第二節 強くなる時⑪
3/8 推敲
「……そんな事があったのか。君の予想通りだな」
いつもより戻りが遅いことを心配していたギルガメシュは、やっと戻ってきたリョウから何があったのかを聞いてそう言うほかになかった。
「君の予測力、判断力には脱帽する。妹を助けてくれてありがとう」
「それはもう良いさ。で、月は斬れるようになったか?」
「……もう少し、だと思うんだが」
実はまだなんだとうつむく弟子が、ぎりぎりの今まで剣を振るっていたことは分かっている。
それでも出来ないと知っていたリョウは諦めずによく頑張ったと頷き、最後の仕上げをするべく再開を促した。
「何が足りないか見てみよう」
「頼む」
剣を掴んだ二人が暗い河に入ると冷たい水面は月光を受けて蒼くきらきらと輝いており、半分になった女神の化身が揺蕩っている。
今度こそ、と気合いを入れた挑戦者は全身の集中を高めると下弦の月へと斬りかかった。
「ハアッ!」
鋭い踏み込みと文句のない剣捌き。
砂地であったなら地面に一文字の線が描かれたであろう一撃はしかし、ズバンッと音を立てて大量の水を跳ね上げただけだ。
「何が悪いんだろう?」
ぽた、ぽた、と顎から滴る水は悔し涙だったのか。
ここ数百回で一番の出来だったにも関わらず失敗だったので、もうお手上げだとギルガメシュはうつむいてしまう。
「ああ、なるほど」
「どどどど、何処が悪いっ!?」
詰め寄る弟子にまぁまぁと手を挙げた師匠は計画通りの台詞を口にした。
「ギルじゃない、剣が足りてないんだ」
「剣? だってこれを買うとき、君も良い剣だと言ったじゃないか」
「これでやってみてくれ」
「ええっ?」
「絶対にできるから」
「わ、わかった」
言われるままに剣を交換したはいいが、広刃剣と両手剣とでは重さどころか重心も長さもまるで違う。
本当にできるのかと不安に思いながら振り回してみると、魔剣だからだろうか、不思議なことにすっと手に馴染んで違和感がなくなった。
「はっ!」
改めて集中して水月斬を放つ、すると。
あっさり斬れた。
確かに月が斬れてしまった。
ほんの一瞬で水流に打ち消された半月と、右手の剣と見比べたギルガメシュは訳が分からなくて目を白黒させてしまう。
「どど、どうしてだ?」
「とにかく岸へ上がろう」
「どういうことなんだ、説明してくれ」
背中を押される形で岸に戻った彼がブーツを履くのももどかしく説明を求めるので、二本の剣を比べるように岩に立てかけたリョウは腰に手を当てて言った。
「確かにこの剣は良い剣だった」
「……だった?」
「訓練を始める前のギルにお似合いだったって意味さ」
「それはつまり、品質が……」
「値段の割には良い剣だぞ。けど全体から見ればかなり下、剣技を使えない人向けのものだよ。水月斬を使うには不足だ」
刃に気を纏わせて叩きつけるような戦技ならまだしも、斬れ味が重要な技には足りていないのだ。
そもそも直剣のたぐいは叩きつけて押し切るのが主体であり、曲剣や刀のように触れたら切れるほど刃が鋭いわけではない。
研ぎ澄ましたところで金属鎧に当てればすぐ欠けたり丸くなってしまうし、傷口を荒らして治りにくくするためにあえてギザギザのまま使う者もいる。
―――なお、腕が良くなるにつれて武器を選ばなくなるし、魔法金属製で硬質化の付与された剣などは鋭い斬れ味と重量を併せ持った恐るべき武器になるため、駆け出しから一流未満の話である。
リョウなら木の枝で水月斬を使えるし、彼の両手剣は金属をいくら斬ったところで鈍らないどころか、魔剣と斬り合っても刃こぼれ一つしないのだ。
「この剣を買ったときは持ち手が下だった。だけど今は剣の方が追いつけないんだ」
ゆっくりとした説明に言葉を失っていたギルガメシュは、肉刺が増えてますます硬くなった手を握りしめる。
「僕は―――僕は、そんなにも成長できた、のか?」
「ああ。さっきの水月斬、見事だった」
剣が重しになって、使えるものも使えなかった時間がさらなる成長に繋がった。
昨夜の時点で剣を替えれば月は斬れただろう。
しかし習得できた安心感によるわずかな緩みすら許さぬ厳しさが、諦めずに最後まで剣を振り続けた意志が、結果を一段上へと押し上げたのだ。
「……その剣のせいではないのか?」
剣の品質で結果が変わるなら、その凄そうな両手剣のおかげではないかという疑問はもっともだ。
しかし、素材すら鑑定できない相棒に視線をやったリョウは、そんなに甘くないと首を振る。
