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英雄は約束を守るようです  作者: ショボン玉
第一章 二人の騎士
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第二節 強くなる時⑥

7/11 脱字修正

2/27 推敲

 泥のように眠って迎えた三日目の朝。


 全く寝た気がしない頭をぼりぼりと掻いたギルガメシュは、軋む上半身をゆっくりと起こしてふぁぁと伸びをする。


「ぼーっとする……」


 筋肉痛もあったが節目節目の体操や柔軟のおかげか―――ほとんど謎の塩水の効果だが―――我慢できないほどではない、主に疲労は脳にたまり始めているようだ。


 たき火のそばに置かれている箱から餡ころ餅をつまみ食いした彼は、じんわりとしみていく甘みを感じながらまだ頭脳の使い方が下手なんだなと思った。


「頭でお腹が空くってあるんだな……」


 リョウ曰く頭の疲労には甘い物が良いとのことで、好きに食べられるように三神菓子の箱が常備されている。


 次第に慣れるといわれているし、一を見て十を考えるような彼は平然としているのだが、その域に届くのはまたまだ先のように感じられた。


 今は有り難く甘味補給でしのごうともう二つを口に運び、そこでやっとたき火の周りにリョウの姿が無いことに気づく。


「あれ? リョウ?」


 はっきりしてきた頭を巡らせたら河の中に両手剣を構えた姿が見つかった。


 魚を捕るのなら木刀で良いはず、とそちらに近づくと。


「はっ!」


 川面が激しく乱れるほど大きく踏み込み、気合いと共に放たれた剣が弧を描くと水面に一条の軌跡が残される。


 ギルガメシュが木剣で水面を叩いたときのようにばしゃっと水しぶきが弾けるのではなく、すぱっと川底まで分かたれた水がまた一つに戻ってしばし。


 思わず見とれていると剣を背中の鞘に収めたリョウがこちらを振り返った。


「身体の調子はどうだ?」

「筋肉痛はあるが、動けないほどじゃない」


 成長の証なのだから我慢できないはずがないさと笑ったギルガメシュは急に厳しい表情を浮かべて言った。


「僕に、戦技を教えてくれないか」

「突然だな」


 数日前ならあり得ない考えなのは、言った本人が一番よく分かっている。


 しかしリョウなら試験日までに一流の戦士の証明でもある技能を伝授できると、自分は習得できると信じて言ったのだ。


 それが分かったリョウは岸に上がると、燻っていた焚き火を熾してから息を一つ吐いて。


「試合までに一つ教えようと思っている。が、簡単に言うけど『戦技』と呼ばれる技能がどんなものか解っているのか?」


(一流の戦士の証で、途轍もない威力を誇る。……違うのか?)


 静かに言った表情がとても真剣で、声がやや厳しさを帯びていたので、ギルガメシュはぱっと脳裏に浮かんだ一般常識を言い出せない。


 リョウはリョウで言い悩んだ表情になると上手く言い表せる自信がない、考え方は人それぞれだとは思う、と前置きしてから続けた。


「いいか。この世界には、俺達人間の他に様々な種族が生きている。その中で人間はまあまあの知能を持っている。道具を生み出し、魔法を扱う事の出来る者も居たりする。しかし、それでも多くの人間は大地に生きる命の中で弱い立場にあるんだ」




 ―――彼の言うことは純然たる事実だ。


 寄り集まって壁を作らなければ増えることすらできない、自然界で自分たちの縄張りを広げるのにも苦労するほどに個の力は弱い。


 共通言語や通貨を作り、いくつもの浮遊大陸を宙に飛ばし、加速度的に科学や技術を発展させた古代魔法文明が滅びたあと。


 一千二百年経っても人口がほとんど回復していないほどに外敵の圧力は強いのだ。


 特にこのシアード大陸はもっとも怪物が多く人の生活に適した地形も狭いとあって、一番人口が多いとされる町ですら五万人を下回る。


 もちろん開拓者魂に溢れた者が生活圏を広げようと新たな土地を開墾して村を作ることも無くはない。


 しかし、やっと形になったところで野盗や怪物の襲撃であっけなく消えるのは日常茶飯事、何十年、何百年かかってやっと町とよべる規模になった場所が、屍竜(ティアマット)と呼ばれる高位邪竜の襲撃により一晩で廃墟になった例もあった。





