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英雄は約束を守るようです  作者: ショボン玉
第一章 二人の騎士
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第二節 強くなる時②

6/26 改行位置の調整をしました

2/14 推敲

 修行が始まって二日目の朝。


 起床して冷たい河の水で顔を洗ったギルガメシュにリョウが魚捕りを指示してから、すでに数十分が経過していた。


 木剣を片手に河に入った彼は時折ばしゃばしゃと水面を叩いてはいるのだが、未だ一匹も捕まえられておらずだいぶ苛ついているらしい。


「はっ! くそっ! ……えいっ!」


 できるはずないと分かっていたものの、いざやってみると簡単そうに思えるからたちが悪かった。


 なにせやることと言ったら魚が泳いでくるのを待って木剣を振り下ろすだけなのだ。


「くう~~~! 避けるな逃げるな魚のくせに!」

「おーい、落ち着けよ。平常心平常心」


 だんだん口調も荒っぽくなっている。


 かっかしている様子のギルガメシュが岩を蹴りつけたところで、岸辺のリョウから助言が飛んだ。


「夕べやったろ、目に見えるものに頼るんじゃない。心の眼で見ろって剣聖ウェンダートも言ってるだろう」

「あ~~~………もうっ!」


 確かにこの精神状態では本来見えるものも見えやしないだろう。


 苛立っていることを自覚したギルガメシュは大声を出すことで切り替えると、目を閉じ呼吸をゆっくりにして集中を高める。


 だが、夕べはあれほど簡単に感じられたはずの周りの気配も、今はまったく伝わってこようとはしなかった。


「なぜ夕べ出来た事が出来ないんだ!?」

「極端に疲労していると余分な力が抜けるのと、生命の危険を感じた肉体が潜在能力を解放するせいで感覚が鋭くなると言われている。逆に言えば体力がきちんと回復できたってことだ」


「なら、また今日一日頑張ればあの感覚を取り戻せるのか?」

「そうだな」


 せっかく掴めた一歩目を簡単に失ったギルガメシュは自分に腹を立てているが、一流とていついかなる時でも感じ取れるものではない。


 体調や環境、相手によって変化するものであり、寝てもさめても感じられるようになるには超一流と呼ばれるほどにならなければならないのだ。


 だから、自分も川に入るなり岩魚をすくい上げた彼の実力は、最低でもそのレベルと言うことなのだろう。


(……いま、後ろを見ないで当てたのか!?)


 容易く見える手際に、しかし実際はとてつもない技術を要すると知った弟子は改めて師の実力に感嘆のため息をはき出すしかない。


 しかも、だ。

 まだ彼はその意味に気づいていないのだが、岸辺に落ちた魚は元気に跳ね回っていたのである。


 相手を極力傷つけない手加減が仕留めることの何倍も難しいと知ったとき、ギルガメシュはリョウの立つ場所がどれほど高くて遠いかを真に知ることになるだろう。


「目が良いといっても限界がある。視線を動かして追うんじゃなくて、集中をこの場全体に向けるんだ」

「……やってみる」


 頷いたギルガメシュが水面に視線を向けたので、水から上がったリョウは岩魚を逃がすと出かけてくると言った。


「俺は市場に行ってくる。戻ってくるまで魚を捕ってるか、瞑想して夕べの復習をしててくれ」

「魚め! 覚悟しろ!」


 目を皿のようにして魚を睨むギルガメシュは自分を叱咤しながら何度も何度も水を叩き続け、こうして二日目の修行が幕を開けた。


         ◇   ◇   ◇


 今日は休日の中間日とあって午前七時の朝市は大変賑わっていた。


 リョウは両側でひっきりなしに声を上げる店員や売り子、値切ったり品定めをする客のやり取りを冷やかしつつまずは適当に回ってみる事にする。


 巡回の衛兵もたくさん居るんだな、などと思いながら十分ほど歩いただろうか。


 広場からどよめきが聞こえてきたので行ってみると、ちょうど肉の競りが行われているところのようだ。


「さぁ次は本日の目玉! 湿原帰りの冒険者が売りに出した黄竜(イエロー・ドラゴン)の尻尾、四キロだ!」


 鶏、豚、牛、羊などの他、怪物食材も出されることのある競りの目玉に、なんと(ドラゴン)の尻尾が出るらしい。


 ドラゴンは『主物質界プライム・マテリアル・プレーンの最強種』『神竜の眷属』『幻獣の王者』などと呼ばれるように、この世界の最強の座に君臨する種族であるほか、『捨てる箇所無し』『全身素材』『究極至高の竜肉』など、超高級素材としても頂点の座を不動の物にしている。


