第二節 強くなる時①
6/26 改行位置の調整をしました
7/11 バック→バッグ修正(´・ω・`)
2/13 推敲
「本当に、本当に大丈夫なんだろうな!?」
「大丈夫だって。ちゃんと何を目的にして何をするか説明するから。知らないでやるより、意味を理解して訓練する方が効果が高まるしな」
「それならいいが……」
王城を後にした二人はああだこうだと言い合いながらその足で町を出ていた。
アトゥム外郭から徒歩十分、街道を外れてサクタール河畔を見回したリョウはここらで良いだろうとギルガメシュを振り返る。
「じゃあ早速始めよう」
「ああ、よろしく頼む」
手ぶらのまま連行されたギルガメシュはどんな危険地域に放り込まれるかとびくびくしていたのだが、意外に近い場所だったのでなんだと気抜けしてしまった。
「こんなところでやるのなら、家でも変わらないんじゃないか?」
「いや、町中は人や雑音が多すぎるから気配を探るのを学ぶには向いてない。それにここは見晴らしも良いから、ポールの間者っぽいのも潜みようがないだろう」
「間者だって? まさかそんな大げさな」
子供相手に大げさすぎるとギルガメシュは笑ったが。
「居たぞ? 城を出た時から町の門を出る直前まで茶色い服を着た男に付けられてた」
「ええっ!? 全然知らなかったぞ!?」
「朝、家を出たときに居たのもそうだったのかもしれないな。視線に気づいてるって目を合わせたら消えたけど、ポールに知らせに行ったとか。なに、数日もすればギルも分かるぐらいになるさ」
何を狙っているのかも分からないし、手の内を知られるのも面白くないしな、と木剣を二本取り出したリョウは一本をギルガメシュに放り投げる。
「まずは軽く準備運動から。その前に確認だけど、ギルは基本は十分なのにどうして次の段階に進んでいなかったんだ?」
今朝の手合わせで大体把握できていたリョウが尋ねると、あーと呟いたギルガメシュは少し困ったように答えた。
「たぶんだけど、父上はもともと剣を教えるのが苦手なのかもしれない」
「ふむ」
「名剣士が名師範とは限らないってよく言うだろう? 画一的な基礎訓練ならともかく、一人一人にあった指導って難しいんじゃないかと思うんだ」
「ならギルにはどんな訓練が合っているかって話だが」
頷いたリョウは目の前のギルガメシュと、先程手合わせしたダミアンとを頭の中で比べながら、まず不足している部分を説明するべく話を続けた。
「まず実戦経験の有無。ダミアンはおそらく人を斬った事があるだろう」
「それは、強くなるのに必要な事なのか」
その意味が、他人を殺めた事があるかどうかを指していると察した少年は顔を強ばらせる。
彼は自分の手で人を殺めるという事がどれほど重い事かブライアンから繰り返し聞かされているのだ。
「別に他人を殺めたら剣の腕が高まる訳じゃない、関係してくるのは覚悟の問題だな。最後の最後で剣が鈍るかどうかとか」
そういうリョウは基本手加減をするものの、守らなければならない一線を見誤ることはない。
斃すべき邪悪は斃す。
償わせるべき者には生きて償わせる。
その線引きは明確であり、自分の手が血に塗れることにためらいは無かった。
「そこは俺も、武器を持って戦う事を決めたなら、いざと言う時のために覚悟を決めておけとしか言えない。だが実戦には人殺しの経験よりも大事な事がある」
「それは?」
「実戦によって培われる勘の様なものと、様々な状況を把握し、対策を考える力だ。訓練も大切だが、影剣闘などで同様の効果を生み出せるようになるにはやっぱり実戦経験が必要になるし」
「培われる勘と、状況を把握し、対策を考える力……」
「そうだ。いくら肉体を鍛えても自分、相手、周囲の状況を把握、判断して命令を下す為の頭脳が鍛えられていなければ意味がない」
肉体的な修行は日頃の鍛錬の積み重ね以外にはどうしようもないが、頭脳はふとしたきっかけや気づきがあれば短期間に驚くほど成長できるのだ。
