第二節 強くなる時⑦
2/27 推敲
「じゃあ、そのままで良いから聞いてくれ。『戦技』と呼ばれる技術について話そうか」
「よろしくお願いします」
リョウが一冊の本を取り出すと、昼飯の食べ過ぎで腹をさすっていたギルガメシュは岩から立ち上がって頭を下げた。
それが彼なりの覚悟と気持ちの現れだと分かったリョウは、座り直して聞く体勢になるのを待ってから『これであなたも戦技使い』と言う表題の本を開く。
「剣技、斧技、体術技、槍技、弓技、棍技など、いろんな武器の技の総称が『戦技』だってのは分かるな?」
「ああ」
「剣技は細剣、短剣、突剣、片手剣、大剣などを使って繰り出すものになる。それぞれの大きさや形によって相性の良い技、悪い技があり、物によっては扱えないものもある」
「曲刀はどうなる?」
曲刀や広刃曲刀など、この間の武具屋で見かけた別種の剣の事を尋ねるとリョウはいったん教本を下ろした。
「斬に特化した片手剣と思えばいい。例外として三神固有の刀があるが、あれは別物なので今は気にしなくていいぞ。流通もあまりないし、扱える技能職の侍や忍者も殆ど国外じゃ見ないしな」
打てる人も研げる人も三神にしか居ないんじゃないかと言い掛けたリョウだったが、ここから南に位置するマース公国の知り合いなら出来そうだったのでやめておくことにする。
「で、剣技にはそれぞれ、斬、撃、気、幻、護、魔、その他などの分類がある、が」
「が?」
一呼吸入れた彼は腕を組むとややこしいんだよと続けた。
「綺麗に分類されていたのは約二千年前、つまり総歴前の話らしくてな。最近はけっこういい加減なんだ。各流派がステキな名前を付けたり、応用、派生技などが多く生み出されてたり」
「ステキな名前って、なんだ?」
「この間見せたオーラスマッシュにも、読み替えとしてパワースマッシュとか気斬なんてのがある。俺が聞いたことある中で一番長いのが『すみれ色に輝く栄光の剣』だったかな?」
「ははっ、なるほど。僕の考えた凄い必殺技なんて格好良い名前を付ける人が多いのか」
「自らが編み出した戦技を名付け、後世に残す事も戦技使いの大事な役目なんだけどな」
「それは君に任せるよ。間違って僕が何かを名付ける事になったら、それはそれはステキな名前を付けてしまうだろうし」
やや脱線したことに気づいたリョウは話を戻すぞ、と本を開いた。
「ややこしいのは『魔』だな。これは理力魔法の魔ではなく、魔術の魔である事に注意が必要だ」
「魔術と言うことは……」
えーっと、と考え込むギルガメシュに指折り九つを数えたリョウは、説明の合間に四つまで指を戻した。
「理力魔法、神聖魔法、暗黒魔法、精霊魔法、その他の総称であるということだ。ただし、その他とした白魔術や黒魔術、召喚術、呪歌による魔術戦技はこれまで前例がないと思う。竜語魔法なんてものもあるらしいが、ドラゴンが戦技を使うわけがないのでこれも除外だ」
「ふむふむ」
「精霊の力を用いた精霊戦技、司祭職にある者が、肉体に宿す契約の紋章から神の力を導き出して行使する聖戦技や暗黒戦技。そして魔力を持つものが操魔技術を用いて使う魔法戦技。これらを総称して魔術戦技と言う」
「でも、魔剣なら僕らでも魔法戦技を使えるんだよな?」
その通りだ、と頷いたリョウは傍らの自分の両手剣をちらりも見ながら言った。
「そうだ。精霊の宿った武器、強く神の力が宿った武器で代替できるように、武器自体が魔力を帯びているものでも魔法戦技が使える」
「魔剣か、欲しいけど高いな」
父上だって持ってないしとギルガメシュが呟くのも無理はない。
魔法の武具の値段は法外だが、その値段に見合った力があるからこそ戦士達は手にする日を夢見るのだ。
何しろ硬い、はったりがきく、魔力を帯びた武器や魔法でないと傷が付かない怪物にも攻撃が通ると言った直接的、間接的な効果もあるが、より多様でより高位な戦技のためにはほぼ必須になるからだ。
