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英雄は約束を守るようです  作者: ショボン玉
第一章 二人の騎士
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第十節 継承と新生⑦

 十二番目の月も残り二日。

 年明けから三日間行われる復活祭の準備のため、今日から学級や公的機関は休みに入る。


 しかし例年なら気の早い酔っぱらいで活気づいているはずの歓楽街は静まりかえっており、慌ただしいはずの市場には休みの店舗が目立っていた。


 出所不明な噂話は住民にそろそろ何か起こるのではと予感させ、金があって勘のいい者は王都から離れ始めている。


 難を逃れたくても簡単にはできない下町の平民たちはびくびくしながら日中を過ごし、日が落ちれば息を殺して朝を待つ生活を強いられた。


 貴族たちは護衛を増やしたり屋敷に引きこもったりしているし、昨日から住民たちの不安を煽るように行き交う荷車は城へ物資を運び入れているらしい。


 盗賊ギルドの調べによれば積み荷は近隣の農村から集めた保存食などが殆どで、冬だというのに備蓄を買いたたかれた村人たちが悲鳴を上げているそうだ。


「地方との連携が遮断されたからな。王女が王城奪還に向けて動いているのはワール公も把握しているだろう」


 報告を読み上げたリョウがあとで返却しなきゃだめだな、と手帳に書き記している横では、ギルガメシュが長期戦を想定したのかと顎に手をやっている。


「籠城に備えているのか。姫様は地方戦力―――あるいは聖地を加えて町や城を包囲すると思ったんだろうか」


 なお、リョウが親衛騎士団長に任命されたことを聞いた彼は、アーレニウスの予想通り命令ならばと町中担当を受け入れていた。


 それによって花園側はすべてのことが決め終わっており、いまは最終確認の場なのである。


「へっ、見当違いの準備をごくろーさん。……ま、団長様を知らなきゃ俺もそー思っただろうがよー」 


「戦力差を考えれば奇襲か暗殺。上位魔眼種(グレイト・ゲイザー)の可能性に気づけば、なおさら真っ向勝負など不可能と考える―――か。至極当然の思考だな」


 決起が近づいて緊張しているのだろうか。

 鼻で笑いつつもアーレニウスはひっきりなしに足を動かしており、頷いたカッツもエリザベスを揉む手がせわしない。


「報告では城の守りを固めているそうです。またその配置ですが、団長殿のお考え通り中庭に正規小隊、城壁に非正規が多いと。昨日ハーヴ高司教も城に入ったようで、昨夜は神殿に戻っていないそうです。……第一からは以上であります」


 ゴライアスが報告を告げるとレオナは眉をしかめて何か言いたそうな顔をしたが、結局口を開かなかった。


「リョウ君。ビカルドは行きつけの店にきたら盗賊ギルドが、城から出なかったら間者が確保することになっているのだな?」

「はい。どちらにも静寂(サイレンス)など魔導師に効果的な魔府を持たせてあるので大丈夫だと思います」


 魔法陣を描いて性能を上げたり、熟練を重ねれば呪文を省略できる理力魔法といえど、マナを魔法として起動するための特定単語だけは必ず声に出す必要がある。


 つまり効果範囲内の音を消すなど何らかの手段でその行為を防がれると、どんな大魔導師でも魔法を使うことができなくなるのだ。


 近接戦闘も可能な魔法騎士や、効果範囲から逃れられそうな機敏さを持ち合わせているならともかく、ビカルドは沈黙させられたら動きが緩慢な中年太りでしかないので問題ないだろう。


「団長様よー。桜花と跳ね橋、頼んだぜー?」

「ああ、任せてくれ」


「僕は要人救出、証拠の確保に陽動……」


 名簿を片手に呟いているギルガメシュのやるべきことは多岐にわたり、地方の要人解放だけでも複数の屋敷を回るはめになる。

 

 その一つ一つが呼びかけに応じて素直に投降すればいいが、抵抗されたり人質を傷つけられたりする可能性もあり、毎度臨機応変な対応が求められるのは間違いない。


 判断は任せると全権を委任されているものの、想定される事態については認識を合わせておきたいと必死に頭を働かせており、仇がどうのと言う気持ちを抱えている余裕はとっくになくなっていた。


