第二節 強くなる時⑩
3/3 推敲
―――時間は戻る。
リイナが大通りと大通りの間、月明かりもあまり届かない路地に差し掛かった時だった。
「ちょーっと待ちな、お嬢ちゃんよ!」
「きゃっ!?」
濁った声と共に人影が立ちふさがったので、突然の事にびっくりした彼女は悲鳴を上げてその場に立ち止まってしまう。
(どなた!? ……身なりは平民っぽいかしら、貧民ではなさそうですの。貴族学級の学生でもなさそうですし……家族の誰かの知り合い、にしてはこのようなところで声をかけてくるのは変ですわね)
暗がりで確実と言うわけではないが、少なくとも自分の知り合いではない事を確認したリイナは次に、こんなところで呼び止められた理由を想像しようと思ったが。
詩人の歌や絵本の悪役として登場する率、堂々一位のオークを連想させる反り返った鼻と、嫌らしく値踏みをするような視線を見た瞬間に本能が警告を発した。
(いけませんわ! 逃げないと!)
今すぐにでもこの場を離れたくなった彼女は来た道を振り返るが、反対側からも誰かが現れて退路を塞がれてしまう。
「あ……」
「ばっかお前、脅かしたらかわいそうだろ?」
男達は見かけ上は笑顔を張り付かせているが、暗くよどんだ視線までは隠そうとしていない。
一歩、また一歩と距離を詰めてくる二人に、人気のない路地裏と言う場所も相まってか、心の警鐘はますます危険を告げている。
このままでは良くないと思ったリイナは前後の男達をきょろきょろと見比べていたが、つい漏れた言葉に豚鼻が反応した。
「な、なんなのですか! あなた達!?」
「なに、聞きたいことがあるだけさ。お嬢ちゃんの名前はリイナ=R=フォレストだろう?」
名を言い当てられて、相手の狙いが自分だと確定した。
問題はその目的だが、こんなところで呼び止めるぐらいである、多分まともな狙いでない事は彼女にだって推測できる。
自分がリイナとばれたら何をされるかわかったものではないので、緊張と恐怖で握りしめた拳が震えている事を気づかれないよう、裾の中に隠してから努めて平然と答えた。
「いいえ、違いますわよ?」
「あれ?」
「じゃあ、お嬢ちゃんの名前は?」
おかしいな、と顔を見合わせた様子から確証があって自分を呼び止めているわけではなさそうだ。
このまま他人のフリでやり過ごすことはできないだろうかと頭を巡らせるが、とっさに偽名など出てこない。
「その……」
彼女が言い悩んでいる間に男達もどうすると目配せしあっていた。
夕方前後に西の外郭門から一人で戻ってくる、十四才ぐらいの貴族学級の制服をきた娘。
絞り込みの情報としてはほとんど特定出来るが、間違っていたら依頼者も迷惑がって自分達を切り捨てるに違いない。
(おい、どうするよ?)
(たぶんコイツだと思うんだけど、違ってたらやべぇ)
自分達がやろうとしている事がもちろん犯罪で、依頼通りに行われた場合にのみ罪に問われず、厚遇してもらえるのだと男達も分かっていたようだ。
ただでさえ狙いは騎士団長の娘であるし、人違いでもした日には別の貴族からも目を付けられてしまう危険がある。
そんな風に男達がない頭を捻っている間、リイナもあれこれと考え込んでいた。
(偽名、偽名……)
変に知り合いの名前や誰かに近い偽名を出したら、そちらに迷惑が掛かる恐れがある。
誰にも近く名前、もしくは近くても何とかしてくれそうな名前。
そう条件を絞り込んだところでぱっとあの少年の顔が思い浮かび、誰かがセツナ、と耳元で囁いたような気がした。
「セ、セツナ!」
「……あ?」
鈍い思考を中断させられた男達はいきなりなんだと聞き返すが、素敵な偽名に気をよくしたリイナはだんだん勇気がわいてきた。
先程までの俯いていた少女はどこへやら、胸を張って堂々と言い切ると次はあなた達の番ですわとやり返したのである。
「ええ、私の名はセツナ=イグザートですわ。私は名乗りましたわよ? あなた達の名をうかがってもよろしくて?」
「おい、どうするよ」
「ちっ…」