 ただ全個体が最強という訳ではなく、上位、中位、下位種―――高位、普通とする辞典もある―――に分類されるドラゴンのうち、下位種であれば一流の、中位種であれば超一流の冒険者パーティが死力を尽くして倒した例はこれまでにもあった。


 どうやら竜殺し(ドラゴン・スレイヤー)の二つ名を得るに相応しい冒険者達がめでたく黄竜討伐に成功し、使い物になる素材が市場に出回ったのだろう。


 強力な魔術特性をもつために肉以上の高値で取引される鱗と皮はすでに剥ぎ取られ、骨も外されて赤黒い肉だけとなった尻尾はかなり小ぶりで先端も切り落とされていた。

 

 他の部分が売りにでてない事を考えると素材として残す余裕などない死闘だったか、依頼主が引き取る契約だったのかもしれない。


 ただ残り少ないとあっても、究極の料理、至高の逸品と王侯貴族や美食家の間で垂涎の的であるドラゴンステーキの何食分かにはなるだろう。


 やがて競りが始まったのだが、あちこちからとんでもない額の入札が続き、広場は一気に騒がしくなっていった。


 肉屋の周りに重装備の騎士や衛兵が並んでいるのは不測の事態に備えてのことらしく、周囲には私服で監視している者もいるようだ。


「金貨二万!」

「二万五千!」

「二万八千だ!」

「三万二千!」

「五万」


「さあ五万! 五万出ました! 他に無いか他に無いか!?」


 結局、殺気だった声を遮るかのように風格のある男性が五万を告げて落札となった。


 おそらくここの有名人なのだろう。

  周囲の好奇と妬みの視線を平然と跳ね返す男は従者らしき若者に支払いと引き取りを命じ、騎士たちに囲まれながら悠々とその場から引き上げて行く。


「ドラゴンステーキは副作用がでるぐらい美味いからなあ」


 父親に食べさせてもらったことがあるリョウは無理もないかと納得したのだが、ふと今も空きっ腹を抱えて剣を振っているはずの弟子を思い出したので肉屋に寄っていくことにした。


         ◇   ◇   ◇


「野菜も一通り揃えた、あとは……果物も買っておくか。あればかりだと気づかれるかもしれないからな」


 果物の中には霊薬ほどではないにせよ魔術特性を持つ物があり、僅かながら体力などを回復してくれるのだ。


 比較的安価で味のいい物も多く、保存も利きやすいことから町の外を旅するときの必需品でもあった。


 普通の果物もあわせて適当に見繕ったリョウは、ついでに少し高級な野外用の食器なども揃えてから市場を抜ける。


 ギルの家はどっちだっけと王城の位置を確認したところで、真新しい東方風の店先が視界に飛び込んできた。


「あれ? 三神の甘味屋か?」


 餡や餅米、小豆などを中心に使う三神(ミツカミ)国の菓子は卵、小麦粉、乳製品を使う他の国の物とは味も作りも大きく異なっている。


 仕入れの都合上値段はかなりお高いが、平民から貴族まで根強い愛好者が多いのも事実で、他国に出店した三神菓子屋は何処の町でも人気を集めているのが現状だ。


(あの人が好きだったなぁ……)


         ◇   ◇   ◇


「古文書の解読ばかりでは気も滅入るであろう? 甘い物は頭を使ったあとに良いというのじゃ、その……茶をたてるゆえ、一緒にどうかの?」


「ああ、ありがとうございます(シズカ)さん」


 リョウが八ヶ谷で匿った藍髪の女性は(シズカ)と名乗った。


 彼女は少し前から身体の一部が獣のようになる奇病に罹っており、神聖魔法の治療の奇跡(キュアー・ディジーズ)でも治らないため、とある『石』を捜しにいこうとしていたというのである。


「獣身症みたいなものですか」

「まだ月に一度、短時間じゃがの。異国の学者によると、賢者の石と呼ばれるものがあれば治せるらしいのじゃ」


 追っ手は望まぬ結婚相手の手下だったそうで、早いところ身体を治してこの国を逃げ出し、素敵な旦那様を見つけて家を護るのが夢なのじゃと毎日のように語っていた。


「妾はの、炊事をして洗濯をして、帰ってきた旦那様にお帰りなさいと言うのが夢なのじゃ」

「ずっと一緒に居たいとかはないんですか?」


「この国では亭主元気で留守が良いとも言うてな。旦那の稼ぎによらず、常に一緒だと気を使いすぎて気疲れしてしまうから、ほどほどに個人の時間を持った方がよいとされておるのじゃ。もともと、女が働ける場も少ないしのう」


