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英雄は約束を守るようです  作者: ショボン玉
第一章 二人の騎士
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第十節 継承と新生⑨

今回で10節終わりの予定でしたが、11000字ぐらいになったので分割します。

続きも推敲が終わり次第投稿します(´・ω・`)

「リョウ様!」


 リョウが王女の部屋をでるなり通路の向こうから担当メイドたちが駆けてきた。


 普段の貞淑さをどこかに忘れてきたようで、振り返った彼に殺到した四人は歓喜の笑みを浮かべながら手に持った何かを広げて見せてくる。


「これをっ……! これをお持ちください!」


 ガーネット達が持っていたのは真新しい純白のサーコート。

 市販品を少し手直ししただけのものだが、左胸にはこれまで通り一角獣が、右胸には新たに金糸で神竜が刺繍されている。


「僭越ではございますが、イグザート団長のものは私が担当しました」


 ギルモア担当だったビアンが広げたものには団章の下に星と線も入っていた。


 もちろん本職が時間をかけて作る式典用の物には見劣りするが、戦場へ持ち込むには十分すぎる出来映えにリョウは嘆息してしまう。


「ありがとう、みんなで作ってくれたのか。時間もなくて大変だったろうに」


 騎士団新生の話が決まってから三日と経っていない。

 若手が手伝っているとは言え、大勢の生活を支える彼女らの繁忙さのどこにそんな有余があったと言うのだろうか。


「担当メイドたるもの、このぐらい朝飯前ですっ!」


(不満たらたらだったくせに)

(食事当番代わってもらったくせに)

(最後は間に合わない~、間に合わない~って泣きじゃくりながらやってたくせに)


 キャロルが胸を張ると、ほかの三人は一番泣き言が多かったくせにと苦笑いを浮かべてしまった。


 だが、別に彼女が刺繍を苦手にしていた訳ではない。

 いかに万能有能な担当メイドとはいえ、時間がなさ過ぎたのである。


             ◇


「へ!?」

「冠名が変わるんですか!?」


 神竜騎士団発足の話を聞いたとき、新しいサーコートを準備していた担当メイドたちは揃って白目をむいた。


 耳を疑ったキャロルは思い切り指に針を突き刺してしまったし、ビアンも持っていたサーコートを危うく引きちぎりそうになったほどである。


「やり直しなのかなー? ここまでデキたのにー? ふふ、ウフフフフ!」


 間に合うとめどが立った矢先の絶望に、口調が怪しいアイーダが糸切りはさみをカニのように開閉させていると。

 大きく深呼吸して気持ちを落ち着かせたビアンが戸口のガーネットに問いかけた。


「竜の意匠はどうなるの?」


 彼女たちの立場では、決められた絵柄を刺繍することはできても新生した騎士団の紋章を決めることなどできはしない。


 早急に図案を入手できなければ見通しも立てられないと言うと、眉間にしわを寄せたままのガーネットはすでにありますと答える。


「システィーナ様に確認済みです。団章はリョウ様の鞘に彫り込まれているものを使うそうです」


「……ああ、あれね。そんなにややこしくはなさそうだけど……うろ覚えだわ」

「えーっ、どんなのだったっけ」


 ビアンとキャロルが頭を悩ませていると、物があれこれと積み重なっているテーブルに歩み寄ったガーネットが木炭を掴んだ。


「私が覚えているので描き起こします」 


 言うなりほとんど一息に、翼を広げて天に咆哮する竜の絵を描き上げる。


「ああ、こんなのだったわね。でも―――」


 確かにこんな感じだった、と見入ったビアンはそこでなぜ覚えているのか問うた。


 朝から晩までリョウ様リョウ様のラピスならともかく、ギルガメシュ担当のガーネットがはっきり覚えていたことに違和感があったのだ。

 