「それは……分かる」

「だから集まって村を作り、お互い助け合って町を作り、できた集落を守る手段を身につけなければならなかった。そのために政治、経済が発展し、技術や文化が生まれた」


「うん」

「魔法は魔法で偉大な力だが、使える者は限られている。だから……だから自分を、仲間を、愛する人を護る為により強い力を求めた者達が『戦技』と呼ばれる技能を編み出したんだ。お前はそれを、相手を傷つける為に身につけようとしていないか?」


 低く言い聞かせるような言葉が、図星だったギルガメシュはびくりと身体を震わせる。


「確かにダミアンは戦技を身につけている。だが、相手を傷つける為の戦技はその身を滅ぼすだけだ。戦技に限った事じゃない、魔法だって、権力だって、同じ事なんだ」


「あっ……ああっ……」


 心の中の暗い感情を見透かされ、鈍器で頭を殴られたような衝撃を覚えた。


 力を誇示してダミアンを見返してやろうとしたことがとても恥ずかしく、自分の浅はかさが情けなくて握りしめる拳がぶるぶると震えた。


「もう一度言う。考え方は人それぞれだ。だが、人を傷つける事を目的とした戦技使い―――いわゆる人斬り。俺はあいつらが嫌いだ。戦技を編み出した先人達の気持ちを踏みにじり、他者の命をもてあそぶ愚か者だからな」


 心の奥底にある信念、そうしてきた実績が重くのし掛かるような独白。


 誰かを傷つけたことがないとは言わないが、刃を抜くときはいつだって護りたいものを護る為に。


 この力はいつだって、理不尽な哀しみに立ち向かう為に。


 そうやって生きていると言う理想を彼が口にすることは滅多にない。


 そんなことは言葉で語るものではなく、黙って体現するものだと分かっているからだ。


「この力は誰でも得られるものだ。だからこそ、目的を見誤ってはならない。いたずらに他の命を傷つける事に用いてはならない。それが俺の、自戒だ―――」


 川面から吹き抜けた風が、ざあっと辺りを包み込む。


 ギルガメシュを責めているわけではない。

 リョウにとってそれは、強い力を持つ己を保つための心構えなのだろう。


 その気構えがあるから剣は美しく、刃は血煙をまとわず、ブライアンも剣に呑まれていないと判断したのだろう。


「すまない……すまない………!」


 それでも彼が何を考え、何を自分に伝えたかったのかが痛いほど心に染み入ってくるギルガメシュは悔恨の涙を流していた。


 頬を伝った涙がぽたりと垂れて昨日からの高揚と慢心を身体から追い出していく。


 三段、四段飛ばしで階段を上っている自分に自惚れ始めていた。


 リョウに褒められて、ダミアンへの勝ち目が見えてきた事でこれまでの恨みを晴らしてやろうと思う部分が少なからずあった。


 だが、リョウは暗に言った。

 それが本当の目的か、と。


 ザァッともう一度、風が彼らを包み込んだ後。

 ぽんと肩を叩かれたので顔を上げれば、彼は優しく微笑んでいた。


「今日は仮想ダミアン戦をやった後、戦技の伝授を始める」

「僕は浅はかだった。強くなると言うことがどういう事か、考えてなかった」


 強さのみに憧れるのは子供のする事だとはっきり分かった。


 その世界に足を踏み入れた今、力の用い方と心構えも鍛え始めなければならないのだと心に強く刻みつけたギルガメシュの脳裏に、剣聖ウェンダート=クロムの言葉が思い返される。


 剣聖曰く―――

 その躰のみならず。

 その技のみならず。

 心無くして剣の道、決して登るべからず。


 それが分かればいいさと頷いたリョウは次に、至極真面目な顔でとんでもない事を言った。


「手段が目的にならないようにな。お前の目的は父親の名誉と自分の夢を護る事、ダミアンはその為の邪魔でしかないんだ。正直俺はギルが成長するための踏み台としか思ってないぞ?」


