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英雄は約束を守るようです  作者: ショボン玉
第一章 二人の騎士
3/111

第一節 冒険者の少年と貴族の少年①&王国地図

7/5 ギュメレリー地図追加

挿絵(By みてみん)

6/26 改行位置の調整をしました

2/7 推敲

 シアード大陸の南東にあるギュメレリー王国は、かつて大陸最大規模を誇ったレポード連邦からロシュディ地方ギュメレリー公国が中心となり、いくつかの小公国を併合、独立して興った。


 まだ王国歴を発布して百六十二年であるが、武力を以て独立した訳でもなく経済も右肩上がりの成長を続けており、ギュメレリー公国時代からの王都アトゥムは周辺国と比べてもかなり治安がよく穏やかな町である。


 どこからでも王城が見えるその町の、比較的大きな街路を彼は歩いていた。


「活気のある町だな。治安もいって評判だし」


 今日の昼前に東門からアトゥムに入っていた彼は消耗品の補充、食料の買い出し、冒険者向けの依頼の確認など一通り回ったところで遅くなった昼飯をどうしようかなどと考えていたのだが、前方に人だかりが見えて足を止める。


(もめ事かな?)

「さ、逆らうのか!? 僕は騎士だぞ!」


 あごに手をやって考え込んだ瞬間、若い男の声が往来に響いた。


 人混みをかき分け中心に近づいてみると、どうやら一人の少年が数人のならず者に囲まれているらしい。


「やめるんだ! 町中で揉めると騎士団が黙っていないぞ!」


 叫んだ少年の年は彼と変わらない程だった。


 身ぎれいな服を着て細工の施されたレイピアを吊しており、先程の発言からして騎士なのだろう。


「アァ!? 俺達がわりぃってのか!?」


 対して下卑た笑いを浮かべる男達は薄汚れた硬革鎧ハードレザー・アーマーや腰に吊した短剣(ショート・ソード)など、冒険者とおぼしき身なりである。


 顔が赤いのは酒を飲んでいるかららしく、足下がややふらついていた。


「騎士らってぇ? それがどうしたってんだ! 文句があるならこれでこいよぉぉぅ!?」


 多少ろれつの回っていない男の一人が短剣を抜いて見物人に緊張が走った。


 相対していた少年もギクリと身体を強ばらせるが、それでも自分に非はないと声を張り上げる。


「平常時に町中で剣を抜くのは重罪だぞ!」

「ゲーッハッハッハ! 今は緊急時でーす!!!」


 少年の足が震えているのを見、鼻で笑った髭男は馬鹿にするように言ったが、さすがにここで武器を振り回すのはまずいと知っているのか一振りさせて鞘に収める。


 分かってくれたか、と少年が息を吐いた瞬間、別の大男が素早い動きで殴りかかり、バキッと派手な音を立てた彼は数メートルほど吹っ飛び石畳に転がってしまう。


 男らは明らかに喧嘩慣れしているようだった。


 おそらく町中でどこまでやったら犯罪で、どこまでなら酔っぱらいのもめ事で済むかを熟知しており、どのぐらい経てば通報を受けた衛兵が走ってくるかも把握しているに違いない。


 だから、まだ行けるとふんだ髭男は転がった少年に近づいて脇腹に蹴りを加えると、端正な横顔を踏みつけてどよめきをかき消すかのように薄汚い言葉を並べ立てた。


「ボロクズにして裸にひん剥いてやらぁ! 泣いて謝ったら勘弁してやんぞ!?」


 四人はこれから衛兵が来るまでよってたかって少年を痛めつけるのだろう。


 それは分かりきったことだったが、まわりの野次馬は数名が詰め所に走っただけで誰も止めようとはしない。


 そんな中、彼はさらに殴りつけようとする大男のすぐそばに立っていた。


 冒険者は基本、町中のもめ事には加わらないものだ。


 銅貨一枚分の得にもならない危険や怨恨など論外であるし、町には町を守る衛兵がいるのだから。


 それでも、そんな常識はどうしたとばかりに次の行動は決まっていた。


(気になることを見て見ぬふりはしない、だな。親父)