「名簿にない人を救出した場合は、どこの誰かを確認しておけばいいんだな?」


「城が落ち着くのには時間がかかるだろうから、領主たちと一緒にハニトゥーラ侯爵の屋敷へ誘導すればいいだろう」

「マリーがお世話になっているし、落ち着いたらご挨拶に行かなければならないな……」




 ―――エリアンヌからの連絡を受けていたハニトゥーラ侯爵と夫人は、はやくからワール公への協力を拒み続けていた。


 登城命令はすべて無視、政務が停止される前から夫婦そろって屋敷にこもり、なじみの冒険者を雇って守りを固めたためにポール達もおいそれと手出しができず、敷地の周りを取り囲むのみとなっている。


 また、ブライアンに汚名が着せられてエリアンヌが手配されても、超やり手の夫人が言外にワール公こそ逆賊だという態度をとり続けていることから、お茶会の参加者たちも城と距離を置くようになっていった。


 そんな中、マダムは人払いをした書斎にマリーを呼び出して言ったのだ。


「ねぇマリー。そろそろ隠し事を話してくれてもいいんじゃなくて?」


 さすが養成施設に入った者は全員自分の子供と豪語するだけのことはある。


 ほんの僅かな変化も見逃さなかった夫人に確信をもって尋ねられたため、ごまかせないと察したマリーはリョウに言われていた二つを告げた。


「近いうちに平和がもどります。それから……」

「それから?」


「その……どうか警護のみなさんを怒らないでやってください、と……」

「……ホッ? …オホホホホ! オーッホホホホ!」


 口元も隠さず肩をゆすり、淑女にあるまじき大笑いで廊下に出ていた執事たちを心配させたマダムは、恐縮するマリーに分かりましたと言いながら目の端の涙を拭った。


「ああおかしい。……分かりました、彼らには侵入者があったことは伏せておきましょう」


 エリネド組ほどではないものの、侯爵家が懇意にしている冒険者たちだってアトゥムでは上位に数えられる集団だ。


 その彼らにまったく気取らせない相手がわざわざマリーに会いに来たと言うのなら、フォレスト子爵家の関係者であることは間違いない。


 当然、黒髪の少年の情報も集めていた彼女は元冒険者の底知れぬ実力に驚くとともに、乱されたギュメレリーの流れが元に戻る予兆を感じたのだ。


 その後、ばれたが問題なしというマリーからの合図をみたリョウは、領主たちの保護受け入れ先が欲しかったので花園での協議を経て協力を依頼。


 商魂たくましい夫人の方も、地方のお偉方に養成所育ちのメイドを売り込めると快諾して話がまとまったのである。


 

「それから、人質がどんな扱いを受けているかわからない。目に見える怪我がなくとも体調が優れないようなら霊薬を飲ませてやってくれ」

「ああ、分かった」


 神殿を頼れるようになるには時間がかかりそうなので、これで急場をしのいでくれと積み上げられた霊薬や救急用具はそのまま衛生担当の騎士が預かっていた。


 だからギルガメシュはまだ、その中に一つだけ厳重に封がされた木箱が含まれていることを知らないでいる。


「こんなところかな。何か質問のある者は? システィーナも何かあるか?」


 今日の新情報と各自が気にすることの再確認を終えると、縦に長いテーブルの一番奥で向かい合う王女と指揮官に注目が集まった。


 システィーナがなにもない、と小さく首を振ったのでリョウが全員を見回して口を開く。


「予定通り今夜決行する。見回りや立ち番を除いた全員はこれより夜八時まで完全休養とし、出撃する騎士たちの鋭気を養わせるように」


 ぴりっ、と作戦室の空気が緊迫する。

 いよいよだと呟く者もいれば、神に加護を祈る者、拳を握りしめて気合いを入れ直す者など反応は様々だったが、一様に緊張している皆を見回したリョウはまだ早いと眉を動かした。


