第十節 継承と新生⑥
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二十八日の朝には各町の領主たちが軟禁されている場所を突き止めたと報告があり、ようやく主要情報のすべてが出揃った。
虚実入り乱れた噂話の飛び交う王都の緊張は日に日に高まっており、武装集団が次々に城に入っていく様子を見て何か起こるのではと予感する者も増えている。
状況が計画通りに動いていると判断したリョウは決戦を三十一日の午前零時開始と定め、主要な者達にそれぞれの役割分担を指示していたのだが。
「……僕は奪還戦に加わらない?」
「ああ。地方領主の解放と、哨戒の相手をする部隊の指揮を頼みたい」
てっきりリョウや王女とともに城に突入するとばかり思っていたギルガメシュは、表舞台から外されるような話に困惑していた。
「そっちは第一の騎士だけじゃ駄目なの?」
これはシスティーナも意外だったらしく、親衛騎士は全員城に投入しても良いのではと言ったのだが、答えたのはリョウではなく肩をすくめたアーレニウスだ。
訓練の相手をしていたから分かるのだが、ギルガメシュにはなんとしても父の仇をとりたいと固執している部分がある。
そのせいで考え方や視野が狭くなっており、彼の持ち味が失われていたのだ。
「おめー、城だと熱くなっちまうだろー?」
「う……」
本人にも言われて口ごもる程度の自覚があった。
今の今まで知らなかったが、意外に熱くなりやすい部分があることはこの間の遭遇戦からも明らかであり、ポールやワール公を前にしても冷静でいられると断言しにくいのも確かである。
リョウはそれもあるがとアーレニウスの指摘に同意しつつ、まだ納得できていない様子のギルガメシュに別の理由を告げた。
「俺は指揮を執っているのがブライアン様の息子だと、住民や地方領主に見せるべきだと思ったんだ」
大騒ぎ確実な城にいたところでめざましい活躍が出来るか分からないし、手柄を立てたところで事によっては表に出せない場合だってあるだろう。
それなら目に見えてわかりやすい実績を作れて、助け出した地方領主に顔を売れる救出部隊の方が為になるのではないかと考えたのである。
「……少し、考えさせてくれないか」
「分かった。明日の定例までに答えを出してくれ」
我を忘れて指揮を放棄したり単身で突撃するような真似をしないのであれば、地方領主の解放は後回しでもかまわない。
重要なのは町を回る戦力が城に殺到するのを防ぐことであり、時間はかかるが一度おろした跳ね橋を再び上げてしまえばなんとかなるはずだ。
そう判断したリョウは彼の気持ちを尊重した。
しかし王女に指揮を委ねられている少年の指示に、対案もなく感情だけで態度を保留してしまったギルガメシュは、本来なら叱責、制裁されてもおかしくないことをしたのである。
それが分かっているカッツは声に出さなかったもののエリザベスを乱暴に揉んでいるし、レオナも困ったように眉間に皺をよせている。
甘いですぞ、と喉まで出掛かっていたゴライアスは咳払いで何か言いたげな小隊長達を抑え込んだが、作戦室には微妙な空気が漂ってしまった。
「今日の議題は以上だ。他になければ解散とする」
揉めないうちにと締めくくったリョウが立ち上がりかけると、煮え切らない後輩に口をとがらせていたアーレニウスが待ったをかけた。
「あー、ちょっと話があっからリョウは残ってくれや」
「分かった」
そう言うからには内密の話なのだろうと気を利かした騎士やカッツたちが部屋を出ていき、残る二人を見比べたシスティーナが扉を閉めて数秒。
「どうした?」
「あー。その、なんだ……」
後ろめたい訳ではないのだが、何となく視線を合わせられないアーレニウスはボリボリと頭を掻きつつ天井を見上げていたが。
意を決すると腰を浮かせ、テーブルに両手をついて前のめりに言った。