もちろんそのためにはあらかじめ多くの知識を蓄え、発想力を磨くといった頭の訓練が必要にはなるが。
脳みそと反射神経まで筋肉で、精神が未熟な相手に剣の実力が多少劣っていようとも、判断力、予測力、戦術が優れていれば十分過ぎるほど勝機を見いだせる。
そしてそれは、その伸びしろを大幅に残しているギルガメシュに勝ち目があるとリョウが確信している裏付けでもあった。
「ああ、もちろん身体の方もびしばしいくぞ? 頭の回転が早くても、体がそれを実践できなければ持ち腐れだからな。足腰が立たなくなるぐらいは覚悟してくれ」
「りょ、了解……」
夕べ聞かされたような、彼の父親みたいな修行だったら命がいくつあっても足りやしない。
思い出すだけでげっそりやつれそうなギルガメシュが顔を青ざめさせたので、何を想像したのか分かったリョウは心配するなと準備がある事を告げる。
「さっきも言ったが、死にそうになったら神殿に行ってもいいし、回復の霊薬もあるから心配するな」
瞬時に体力を回復させたり、怪我や病気の治癒、高額なものになると失われた手足などを再生する効果のある霊薬の事はギルガメシュも知っていたが。
薬漬けの修行はなんだか嫌だなと思った彼ははそこで、市場や薬師の店で見たことがある霊薬の値段を思い出した。
「霊薬って結構高くなかったか?」
「効果次第でピンキリだけど、どれも消耗品として割り切れる程度だろう。俺は一人で旅してたから他の冒険者より持ってる量は多いかも知れないけど」
標準的な品質の体力回復の霊薬ですら、平均的アトゥム平民の一月の手取りが何割か飛んでいく。
恥ずかしながら自分が働いて収入を得たことがないギルガメシュは冒険者の金銭感覚はそんなものなのかとも思ったが、他人から施されるのも貴族として間違っているはずだ。
「もし僕が使ったら、父上からその分の代金をもらってくれ」
「良いって良いって。大した値段でもないし、もともと薬頼りにするつもりもない」
(大した値段じゃないのなら、どうして冒険者の一行にほとんど必ずと言っていいほど、回復魔法の使い手が含まれてるんだ? 基本、回復や治癒は魔法頼りで、霊薬は緊急時の利用だと想像してたんだが……)
ギルガメシュの想像はほとんど正しい。
霊薬には生産量や保管期限といった制約があるほか、町中の神殿ではもっと格安のお布施で同様の神聖魔法を施してもらえるのだ。
神殿は国営機関の一つであり、税金が投入されていることも関係しているが、魔法の治療は霊薬に比べてかなり安い。
たとえば右腕欠損を再生するための霊薬が、相場により変動するとはいえ一本金貨二千枚を下らないのに対して、神殿でのお布施は金貨二十枚で済むのである。
―――なお、冒険者達が司祭職や女性の精霊使いといった、回復魔法の使い手を仲間にする理由にはいくつかの理由があるそうだ。
まず、依頼の受託条件に一人以上の回復魔法の使い手を指定されているのがほとんどだ。
また高価な消耗品を回復の主体にしたら、仕事に成功したところで赤字になる可能性も高い。
霊薬はあくまで回復役が倒れたときやいざというときの命綱なのだが、値段を気にするあまりにもったいぶって仲間を死なせたり、結局使わずに腐らせてしまう冒険者もいる。
そんな彼らはだいたい『持ち腐れの』とか『霊薬惜しがりの』と呼ばれるようになるのだが、中規模の町ならかならず一人はいるほど夥多な二つ名でもあった。
とはいえ、ここは危険地帯のまっただ中でも迷宮の奥深くでもない、人通りも多い主要街道から少し離れた町のすぐそばである。
多少怪我をしたところで神殿へ駆け込めばいいのだから、保険があるから心配するなと言うリョウなりの計らいなのだろうとその時のギルガメシュは思った。
「そろそろ始めないか? 実は、さっきの君の試合を見て、身体がうずうずしているんだ」