「あなたがよく覚えていたわね?」

「妹が何度も練習していたのを見ていたもので。リョウ様の家紋はきっとこんな感じだろうって」



             ◇



 リョウ達が親衛騎士として城に入り少したった頃の話になる。


 叙爵、陞爵時にやること一覧を受け取った彼は、男爵以上になったら家紋が必要になるという項目を見て困り顔になった。


 家族もいないので好きに決めればいいだけなのだが、逆にそれが自分や先祖にあまり興味のない少年を悩ませたのである。


「男爵は確実としても、しばらく時間はあるだろうし。う~ん、そのうち決めればいいか……」


 国内貴族すべての家紋がずらりと並び、近隣各国の王侯などうっかり被せたら問題になる相手の家紋も描かれた本を前に、こめかみを押して唸ったあと棚上げを決意。


 ちょうどお茶を持ってきたラピスに何か良い案があったら教えてほしいと、なんの気なしに言ったのだ。


「将来的に家紋を作ることになりそうだ。何かいい案があったら教えてくれないか」

「か、家紋でございますか?」


「そんな形式ばったものじゃなくていいんだ。他の家と被ってなければ何でもいいんだけど」


 当然ラピスは驚いたのだが、相談する家族もおらず、貴族社会とは縁の遠い冒険者だったご主人様が悩まれるのも仕方ない。


 むしろ誰も助言しなければ、なんの象形でもない丸や棒を並べて終わってしまう不安すらあった。


「かしこまりました。何か思いついたらご提案します」


 なので冷静を装った彼女は部屋を出るなり城内を回って関連書物をかき集め、その夜から大いに悩むことになったのである。



「うーん、うーん……」

「単なる候補でしょ? あなたの案が採用されるかも分からないんだし、適当にいくつかあげればいいじゃないの。ふぁ~」


 夜な夜な相談される姉があくび混じりに言うと、何十回目かの図案を丸めた妹はぶんぶん首を振った。


「いいえ、そう言うわけにはいきません! リョウ様に相応しい、末代まで誇れて永代に輝くすばらしい家紋でなくてはっ!」

「確かに、放っておいたら適当なのを選んでしまいそうではあるけれど……」



 人間の月が終わり、神竜の月が訪れてもラピスは自分のこと以上に悩み続けた。

 朝から晩まで寝ても覚めてもご主人様と家紋のことを考え続けたのだ。


 そして、十一日を数日後に控えたある夜。


 リョウの誕生日と鞘からひらめきを得た彼女はとうとう、神竜と両手剣を組み合わせた試案を作り上げたのである。


「姉さん! これ、これはどうでしょう!?」

「剣は分かるけど、こっちはドラゴン?」


 すでに寝ていたところを襲撃された姉はランプに明かりをともすと、眼前に突きつけられた絵を見ながら妹の頭を撫でてやった。


 たたき起こされた時はさすがに少し不機嫌になったが、盛んに振られる尻尾を幻視しそうなぐらいはしゃぐラピスを見たらそんなことはどうでも良くなったのだ。


「神竜です! よく見てください、指が六本あるでしょう?」

「一、二、三…確かに六本ね」


「五本指の高位竜や人とは別格の高次存在の証しだそうですよ。ほら、リョウ様の鞘にも―――」

 

 それから剣の位置や大きさを始め、簡素化したり難しくしたり、将来傍流が出来たときに星やリボンを足しやすくしたりなどとあれこれやっている内に、ガーネットもそらで描けるようになってしまったというのが背景である。



