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英雄は約束を守るようです  作者: ショボン玉
第一章 二人の騎士
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第十一節 決戦①

 花園で騎士たちが動き出したのとほぼ同時刻。

 城ではワール公らが対策を練っていた。


「未だに奴らの潜伏先は分からないままか」

「申し訳ございません……」


 テーブルに額を擦り付けるポールを冷ややかに見つめたワール公は、やれやれと首を振り室内の三人を見回した。


「これだけ手勢を割いても見つからぬとなると、予め大がかりな潜伏先が用意されていたと見るべきだろう」


 予算を押さえている以上、物資の補充や施設の維持など、本来騎士団の運営に不要なやり取りがあれば察知できると思っていた。


 しかし騎士団が自分たちで細かい事務を回していただけあって、バストゥークが長を務める主計側は巧みに隠蔽された金の流れを見破ることができなかったことになる。


「フフン。だとしても、締め上げてやった予算内で大したことはできぬでしょう」


 自分たちに落ち度があるのではなく、額が細かすぎてわからなかったに違いないと笑う息子を睨んだ父親は、喉まででかかった罵倒の言葉をなんとか飲み込んだ。


「もはや体裁は取り繕わなくてよい、小娘が動いたところで確実に息の根を止める。邪魔立てするのであれば聖地ともどもだ」


「やれやれ。簒奪上等としても、こちらの負担も考えていただきたいものですなぁ?」


 禁書を入れている懐を撫でたバストゥークは二回の召喚で急激に老化しており、見かけにくらべて精気はあるもののあと二回の召喚が限界だろう。


 ここに居るものの、あくまで護衛であり発言権のないフォートが寿命を削ってまで支配欲を満たしたいのかと呆れていると。

  

「おまえの身体についてはペテロに任せてある」

「はい。可及的速やかにプテロニアを併合し、領主の証を徴発しましょう」


 ペテロから初めて聞く単語がこぼれ出たものの、やっとリーリアの情報を得た彼の興味を引きはしなかった。


 殺された担当メイドの代わりを断ったフォートは数日に一度、家の者を城に呼び寄せて身の回りの世話をさせているのだが、『奥様は現在、数名の地方領主とともにマッセ家に軟禁されているようです』との報告があったのだ。


 長いこと相棒にしてきた魔法の槍を代価にしてしまったが、盗賊ギルドの得た情報なら信憑性は高いはず。


 また移動されてしまったら次はいつ居所が掴めるか分かったものではないため、迷うことなく行動を決めた。


 家の者には屋敷を引き払って実家に帰るよう指示を出し、バストゥークが寝たらすぐにでも城を出るつもりのフォートは、ワール公たちの話し合いを聞き流しながら深夜を待ちわびている。


(待っていろリーリア。今夜、お前を迎えにいく……!)


 代わりの槍は魔法を付加されたものでも魔法金属製でもなく、使える戦技が限られてしまうとしても。


 邪魔をするすべてを貫き、なぎ倒してでも妻を取り戻す決意に変わりはなかった。


「……ポールよ」

「はっ……」


「人員の配置は言ったとおりにしたのだな?」

「仰せの通りに」


 すでにお飾りのポールよりもよほど、戦力配分や作戦立案に長けていたワール公は二重三重の罠を張っていた。


 バストゥークと禁書が切り札であることは変わりないのだが、不安定な息子に頼らずともシスティーナを確実に葬るための手札をいくつも用意していたのだ。


 長く大臣を務めて武官が立案する様々な作戦に触れていたからなのか、人知れず学んでいたのか、才能があったからなのかは分からない。


 ただすでに許容量を越え、戸惑うばかりでまともに対応できないポールが統率するよりよほど、第二騎士団は効果的に配置されていたのである。


「いまさらお前に、騎士団を率いて迎え撃てとは言わぬ。ただ手駒として与えられた役割を果たせばよい」

「はっ……」


 さらにワール公は人集めに平行して魔符や精霊珠といった魔具も買い集めさせていた。


 事が済めば国民から絞り上げるつもりだったのか。

 国庫を空にした上に派閥の貴族たちからかき集めた金で戦力拡充を図り、荒ぶる精霊が封印された壷まで入手している。


 公のどこに、過去の国家間戦争で使われたこともある戦術級魔具を買い取れる伝手があったのかは分からない。


 ただ出所がどこであれ、敵味方関係なしに暴れ回る精霊は通常の武器では傷つけられないため、魔法の武器など滅多に持っていない騎士たちでは対応できず、魔術師が出張るにしても消耗は決して小さくないだろう。