 一つ呟き、一つ息を吸い込む。

 そして一歩、前に出る。


「大の大人がムキになってみっともないぜ! 何があったのかは知らないが、そこらへんにしておけよ!」


 瞬間、あたりを涼風が駆け抜けた。


 周辺に満ちていた戸惑いや悪意の気配が一瞬にして払われた。


 少し低い、大気を震わせるようによく通る声に、その場の全ての視線が集まっている。


 だが次の瞬間には、現れた助っ人が若造であることに落胆した表情が並んでいた。


「やめとけ坊主。連中、この辺じゃ名の知れた奴らだよ」


 がらが悪く素行も悪く金には汚く助平で、しょっちゅう繁華街や娼館のある花街でもめ事を起こしているが、冒険者としては中の下ぐらいの実力がある連中だと知っていた誰かが忠告した。


 しかし無視した彼は明確に、かつ端的に要求を突きつける。


「そいつを離せ。大人しく帰って水飲んで寝ろ」

「小ォ僧ゥゥ!? なんか言ったかァ!!? あああぁ!?」


 先ほど少年を殴りつけた大男が不機嫌そうに恫喝した。


 人間の成人平均より頭一つ背の高い彼よりも、さらに大柄な男の言い方は迫力満点、顔の悪さも相まって気の弱い平民だったら腰を抜かすか早々に退散していただろう。


 しかし、向き合う少年はまったく怯まない。


「みっともないからやめろ、と言ったんだ」

「う………」


 睨み付けられた大男にしか分からなかったが、黒々とした瞳の奧に潜む気配は猛獣や危険な怪物を連想させた。


 気迫にのまれた相手が動かないので、彼は少年を踏みつけている髭男へ歩み寄ると一言、命令する。


「下がれ」


 先程よりもさらに低い声、貫くような視線。


 一瞬、手刀で頭をかち割られたような錯覚に陥った男はイヤイヤをするように首を振り、二歩、三歩と本能に従って後ずさってしまう。


「立てるか?」

「あ、ああ。大丈夫だ」


 差し出された大きな手を掴み、立ち上がらせてもらった少年はふらつく頭を二度ほど振ってから意識を覚醒させると、なんとか頷いて助っ人に無事を伝える。


「じゃあ、さっさと逃げようか」

「待ちやがれ! てめぇ、なにもんだ!?」


 そのまま群衆に紛れ込めば終わりだったのだが、一番遠かった眼帯の男が我に返って大声を出した。


 素性を問う声とともに自分に注目が集まったことを知った彼は、少し考えてから返事をする。


「通りすがりの正義の味方、ってことで」


 振り返らないままの答えで周辺は静まりかえり、直後笑いが巻き起こった。


「あははは、確かに正義の味方っぽいな!」

「格好いいな、兄ちゃん!」


 これでここで終わっても、続いても、相手の恨みは自分に向けられるだろう。


 相手がどう反応しても構わなかった少年が出方を待つと、周辺の笑いを自分達への嘲笑と受け取った四人は忌々しそうに唾を吐き捨て、殺気を漲らせて剣をぬいてしまった。


 こいつらにも面子というものがあり、ここで終わったら周辺ではばをきかせて好き放題するのが難しくなる、との考えがあったのかは分からないが。


「ふざけるんじゃねえ!」

「いきがるなよ、小僧!」

「このガキが!」

「もう後悔してもおせぇぞ!」


 今度は脅しではないらしく、目に見えて分かるような殺気をまき散らしながら、立ち止まったままの彼を囲むようにじりじりと間合いを詰めてくる。


「やめとけよ。恥をかいただけじゃ済まなくなる」


 すこし右手を動かしただけで、振り向かない彼の言葉がはったりなのか、実力に裏付けられたものなのかは、その場にいる誰にも判断がつかなかったが、とにかく男達はこのままで済ます気は毛頭無いらしい。


 そのときまで原因となった少年は逃げていなかった。


 助太刀の少年が逃げ出したなら、自分もいつでも走り出せるように呼吸を整えていたのだが、恩人に危機が迫っていると知り一秒の半分の間、逃げるかとどまるかを葛藤した。


(どうする、相手は四人だ。脇腹は痛いがいまなら逃げられるかも知れない)


 そもそもの目的は達成している、相手が四人と知らずに囲まれてしまったが、当初の予定では隙を見てさっさと逃げ出していたはずなのだ。


 助っ人の少年は自信がありそうだし、未熟な自分がこれ以上ここにとどまることに危険こそあれど、意味があるとは思えない。


 だが。


(けど、けど、あいつは僕を助けにきたんだ! 見ず知らずの僕を! 衛兵でも騎士でもないのに! 助けを求めてもいないのに!!)