―――この辺のことにめっぽう詳しいとあるメイドが言うことには、魔術戦技は気による増幅よりもさらに物理法則に縛られず、炎の渦を撃ったり、空間を斬ったり、光速攻撃を放ったりすることが可能になるそうで、高位の戦技になればなるほど魔術要素を必要とする傾向が強いらしい。
魔法戦技の場合は疑似的な理力魔法であるとも考えられており、事実、理力魔法の発動要素であるマナがないと使えなかったり、魔法防御に減衰させられるといった特徴があるそうだ。
ならば自らが魔力を持つ戦士―――魔法騎士と呼ばれる戦士と魔法使いの複合技能職だ―――は大成しやすいと思いきや、高名な戦士のほとんどが魔力を持たず、強い魔法の武器を持つことで高位の戦技を行使している。
これは、魔力持ちは魔法使いになることが多いというのが最大の理由だった。
先天性の才能である魔力の出現率が低いせいで、魔法使いは引く手あまたな事に加え、辛く厳しい剣の修行をしなくとも呪文を唱え印を結ぶことで戦技と同等かそれ以上のことができるからである。
また、複合職は器用貧乏になりやすいというのも理由の一つになるだろう。
ひたすら体を鍛えなければならない剣に比べれば座学よりとはいえ、魔法の修行も片手間にできるものではないからだ。
(リョウの剣ぐらいなんて贅沢は言わないから、魔剣が欲しいな……)
父は常に、武器は相応のものを選べと言っていた。
釣り合わない武器は持ち手の成長を阻害するし、逆に適正な武器は持ち手を育てると言うのだ。
見た目で分かる、とんでもない一品であろうリョウの両手剣をちらりと見たギルガメシュは、ならばあれに釣り合うにはどのぐらいの腕が必要なのだろうとふと気になって。
「ところで、君はいくつぐらい戦技を修得してるんだ?」
簡単に答えられるだろうと思った問いが思わぬ沈黙を呼んだ。
眉を動かし、目を閉じたリョウは口の中でもぐもぐと何かを数えているではないか。
しばしあって、明言を避けた彼の答えはギルガメシュの想像を大きく超えるものだった。
「剣技だけでも結構あるかな? 詳しい数は分からないが初級技でも十指に余る」
(……最低でも剣士位って事じゃないか!?)
士位、匠位、豪位、聖位と続く称号の最初に十分過ぎる数である。
たった一つの初級技を修得するだけでもかなりの時間と才能が要求されるはずなのに。
それに剣技だけと言ったからには他の武器の技も身につけているのだろう。
そういえば体術も使えると言っていたな、と納得したギルガメシュはだんだん頭が痛くなってきたので続きを促すことにした。
「ここでギルに訊こう。これまで見てきたダミアンと今日の練習から何か掴めたか?」
「……斬りつけた後の返しが速い事、突きを受け流すと体が流れやすい事、それから……」
突如話題を振られ、必死に記憶を思い返すギルガメシュは間違ってたらどうしよう、と不安になりつつも自分の中でまとまっていた考えをしっかり答えて。
「それから?」
「どうも、下からの攻撃に弱いんじゃないかと思う」
人を見下した態度なのに変だよねと笑うと、リョウもにかっと笑った。
「満点だ。従ってギルに教える技は必然的に下からの攻撃になる」
よくそこまで分析したと褒めても良い内容だった。
攻撃パターンのいくつかを見切り始め、これだけの癖を把握しているなら足りない部分を補うだけで訓練は終わってしまう。
「この剣技は幻に分類される。上から斬り下ろすと見せかけて、下から斬り上げるんだ。フェイントを発展させた技って事だな。……行くぞ」
そう言って剣を構えたリョウを、一瞬たりとも見逃すまいとギルガメシュは最大限に集中を高める。
そして己の集中の高まりではなく、ギルガメシュの準備が終わるのを待っていたリョウが右足を大きく踏み込んだ。
「ハッ!」
ドンッと言う地面を踏み抜いた衝撃、空気を薙ぐ刃。
乾いた音と共に地面が一直線にえぐられて砂埃がもうもうと舞い上がる。
極限集中を以て見ていたはずのギルガメシュにも何が起こったのかよく分からない、それ程までに鋭い一撃が繰り出されていた。
「……今、下から斬り上げたのか?」
確かによく考えてみると最初の説明通り斬り上げたらしい。
