったな」

「これが、俺達の新しい家か」


 団長の指定した十時にはまだ余裕があるが、行ってみようと城門をくぐった時だった。

 入り口に立っていた宮廷衛兵が二人の記章に気がついて、いらっしゃったぞと敬礼をしてきたのだ。


「「おはようございます!!」」


「おはようございます!」

「おはようございます、お勤めご苦労様です」


 慣れないギルガメシュはつい足を止めて大声で答え、リョウが手で返して中庭へと進む。


「くすぐったいな。まだ慣れていないせいだろうが」

「かと言って、立場上部下になる衛兵達に公式の場で頭を下げていたら良くないんじゃないか」


 ブライアン様が詰め所で衛兵達にしていたような態度が正解のはずだ、とリョウが囁いていると。


 おそらく昨夜から今朝にかけてで噂になっていたのだろう。

 新人にして親衛騎士団に入団した少年達がそろそろ登城するはずだ、どんな面構えか見てやろうじゃないかと中庭横の待機小屋で待ち構えていた他の衛兵達が、一斉に飛び出してきたのである。


 ザザザザザ、と一糸乱れぬ駆け足で六名六列の整列をした三十六人は、踵を揃えた音も、声すらも一つに聞こえる程の一体感で敬礼した。


「「「「おはようございます! イグザート様! フォレスト様!」」」」


 ちょうど登城中だった文官や、通りがかった巡回の騎士、打ち合わせがあるので入城手続きを終えて中に入ってきた貴族達などは、何ごとかと足を止めて小隊と二人の少年達を見比べており、いきなり二人の対応が試されることとなったが。


 小さく咳払いをしてギルガメシュを我に返らせたリョウがぴっ、と答礼し、新人を代表して答えたのだ。


「おはようございます! 本日より栄えある一角獣騎士団に配属となりました、リョウ=D=イグザート、並びにギルガメシュ=V=フォレストの二名、ただいま初登城いたしました!!」


 少し低い、だがよく通る声は中庭の空気を震わせて、値踏みするような視線を向けていた一団と見物人を飲み込んでしまう。


「いきなりのことで責務が果たせるか不安ではありますが、ギュメレリー王国に一角獣騎士団あり、と周辺各国に名だたる団の名と、王国の名誉を汚さぬよう、全力を尽くし、国民の命と領土を守るため、この身を捧げる覚悟です!」


 こんな顔合わせがあるとは知らさせていなかったはずだ。

 もちろん原稿など見ていない、彼は両腕を背中に回して堂々と胸を張っている。


「とはいえ、私たちは右も左も分からぬ若輩です! 一日も早く、国王様の剣として活躍できるよう全力で努力いたしますので、どうぞご指導、ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします!」


 そこで咳払いをすると、はっ、と背筋を正したギルガメシュが後に続いた。


「よろしくお願いいたしますっ!!」


 ぱち、ぱち、と一人の衛兵が拍手をし始めたのを皮切りに、皆からの拍手がわき上がった。


 まるで叙勲式もかくや、とあちこちからの鳴り止まぬ拍手にもう一度答礼をした二人はそれで城へ入っていき、やっと手を止めた衛兵達は言葉を探すように顔を見合わせる。


「……どうだったよ」

「どうだったよ、ってお前、そりゃぁ……あの拍手が答えだろ?」


 三十六対二で、文字通り呑まれたと言っても良い。

 初顔合わせが肝心とは良く言うが、完全にモノが違うと思い知らされただけだった。


 小隊には二十歳ぐらいから四十過ぎまで幅広い年齢の者が居たが、誰もが誰も年下の少年達とは思えなくなってしまったのである。


「ほう、あれが噂の新人達か。ずいぶんと活きが良さそうだな」


 呟いたのは文官長の葛葉侯爵で、引き連れていた文官娘の何人かは頬を赤くして二人の背中を見送っている。


「ちょっと! あの黒髪の御方はどなた!?」

「僕も知らないぞ! でも、親衛騎士の記章を付けてたぞ!?」

「早く行ってみんなに話を聞いてみましょうよ!」


 男女入り交じった貴族達の集団は、きゃあきゃあと騒ぎながら会議室のある西棟へと小走りに消えていった。


         ◇   ◇   ◇


 通過儀礼とも思える中庭を過ぎた後。


「うわぁ。なんだあれはなんだあれは。どうして僕らより年上の人達があんなに挨拶してくるんだ」

「そりゃあ、俺達が国王、大臣に次ぐ地位に就いてしまったからさ。まだ見習いだけど」


 並んで廊下を歩きながらおたおたとするギルガメシュと、十七歳の小僧達がな、と改めてその異常さを思い返すリョウ。


「君はいいよ、いつも堂々としているから。僕にはとても真似できそうに―――うわっ!?」


 ないと言いかけたギルガメシュは、ばしんと背中を叩かれてつんのめりそうになった。


 昨夜家族に報告したときの強気はどこへやら。

 なんとか体勢を立て直した彼に、もう一発お見舞いしたリョウはしっかりしろよ、と大きな声で言った。


「しっかりしろよ、ギルガメシュ=V=フォレスト! お前はもう、騎士の中の騎士になる道を歩き始めてしまったんだ! 俯くな! 胸を張れ! やましいことなど何一つもない!」