 また、逃げていたときの身なりや話し方からして一介の町娘でないのは確実だったが、土天宮の縮緬問屋の孫娘を自称して退かず、例によって首を突っ込んだリョウは彼女の手伝いをする事になったのである。


         ◇   ◇   ◇



 ふと、三神にいた頃の記憶が頭を過ぎったリョウは店に入ると色々買い込んでしまった。


 おみやげにちょうど良いと思ったのは確かだが、それ以上に鎖国で仕入れに苦労しているだろうと罪滅ぼしの気持ちがあったのは否めない。


「この詰め合わせを全部と、この四個入りを全部と……棚に並んでいるのも全部ください」

「は、はいっ!?」


 店ごと買い占めそうな勢いに店員は飛び上がってしまったが、大きな茶会を開く貴族の使いとでも思ったのか、季節限定商品の案内もどうぞと渡してくれる。


「鎖国で大変だとは思いますが頑張ってください」

「毎度ありがとうございます、今後ともぜひご贔屓に!」


 店員総出で見送られてしまったリョウは買いすぎたかなと頭をかきつつ、今度こそフォレスト家へ向かうことにした。


         ◇   ◇   ◇


 活気のある市場通りを後にしてしばし。

 大きな屋敷の前を掃き掃除するメイドや執事と何度かすれ違いながら、静かな高級住宅街の奧へと到着する。


 市場で夢中になっていたせいか、すでに時刻は八時を回っていた。


 さすがに皆さん起きているだろうと遠慮がちに扉を開けると、ちょうど通りがかったシーバスに迎え入れられる。


「お帰りなさいませ、リョウ様。おや、ギルガメシュ様はご一緒ではないのですね」

「ちょっと用事で戻ってきただけなのです。ブライアン様はご在宅ですか?」


「ちょうど出られる準備の最中と思います。入れ違いにならずに良かったですね」


 皆さんでどうぞ、とすあま十六個入りの包みをシーバスに渡したリョウが私室へ通されてみれば、書類の山に囲まれたブライアンが紅茶に口を付けたところだった。


「おはよう。夕べは帰らなかったようだが、どうしたのかな」

「おはようございます、ブライアン様。俺達は町を出て河のそばで野営をしています。ギルは今、木剣で魚を捕る訓練に入ったところですよ」


 彼の言う修行が想像を三歩ほど飛び越えていたので、思わず咽せ混んだブライアンからぶごっ、と音がする。


「もうそんなことをしているのかね!? そ、それで君の目から見て、息子はどうだろうか」


「大丈夫ですよ、明日には魚が捕れるようになるでしょう。それから実戦経験を積ませて試験までには剣技を覚えてもらうと思っています」


 よほど驚いたのだろう。

 ハンカチで口を押さえていたブライアンから今度はン゛ッ!と紳士にあるまじき声が漏れた。


 たかが九日の修行で剣技を一つ修得するなど、どれだけの努力と才能と指導が必要なのか分からなかったのである。


 これはある程度剣の事を分かっている者に話したら、正気を疑われるか一笑に付される次元の話のはずだ。


 息子はもともと剣技に手が届きかけていたと言うわけではない。

 操気技術だって修得していなかったと言うのに。


(いや―――)


 危うく飛び出しかけた鼻水をすすり、尊厳を保ったブライアンはすぐにその考えを改めた。


 この少年が約束すると言ったのだから、自分はただそれを信じ、息子に期待して待っていれば良い。


「やはり教師が有能だと生徒の進歩も早いものなのだな」


 納得するように頷きを繰り返す彼とて、親衛騎士以外の騎士団の中では五本の指に入る腕前である。


 しかし腕の立つ者が有能な教師になれるかと言うと、必ずしもそうではない。


 どこかの剣術道場に通った経験がないにしてはよく教えている方であろうが、基本重視の訓練になってしまうのは仕方のないことだった。


 けれど今、その積み上げた基本がリョウによって一気に開花させられようとしているらしい。


「それもギルの努力、集中力、今までの基本の下積みがあっての事ですよ。ところで、その。騎士団募集試験の登録、と言うか申し込みはいつどのようにすれば良いのでしょうか?」


「それなら私が昨日済ませておいた。身元保証人と推薦状が必要なのだが、私が君の分も兼ねておいたので問題ないと思う」


「そうなのですか。俺のような身元が不確かな冒険者の保証人になっていただけるなんて、感謝の言葉もありません」


「何を言っている、感謝するのはこちらの方だ。私にはこのような事しか出来ないが、可能な限り協力させて貰う」


 ブライアンにはそう答えるだけの理由があった。

 それだけの恩義をすでに受け取っていた。


 息子を救われ、今も現在進行形で政敵との対決に向けた協力を得ているのだ。


「ありがとうございます、ブライアン様」


 だというのに、リョウは深々と頭を下げた。

 自分がした事などなんでもない、恩を感じる必要はないとばかりに。


(この少年は、奉仕する「持てる者」だと言うのか―――!)