「こいつは確かに魔法の道具入れに入らなかったり、鞘を選ぶようなじゃじゃ馬だけど、底上げするような事はしてくれない。一の使い手には一の剣として、五の使い手には五の剣として振る舞うんだ」
「剣が『合わせ』てくれるなんて、まるで意思をもっているかのようだな」
普通の剣は持ち手によらず一なら一、三なら三としか振る舞わない。
しかし、先ほど握った際にすぐ違和感が消えたことを思い出したので、ギルガメシュは不思議な剣もあるものだなとすぐに納得し。
(でも待てよ? それってリョウが強くなればなるほど剣も強くなるってことじゃ……)
背筋に冷たいものを感じていたら、そろそろ暖まっただろうとリョウが剣を指さした。
「今から最終試験を行う! 剣を構えるんだ!」
「わ、分かった!」
厳しい声と表情に思考を切り替えさせられたギルガメシュは、いよいよきたかと剣を掴んで気合いを入れる。
技術は手に入れた。
あとはそれを戦術にて活かせねば意味がない。
「仮想ダミアンの最終段階だ。全力でかかってこい!」
「よし! 遠慮無く行くぞ!」
楽しくもあり、苦しくもあり、今までの人生で一番充実していた時間の真価を問われる時がきた。
大きく息を吐きだして集中を高めたギルガメシュは、訓練用の剣を持ったリョウと対峙する―――も、開始三秒で違和感があった。
おかしいと思いつつ試しに斬りかかっても、動きは遅いし反応も鈍いしで設定が間違っているとしか思えない。
「何が最終試験だ、もっとしっかりやってくれ!」
「いや、これで良いんだ」
ぬるい斬り下ろしを鋭くはじき返し、その首に剣を突きつけたところで合格だとリョウは言った。
「おめでとう、合格だ」
「は?」
「分からなくなっていただろうが、今のが十割のダミアンなんだ」
「なら、今日までのは?」
「強くなるギルに合わせていたのさ。十割なんか五日目には超えていた、今朝の時点で五割増しだったんだ」
しかもその五割増しのダミアンでもお互い戦技なしで勝率十割になっていたのである。
「……………」
酷いのか凄いのか狡いのかさすがなのかもうわからない。
複雑すぎて混乱するギルガメシュの肩を叩いたリョウは、油断さえしなければ大丈夫だと保証する。
弟子の成長が凄いのであって、ダミアンが癖を修正する、あるいはこの期間に別の技を身につける可能性は常識的に考えればほぼ無いと言っていい。
いまの彼なら試合運び次第では向こうの切り札を出させずに圧倒することもできるはずだが、念のために見切りを覚えさせておけば万全だろう。
「あとはオーラスマッシュを使われた時のことだが」
「僕も気になっていた。その場合はどうすれば?」
「なに、一度見ておけばダミアンのぐらいその場で見切れるさ」
「えっ……」
「ああ言うのはやりとりの中にいきなり混ぜるから意味があるんであって、溜めてる時点で見切ってくださいと言っているようなものだよ」
そのあたりは父の教育もあって敵の隙には自動的に反応するレベルに達しており、愚かな貴族の前口上や数の有利を疑わない野盗の悪態を遮ってぺちんとやりそうになる事もある。
待ってやるのは様式美でなく、なるべく戦いを避けようとしているからなので、相手によってはふんぞり返って得意げに語っているところをひっぱたかれて卑怯者めと逆上することもあった。
「言っている意味は、分かるんだが……」
高度な話に聞こえて仕方がないギルガメシュが、僕にできるのかと不安になってしまったのは当然だった。
とはいえ師匠のやり方に異論は絶対唱えないと決めていたので、二人は試合のように向かい合う。
「ああ、そうだ」
間を取ったリョウが耐久力を確認するように訓練用を一振りさせると、空気を斬れずにブンッと音を立てた剣は足下の砂をもうもうと巻き上げる。
ただ腕を振っただけなのにすさまじい剣圧だと弟子が戦いていると、しれっと死を宣告されたので飛び上がるほど驚いてしまった。
「まともに食らったら死ぬからな、しっかり受けろよ」
「こ、殺す気か!?」
「呑まれたり目を閉じなければ大丈夫」
「それは―――!」
それはつまりへたをすれば死ぬと言うことだろうと抗議するより早く、リョウから熱風が吹き付けるような圧力が放たれ、強制的に戦闘態勢を取らされた。
ギルガメシュは気配が分かるようになったことでより威圧の影響を受けるようになっている。
殺気とは違う重圧に、これが闘気かと頭で反応するよりも早く身体は全力で逃走を訴えているが。
(怖い―――けれど!)