「よし、軽く『合わせ』から始めよう」
木剣を構えた二人は試合のように向き合うと、足下の砂を踏みしめて気合いを入れる。
そして一日目の修行が始まった。
◇ ◇ ◇
あたりに夕闇が迫り始めた頃、木剣を持ち上げることすらままならなくなったギルガメシュがもう駄目だと地面に転がった。
「ぶはっ! さすがに限界だ!」
「よく頑張ったな、そろそろ飯にするか」
リョウが差し出した水筒を傾け、塩の入った水をがぶがぶと飲み込むギルガメシュはやはり体力回復の霊薬が欲しくなったりしたのだが。
言われたとおりに水分と塩分をこまめに補給していると回復が早い気がする、今のところ辛いが我慢できないと言う程ではない。
―――じつはそれが薄めた霊薬入りの水であり、体の酷使と回復を可能な限り繰り返させる狙いであることに彼は気づいていなかった。
結果を直接事象に現す神聖魔法では酷使により破壊された筋繊維が成長を伴った修復をする事はない、元の状態に戻るだけだった。
しかし、身体の本来あるべき動きに作用、加速する霊薬の場合は超回復による成長が望めるのである。
ただ理屈ではそうでも、そんな金満修行を実行に移す者などこれまで居なかった。
先に触れたとおりいくら金があっても足りないし、各店舗の在庫も無限というわけではない。
あからさまに買い集めれば大幅な値上がりに繋がって、自分や他の冒険者の首を絞めかねないのである。
「魚を捕ってくる」
そう言い残したリョウはブーツを脱ぐと、木剣を片手にあかね色に染まる河へざぶざぶと入っていった。
それでどうやってとギルガメシュが振り向いた時にはもう、ペチンと弾かれた一匹目の魚が空を飛び、目の前に落ちてぴちぴちと跳ねている。
「よっ」
ペチンッ、ピュー、ビタンッ。
「はっ」
ペチンッ、ピュー、ビタンッ。
西にある大湿原から領土を南北に二分する形でギュメレリーを横断するサクタール河は、支流も含め水量が豊富で水質もよく、アトゥムだけでなく近隣町村の水瓶になっている。
時々水蛇やワニといった水生怪物や動物に遭遇することもあるが、魚や貝、蟹などの資源も豊富で漁師も多い。
「ほっ」
ペチンッ、ピュー、ビタンッ。
「とっ」
ペチンッ、ピュー、ビタンッ。
時折場所を移動し、一分も経たないうちに次の獲物を仕留めている。
柔らかい腕の振り、そして寸分違わず自分の目の前に落ちてくる魚達を見てギルガメシュにも分かった。
彼ははじき出しているのではなく、すくい上げているのである。
(まるで草刈りだ)
動かない相手を狙っているのならまだしも、相手は生きて動く魚である。
川面の屈折で正しい位置を把握する事すら難しいはずの魚を、いとも簡単にすくい上げ続けるリョウを見て、感心と言うより呆れが先に立ってしまった。
「とりあえず四匹ずつでいいか」
「どうやって食べるんだ? ソテーかムニエル? あ、パイ包みとかか?」
彼が河から上がってきたので、強い空腹感を覚えていたギルガメシュは料理はどうするんだろうと期待に目を輝かせたのだが。
手ぬぐいで足を拭いていたリョウは面食らった表情で勘弁してくれと言った。
「いや、そんな手の込んだのは家のメイドさんにお願いしてくれよ。串焼きだ、串焼き」
「串焼き? 食べたことないな……」
さすが貴族の息子様、生きてる魚の調理など見たことがないらしく興味津々で、ブーツに足を突っ込んだリョウはナイフを取り出すとまあみてろと鰓に指を突っ込んだ。
「まずこうやって鰓を取るんだ。難しかったら、細い木の棒を二本口から突っ込んで捻ると、腸ごと簡単に引っこ抜けるぞ。鱗は細かい魚だから取らなくてもいい。岩魚は肉食性だからな、こうやって肛門から腹を切って中の腸を取り出すんだ。腸を傷つけないよう、刃は立てすぎないように」
ぷにゅりと出てきた腸と鰓を焚き火に投げ込み、河で軽く洗って串を打つ。