 瞬間、今日一番の衝撃を受けたブライアンの中で、昨日感じた予感が確信に変わった。


 この少年は将来、確実に大勢を導く大物になる。


 息子のみならず、自分もリョウと出会えた事に感謝するべきだとはっきり分かったのだ。


 しかし同時に引っかかりとなった、国や騎士団が求めるような、管理と命令により部下を牽引するリーダー像でもないという違和感はなんだ。


(あれは……大学で目にした論文だったか?)


 ブライアンは第一騎士団長に就任した直後、組織を指揮するにあたり王都大学でいろいろな書物を読み込んだことがある。


 その中で目についた、とある学生の論文に気になる記述があった。

 おそらくこの違和感はそれに起因している。


 論文には国の在り方を維持するために主権者配下の集団は、長による管理と命令により運営されて行くべきとあった。


 その反面、国という枠組みの一番遠くからいつか、他者に尽くし、他者を思いやることで、彼らを能動的に活動させ高めていく存在が現れるだろうと予言していたのである。


 論文では、そんな存在をなんと呼んでいただろうか。


(私の部下にする。果たしてそれで、彼のためになるのだろうか)


 この大きな器を自分は上手く扱うことができるのか。


 国という枠組みは、外からきた若くして突出した才能を受け入れられるのだろうか。


 そんな疑問が首をもたげてきたブライアンは、時間のあるときに王都大学に行ってあの論文を読み直すことに決める。


「それでは試験日の朝に戻ってきます。きっとギルは見違えていますよ」

「うむ、期待している」


 扉が閉まり、少年の気配が立ち去ってしばし。


 彼の父、ハスラムが何者かの推測も立っていたブライアンは腕を組んで窓の外を見上げる。


 その胸中では彼が部下に欲しいと言う思いと、大きな器はしかるべき場所で発揮されるべきと言う思いとが渦巻いていた。


         ◇   ◇   ◇


 ブライアンの私室を辞したリョウはシーバス、メアリ、マリーの三人にお土産をありがとうございましたと見送られながら玄関を出る。


 誰かが手入れをしたのだろう、吹っ飛ばしてしまった場所に作られていた花壇に苦笑いしつつ庭を歩いていると、門柱の影から小さな人影が飛び出して行く手を遮った。


「貴方!! お兄様をどこへやったの!?」


 ふわりと揺れた縦巻きの茶金髪(ダークブロンド)は母譲り。


 やや上目遣いに睨みつけてくる、淡褐色(ヘーゼル)の瞳は父譲り。


 ビッと鋭く指を突きつけ、十四歳にしては将来が不安な胸を張った少女の正体は、何のことはないフォレスト家の長女だった。


「おはよう、リイナちゃん」

「おはようございます、今日も良いお日柄―――リリ、リイナちゃん!?」


 これまでまともに顔も合わせられなかったリョウがやっと話せたと微笑んで挨拶すると、瞬時によそ行きの笑顔を浮かべた少女も両手でスカートの裾を摘まみ、膝と腰を曲げて深々と頭を下げる。


 条件反射でカーテシーを決めるあたり、さすが良家のご息女であると言えよう。

    

 ただ本人はちゃん付けが気にいらなかったようなので、右手を鳩尾のあたりに添えたリョウは膝を曲げて言い直した。


「おっとこれは失礼を。おはようございます、リイナ嬢」

「フン! 馴れ馴れしくしないでくださいます?」


 腕を組んでつーんとそっぽを向いた横顔はまだ子供であったが、きっと将来は母に似て美人になるだろう。


 息子の嫁に欲しいという申し出はアトゥム貴族どころか地方の有力貴族からも届いているが、今のところ嫡男の去就がはっきりしていないせいもあってその動きは本格化していない。


 そして本人はというと、兄に対する家族愛を少々こじらせていてまったくその気はないようだ。


「で、お兄様をどこに隠したのかしら?」

「ブライアン様から聞いてないのかな」


「聞きましたわ。貴方から強くなるための特訓を受けているそうね」

 