             ◇



「……さすがラピスね」

「はい、うちの妹は凄いんです」


 王女より先に、ご主人様には神竜が相応しいと感じ取っていた妹を誇らしく思う反面、どれほど大切なのかと複雑さも覚えてしまう姉であった。


「図案があるなら進められるかな……」


 もともと式典など公式な場で身につけるものと異なり、ほとんど使い捨ての戦闘用や普段使いの物を用意するのはアイーダたちの役割だ。


 しかし騎士団の若手も手伝ってくれるとはいえ、少人数で大勢の面倒を見ている彼女らはかなり忙しく、もとのユニコーンですらぎりぎりの予定だったのである。


「それにしたって時間がなさ過ぎますよぅ~! 明後日の夜には決起なんですよ!?」


 エクレットの代わりに桜花の分を作っているキャロルが泣き言を言うと、担当メイドのとりまとめ役とも言えるビアンが毅然と言った。


「でも、やるしかないでしょう。この戦いは私やあなたのご主人様の弔い合戦でもあるのよ」

「それはそうなのですが……」


「メイドなんかの安全を思ってくださった方への、守ってくださった方々への恩返しですよ」

「うー…」


 脱出の時、手をかけてまで自分たちを逃がしたのは間違いではなかったのだと。

 ただ彼の価値観に付き合わされただけではないのだと思ってほしくて今日まで尽くしてきた。


 そう感じていたのは私だけではないはず、と言うガーネットは早くも作業を再開させている。


「はい! 口より手を動かして! 足りない色はすぐに手配するからまずはユニコーンを仕上げて!」

「間に合わなくても知りませんからね~!?」


 目の据わったアイーダが硬貨袋を掴んで部屋から出て行ってしまったので、悲鳴を上げたキャロルも作業を再開させるしかなかった。


             ◇


 全員寝不足でくまができており、アイーダは疲れから目つきが悪くなっている。


 よくよく見ればガーネットとビアンはカチューシャをつけ忘れているし、髪がぼさぼさのキャロルはエプロンが裏返しで目の充血もすごい。


「……そうか。でも大変だったのはよく分かる、本当にありがとう」

「私たちの役割ですので当然です。ただ、イグザート様の分につきましては……」


 すぱっと空中で畳んだ団長用をガーネットの持つ三着の上に重ねたビアンは、本当はあの子がやりたかったでしょうからと微笑んだ。


「もしまだ使えそうでも、ラピスが戻ったらすぐ新調なさってください。取り替えるまで恨みがましい目で見られたくありませんし」

「あ~~、私からもお願いします……」


「なら、これはギルモア様とアントンへ手向ける分にしよう」


 姉にまで頭を下げられて苦笑いのリョウはそこでキャロルを見、もう一度ビアンを見て、親衛騎士としての身分を剥奪されてしまった二人へ送ることにした。


 ラピスが固執するなら逆に、このサーコートに込められている気持ちも、仇を討ち平和を取り戻してほしいという自分への願いだけではないと思ったのだ。


「は、はいっ! 少し破けたぐらいならちゃっちゃっと直しますので! うちのご主人様も、滅多に着ないくせにひっかけたりポタス導師の変な薬品をこぼしたりで……あれ、あれれ……」 


 話しているうちに実感が出てきてしまったのか、キャロルの目から大粒の涙が溢れた。


 慌ててハンカチを取り出した彼女の肩を抱くビアンの腕も震えており、握りしめた拳が、食いしばる歯が、どれほどギルモアを大切に思っていたかを表している。


「借り物だから気をつけてくれと桜花さんにも言っておく。終わったら返すから、洗濯とか手直しとか頼むよ」


「かしこまりました!」

「グスッ…わがりまじだぁ……」


 魔法の品ではないし、まともな戦闘があれば汚れたり破れたりが当たり前。

 ほとんど使い捨てのサーコートを返すなど、余裕で勝ってくると言外に言ったようなものである。


 決戦を目前にしてその自信。


 さらに担当メイドの宿命とは言え、突然主人を失った二人を慮ってくれる妹のご主人様を見たガーネットは、ああこれは心酔しても仕方がないと思った。


 型破りばかりの親衛騎士はみな仕え甲斐があるが、仕事っぷりといい、およそ高官らしからぬ振る舞いといい、仕事人間から成長しつつある妹との相性がとても良いのがよくわかる。


「……リョウ様になら、ラピスをあげてもいいですよ?」

「なんだ突然。それにガーネットが決めることじゃないだろう」


「いいえ、私が決めることです。私が認めなければ駄目なんです」

「えー……」


「ふふっ」

「くすくす……」


 あまりにもきっぱり言い切るのでリョウが反応に困っていると、冗談ですと微笑んだガーネットを皮切りに、他の三人も微笑んで通路が柔らかい空気に包まれた。


 キャロルだけは泣き笑いになっているが、目の光は決して沈み込んでいない。


 彼女らはやり遂げたのだ。

 あとは信頼する騎士に託せば花園での役割は終わり、結果を待つ身となる。


 だから最後の儀式をすべく、雰囲気を入れ替えた四人は二列に列んで膝をつく。


「神竜騎士団長、イグザート様にご武運を!」

「「「ご武運を!」」」


 ガーネットが恭しく差し出した四着を受け取ったとき、ただの布であるはずなのにリョウにはずっしり重たく感じられた。


(重い、な)


 込められているのは平和を取り戻してほしいという願いだけではない。

 仇をとってほしいという恨みや、ご主人様を失った悲しみも含まれているのだろう。


 しかし、いかに重くとも彼の歩みを鈍らせる荷にはならなかった。


 むしろこの重さを活力に身体を突き動かし、その想いを力に変えて戦える資質こそ、彼が往く道に必要なものの一つなのだから。


「必ず勝ってくる」


 決意を改めたリョウは通路を歩き去り、後には深々と頭を下げる四人が残った。


 一言だけだが、彼女達にはそれで十分だった。

いつもお読みくださってありがとうございます(´・ω・`)

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