第二節 強くなる時⑧
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2/28 旧⑧を推敲ついでに⑧と⑨に分割しました
リョウが野営地に戻った頃には日が傾いており、ギルガメシュが夕食の準備をしているところだった。
「おかえり。魚、焼けてるぞ」
ただいまと答えた彼は背中の剣を下ろすと、焼けている魚と得意そうなギルガメシュとを見比べる。
「どうだった? 苦労したか?」
「まだ五回に一回が良いところだ。君みたいに岸まで掬い上げる事が出来ないし」
上等だ、と焼けた魚に手を伸ばしてみると。
どうやら見よう見まねで覚えたらしい、串打ちは何回かやり直した跡があるがしっかり鰓取りや腸抜きもされている。
「じゃあ、いただきます」
剣の修行のみならず、師匠の一挙手一投足に注意を払っているのだろう。
俺もそんな時期があったな、と感慨深い彼が魚を味わっていると、自分も一串を手に取ったギルガメシュが先程から疑問に思っていた事を口にした。
「そういえば、最近リイナの後を付けているみたいだが……」
「ああ、無事家に帰り着いたか確認してる。ポール達の事だ、ギルの邪魔をしようと何かよからぬ事を企むかも知れないからな」
ここに来るとき一人なのも気になるが、朝に何かあったら連絡のない欠席に気づいた学級から確認が行くだろうし、早退しての真っ昼間から大通りで人さらいがでるとは思えない。
薄暗くなりがちな夕方の帰宅に気を配ればそれほど危険はないだろう。
「全然そんな事は考えていなかった。すまない、本当なら僕の仕事なのに」
そう言えば間者もいたんだったとギルガメシュは背筋が寒くなったが、そんな彼に拳を突きつけたリョウは俺に任せろと言い切った。
「ギルは強くなることだけ考えれば良い。他のことは俺が全部やってやる」
「感謝の言葉もないよ。でも、リイナは自分が護られているなんて気づいてないんだろうな」
「構わないさ。余計な心配はさせるべきじゃない、何も起きないならそれに越したことはないんだ」
「ありがとう。この恩はどこかで必ず―――」
「よせよ。当然のことにお礼を言われると背中がむず痒い」
遮るように言われてギルガメシュは分かった。
恩人と呼ばれるのを気にしていたのと同様、この事についてお礼を言われるのを彼は好ましく思っていない。
おそらくこういう事すら、リョウにとっては呼吸をするように当たり前なのだ。
(君には当たり前でも、僕には気づけなかった事なんだ。でも、もうお礼は言わない。ダミアンを倒す事でその証とする)
いま自分に望まれているのは言葉ではない、ダミアンを乗り越える事だと分かっていたギルガメシュはもう一度だけ、心の中でありがとうと呟いた。
「ところで、今日はこれからどうするんだ?」
「必要な事は全て出揃った、後は最終日に仕上げをするだけだ。明日からは午前中に仮想ダミアン戦をやって、午後と夜は水月斬の練習をする」
それで食事を終えた二人は剣を掴んで立ち上がる。
やるぞ、と気合いを入れたギルガメシュは鞘をそこに残して訓練に向かおうとしたのだが。
「そうだ。もう一度手本を見せてくれないか?」
「ああ、何回でも構わない」
それでリョウを先頭に暗い河へ入った彼らは、膝の深さで立ち止まると水面で揺らぐ蒼い月を見下ろした。
「剣の軌道はここを通る。ここに月が映る位置に立ってくれ」
ここかな、と剣の先で指された場所に月が映るよう位置を変えたギルガメシュは唾を飲み込んで。
「いいよ」
「ハッ!」
気合いと共にリョウの剣が空を薙いだ、すると。
次の瞬間には踏み込みによる波紋が水面をかき乱してしまったとは言え、暗い水面に映る月が真っ二つになった瞬間が確かに視認できたのだ。
「斬れた! 確かに!」
だが落ち着いた水面と、水滴すら付いていない剣を見比べて感嘆の声を上げたギルガメシュには、軌道が変わった瞬間を見切ることが出来なかった。
「それじゃあ頑張れ、月が斬れたら卒業試験をするから」
月を斬るとはこういう事かと考え込む彼を残してリョウは岸辺へと戻り、大きく頷いたギルガメシュは水面の月へと戦いを挑む。