 さすがに少し慣れたのか。

 昨日の食事時のような態度は形をひそめており、そこには純粋に兄を心配する一人の妹が立っているだけだった。


「その通り、君のお兄さんは今、ダミアンに勝つために修行してるんだ。ダミアンは知ってる?」


「ええ知っていますとも! あの独りよがりの礼儀知らずの傲岸不遜の厚顔無恥の―――!」

「ほ、ほら。ギルは絶対に負けたくないからさ、頑張ってるんだよ」


 名が出ただけで烈火のごとく怒り出した以上、奴との間に何かあったのだろう。


 厄介な話題を出してしまったと後悔したリョウは話題を戻そうとしたのだが、それがまた気に障ったようだ。


「たとえそうだとしても、冒険者なんかに教わる事なんか何一つ無いはずですわ! フォレスト家は代々騎士の家柄の由緒正しい貴族なのですから!」


 顔を真っ赤にして食ってかかるリイナに、さすがの彼もどうすればいいのか分からなかった。


 これまで懐かれたり餌付けした経験はあれど、敵対的な年下の女の子と接したことがなかったのである。


「うーん」

「何ですの!?」


「そう頭ごなしにこられると、困っちゃうなと」

「へ、平民のくせに……!」


 もちろん彼女とのやり取りが苦痛な訳ではない。


 むしろ心から兄を心配している様子を微笑ましくすら思っているのだが、リイナはその余裕も気に入らないようだ。


「試験の日は強くなったギルが戻ってくるからさ、期待して待っててもらえないかな?」


 きっと見違えた兄を見れば納得してくれるだろう。

 それ以上に驚き、喜んでくれるのではないかと考えたリョウが提案するも一蹴されるだけだった。


「お断りですわ! お兄様自身の口から、貴方に教わった方がお父様に教わるよりも為になると聞くまでは絶対に逃がしませんの!」


「でも貴族のお嬢様を連れ歩いて大丈夫かな? 馬車とかあったほうがいいんじゃ……」

「お父様が守護するこのアトゥムの治安を馬鹿にするつもり!?」


 とりつく島もないとはこういうことを言うのだろう。


 彼女の不退転の決意を察したリョウは表通りなら大丈夫かと連れて行くことにしたのだが。

 たとえ妹と言え、今だけはしてはならないことがあるとまっすぐに見つめて言った。

  

「わかった、案内する。でも一つだけ約束してくれ」


 瞬間、十四歳の少女は世界が緊張したような錯覚に陥った。


 彼の約束という言葉を、心が最優先事項として捉えたのだ。


「な、何ですの? その……聞いてあげてもよろしくてよ?」

 

 この約束を破ったら大変なことになる、という本能的恐怖を感じた彼女は無意識のうちに二歩、三歩と後ずさっていた。


 有言実行を貫く彼は、別に相手にも同じ覚悟を強制することはしない。


 だが常日頃からの姿勢と実績が他人には重く感じる事もあり、それを受け止めるには彼女はまだ若すぎたようだ。


「ギルはいま、自分の限界の早さで成長しているんだ。決してその邪魔をしては駄目だ、君も後悔することになる」

「……分かりましたわ」


 沈黙が立ちこめ、気迫に圧されて頷いた少女から毒気が抜けてしばし。


 にっこりと微笑んだリョウが歩き出したので、交渉が成立して満足なはずのリイナがふくれっ面で続く。


「じゃあ行こうか。案外ギルの奴、妹さんに応援されてますます張り切っちゃうかもな」

「むー」


 そうしていると年相応に可愛らしい。

 同世代の少年ならこの表情を見てどきっとしたり、少しからかってみたくなるだろう。


 背の高いリョウのあとにとててて、と続くリイナには敵愾心をむき出しにしていた自覚があった。


 大好きな兄をよりによって平民の冒険者に奪われたという焦りと、彼と楽しそうに話す兄を見た嫉妬がごちゃ混ぜになり、なんとしても取り返さなければと考えていたのだ。


 しかし意にも介されず、独り相撲を取っていたと気づかされて少し恥ずかしくなってしまった。


 貴族学級の同世代男子には決してない余裕。

 父の貫禄、母の愛、兄の優しさとも違う受け止め方が何なのかは分からない。


 なにしろフォレスト家や自分にとって、長男の友人は初めてのことなのである。


(変な人、ですわ)


 未知の存在とどのように接すればいいのか分からなくなってしまったリイナはとりあえず、歩調を合わせてくれる相手をそう位置づけておくことにした。

3/29 竜肉を値上げ

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