「鮎は川藻とか微生物を食べるので腸ごと食うこともできる、苦いけどな。親父は酒に合うってよく言ってた」
たき火用に集めた薪を手早く削り、作った串で踊り刺しにしてもう二匹。
「うわー? 魚ってこうやって処理するのか!?」
慣れた様子の手際に感心するより、まだ生きている魚の腹を割き、串を打って塩を振りかける様子にギルガメシュは少なからず衝撃を受けた様子だった。
◇ ◇ ◇
辺りが夕闇に包まれたころ、オレンジ色の光が照らし出す狭い範囲に香ばしい匂いが立ちこめていた。
我慢できない様子のギルガメシュは五秒ごとに魚とリョウとを見比べている、空腹もあってか脂がしたたり皮がふくらむ様子に興奮が隠せないようだ。
「ああ、良い匂いだな。家にいた頃はこんな野性的な食事なんて想像もしなかった」
「野性的ねぇ」
冒険者や街道を行く商人、旅人なら当然の野営も別世界だったようで、腹ぺこ貴族は口の中を唾で一杯にしながら魚が焼けるのを待ちわびている。
「そろそろいいか」
具合良く焼けた串を取って手渡すと、ありがとうと受け取った彼は一瞬食べ方が分からずに戸惑ったのだが。
自分の分を手に取ったリョウがするようにかぶりついて、一言。
「あちち……旨い!」
「川底が砂利なのもあるだろうが、この辺は水質がいいんだな、まったく泥臭さがない」
言葉があったのはそれぐらいで、あとは無言の咀嚼が続く。
一串目、二串目、三串目もあっという間に胃袋に消えて、最後を握るギルガメシュがぽつりと言った。
「……足りない」
「芋でも焼くか」
同感だったリョウがいくつかのジャガイモを熾火に放り込むと、ここには手ぶらで来たはずじゃないのかと魚の身を頬に付けたギルガメシュが首を傾げる。
「さっきからずっと気になってたんだが、一体どこからいろいろ取り出してる?」
君は魔法使いかと驚く彼に、頬についてるぞと笑ったリョウは腰のポーチを指さして言った。
「こいつはホールディング・バッグと言う、中は別のところに繋がっている魔法の道具入れでね。重さも感じないし、結構大きな物を入れておく事も可能なんだ」
「ああ、冒険者や商人垂涎の道具だって聞いたことがある。考えてみれば君がもっていても不思議じゃないか」
四本目の串を焚き火に投げ込み、袖で頬をぐいっと拭ったギルガメシュは熾火の中で焼かれていく芋に興味深そうな視線を向けた。
「どのぐらい入るんだ?」
「作成者によって違うらしい、俺も色々入れているけどまだ余裕がありそうだ」
「そんなに入るのか。あまり入れると何が入っているか忘れそうだが」
「そうだよ、忘れたら取り出せなくなるんだ。俺が入れたものを他人が取り出すことはできないし」
そのあたりは個人の記憶と管理に左右されるし、雑な商人が入れたものを忘れてしまったり、バッグ持ちに荷物を預けていたら本人が戦闘中に死亡してしまい、すべて取り出せなくなってしまった不幸な冒険者達もいる。
そんなふうに取り出せなくなったものだらけで空き容量が減ったりいっぱいになってしまうと使い物にならなくなるため、魔法学院に高い金を払って初期化してもらうしかなかった。
ちなみにリョウはそんなことにならないよう、きちんとバッグの中身の台帳を付けている。
食材に消耗品、衣服、各種素材に装備の予備。
道具に書物に貨幣に宝石と、膨大な所持品を記載しているのだ。
さすがに革袋一つ一つの形や詳細までを覚えおく必要はなく、たとえば共通金貨が五百枚以上入った袋とすればその中で一番最後に入れたものが、共通金貨が入った袋とすれば、一枚でも入っている袋の中から最後に入れたものが取り出せる。
武器や食料といった大きな区分でもやり取りできるため、何を入れたのかさえきちんと整理しておけば、忘却による消失はそれほど怖いものでもなかった。
「いったい中はどうなってるんだろう。人は入れるのか?」
「死体なら行けるって話だが、生きてる人が入ると行方不明になるらしい」