微妙な沈黙が流れる間、リイナは一か八か逃げてみようかとも思ったが、ここで逃げては嘘を言っていたと自分で白状するようなものである。
人違いでしたと穏便に終わってくれれば、という彼女の願いはしかし、悪役率第二位であるゴブリンのように先端が赤い大鼻の男の余計な閃きでかなわないこととなった。
「おい。てぇ事は、こいつはリョウって奴の妹って事だよな?」
「ああ、そう言う事になるが」
それで相方の言いたい事を察した豚鼻はなるほど、と口の周りをなめ回す。
無理もないが、彼らの依頼者はリョウと言う少年がどういう人物かをきちんと伝えられなかったようだ。
そこに手を出すという事がどれだけ危険かという事も。
「関係者ならどっちでも良いだろ、多分!」
「だよな、だよな? 試合の邪魔するんだから同じだよな!」
「な、なんなのです!? 私に何かあったらお兄様が黙っておりませんの!」
また距離を詰め始めた二人に恐怖を感じたリイナは尖った声を出すが、男達にも犯罪を覚悟する理由があったのだろう。
裏道に入ってくれた幸運に感謝しなきゃなと呟いた豚鼻は、相方に目配せをすると少女の注意を引きつけるように言った。
「うるせぇ、こちとら最後の年なんで焦ってんだ。これ以上、アルの野郎に水を開けられてたまるかってんだよ」
「近づかないで! 大声を出して人を呼びますわよ!?」
震える声はすでに人を呼ぶに十分な大きさとなっていたが、路地裏に近づく者は居なかった。
本当はどこかで話しかけ暗がりに誘導してから拉致しようと思っていた彼らは、自分達はついているとの妄想を疑う事もせずに実行に移り、突然腕を捻り上げられたリイナは痛みと恐怖で悲鳴を上げる。
「構わないぜ。こんなところに誰かが通ると思ってるのかよ」
「いや! いやあっ! お兄様! お兄様、助けて!!」
「うるせぇ! キャンキャンわめくな!」
女性を嗜虐する事に慣れていた大鼻はためらいなく腕を振り下ろし、路地裏にバチィと甲高い音が響いた。
頬を打たれた痛みと、隠す事のない悪意にさらされた衝撃。
「ふ、ふえぇぇ……」
これまで生きてきて経験した事のない恐怖にリイナがとうとう泣きだしてしまったので、そちらにやってきた豚鼻がやり過ぎんなよと自分本位に制止する。
「おいおい、あんまり怖がらせるなって。こっちはお前みたいに嫌がってる女を無理矢理ヤるのが好みって訳じゃないんだからよ」
「言いやがる。ガキの奥まで突っ込んで使い物にならなくするのがお決まりのクズがよ」
フゴッと大鼻を鳴らした男に、ぶひひと下卑た笑いを浮かべた豚鼻は、こんな俺達でも騎士になれるなんて平和な世の中だねぇと愉快そうに肩を揺すらせた。
「ハッハッハッハ、未来の騎士様相手にクズは言い過ぎだろ、クズは」
作戦は成功した。
後は依頼者へ報告し、監禁した少女を二日間なぶり者にすればいい。
その後行方不明になるのか神殿送りになるのかは依頼者が好きにするだろう。
「あー、セツナちゃん? 別に殺そうって訳じゃないんだ。ただギルガメシュとお兄さんが明日の騎士試験を辞退してくれれば良いんだよ」
気分を良くした大鼻がそろそろ眠らせて運ぼうか、と薬の入った小瓶を取り出したその時、彼らの運命が奈落へと転がり落ちた。
「それで得をするのはダミアン、と言う訳か」
闇の中にいんいんと響いた声で、慌てた鼻男達は暗がりに視線を巡らせる。
「だ、誰だっ!?」
「チッ!」
まさかの通行人。
いや、依頼者の名が出た時点で明らかな敵対者。
腰の短剣を抜いた二人は油断無く四方に注意を払うが、ハッと顔を上げたリイナの表情が対照的に輝いた。
「お兄様!?」
偽名の事を意識して言ったのか。
あるいは、本当の血縁を期待して言ったのか。
瞬間、闇を切り裂く月光が剣のように降り立ってその姿を照らし出す。
「頼れる兄貴、ただいま参上」
ギルガメシュとお兄さんが、と言うやり取りを聞いていたリョウは大体の事情を察してそう名乗った。
別にここで偽名が露呈しても結果は変わらないのだが、せっかく自分を頼りにしてくれたのだから乗ってみるのも悪くない。