 意味はないかもしれない。

 だが、意義なら十分にある。


 心の中心でそう考えた彼は、血がにじむほどに唇を噛んで覚悟を決める。


「待て! お前たちの相手は僕だ!」


 細剣(レイピア)を抜いた構えは正規の訓練を受けていると分かるが、実戦経験は皆無に等しいだろう。


(………あいつはそこ、眼帯と大男が向こう、残りは左右。全員革鎧に短剣。魔法の武器じゃない、戦技を警戒する必要はなし。魔術師もいなさそうだ。探索用の本気装備じゃないとすると……町中で小競り合うためのものか?)


 振り返った彼は気迫を漲らせる騎士と、怒りをぶつける相手は誰でも構わなかった四人とを見回して全員の立ち位置、想定される職種と攻撃方法、武器、防具、視線などを一瞬で把握。

 

 同時に五つほどの行動予測と対応方法も検討。

 野次馬との間合いも確認。


 ーーーここまでが一瞬、そして反射的に行われる。


「ビビリのお坊ちゃんが相手をしてくれるとさ! 光栄だねぇ!!」

「だいたい、ちょっかいを出してきたのはテメェだろうが!! ナメてんのか! アァ!?」


「嫌がる女性に絡んでいたのはお前達だろう! そんな不埒な真似を見過ごせるか!」

「生意気な小僧め! 命が惜しくないとみえる!!」


 シャッ、と短剣(ショート・ソード)を抜いた髭男の殺気が弾けた。


 瞬間、それを感じ取った少年が細剣を正眼に構えて高らかに名乗った。


「僕はギルガメシュ! ギルガメシュ=V=フォレストだ!!いざ、参る!!」


 ギルガメシュと名乗った少年は、意外にも素早く訓練に裏付けされた動きで男に斬りかかる。


 もちろん殺すつもりはなく、四肢にある程度の傷を付けて行動不能に追い込みたいところだが男達にも実戦を積み重ねて来た経験があった。


「おおっとぉ」


 あっさりと攻撃をさけるとお返しとばかりに短剣で斬り返し、ギルガメシュはかろうじてそれを避ける。


「うわっ!」


 戦力差四対一。

 経験と実力にも大きな差があり、結果は目に見えていた。


 大方の予想通りすぐ防戦一方に立たされてしまったギルガメシュを見て、頬をかいた彼は嬉しそうに呟く。


「あいつ、先に逃げなかったんだな」


 押し通すための力は伴っていない、精神力すらぎりぎりだろう。


 それでも女性を助けるために割って入った行動力、先に逃げなかった気持ち、そして剣を抜いた覚悟は十分に認めることができる。


 そういうの、嫌いじゃないと呟きながら右手を背中の両手剣(バスタード・ソード)の柄に手をかければ、それだけで雰囲気が一瞬前と異なった。


「フッ!」


 呼気が漏れる音と同時に踏み出し、重く狙い澄ました一撃で近くにいた大男の剣をはじき飛ばす。


 まったく見えなかった横からの攻撃で武器を奪われ、驚愕の声を漏らそうとする相手のみぞおちを長い足で蹴り、その反動で次の男への間合いを詰めると一気に踏み込んで脇腹に左拳を埋め込んだ。