「ええっ!?」
「知能が関係するのか、意識が関係するのかはわかってないが、死体はいける、生花も入る、生きてる貝は入るが魚や虫はだめ、動物や人もだめと言われているな。どんな実験で判明したんだか」
怖い怖いと肩をすくめたリョウは芋に枝を突き刺して火が通ったのを確認すると、そのまま引っ張り上げて向かいに差し出した。
「火傷に気をつけろよ」
「分かった」
焼き芋など初めてのギルガメシュがひいひい言いながら皮を剥いていると、岩塩をかけていたリョウがそう言えばと言った。
「そう言えば食事についてだが。明日からギルが魚を捕ってくれ」
「ええっ!? 僕が!?」
木剣一本で水面下を通る魚をはじき出すなんて、もちろんやった事もなければ簡単にできそうにない。
できるようになるさと簡単に言ったリョウは、腹が落ち着いたようなので続きをするぞと椅子代わりの岩から立ち上がる。
「さて、次は気配を探る方法だ。そしてこれは操気技術の初歩でもある」
操気技術。
生物が発する生体エネルギーを操作して攻撃や防御、肉体の強化などを行う戦士必須の技術の始まりを告げられたギルガメシュは、いよいよかと姿勢を正した。
先天性でしか得ることの出来ない才能、『魔力』を持たなければ行使できない理力魔法や、天界に住まう神と契約しなければ扱うことの出来ない神聖魔法など、何らかの前提条件が必要となる魔法とは異なり、理屈上は人間、エルフ、ドワーフなどの種族や老若男女によらず誰でも習得が可能である。
だからこそ人は操気技術を用いた戦技を発達させ、外敵への力としており、冒険者でも騎士でも前衛はすべて操気技術を修得してやっと半人前卒業なのである。
ただ、もちろん才能や努力の兼ね合いによりどうしても身につけられなくて、後衛に転職したり冒険者をあきらめる者も居るには居る。
「気配を読むというのも、相手が見えていると必要ないと思うかも知れないが、そんな事はない。視覚とは別に相手がいつ打ち込んでくるか分かるようになったり、後の先、先の先を取って攻撃する事だって可能なんだ」
「ごのせん? せんのせん?」
分からないギルガメシュが首を傾げたので、ああと頷いたリョウは補足を入れてやった。
「これについては諸説あるらしいが、親父から教わった事そのままだと、先の先とは単純な先手ではなく相手の動きだしに先んずること。後の先とは相手が動き出してからカウンターを取る事を言う」
「単純な先手ではないというと?」
「未発の気、つまり相手の『今から攻撃を開始する』気配を読んで、その隙を突くって事だ。攻撃に出る瞬間って意外に隙が多いんだよ」
「なるほど。今日、君がダミアンの剣技に割り込んだのもそう言うことか?」
「あそこまであからさまだと見切ってくださいって言ってるようなものだけど、そんな感じかな」
「……聞いてるととても出来そうにないのだが?」
はっきり言って一流戦士の技術であり、操気技術を修得したから必ずできると言うものではない。
魚捕りといい、父の訓練とは次元の違う内容に生徒の方は顔を青ざめさせてしまうのだが、教える側は教育課程を変えるつもりはなさそうだ。
「いや、コツさえ掴めば簡単だ。まずは楽な姿勢で座って目を閉じてくれ」
「こ、こうか?」
半信半疑ではあるが、彼の言うとおりにしようと決めてここに居るのだ。
砂地に座って目を閉じたギルガメシュが深く呼吸を繰り返すと静かな声が届いてくる。
「まずは心を落ち着けようか。緊張するのは仕方がないが、そのせいで身体まで萎縮させたら駄目だ。緊張なんてのは気の持ちようでそのうち楽しめるようになるもんだ」
「……………」
「それから耳で聞き、肌で感じるんだ。川のせせらぎは聞こえるか? 風のさわめき、匂いはお前に何を語りかけている? 全ての事柄に神経を集中させ、同時に一つに神経を集中させないように。……俺の親父は世界にとけ込めって言っていた」