だが初動はどう見ても斬り下ろしであったし、いつ斬り上げたのかさえ分からなかった。
ただ一つ、最中に聞こえたズバッという空気を裂いた音と、地面に残る傷跡だけがその証拠となっていたのだ。
「それが分かるようじゃ幻の技と言えないのさ。……ってあれ? 妹さんが来たぞ」
「ええっ?」
剣を収めたリョウは伝授を続けようと振り返ったのだが、アトゥムの方からリイナが歩いてくるのが見えたので遙か遠く、街道の上を指さした。
驚くギルガメシュが振り返ってみれば、確かに向こうから近づいてくる影があるものの、目をこらしてもそれが妹かどうか判別が出来ない。
というより、彼も目は悪くない方なのに街道を動く影があるのが分かるだけで、それが大人か子供かはおろか性別すら見分けがつかない距離なのだ。
「……よくこんな距離で見分けがつくな?」
「あぁ、目は良い方らしい。親父も驚いていた」
それにしたって普通じゃないとギルガメシュが呆れてしばし。
てくてくと近づいてきた人影は確かに自分の妹だった。
「こんにちは、お兄様。……こんにちは」
「こんにちは、リイナ嬢」
思うところがあったのか、リョウにも挨拶したのは別に構わない。
しかし今日は光の日。
平日の始まりであり、彼女は貴族学級に通わなければならない日なのである。
リイナは東部で名の知れた服飾考案者である、ヴレザー氏が手がけた制服に身を包んでおり、この時間ならまだ午後の授業があるはずなのだ。
「こらリイナ! 学級はどうしたんだ!?」
まさか仮病で早退したのかと呆れる兄に向かって、妹は胸を張って堂々と言ってのけた。
「私はまだこの人が本当にお兄様の役に立っているとは認めておりませんの。当然、納得するまでは通わせていただきますのよ?」
「あの、なぁ」
「また、もしも役に立っているのであれば、私も何かしら学べるのではありませんこと? それが学級に通うよりもよほど大切なことなのは、すでに学級を卒業されているお兄様ならお分かりになるかと」
「むっ……」
「剣の事とは申しませんが、ものの考え方や訓練のやりかたなどは何にでも応用が利きますわね」
口では負けませんわ、とにっこり笑ったリイナは背負い鞄から桃色のクッションを取り出し昨日の岩の上に座り込んでしまう。
見物客がいても構わないリョウは訓練を再開すべく、買った日から使われていなかったギルガメシュのブロード・ソードを指さした。
「納得するまで見てもらえば良いじゃないか。 早速やってみよう、剣を持つんだ」
「まったく、君はどうも妹に甘い気がする」
ぶつぶつと文句を言いながらも、気を取りなおしたギルガメシュは久しぶりの剣を抜いたのだが。
一昨日は重く感じられたはずの剣が、今はかつてのレイピアのように軽く感じられてあれ、と首を傾げた。
「この剣、こんなに軽かっただろうか」
「身体が鍛えられてきたってのが一割、残り九割は操気技術の影響だ。自分の中の生命エネルギーを実感した事で、それを操り始めたギルの中では、筋力、持久力、瞬発力、物理防御力など、全体的な身体能力の底上げが始まったんだ」
「これほど違うものなのか……」
長けてくると運動しても疲れにくくなるし重いものも簡単に持てるようになるぞ、と言うリョウに万能じゃないかと驚くギルガメシュ。
「ただし下地はやっぱり自分の身体なんだ。おおもとの肉体が鍛えられていないと相乗効果が薄いし、生命エネルギーだって無尽蔵じゃない。消耗しすぎてもいきなり死ぬ訳じゃないが、反動が一気に来るからな」
「こ、怖いな……」
「大丈夫、ギルはまだ体術向けの内気功と、戦技向け外気功の分派すら始まっていないから。現時点での操気技術の大きな成長は、他の成長に悪影響を与えかねないほど効果が大きいから、初期状態で留めておく」
「なんだかよく分からないが、分かった」
そのあたりは言うとおりにしていれば間違いがないだろう、と頷いた弟子に師匠は続ける。