 あまりの大声に周囲を歩いていたメイド達が何ごとかと足を止めており、ギルガメシュは注目を浴びて恥ずかしくなったのだが。

 関係ないとばかりに見つめてくるリョウの、黒曜石のような瞳に吸い込まれそうになってしまう。


「わ、分かった!」


 言われた通りに胸を張ってみるが、まだ虚勢に見えてしまうのは仕方がないだろう。

 特に、威風堂々といつもの調子を崩さない、隣のリョウと比べられると見劣りしてしまう。


「それでいいさ。……ところで、俺達は何処に行けばいいんだっけか」


 及第点を出したリョウはそこで困惑した表情になると、ど忘れしたかなとこれからの目的地を尋ね。

 思い返したギルガメシュもそれ以上のことが分からずに顔を青ざめさせる。


「えーっと、十時に城に来なさいと言われたはずだ。……城のどこだ!?」


 適当に歩き回って階段を上り下りしていたが、何しろ広い城の中である。

 目的地をしっかり聞いていなかったこともあってすでに迷子の彼らは、どことも知れぬ廊下で立ち止まると前と後ろを見回した。


「詳細を聞き忘れたな。待機所か集会所かなんかがあるだろう、誰かに聞いてみよう」


 辺りを見回してもちょうど人気のない場所だったので、奥に見える階段を上がってみると、毛足の長い絨毯が敷かれた階層に到着する。


 置かれている花瓶や生けられている花一つとっても先程までの階層とは高級感が違うので、ここはまずいかなと立ち止まっていると、曲がり角から現れた少女に声をかけられた。


「そこのあなた達、こんなところで何をしているの?」

「き、き、き、君は!!?」


 不届きな侵入者を見つけたかのような視線でいる少女に、リョウがやはり良くない場所だったかと困ったところで。


 整った顔立ちとすらっとした体つき、そしてふわふわと広がる赤金の髪に飛び上がったギルガメシュは最後の一段を上って彼女の前に出ると、深々と頭を下げた。


「えっ? えっ?」


「私たちは昨日の騎士募集試験で、特例で一角獣騎士団に入団を許可された見習いです。城が広い上に集合場所の詳細を聞き漏らしていたため、恥ずかしながら迷子になっていました」


 彼のあまりの勢いに灰色の瞳を瞬かせていた少女は、リョウの説明にああ、あなた達がと納得の表情を浮かべている。


「ああ、あなた達が噂の。確かに親衛騎士の記章を付けているわね」

「そそ、そうなんですっ!」


 何を緊張しているというのか、声まで裏返っているギルガメシュに首を傾げたリョウはあまり時間もないはずだと、目的地を尋ねた。


「お嬢さん、親衛騎士が集まる場所をご存じありませんか」

「ふふふ、それならね。ここの階段を降りたら一つ目の十字路を左に曲がって、最初の左手の扉よ」


「ありがとうございます。では私たちはこれで失礼します」


 上目遣いに微笑んでくる少女に微笑み返し、行く場所がはっきりしたリョウは立ち去ろうとしたのだが。

 この少女に初恋の人の面影を見たギルガメシュが自己紹介を始めてしまう。


「ぼぼ、僕はギルガメシュ=V=フォレストと申します! 第一騎士団長、ブライアン=E=フォレスト子爵の息子ですっ! その、その、お嬢さん! よろしかった、ら、お名前を……!」


 ブライアンの息子と聞いたところであれっ、と言う顔をした少女はしかし、何か素敵な思いつきをしたかのように名乗った。


「私はシ…シリルよ。よろしくね」

「シリルさんっ! ああ、なんて素敵なお名前なんだ!」


 笑顔と共に差し出された、白魚のように可憐でほっそりした手を握りしめたギルガメシュがでれでれと鼻の下を伸ばしていると、すでに階段を下り始めていたリョウから声が飛んでくる。


「ギル、早くしないと遅刻になるぞ。初日から怒られたいのか?」

「ぐっ、それは勘弁だ!……シリルさん、申し訳ないのですが失礼します。あっ! リョウ、待ってくれ! 置いていかないでくれ! リョウ!」


 本当に、本当に名残惜しそうに別れを告げたギルガメシュも駆け足で階段を下りていって、二人の声が聞こえなくなったあと。

 見送っていた娘はもと来た方向―――王族の居住区画に向かいながら、いたずらっ子のような呟きを漏らした。


「ギルガメシュとリョウ、か。お友達になれるかなっ?」

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