それでも今の自分に必要なことならば。
死線をくぐることでもう一歩先に進めるのならば。
(きっと、これを受けきれば僕はまた一つ強くなれる!)
無駄死にや犬死には愚か者のすることなれど、外敵が現れたときに最前線で戦うのが騎士である。
そんな騎士を目指すものが命を懸けるべき場で怖じ気づくことは許さない。
訓練や演習での死者もゼロではないし、その覚悟を問う意味もあって募集試験の試合では真剣を使うほどなのだ。
「覚悟は良いか?」
「来いっ!」
吹き飛ばされてなるものかと奥歯が砕けんばかりに歯を食いしばり、震える脚を押さえつけ、剣を握る手に力を込めると、二人の間の空気がぴりぴりと震えて緊張が加速度的に高まっていく。
蒼い月が雲に覆われ、やがて切れ目から再び顔をのぞかせて。
周囲が月光に照らされた刹那、リョウが信じられない速度で動いた。
どんな攻撃が来るかは知っていた、彼の動きに全神経を傾けていたギルガメシュの目にもその動きは把握できないほどだった。
(はや―――!)
速い、と思う思考的反応よりも先。
本能が絶対的な危機を叫んだが、すべてを目に焼き付けようと目だけは見開いたまま歯を食いしばっていると、蒼い軌跡がぬるりと視界を通り抜ける。
構えた剣で受け止めたはずの手応えが無くて、胴体を真っ二つにされた気分のギルガメシュは悲鳴を上げた。
「うわあああああああああ!! ……って、あれ?」
剣の重心がおかしくなったと目をやれば、刃の三分の一ほどが消えていた。
何が起きたと考えている間に、トスッと音がして少し離れた砂地に先端が突き刺さる。
「け……剣が…! 鋼鉄の剣が、斬れて……!」
折られた、ではない。
月明かりを反射して光る滑らかな断面は切断を意味している。
リョウが使ったのは刃が潰れた訓練用だと言うのに、ギルガメシュ側に衝撃とか手応えらしきものは感じられなかったのだ。
「悪い。全力じゃ無かったんだが」
「か、かまわない、さ。どうせ、新調しなければ、ならなかっんだ、し」
震える身体から絞り出さねば声にならない。
もはや斬鉄の剣閃は、確かに呑まれていたら自ら首を差し出しかねないほどの一撃だった。
まだ全身を濡らす冷や汗の感覚も分からないギルガメシュが立ち尽くしていると、がらりと雰囲気を変えたリョウが肩をたたき、微笑んで修行の終わりを告げる。
「これで全課程修了だ、お疲れさま。今日まで本当によく頑張ったな」
「なんだか全然実感がないよ」
裏を返せば師匠の凄さを知るばかりの時間だったような気がしなくもない。
家では書類にまみれてばかりの父もかなり腕が立ちそうだと、いまさら分かるぐらいには成長したのだろうが、上を見たらきりがないことも嫌と言うほど思い知らされた。
「ダミアンと向かい合ったときに分かるさ。なんだこの雑魚はって」
「ははは、そうだと良いな」
差し出された手を、苦笑いと照れ笑いで握り返そうとしたギルガメシュはそこで、評価を聞いていなかったことに気づいて手を止める。
「及第点は貰えたってことでいいのか?」
「満点以上だよ。最初はここまで成長する予定じゃなかったんだ」
まさかそこまでの高得点とは思わずに驚いていると、笑顔のリョウに強引に手を握られて師弟だった二人は友人に戻る―――ではなく親友となった。
◇
野営地では最後となる夕食のあと。
「うぷっ……食べ過ぎた……」
「最後だからって焼きすぎたなあ。俺も腹が苦しい」
思う存分食べた少年たちは楽な姿勢で夜空を見上げていたのだが、ふいにため息を吐いたギルガメシュがぽつり、ぽつりと話し出した。
「……君に会うまでは騎士になれない方がいい、そう思っていたんだ」
リョウはただ星を見上げ、静かな独白に耳を傾ける。