「そんなに緊張してたら仮眠もとれないだろう」

「緊張しない方がおかしいと思うのは僕だけだろうか」


 眉をしかめるギルガメシュが言うと、やりとりを聞いていた全員が苦笑いを浮かべて似たようなことを思ってしまった。


 今になっても慌てていない泰然さは指揮官に相応しいものの、少しは人間味のある反応を見てみたいと言うのは贅沢なのだろうか。


「あなたを―――あなたは休まないの?」


 あなたを緊張させるにはどうすれば良いのかしら、と聞くのもなにか違う気がしたシスティーナが言い換えると、誰も休憩する姿を見たことがなかったリョウは時間があれば休むよと言った。


「外部に決行連絡を入れて、出るときに使う雨水ますを見回って、装備の点検をしてからかな」

「それなら、いいけど……」


(それは、休む暇があるのかしら? リョウさんなら大丈夫なのかもしれませんが……)


 王女は流してしまったが、寝ないし休まない彼が心配だったレオナは数日前から定期的に体調を確認しに行っている。


 体力は霊薬で無理矢理回復させられるとしても、睡眠不足はどうしようもないはずだ。


 ところがいつまで経っても受け答えはしっかりしているし暗算も早く間違えない。


(ドラゴンみたいに休眠期と活動期でもあるのかしら。それとも、誰かが代わりに寝ているとか……)


 あくび一つしない、眠そうなそぶりも見せない非常識な相手につい妙なことを考えてしまった彼女は結局、体質と言うことで自分を納得させたのである。


「風はだいぶ強くなっているようだ。夜には雪混じりの雨になりそうだからしっかり食べて体温管理にはくれぐれも注意を。滑り止めと雨具の用意も確実に」


 以上だ、と締めくくったリョウが剣を持って出て行ったあと。


「僕は休める気がしません。アルさん、少し手合わせを……」


 気が高ぶって落ち着かないギルガメシュが体を動かしたいと相手を頼んだところ、スライムを手放したカッツが横から言った。


「無駄な消耗はやめておきたまえ。眠れないなら私が魔法をかけてやろう」

「えっ!? 怖いので遠慮します!」


「今日はやりたかねーぞー。悪いことはいわねーから導師に寝かせてもらっとけ?」

「そこをなんとかお願いします」


「団長様は完全休養っつてたろー? なんなら、司祭に子守歌でも歌ってもらえばいいんじゃね」

「わ、私は、歌が苦手ですので……」


 突然の流れ弾に飛び上がったレオナは恥ずかしそうに俯いてしまった。


 光の日に神殿などで行われる礼拝のほか、結婚式などでは司祭たちが合唱するが、偉い人たちがそろって指揮者に推すほど彼女は歌が苦手―――むしろ、酷い―――なのだ。


 なお、彼女が壇に登って指揮棒を振り回せば当然揺れるし、小さいのに頑張っている姿は微笑ましいと人気だったりする。


「ア、アルさん……」

「あーもーうだうだうっせえ! 俺が運んでやっから今ここで眠っちまえ! 導師、強烈なのたのんますわ!」


「了解した」

「あっ、待ってください! 待って……」


 結局。

 魔法で眠らされたギルガメシュは荷物のように運ばれていき、同じように緊張していた王女は黙ったまま個室に戻ったのだった。



             ◇


 その日の午後二時過ぎ。

 予備を含め装備の確認をしていたリョウは、久しぶりに使う具足や篭手のほか、紐で束ねた無数の剣や何枚もの盾が入った木箱を魔法の道具入れに戻すと立ち上がって伸びをしていた。


「ん、ん~~~」


 限られた時間でできることはすべてやった。

 あとは何日ぶりになるか分からない休息でも取っておくかと、一度も使っていないベッドに視線をやったときである。


 隣の部屋から出てきた気配がこちらの扉の前に立つと、遠慮がちなノックの音がした。


 戸を開けてみるとそこに立っていたのはやはりシスティーナで、テンペで使っていた普段着にリョウが差し入れた高級毛布を羽織っている。


「どうした?」

「……なんだか、眠れなくて」


「ギルみたいに魔法が必要か?」


 眠りこけるギルガメシュに視線をやった王女は、そんな無粋な力業の解決を求めてきたんじゃないと首を振る。


 欲しいのは安らぎであり、そのために必要なのは呪文ではなく優しい言葉なのだ。


「ううん。少し話し相手になってくれれば落ち着くと思うから。……入っても、いい?」

「ああ、静かにな」


 強制的な深い眠りはすでに解けているが、気を張る浅い眠りではないので騒がなければ起こしはしないだろう。


 リョウは音の遮断や追加の睡眠はいらないと考え、左右の壁際にベッドがあるほかはちいさなテーブルを挟んだ椅子が二脚向かい合うだけの部屋に王女を招き入れた。


「こっちは寒いのね……」


 小さいながらも暖炉のあるシスティーナの個室や作戦室と違って室温はかなり低く、素足が冷たくなってきた王女は椅子ではなく空いているベッドに上がると横座りで毛布をかぶり直している。