「ああ!斬ってみせるとも!」
挑戦者はそれからかなりの時間を戦っていたのだが、何しろ相手は強敵である。
放っておくと月が沈んで太陽まで相手にしそうな彼にリョウがもう休むように言った。
「そろそろ上がるんだ、試験まではまだまだ日がある」
「分かった。でも、明日は必ず斬ってみせる!」
無念そうに戻ってきて毛布を受け取ったギルガメシュはそう心に決めると、しばらく身体を解してから横になる。
こうして三日目が終わろうとしていた。
◇
それから数日が経つも、同じ訓練を続けるギルガメシュは焦りを隠せなくなっていた。
試験の日が明後日に迫ったと言うのに、未だに月が斬れないのである。
「斬れろ! 斬れてくれ!」
「今日ももう遅い。そろそろ終わりにするんだ」
細くなりつつある月に何度も何度も剣を叩き付け、砕けた水面に漏れたため息は数知れず。
集中は途切れがち、剣筋も鈍ったのを見計らったリョウが終了の声をかけるも、納得のできない彼は河から出てこようとしなかった。
「もう少し! もう少しだけやらせてくれ!」
「駄目だ! 型が崩れては後戻りになるんだぞ!」
「分かった……」
珍しく大きな声を出されて本当に仕方なくといった様子で岸に上がったギルガメシュは、剣を手ぬぐいで拭いながら不安を吐露する。
「明日が最後の夜だ。本当に月を斬れるようになるのだろうか?」
リョウに教わって出来ないのなら、すべて自分の努力か才能不足なのだと思う弟子が壁に突き当たっているのは確かだった。
しかし師匠は具体的な指示を与えず、自信を持てと励ますだけだ。
「大丈夫だ、始めた頃よりも格段の剣捌きだぞ? 何度も潰れた手の肉刺がその証だ」
「……………」
すでに午後十一時を回っている。
無言で毛布にくるまったギルガメシュを見やり、少し意地が悪いかなと苦笑したリョウはそういえばと見慣れた訪問者のことを口にした。
「今日は妹さん来なかったな」
「……あいつも遊んでばかりいられないさ。それとも、君が本当に凄いんだってやっと納得したかな」
「別に俺は凄くないぞ」
「ハハッ、言ってろよ」
どうせお父さんと比べてるんだろ、と毛布の中から声を出したギルガメシュは、比較相手がおかしいんだよと付け加えることも忘れない。
(まったく。こちらが妹を取られた気分だぞ)
昨日まで毎日来ては三神菓子を食べていた妹の、日に日に変化していく表情と態度を思い出し、どうせ明日は来るよと呟いてから瞼を閉じる。
そしてその翌日。
騎士募集試験の前日に、リョウの予想が当たった。
◇
「あ……私、そろそろ帰らないとですわ」
兄の予想通り、翌日やってきたリイナはういろうの無くなった皿をそっと置くと、薄暗くなった空を見上げて岩から立ち上がる。
「お兄様、明日には戻られるのですわね?」
「ああ。明日の朝、家に寄ってから試験に向かう」
剣を振りながら答えた兄の横顔の、精悍さの増しっぷりと言ったら別人と言っても差し支えないほどだった。
剣のことはさっぱり分からないリイナにも大きな変化が実感できるほどで、もちろん修行前と比べたら今の方が良いに決まっている。
それでようやく納得したように頷いた彼女は、大きく手を振ると河の中の兄に別れを告げた。
「どうぞ最後の夜をお楽しみくださいな」
「もう暗い、気をつけて帰るんだぞ」
「私、もう子供じゃありませんの。……で、では、イグザートさん。また、明日……」
「ああ、また明日」
とうとうさん付けまで格上げしてもらえたリョウは、出会った頃にはとても想像出来なかったリイナの挨拶に微笑み返し、振り返って町へと向かう彼女の背中を一定の距離まで見送るが。
首筋にチリチリと感じる嫌な予感。
こういう時、いつも何か起きていた彼は剣を背中に装備すると、留め金を外していつでも抜けるようにしてから声をかける。
「行ってくる」
「頼むよ」
少し頭を下げたギルガメシュは自分の役割を全うすべく剣を振り続け、任せておけと頷いたリョウは夕闇に溶け込みそうなリイナの背中を追いかけた。