「お前か、リョウってのは!」
「あの女はどうした!?」
剣の腕が立つとは聞いていたものの、人質は自分が押さえている。
戦いとしては有利でも誘拐現場を押さえられては意味が無い、口封じの必要があると大鼻は考えた。
膨れあがった殺気を意にも介さず、夜目がきくリョウはリイナの頬が赤く腫れている事を知り、遅れた自分への怒りをつのらせる。
「遅れてすまない」
「えっ? 間に合ったではありませんか?」
意味が伝わらないリイナにとってはこれ以上ないタイミングで、これ以上ない救援者が現れたと言っても過言ではない。
まるでおとぎ話の王子様か勇者か英雄ですわ、と心の中で考える余裕すらできてしまった彼女は、だからだろうか、月明かりに照らされる彼の顔を見るなり不思議なほど落ち着いてしまっている。
「聞けよ! 変な動きをしてみろ、殺してやるぞ!」
現れた少年はおろか、押さえつけている娘すら自分達を無視するように会話をしているので、カチンとなった大鼻はリイナの腕を強く締め上げるが。
「ぜ、全然痛くありませんわ? だって、すぐ、助けていただけますもの」
「ああ、そうだな。お兄ちゃん、ちょっと暴れるけどびっくりしないようにな」
気丈にも痛くないフリをする少女は平然と続け、その健気さがリョウの胸に痛い。
声を出す前に立てた作戦通りでいけそうだ、と判断した彼は右手に握っていた小石を指先にずらし、平静を装う事をやめた。
「さぁ選べ。その子を離しておとなしく逃げ帰るか、後悔しながら地面に転がるかだ。先に言っておくが俺はいま機嫌が悪い。手加減は殆どしないからそのつもりでかかってこいよ?」
―――ちなみに。
リョウが戦いを避けようとする為に威圧的な態度を取りがちなのにも理由がある。
数の優位を疑わないような輩には総じて共通語が通じないのもあるし、父の教えによるものも大きかった。
「父さん。何でも戦いで解決するのは良くないと思うんだ。話し合いで何とかならないかな」
「フム」
リョウの父は、年齢としてはとても不相応な実力を持ち始めた我が子が、しかし極力戦いを避けようとする優しい性格である事を見抜いていた。
「ならば実力の差をまざまざと見せつけてやるがよい。それでも、お前の優しさを分からない愚者は憤怒にて追い払うがよかろう」
「脅かせって事だね。ああ、だから父さんいつもあんな態度なのか」
「ば、馬鹿者。私がその様な情けをかけるわけがなかろうっ」
「あー、照れてる照れてる」
「父をからかう余裕があるのなら、今日の修行は厳しくしても構わぬという事だな? ならばあの岩をそこの小枝で斬るまでは食事を取る事、適わぬと知れ」
「うわあああああ! 父さんの無茶ぶりがまた始まったぁぁぁ!」
だがさすがの父も、その怒りが義憤や許されざる敵へのものだけではなく、自分の未熟を恥じて発する事もあるとは想像できなかったのではないだろうか。
リイナがすぐ隣にいるため「尊厳殺し」を当てるわけにはいかないが、現時点で気圧されしないのは実力差が感じられないほど無能なせい。
その肉刺一つ無い綺麗な手が示すように、剣の修行などまともにした事がない。
そう見て取ったリョウは虫酸が走る口上など聞くつもりはないとばかりに指弾を放った。
「ハッハッハッハ、随分頼もしいお兄さんだ。どうやら妹の命が惜しくないと見えギャアアアアアッ!!!?」
わずか十数グラムの小石は恐るべき速度で空気を引き裂き、脅しに剣を振り上げた豚鼻の左目を的確に撃ち抜く。
ぶちゅっと音を立てて眼球が破裂したが、胆力のある戦士であれば片目が潰れたぐらいで物怖じしない。
一流の戦士であれば、この瞬間に敵から目を離すような隙は作らない。
「アアァァ! 目が、目がぁァァァ!!!」
「くそっ! 魔法か!?」
だがリョウの予想通りに豚鼻は激痛に身もだえ、リイナの腕を掴むもう一人は突然の事に訳も分からず視線をそちらへ向けてしまっている。
人質をとっている有利さも忘れた男が何をしやがったと顔を戻した時にはすでに、間合いを詰めたリョウの拳がカウンター気味に埋め込まれていた。