(そう言えば、あの時も静さんが部屋に押し掛けてきたんだった。……椅子に座ったらそうじゃないって怒られたんだっけ)


 床に残されたサンダルと、うつむき加減の少女を見比べるリョウは何とも微妙な顔つきでいたが、小さく息をつくと一人分の隙間をあけてベッドに腰を下ろした。


 結構似たところのある二人なので、椅子に座ったらまた怒られると思ったのだ。


 一方、毛布を握りしめる指先が緊張で震えているのは押し掛けてきた方になる。


(部屋着だし、ギルもいるし、はしたない女って思われてないよね……?)


 これが個室で寝間着だったならお転婆や奔放では済まされない。

 親や侍女が泡を吹いて卒倒間違いなしのふしだらになるが、平時でもないしぎりぎり許されるだろう。


 それに、あらぬ噂を立てられたところで構わなかったのも事実だ。


(リョウ……?)


 少なくとも罪悪感はない彼女が横目で反応を窺ってみると、彼は肉刺だらけで岩のように固い両の手のひらをじっと見つめていた。


 しかし彼の過去を知らぬ王女には、それが交わした約束を守れず、守りたい人を失った弱さを苛む、胸の奥に隠している傷に苦しむ表情だと分からない。


「……なにをしていたところ?」


 決戦を明日に控えてさすがの彼も不安なのだろうか。


 初めて見る横顔に戸惑いながら当たり障りのない事を聞いてみると、ぱっといつもの表情に戻ったリョウは魔法の明かりを少し暗くしながら答えた。


「ちょうど準備が終わったところだよ」

「ごめんなさい、あなたはぜんぜん休んでいないのに」


 彼が不眠不休なのではないかと噂されるほど精力的に動き回っていたのは花園の全員が知るところである。


 貴重な休息時間を奪ってしまっていると俯いたら、リョウは大したことじゃないと優しく微笑んだ。


「このぐらい何ともないぐらいには鍛えられているよ。それより、眠れないお姫様の話し相手になる方がよほど有意義で大切さ」

「………っ!」


 彼の言う『お姫様』がギュメレリー王女という立場ではなく、おとぎ話にあるような英雄と対をなす存在を指しているのだと理解するのにはしばしの時間を要し―――

 真っ赤に緩んだ表情を見られまいと膝立ちになると、広げた毛布ごと大きな背中にすがりつく。


「お、おい?」

「静かに。ギルが起きちゃうでしょう」


 分厚いマントの内側に潜むような形になったシスティーナが眼を閉じてみれば、直接伝わってくる声と温もり、そして何よりも広い背中が不安を軽くしてくれるように思える。


 実はそれより大きい緊張で紛れているだけかもしれないが、彼の前では強がらなくていいのだと、ただ一人の娘でいられるのが本当に嬉しかった。


「あのー……」

「不安を取り除くのは大切なことなんでしょう?」


 もちろん密着の距離に戸惑ったリョウは身じろぎをしながら声を出したのだが、無理に振り払うことはしていない。


 おそらく許容できる一線を越えようものなら、相手が王女でも女神でも淫魔でも力づくで止めてくるのはシスティーナにも分かっていた。


 だがそれこそが。

 たとえ今は友達の距離でも、立場ではなく心の距離で接してくれる事こそが、彼女にとっては得難い関係であり、心から欲していた特別なものなのだ。


「ねぇ。どうしてあなたはそんなに優しくしてくれるの?」

「……………」


「私が王女だから、じゃないよね?」

「……………」


 これまで王女という立場抜きで自分を見てくれたのは、娘として愛してくれた父だけになる。


 父の愛情と違うなにかの正体が知りたくて。

 人間の文化圏で育てば当たり前の価値観と違う考え方が知りたくて。


「あなたはだけは私をただ一人の人間として見てくれる、接してくれる。……どうして、そんなことができるの?」

「うーん……う~ん?」


 三度問いかけるとリョウは腕を組んで考え込んでしまった。