 ―――二人の悲鳴が同時に聞こえた、と思った者も多かっただろう。


「ぐえぁ!」「ゲボッ!?」


 革鎧を突き抜けた衝撃で白目を剥いた男は泡を吹いて崩れ落ち、手から落ちた短剣を遠くに蹴り飛ばした彼は、流れるような動作でいまだに反応できない三人目へと迫る。


 そのときだった。

 宙を舞っていた一人目の短剣が地面に刺さるのと同時に、相手の攻撃を受け流し損ねたギルガメシュのレイピアが折れたのだ。


「ああ、くそっ!」

「口ほどにもねぇ!」


「うわぁっ!」


 状況が見えていない四人目の、野太い勝利宣言と同時の体当たりをもろにくらい、線の細い少年は地面に尻餅をついてしまう。


 そして、痛む身体に鞭を打って即座に跳ね起きようとしたその眼前に、刃こぼれだらけだが喉を斬りさくには十分な刃が突きつけられた。


「くっ………」

「これが実力の差ってやつさ。おい、おま―――なんでェ!?」


 勝ち誇り、自信満々に仲間達を振り返った男の言葉は途中で悲鳴に切り替わる。


 だってそうだろう。

 真後ろに立っていたのはたった一人、しかも仲間でないときている。


 あいつらは逃げたのか、と目だけを動かしてみれば三人はすでに物言わぬ置物となって石畳に伏しているのだ。


 目を剥いた男はしかし、一対一になっても人質がある自分が優位だと凶器を握る手に力を込めた。


「こ、小僧!! 剣を捨てねぇとこいつの首をかっ切るぞ!!!」

「この間合いならお前がそいつを殺すより、俺がお前を殺す方が早い。たぶん五回はやれる」


 殺気は微塵も感じられないにもかかわらず、有利なはずの男はそれ以上口を動かすことができなかった。


 向かい合う二十歳にも満たないであろうこの相手が、自分よりも多くの人を斬った経験があると感じたからかもしれない。


 だがそれ以上に、改めて目に入った少年の装備がひどかった。


 魔法金属の武具で全身をかためるなど一流にも難しいと言うのに、右手に持つ両手剣などは人の打ったものではない可能性も感じられるほどの鋭さと存在感を放っているではないか。


 そして油断ではなく余裕を漂わせながらの、もうやめませんかと言わんばかりの視線がとてもとても辛かった。


「く、くそぉ…!」


 視線を交差させる二人、地面に座り込むギルガメシュ。


 最初、場は膠着し野次馬も固唾を呑んで成り行きを見守っていたのだが、あまりの実力差に緊張感がどこかへ行ってしまったらしく、ざわざわと好き放題言い始めてしまう。


「あいつつえーな」

「あいつらよえーな」

「素敵ねぇ」

「冒険者かな? ずいぶんと立派な装備だが」

「どこかの国の騎士様かもしれないね」

「あの黒髪の人、かっこいいね!」


 彼が本気を出せば人質の首に刃が埋め込まれる前、というより刃が動き出す前に相手を無力化することはできるだろう。


 むしろその時相手に深手を与えないようにと狙いを定めていた肌に、野次馬の輪の外から近づいてくる集団の気配が感じられた。


 次の瞬間、鋭い制止の声が群衆を突き抜ける。


「そこまでだ!! 二人とも剣をひけ!!!」


 人垣がざっと割れ、中に入り込んできたのは数人の衛兵と一人の騎士。


 彼らの装備に、一角獣(ユニコーン)を意匠化したギュメレリー王国の紋章を確認した少年が、息を吐いて先に剣をおろした。


「逆らうつもりはありません」

「チィ! 邪魔ァ入ったかよ!!」


 剣を地面において抵抗の意志がないことを示すと男もぎこちなく短剣を投げ出したが、強がりとは裏腹に内心は助かったという思いで一杯だっただろう。


 なにしろ背中は冷や汗でびっしょり濡れており、全身の毛穴が粟立つほど緊張していたのだから。


「六人とも詰め所に連行せよ」

「はっ!」


 騎士の指示にしたがって衛兵達がばらばらと彼らを取り囲む。


 全員、後ろ手に縄をかけられて拘束される様子を見ながら近づいてきた騎士を見て、一番知られたくない人だったと知ったギルガメシュが歯ぎしりをして顔を背けた。


「~~~~ッ! ち、父上………」

「馬鹿者が。頭を冷やせ」


 騒ぎに加わっていたのが息子と知って苦い表情の騎士もそれだけを言うと、くるりと詰め所のある北を振り返る。


 歩き出した彼の後を衛兵達と六人が続けば、最初よりも二倍の人数に膨れあがっていた人垣がさっと割れて引き上げる一行を通した。

お読みくださってありがとうございます(´・ω・`)

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