「おい、なにペキュッ!」
おもしろい声を出して吹っ飛ばされた大鼻は積んであった木箱に突っ込んで派手な音を立てたのを最後に、地面に転がるだけの生ごみとなる。
決着がつくまで、わずか一秒と三分の一。
一人は左目を失い、一人は鼻骨が粉砕されただろうが共に命には別状がないはずである。
意識を取り戻した後、恐怖に戦きながら家に逃げ帰り、余裕があれば神殿の司祭に癒してもらえば元に戻る程度の話だ。
「言っただろう? 手加減は殆どしないって」
怪我をさせない努力は放棄したが、それでも彼は子犬をなでる程度の力しか出していなかった。
これがもし殺すつもりであったなら、気をまとった指弾は眼球のみならず頭蓋を易々と撃ち抜き、鉄拳は首から上を弾けさせていただろう。
人の力を大きく超えた外敵と戦う力を有すると言うことは、つまりそういうことなのだ。
雰囲気を入れ替え、怖がらせちゃったかなとリイナを見れば、地面にへたり込んでぽかーんと目を丸くしている彼女はなにがあったのか分かっていない様子である。
「あぁ、その。大丈夫かな? 巻き込んですまない」
「………」
声をかけられ、木箱に埋もれる男とうずくまって嗚咽する男を見比べた少女は緊張の糸が切れたのだろう、しくしくと泣き始めてしまう。
「ふえぇぇ、怖かった、怖かったのです……」
「大丈夫。もう、大丈夫だから」
「ええ、分かっているの。分かってはいるの……」
こうなると彼には、リイナを優しく抱き寄せて泣き止むまで待つことぐらいしかできなかった。
◇
フォレスト家への帰り道。
横抱きにされているリイナは否が応にも通行人の注目を集めてしまっているので、恥ずかしくてもじもじと身体を揺すらせていた。
「は、恥ずかしいですわ……」
「仕方ないさ。腰、抜けちゃったんだから」
苦笑いのリョウはなるべく街路の端を歩き、貴族学級の制服を着た少女が誰か特定されにくいようにと気をつけている。
あの後。
ちょっとやり過ぎたかなと思ったリョウは二人に回復の霊薬をぶっかけてからリイナを振り返ったのだが。
「た、立てないですの……」
情けなさそうに太ももをぺしぺし叩いた彼女が助けを求めたため、抱きかかえてフォレスト家へと向かうことになったのである。
「イ、イグザートさんは恥ずかしくないですの?」
私ばかり緊張しているのはずるいですわと平然としている理由を問うたが、返ってきたのはとんでもない言葉だった。
「いや別に、悪いことはしてないし。それにお姫様の危機に現れた王子様は、お姫様をこう抱いて凱旋するもんだろう?」
「そ、そ、そうですわ、ね……」
彼自身としては悪意に巻き込まれてしまった、暴力的な場面に怯えていた少女の気を紛らわせようとおとぎ話や絵本にたとえた洒落のつもりであったが。
まさしく自分の危機を救ってくれた王子様みたいですわ、と緊張していたリイナを驚かせるに十分だった。
それから会話が無くなった二人は暗い住宅街を抜け、やっとフォレスト家へとたどり着く。
「お嬢様!? 一体どうされたのですか!」
「いえ、病気や怪我ではありません。ブライアン様をお呼びしてもらえますか」
門限を過ぎても戻らないリイナを心配したのだろう。
玄関の外に立っていたマリーと、長剣を片手に屋敷からちょうど出てきたシーバスは二人を見て驚きの声を上げ、リョウの言葉で何かあったと察したマリーが屋敷へと飛び込んでいった。
残ったシーバスに広間へ案内されたリョウはソファの上にお姫様をそっと下ろし、お姫様は感謝の意を述べる。
「はい、到着でございます」
「ありがとうですの」
残念ならが魔法はそこで解けてしまった。
知らせを受けたブライアンとエリアンヌが部屋に飛び込んできたのである。
「一体何があったのだ!」
「帰りが遅いから心配しましたよ」
「ブライアン様、実は……」
どこまで事情を話すべきか悩んだリョウは言葉を選びながら説明し、またしても子供を助けられたブライアンと、娘が危険な目にあったと知ったエリアンヌは目を丸くして顔を見合わせる。