 聖地から部隊が派遣されたとしても高位魔族との組み合わせに苦戦するはずで、手をこまねいているうちに近隣国を併合してしまえば簡単に手出しできなくなるだけの力を得られるはずだった。


「クククク。あのような壷、いったいどこから手に入れたのやら」

「私もただふんぞり返っていたわけではないと言うことだ」


「ええ。見直しましたとも」


 自分が最強と確信して疑わないバストゥークは、楽をさせてくれるのなら何でもいいと薄ら笑いを浮かべている。


 対照的に、王女もろとも長年ついてきた部下も粛正しろと言われているポールの目はうつろで、手入れもされていない髭は白髪だらけになっていた。


「ペテロ。フィッツジェラルドの娘は使えるようになったか?」


 もはや後退はかなわぬのだぞ、と圧力をかけたワール公が視線を動かすと、魔具を使うための教育を任されていた高司教ははっきりうなずいた。


「はっ、替え玉には十分かと。ただ、少し大人しすぎるきらいがありますな」

「ふははは! まあ、お転婆を仕込む前より先に用済みになるだろう」


 理想的な貴族令嬢である彼女は自分がただの道具であることをよく理解していて、政略結婚だろうが王女の替え玉だろうが新たな体制でも父親が重鎮となるために身を捧げることを厭わなかった。


 幼い頃から王女の姿をよく見ていただけあって、魔符の使い方さえ覚えてしまえば問題なく国民の目を欺けるに違いない。


「ですがビカルドの作成数が日に日に落ちています。また、白符の残りも心許なくなってきました」

「学院の導師どもめ。出し惜しみをしているのではないか?」


「しばらく前に数が出てしまったのは確かなようです。そのことはビカルドも知っておりました」


 その魔符を作らされているビカルドは毎日毎日限界まで精神力をすり減らしているため、気晴らしということでたまのぬけ出しを黙認されている。


 病んでしまった精神では高位の魔法を使うことは出来ないので、学院が非協力的な現在、たった一人の理力魔法使いゆえの特別待遇なのだろう。


 とはいえ、そうも言っていられなくなるのは確実なため、そろそろ締め付けるようにとワール公は言った。


「今後は抜け出されても困るのでな。娘が使い物になるのであれば訓練は切り上げてもよいだろう」

「では、そのように」 


「……回り道はあったが整ったな」


 テーブルに広げられた王都と城の地図にはずらりと味方の駒が並んでいた。


 対照的に、アトゥムの外にぽつんと置かれている敵の王を見下ろしたワール公は、左右の護衛ごと指で弾いて勝ち誇る。


「遠い聖地など恐れるに足らず。本物を消してしまえばあとはどうとでもなる。すでに小娘は詰んでいるのだ。ハッハッハッハ!」


 それは確かに大言壮語ではなく、長い準備と綿密な計画に基づいたものだったと言えるだろう。


 人であれ道具であれ、使いこなしてこそ意味があると、そして上に立ち支配するのは自分であるべきだと考える簒奪者は、アマレットが切れ者と評したように無能とはほど遠い人物だったのだ。




 ―――世の中には盤で駒を戦わせる遊技が数多く存在する。


 戦法の概念を学ぶ為に騎士団の休憩室や詰め所にも何組か置いてあり、貴族のなかにも嗜む者は多く、ワール公もかなりの指し手だったことが後の聞き取りで判明していた。


 上位魔族などという反則気味の駒を取り出した上にぼんくら息子やポールの無能さも計算のうち。


 多少の想定外にも素早く対応できるため、常識と規則に縛られた盤上ならばシスティーナの詰みが確実だったのは間違いない、しかし。


 一手で何度も駒を動かし、囲いを飛び越え、すべての味方をその場で昇格させるような規則破りを平然と繰り出す代打ちの存在はさすがに予想できなかっただろう。


 床に転がる駒を踏みつぶして勝利を確信する簒奪者が、策を完膚無きまでに叩き潰されて絶句するまで、あと僅か―――


             ◇


 午後七時四十九分。

 アトゥム南のとある宿屋の一室に、屋根や窓を叩く雨音と透き通った歌声が響いていた。


「Ah Ra Ra Ra♪ Ru Ra Ra♪ Ra Ah Ah♪」


(……うた……歌? ……これが天使の歌声って奴なんだろうか。俺は……死んだ、のか……)