「構えは自然体でいいぞ。まず、通常の斬り下ろしの始動を見せる。だが動かすのは視線と肩までだ。それ以上は剣を引き戻さなければならず、何をするのかすぐばれてしまうからな。そこから肘を支点に、一気に斬り上げるんだ」
「こ、こうか?」
ギルガメシュは言われた通りにやったつもりだったのだが、すぐに叱咤の声が飛んだ。
「駄目だ駄目だ! 肩から先が動いて無駄が多いし、視線もおどおどしてるぞ!」
「わ、分かった!」
それからしばらくの間、様々な指摘を受けながら剣を振るう。
十五分もすれば軽く感じられたはずの剣も重くなり始め、肩で息をし始めたギルガメシュは身体が想像通りに動かないのでなんだこれはと声を出した。
「なぜか思ったよりも大変だ! 頭で分かってるんだが身体がついてこない!」
「ああ、急激に頭脳面が成長したから身体が追いついてないんだな。そろそろバランス取りも始めたいし、もう木剣は使わないで良いだろう」
理由の分かっていたリョウが補正も始めないととこれからの事を言うと、聞きつけたリイナが危ないですわと口を挟んだ。
「真剣なんかで戦ったら危険ですわよ?」
「大丈夫大丈夫、いくら何でも真剣で斬り合ったりするもんか。ちゃんと訓練用を持ってきてあるから」
「そのようなもの、このあたりには見あたりませんが」
「ここにあるさ」
言葉で説明するよりもと二振りの長剣を取り出すと、やはり魔法の道具入れに気づいていなかったらようで突然現れた長物に驚いている。
「ど、どこから出しましたの?」
「こいつはホールディング・バッグという魔法の道具入れなんだ。他にもまだまだ色々入っているよ。たとえばこんなの、とかね」
彼女が何かを言う前にどうぞと差し出されたどら焼きを、今日のリイナは素直に受け取った。
「あ、ありがとう、ござい、ます……」
「リョウ、見てくれないか!」
どういたしましてと微笑んでいたら呼ばれたので隣に行ってみると、弟子はすでに汗を滴らせている。
しばらく様子を見ていたリョウからの指摘に、自分のイメージと身体の動きが一致しないギルガメシュは悔しそうな声をあげた。
「腕が下がってきているな」
「ああもう、分かっているのに!」
「本番では自分に意識を向けてばかりいられないぞ。この剣技はタイミングが命なんだ、いきなり出しても確実に決まる保証はないし、二度目は警戒されてまず通じない。出す前には必ず何度か前振りをしておくんだ」
「前振り?」
「同じ始動から斬り降ろすってことさ。それに相手が慣れたところで決める。ただ前振りをしすぎてもカウンターを食らいやすい、相手の反応速度が変わったら目が慣れたと思っていいだろう」
「なるほど」
ギルガメシュは剣を止めると、同じ組み立ては敗北を招くとの父の教えを思い出していた。
「あえてパターン化して誘うわけか。逆に自分は誘い込まれないように気をつける必要があるんだな」
「そういうことだ。戦技の戦は戦術、技は技術を表し、その二つが合わさって最大の威力を発揮する」
「僕は戦術も学ばなければ駄目だな……」
切り札はいきなり出すものではなく、効果的な場面で使うように。
物理的な戦闘に限らず、どんな戦いでも基本となる心構えを頭にたたき込んだギルガメシュは、その場面を作り出すための引き出しも増やさなければと山積みの課題に頭が痛くなってしまった。
「まずは身体に覚え込ませないと!」
「今はこまめに休憩をとってくれ。疲れたまま続けると型が安定しないから」
とにかく今は技術を身につけることが先決と、剣を振り上げたところに休憩を言い渡されて、気勢を削がれてしまったギルガメシュは口を尖らせながら一息吐いた。
「ところでこの剣技の名は?」
「水月斬。編み出した人は水面に映った月を斬り続け、ついに真っ二つにしたことから付けたと言われている」
「水月斬―――水月斬か! よし、なんとしてもものにするぞ!」
『戦技使い』と言えるようなるまでもうすぐだと気合いを入れるギルガメシュであったが、目の色を変えたりするなよと釘をさされてしまった。
「間違っても使えることをひけらかしたり、使うときに技名を口に出すなよ?」