「……なるほど。そう言う事であったか」
「確証や彼らの言質がある訳ではないのですが、騎士がどうのと言っていたのでマッセ家の手先の可能性が高いと思います。一人、左目を負傷させてしまったので神殿の再生希望者か、再生の霊薬の購入者を洗えば足取りは掴めるのではないでしょうか」
セラスの事は言わなかった。
約束をした彼女の行く先を曇らせるような事はしたく無かったし、その分自分がフォレスト家を護れば良いのだ。
そのぐらいの選択を許されるぐらいの力が、彼にはある。
将来的にマッセ家に何かあって追っ手がかかる可能性も捨てきれないが、さすがにその時までには国外へ移動しているだろう。
「ありがとう。君には何度も助けられているな」
「やめてください。俺だって無関係ではないのです」
とんでもないと手を振ったリョウであるが、ブライアンには分かっていた。
当事者の自分達と、協力者の彼には大きな責任の隔たりがあるのだと。
しかしそれを超越して中心に立ち、周りの者を護りながら、当然のようにふるまう彼に言葉が無い。
「取あえず今日のところは野営地に戻ります。明日の朝にはギルと共に参上しますね」
「ああ、期待して待っている」
いよいよ明日か、と期待を抑えきれないブライアンはリョウを見送り、エリアンヌも会釈をしてそれに続いたのだが。
お見送りしますとシーバスが重い扉を開けたところでリイナがリョウを呼び止めた。
「お、お待ちになって!」
「ん?」
落ち着いたわけではない。
まだ腰には力が入らないはずの少女は、全身全霊の力を込めてソファから立ち上がると、そんなことを感じさせない力強さでカーテシーを決めてまさしく淑女たる堂々さでお礼を言った。
「リョウ=D=イグザート様。この度は助けていただいてありがとうございました。このリイナ=R=フォレスト、必ずやこのご恩に報いますわ」
それが今彼女にできる最大最高の感謝だと分かったリョウは、これまたふわっと音がしそうなぐらい優しく微笑んで答える。
「なら、俺の事はリョウって呼んでくれ。俺もリイナちゃんって呼ぶから。お礼はそれでいい」
「!!」
ぴんっ、と縦巻きの髪が跳ねるぐらい目を丸くした彼女は、真っ赤な顔で仕方ありませんわねと腕を組む。
「お、恩人の言うことですから、仕方ありませんわね」
「じゃあまた明日、リイナちゃん」
「ええ、リョウさん」
ひらひらと手を振ったリョウが部屋を出て一分。
待ち構えていたブライアンは怒りに顔を赤くして娘に向き直った。
「護衛も付けず町の外に行っていたのか!? リョウがいなかったらどうなっていたと思っているのだ、大馬鹿者! しばらく外出禁止だ! 学級にも行かなくて良い!」
「も、申し訳ありません、父上……」
まくし立てる父が本気で怒っており、自分の軽率さが危険を拡大したと分かっている娘は素直に謝ったが、やり取りを見ていた母が助け船を出してくれる。
「まあまあ、あなた。怪我も無かったのですしそんなに怒らなくても……」
「しかしエリアンヌ。今、ギルガメシュやリョウ、そして我々は陰謀の標的となってもおかしくないのだ。私自身甘く考えていたが、リョウだけがそれを理解し、我々を護ってくれているのだぞ」
興奮して肩で息をする夫を落ち着かせるよう、腕に触れたエリアンヌはそうですねと小さく頷くと、まだ余り話していない、息子と同い年の少年の事を考えた。
(でもそれは、騎士のする事ではないわ)
誓いと主君を護る者が騎士なら、国民を護る者が国王である。
では、全てを護ろうとする者はなんと呼ばれるのだろう。
愛国心や功名心、家名など、騎士を目指す者が抱える目的が彼には無いように思えたエリアンヌは、その理由を聞いていなかった事に気づく。
もちろんずっと息子の良き友人であって欲しいが、この国に骨を埋める気はあるのだろうか。
(そうね。リイナのお婿さんにするのも悪くないわね)
しょんぼりしている娘を見て、むしろ骨を埋めさせる手もあるかと考えたエリアンヌは自分の思いつきに一人、ほくそ笑んだのだった。