 天井を見上げ、床を見下ろし、王女相手にはやはり一歩引いた接し方しかできないギルガメシュの寝顔を見、首を傾げて再び唸る。


「……自分も、そう見て欲しいからじゃないかな」

「自分も?」


 ややあって出てきた言葉を繰り返すと、小さく頷いたのか背中が縦に揺れた。


「強いとか、金持ちだとか、身分の上下だとか。そんなことで自分を計って欲しくないし、相手を計りたくないんだと思う」

「うん、うん……」


 言葉を選びながらの、ゆっくりとした呟きを聞いて。

 心の中で感じていたものが分かったような気がしたシスティーナは目を閉じる。


(ああ、そうか)


 だから彼は生き方を大切にしているのだ。

 相手がどうしたいかに、その願いや夢を対価として力を貸してくれるのだ。


 多くの者が飲み込まれがちな金、権力に固執せず使いこなせるのは、それらを単なる道具としか見ていないから。


 城内では異端でも排斥されなかったのは、しきたりや慣習、社会体制に従う者を理解し、必要なら受け入れる臨機応変さと余裕を持っているから。


 そして実力に裏付けされた自信と、結果すべてを自分の責任とする覚悟があるから、枠組みに加わっても軸がぶれないのではなかろうか。


「誰にも、何にも縛られる事のない心で向き合いたいからなんて。……それは、縛られることで得られるものが無くても生きていけるほど、強い力を持った人だけ許される価値観よ」


「そうなれたら良いな、とは思うけど。……まだまだだよ。自分で決めた事すら守れない」


「自分で決めた事って?」

「……泣かないように、とか」


 約束を交わした相手に、かつて約束を守れなかったとは言えなかった。

 それで別の候補をさがしたせいか、言わなくて良い事がこぼれ出てしまった。


 あっ、と言う小声でそれが失言だったと気づいたシスティーナは毛布の中でにっこり微笑んでしまう。


「可愛い……」

「か、可愛い!?」


 気恥ずかしさが先に立ってしまい、思わず大きな声が出てしまったリョウは寝返りを打つギルガメシュを見る。


 もしも目覚めそうなら魔法を使うつもりだったが、規則正しい寝息に戻っていったのでどうやら起こさずに済んだらしい。


「……ふふっ。小さな子供みたい」

「……………」


 実際に汗はかかなかったが冷や汗を拭うしぐさをしていると、背中の王女がくすくすと笑った。


 もしも彼女が毛布の中から出ていたら、憮然と口を尖らせた希少な表情を見ることができただろう。


「ねえ、どうして泣いたらだめなの?」

「………………」


「教えてよ~」


 細腕が肩を揺さぶっただけで上半身が揺れている以上、かなり脱力しているのは間違いない。


 なんだか楽しくなってきて繰り返し尋ねるが、口をへの字に結んだリョウは結局白状しなかった。


「さて。これ以上お邪魔したら悪いし、そろそろ部屋に戻るわね」


 しつこくして嫌われるのも嫌だったので毛布の中から顔を出し、立ち上がった彼に続いてベッドを降りる。


 不安はだいぶ軽減されているし、思いも寄らぬ収穫もあった。

 子供っぽいかもしれないが、強くあろうとする思いの現れなのだろうと考えたシスティーナはノブに手をかけたところで動きを止め、そして。

 

「でも、もし……万一、私が死んだら。泣いてほしいな」


 振り返らずに言い残して部屋を出た。


 しかし遠回しな告白は、その未来を絶対に許さぬ決意に遮られてしまうことになる。


 わずかな可能性も認めない、想像すらしたくないという嫌悪で届かなかったのだ。


「……絶対に死なせるものか。あんな思いは、もう嫌だ……!」


 決起まで残すところ八時間あまり。

 拳を握りしめる少年の声は低く強く、そしてかすかに震えていた。

いつもお読みくださってありがとうございます。

後半が三回書き直しになりました(´・ω・`)

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