一流の戦士にとってはどの技を使えるか、いくつぐらい使えるかだけでも戦いにおいて重要な情報となってしまう。
一度見せた技が通用しないとはよく言うが、一度も見せていないのに通用しないことすらよくあるのが対人戦闘なのだ。
「でも戦技使いは技の名前を言いながら使うことが多いらしいが」
「もともと戦技ってのは対人目的じゃないからな。こっちの言葉が分からない怪物相手には言おうが叫ぼうが関係ないし、周りの仲間達に警戒を発する意味もあるんだ」
「なるほど、巻き込まないように注意しているのか」
「ほとんどの魔術と違って、戦技は行使者や味方を守る障壁なんて作れないからな。それは魔術戦技も同じだ」
「ふむ」
ギルガメシュには魔術の事はよく分からなかったが、戦技の中には広範囲のもの、貫通力のあるもの、指向性の強いものも多いと聞く。
自分一人で戦うわけではない、常に敵と味方の位置や戦局を把握して、間違っても味方に当ててしまうなんて事はあってはならないんだなと納得できた。
「それから、技によっては名前を口にする事で各動作の呼吸をとる事もある。高位の技はほとんどそうだと言ってもいい」
「そんな事もしてるのか」
「ここで最初の話に戻ろうか。同じ技でも地域や流派によって名前が違ってたりすると言ったよな?」
「うん。あ、それって」
「そうだ。同じ戦技でも名前が違う―――つまり、流派によって各動作の呼吸の取り方が違う。つまり威力や見切られやすさ、覚えやすさが異なるわけだ。そういう理由もあって流派ごとの特性、個性が明確になり、流行り廃りが起こっている」
「本当に奥が深いな……」
「剣聖ウェンダートの興した鋼不動流がそれまでの主流だった皇輪流を凌ぐ勢いになっているのも、覚えやすく高威力な特性があってのことだろうな」
「君は何流なんだ?」
「言うなれば親父流、ってところか」
ふとした問いに、うちの親父は何でもありだからさと笑ったリョウは、何とも言えない表情で言葉を探しているギルガメシュに肩をすくめた。
「声に出すのはもってのほかだが、目の色を変えたり不用意に気合いを入れたりもしないようにな。幻の技はいかに相手を騙し、隙を突くかが大切なんだ。ちなみに無言発動が基本なので読み替えなどはほとんど行われていない。どこの流派でも下から行けば水月斬だ」
「威力ではなく、戦術、技術の技か。下からって事を抜きにしても君が水月斬を選んだ理由がよく分かったよ」
相手の実力が見切れず、負け戦に挑もうとしていた自分。
基本しか知らず、周りが見えていなかった自分。
戦技の威力を当て込んで、ダミアンにやり返してやろうと思った自分。
そんな弱く情けない自分をここまで鍛え上げ、導いてくれる師匠の思慮深さを改めて思い知った弟子だった。
しばらくして。
「もう少し発動時に右肘を捻りこむんだ。円を描くようにすると無駄なく軌道を変えられるぞ」
「こうか!?」
休憩を終えたギルガメシュは再び剣を振るい始め、リョウは助言をしていたのだが。
どら焼きもとっくに食べ終わり、修行の様子を眺めていたリイナが太陽の位置を確認して立ち上がる。
「今日はそろそろ失礼いたしますわ」
「ちゃんと学級に行くんだぞ」
タータンチェックのスカートを両手でつまんで優雅に挨拶をした妹に、兄は仮病は感心しないからなと声をかけるも耳に入ったかは怪しかった。
「ギルは続けていてくれ、俺は町にいってくる」
「分かった」
振り返った背中がある程度離れるのを待ったリョウは自分の剣を掴み、一心不乱に訓練を続けるギルガメシュを残して護衛に迎う。
ふと見上げれば、秋晴れの空が広がっていた。
雨期から中間期への境目と言うこともあって雨が降ったらどうするかと言うのが唯一の悩みだったのだが、どうやらしばらくは晴天が続きそうに見える。
(流れもギルに来ているな。このまま伸びてくれれば大丈夫だろう)
ゆっくりと流れていく雲を見送りながら、友の勝利を心から願う。
その為ならどのような苦労も厭うつもりはないリョウは、あらゆる面で万全を期すべく考えを巡らせるのだった。