(リョウは……歩いているな。今、僕の少し後ろだろうか)
さく、さく、と砂を踏む足音がゆっくりと移動しているのでなんとなく居る位置を想像できた。
なるほど、こういう事かと鼻に集中してみれば煙の臭いが鼻を突く。
今まで気にかけたこともなかった、意識の外の情報に興味をそそられている間にも説明は続いた。
「この世界は命に満ちている。ギル、お前もその中の一つなんだ」
(命……)
声のする方向に意識を向けてみると、強く猛々しい、脈動する力の波を肌で感じる。
草むらから聞こえる虫の声は、小さな小さな水滴のような気配と言えば良いのだろうか。
では自分はどうなのかと内側に意識を向けてみると、心臓や呼吸の音とは別の何かがあった。
(僕の中に……何か、ある。小さな、だけど燃えさかる炎……)
これは何だろうと思った瞬間。
背後に立つリョウが冷たい刃を振り下ろそうとしているように見えた彼は、無意識に悲鳴を上げていた。
「うわぁ! うわああああっ!?」
刃から逃れるように飛び出し、砂地を転がりながら後ろを振り向くと、彼は立っているだけで手に何も持っていない。
「どうした、そんなに慌てて」
「わ、わからないが……!」
君が僕を殺そうとしているように感じられたとは言いづらくて言葉を濁していると、リョウはそれでいいと微笑んだ。
「その通り、いま俺は殺気をぶつけていたんだ。その反応が出来れば合格だ」
「た、試してたのか……」
今になってやっと、心臓が驚くほど早く脈打ち、全身冷や汗まみれだと気がついた。
訓練のためとは言え質量を感じそうなほど濃厚な殺気をまともにぶつけられたせいか、恐怖で強ばった身体から緊張がなかなか抜けようとしない。
(訓練でこれだ。まともに浴びたダミアンはそうとう怖かっただろうな……)
はたして自分だったら失禁せずに済んだだろうか。
思わず昼間の事を思い出した彼がほんの少しだけダミアンに同情してしまうほど、リョウの殺気は怖かったのである。
「そろそろ休むとしよう。しっかり睡眠を取って明日に備えないと」
「なんだかあっという間だったな。寝るのは……」
「もちろんここだ」
毛布が差し出されただけで説明はない。
とりあえず受け取った貴族は寝方など分からなかったのだが、なんとなくマントを羽織るように全身をくるむとそのまま砂地に寝そべってみた。
「ふふふ。リイナに見られたら怒られるだろうか」
妹が見たら貴族が地面に転がるなんてと憤慨するかもしれないが、だんだんこの未体験だらけの訓練が楽しくなってきてしまったのだから仕方ない。
危険地域ならば横になるのもためらっただろうが、ここは町の側でリョウも居る。
壁のない野外の開放感を肌で感じ、星空を見上げながら明日はどんな一日になるのだろうと思いを馳せていたギルガメシュは、一分もかからずに眠りに落ちていた。
「明日フォレスト家に行かないとな。装備を置きっぱなしだし、ブライアン様に確認することもあるし。朝市にも寄って……」
明日の予定を確認し、今日あったことを簡単に書き留めたリョウも座った姿勢のまま休むことにする。
一人じゃない野営は久しぶりだ、と少し気が張る思いだった彼の探知網は身体が寝ていても広く敏感で、夜中に近づいてきた怪しい気配も見逃しはしなかった。
街道から外れて明らかにこちらを目指している様子だったので石を投げてやると、暗い中飛来した石に足下を抉られた相手は脱兎のごとく逃げ出していく。
その他、スライムが何匹か周辺をふらふらしていたが絶対に一定の距離より近づいてこようとはせず、こうして初日の夜は過ぎていったのである。
リョウは『金満指導者』の二つ名を手に入れた!(ピロリー♪
【金満指導者】
・あらゆる訓練の効果5倍
・訓練中の怪我の確率-100%
* *
* + うそです
n ∧,_,∧ n
+ (ヨ(´・ω・)E)
Y Y *