「……はは、君にはかなわないよ」


 まだダミアンに対する苦手意識が消えたわけではないものの、彼が言うと本当にそう思えてくるからすごい。


 有言実行ゆえの信用なのだろうかと考えていると、腕を組んだリョウはこれまでの苦労がかいま見える苦笑いを浮かべた。


「本当だって。どこにでもいるんだよ、ああ言うの」

 

 あまりに実感がこもっているので、旅の間にいろいろあったのだろうと察したギルガメシュはそれ以上言わずに木剣を持った。


「朝でも魚が穫れるか試してみるよ」

「たぶん出来るだろう。どうしても見た目の屈折がやっかいなら目を閉じてやるといい。そのうち目で見える虚像と気配で感じる実体の差も分かるようになるさ」


「そ、そうなのか」


 残像や分身の対処には必要だぞ、と当たり前のように出てきた高次元の話に、今は頷くだけの弟子は河に向かう。


 三日目の修行はこうして幕を開けた。



       ◇   ◇   ◇

 

 ギルガメシュが捕った魚で朝食にしたあと。


 模擬戦を始めた二人はいつものように木剣を構えて向かい合った。


「これまで通り俺はダミアンの真似をする。そこから相手の癖と死角を見いだせ」

「分かっている!」


「今日から十割のダミアンだ! 訓練ではなく、試合と思って全力でかかってこい!」

「はっ!」


 集中を高めた今のギルガメシュには、昨日との違いがなんとなく感じられるようになっていた。

 

 そして、自分との実力差も。


(凄い! 本当に相手をしているのがダミアンに思えてくる!)


 もし数日前に城で遭ったとき、今のように相手の実力を感じ取れる技術があったなら、怒り任せに試合をしますなんて言いそうになる事は無かっただろう。


 性格は最悪でもダミアンは確かにそれだけの実力を備えていた、しかし。


 リョウの試合を見て、訓練で影のダミアンを相手する内に見えてきたのである。


 相手の癖、好みの攻撃方法、そして攻防のパターンのいくつかが。


「そこだっ!」


 間合い三歩、自分が防御に回った時に右と左からの袈裟斬りが来たならば、最後に必ず突いてくる。


 その三段攻撃を昨日いやと言うほど喰らったギルガメシュは最後の突きにかぶせるよう下から薙ぎ払い、ガツンと手応えがあった。


 リョウは自分の判断で最後の一歩を踏み込まなかったが、ダミアンだったならまとも食らっていただろう。


 代わりに残してあった木剣は鋭い一撃で真っ二つに折れており、訓練用の剣なら骨の一本ぐらいへし折りそうな攻撃だ。


「今の感じを忘れないうちにもう一度だ!」

「うおおおおぉぉっ!!」


 それから二人は日が天頂に登るまで戦いを続け、何十回目かの勝負が付いたときにリョウが休憩を告げた。


「今日の模擬戦はここまでだ。疲れがたまってるだろうからよく柔軟しておけよ」

「……………ぁぃ」


 途中に小休止を挟んではいたが、頭も身体も全力だったギルガメシュの消耗は凄まじい。


 心臓も肺も限界な彼は崩れ落ちるようにその場に座り込み、一秒後、ばったりと地面に倒れ込んでしまう。


「四十八戦してギルが八勝か。勝率六分の一だな」


 まだ軽い木剣同士でダミアン側は切り札を見せていない。


 それでも修行の開始まではゼロだった勝率がもうプラスになっているのは驚異的と言うほかになかった。


「はぁっ、はぁっ、十、割、になる、まではぁっ、はぁっ、僕、は、やる、ぞはぁっはぁっおえっ」


 呼吸が整っていないのに無理に喋ったせいか、胃液が逆流してきたギルガメシュはそれきり黙り込んでしまう。


 地面と接している身体も痛いと言うか、違和感を感じるのでごろごろと寝返りを打ち、秘密の塩水を少しずつ口にしながらしばらく回復に努めなければならなかった。

ついったー始めました(´・ω・`)

Twitter @ShobonDama_N

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