「代々騎士の家に生まれた僕は、生きる道を定められている。幼い頃はそれで構わないと思っていた、誇らしいとすら思っていた。……だが、育つにつれて自分には才能がないと感じるようになった。父上から訓練は受けていたが、行き詰まっていた。……そうしているうちに募集試験が近づいてきて、いても立ってもいられなくなったんだ」
「手柄が欲しかったのか?」
「分からない。ただ、焦っていたんだと思う。フォレスト家の跡取りとして、父上の息子として、何かしたかった」
もしもあの時、リョウが通りがからなかったらと思うだけで寒気がした。
その場は駆けつけた衛兵が収めたかもしれないが、ポールの罠にはまって重傷を負うか命を落としていただろう。
「もしも、君がいなかったら……僕は、一人じゃなにもできない情けない奴のままだった……」
分かれ道の向こう側を想像して身震いしていると、彼に向き直ったリョウがゆっくり首を振る。
平行世界という概念があるのは知っているが、可能性の話であって分岐の先を知り得たりやり直せるわけでもない。
自分の選択を信じてただ前に進むことしかできないのだから、過去を振り返る時間があったら最善を選べるように、選択肢を増やせるように努力すべきだと彼は信じているのだ。
「もしもの話は必要ない。俺たちはあの時出逢い、ギルはやり通した。それが全てだ」
「……そう、だな。僕はやりとげたんだな」
「次に必要なのは自信だな。明日、試験に合格して周囲の目が変わればきっと自分を信じられるようになるさ」
「自分を、信じる……」
「俺としてはギルを出来損ないだなんて言った節穴共を飛び上がらせてもらいたい。そのぐらいのことは教えたつもりだ」
リョウは合格して当然、周囲の評価がひっくり返るのも規定事項と言わんばかりだが、出来損ないと言われて長いギルガメシュが自己評価を変えるのは簡単なことではない。
でも信用できる彼がそう言ってくれるのならば、捨てたものでもないかもしれないと思わされてしまうのも確かだったりする。
「父上や母上はいまの僕を見て喜んでくれるだろうか」
「変化に驚くのは確実だな。それが成長なら喜んでくれるさ」
急激に得た力で歪むこともなく、夢に向かって前を向けるようになった息子の変化にきっとブライアンたちは喜んでくれるだろう。
あるいは変わりすぎて、フォレスト家の者以外からは替え玉を疑われるかもしれない。
「別人って疑われても怒るなよ?」
「ぷっ。まさかそんな」
あり得ないだろうと噴き出すギルガメシュの雰囲気が和らいだので、感傷に浸る暇があったらもう寝るぞと休息を促す。
「明日、夜明けにここを立つ。ブライアン様にご報告して装備を調えたらいよいよダミアン退治だぞ」
「……やってやるさ。僕は必ず君の信頼に応えてみせる!」
「ならしっかり休まないとな。試験中にあくびなんかしたくないだろう」
「ははっ、確かに」
先に寝ててくれと洗い物を桶に入れた彼が岸辺に行ってしまったので、毛布にくるまったギルガメシュは砂地に寝ころんだ。
しかし、いつもなら一分もたたずに眠りに落ちるはずが今夜に限ってなかなか寝付けない。
やがて戻ってきたリョウがたき火のそばに腰を下ろし、そのまま寝息を立て始めたころになってやっと、自分が興奮していることに気がついた。
(ああそうか。僕はリョウに期待されて嬉しいんだな)
往々にして人は好きな人や尊敬する人に期待されたら嬉しく感じ、やる気を出してしまう生き物なのである。
たった十日足らずでも、寝食を共にして厳しい訓練をやり遂げたからこそ重荷とは感じなかった。
(勝つためにも良い剣を買わなければ。それこそ、父上に借金をしてでもだ)
そのためにも武器選びで失敗するわけにはいかない。
慣れていない武器を使う不利があるので、開店と同時に駆け込むぐらいじゃないと、と明日の予定を考えているうちにいつしか彼は眠りに落ちていた。