 暗闇の中から浮かび上がろうとする意識が、ここは冥界かと思った瞬間。

 開いた瞼から薄暗い部屋と見知らぬ天井が飛び込んできて、無意識のつぶやきが漏れる。


「……あの世にしちゃあ、安っぽい部屋、だな……」


 雰囲気が実家そのものだったので、平民は死んでも平民なのかと苦笑いを浮かべていたら歌声の主が椅子から立ち上がった。


「あ! やっと気がついたんですね!」

「君、は……? 天使か……?」


「アハハハ! 確かに呪歌の原型は、天使たちが歌う聖歌だと言われていますけど!」


 いまだ焦点の合わない瞳を向けられた少女は紛れもない人間ですよと頭をかいて、かすれ声の男に吸い飲みを差し出す。


「どこか痛みますか? お水は飲めそうですか? 恥ずかしながら、呪歌はあまり得意ではなくてですね」


 歌詞ではない特定の音を、特定の音階で歌うことで神聖魔法に近い効果を得る技能は呪歌と呼ばれている。


 すべての魔術の中でもっとも古い歴史を持ち、まだ世界が創られたばかりで、主物(プライム・マテ)質界(リアル・プレーン)星界(アストラル・プレーン)の境界も曖昧だった創生期に天使たちの歌を真似たのが始まりと言われていた。


 傷を癒す回復の歌、精神力を回復させる休息の歌、アンデッドの行動を阻害し、まれに浄化する鎮魂の歌、精神抵抗力を向上させる戦の歌などがあるが、どれも即効性はなく歌が続いている間だけじんわりと効果が現れる程度のものである。


 場には一曲しか存在できない上に歌唱力が効果に直結し、威力を高めるために合唱しようにも複数人が必要になるなど使い勝手もあまりよくないため、正直詩人という技能職は冒険者向きではない。


 野営など休憩の効果を高めるために二次、三次技能として呪歌を修得する者も居るが、どちらかと言えば広場や酒場で歌う―――歌謡だけでなく、神話や伝承も―――と言った、娯楽を提供する芸人の方が向いているだろう。


「でもでも、暇さえあれば『回復の歌』を歌っていたのでだいぶ良くなったと思うんです」


 ひどい怪我でしたが、と心配する少女に言われてだんだんと記憶がはっきりしてきたアーニーは、自分の状況を思い出してベッドから跳ね起きた。


「そうだ! 確か俺は、深手を負って!?」


 包帯は巻かれているものの痛みはない。

 ぎこちない動作で取り除いてみると、驚いたことに背中や肩に受けたはずの傷がすべてふさがっている。


 赤黒く盛り上がっている痕に触れても痛みはなく、身体を動かしても簡単に開くことはなさそうで、死んでもおかしくなかった重傷がここまで回復している事に心底驚いた。


「いきなり血塗れで窓から飛び込んでくるから驚きましたよ? 治療師も司祭も呼ばないでくれって、それだけ言って気絶しちゃうし」


 見知らぬ相手からの要望そのままにしたのは、口では驚いたといいつつ大抵のことには物怖じしない肝の太さ、半端なく旺盛な好奇心に加えて情報収集に長けていたこと、町の外を旅するだけの経験や実力が背景にある。


 とはいえ見た目は可憐な美少女―――多分、おそらく―――に、とんでもない迷惑をかけてしまったと恐縮するアーニーは身分を隠し名だけを告げた。


「済まない、ずいぶん迷惑をかけたようだ。俺はアーニーと言う」


「私はセブンです。ちなみに芸名です」

「芸名?」


「物語や絵を書く人の筆名みたいなものですよ」


 こう見えても詩人なので、と七弦のリュートを指さしながら微笑んだ少女はじゃあ本名はとつっこまれる前に言った。


「アーニーさんは第一の騎士ですよね?」

「……!」


 青ざめる男から殺気が漏れだしたので、慌てないでくださいと椅子に座ったセブンはテーブルに乗っている何枚かの瓦版に視線を落とす。


「大丈夫ですよ、通報するならとっくにしてますって。公式発表では反乱軍になっていますが、町の噂は真逆ですし」


「だが、追っ手は来なかったのか?」

「あんな連中を誤魔化すのなんか簡単です」


 職業柄か口の良く回る彼女はしれっと答えた。

 それでも、部屋の隅に置かれている自分の装備に視線を向けたままのアーニーは緊張を解かないでいたが。


「これを見てください。瓦版も帰還された王女様がまもなく城を取り戻して、逆賊を処刑するだろうって予想してますよ」


「―――二十九日だと!? 俺はいったい、どれだけ眠りこけていたんだ!」


 確か陽動に出たのが十七日の夜だったはず。


 呪歌の恩恵で身体がそれほど衰えていなかったせいか、まさか十日以上も寝込んでいたとは思わなかったアーニーが現状を想像できないでいると、雨音に混じって夜八つの鐘が町に響きわたった。

いつもお読みくださってありがとうございます(´・ω・`)

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