「頼む、リョウ! 次の団長になってくれ!」
「……は?」
先ほどの対応に苦言を呈されるか、桜花を助け出す役目を与えて欲しいとか言われると思っていたリョウは珍しく呆けた声を出してしまい、バンバンと天板を叩いたアーレニウスはそのままの勢いで追撃を放つ。
「おめーは姫様の信頼もあるし腕も立つ! 団長が死んじまったいま、俺たちには新しい団長が必要なんだ!」
集団を機能させるには、指揮権を持つものが必要なことはリョウも知っている。
だが王城奪還の一時的なものならともかく、歴史があり東部に名だたる親衛騎士団の長は、はい分かりましたと十八歳の見習いが引き受けて良いものではないはずだ。
復権の舞台へ王女を連れていく護衛役はアーレニウスに任せてあるので、裏方に徹する自分より良いんじゃないかと首を振る。
「新人ができることじゃないだろう。アルがやるべきなんじゃないか?」
「俺はダメだ、平民上がりの貧乏男爵だかんな。手柄を横取りしてふんぞり返るつもりもねーよ」
「俺も平民で元冒険者だぞ」
「けど、おめーにゃ剣も魔法も学もカネもある。今回の功績で偉くなって武官派閥を引き継げば誰も文句はいわねーさ」
「候補がいないのは分かるが……落ち着くまで空位でもいいんじゃないか?」
「いんや、解放軍の指揮官様だと知らしめるために肩書きを持った方がいい。上に立ってりゃーさっきのギルも、ウジウジ悩まずに命令だって受け入れただろ。おめーの指示はもう、ダチのお願いじゃねーんだぞ」
ワガママ言えるんなら俺だって自分で桜花を助けてーやと漏れた呟きは、個人的な思いを抑え込んでいるアーレニウスの偽ざる本心だ。
ギルモアに騎士団を頼むと言い残されていなければ、リョウを指揮官と認めていなければ、奪還戦の分担を素直に受け入れられたか分からない。
「うーん……」
腕を組んで唸るリョウにも、皆が個人の想いを抱えていることはよくわかる。
それを抑え込んで騎士として戦うためには、忠誠の他にも理由があったほうが受け止めやすいことも。
アーレニウスも短絡的に言い出したのではなく、考えてのことらしい。
その証拠に先ほど出て行ったシスティーナの気配は扉の前から離れておらず、息をひそめて室内のやりとりを窺っているようだ。
「……システィーナはどう考えているんだ?」
「気づいてたの……ってリョウなら当たり前か」
少し大きめに声をかけて数秒。
ゆっくりと開かれた扉からばつの悪そうな顔を覗かせた人こそが、親衛騎士団長の任命権を持っている。
「いくらアルでも、システィーナの許可を取らずにこんなこと言い出さないだろうしな」
「まーな」
アーレニウスがそりゃそーだと苦笑していると、すすすと室内に滑り込んだ王女は元の位置、リョウの向かいに腰を下ろして言った。
「アーレニウスの要請で駄目なら私が正式に任命します。リョウ=D=イグザート、あなたは今から親衛騎士団の団長です」
「本気か?」
「お願い。私もあなたに頼みたいの」
すでに花園の中では実質的指揮官となっている彼ならできると信じているが、負担は決して小さくない。
それでもアーレニウスの提案は魅力的だったし、奪還戦の勝利をより確実なものとするために必要だと思えたシスティーナは結局、下手な小細工は逆効果と考えて真正面から説得することにしたのだ。
「うーん……」
「責任は全部私がとるわ。誰にも文句は言わせない」
「俺も補佐すっからよー、やってくれよー」
「うーーん………」
「皆の士気にも関わってくると思うの」
「そーだそーだ! 頭無しとは気合いが違うぜー!」
目を閉じ、こめかみを触って唸るリョウの返事を二人ははらはらと待った。
本当なら王女の任命に拒否権などないはずなのだが、気が乗らなければ絶対に承けないと感じさせる空気を彼は持っている。
「俺は騎士団の運営なんて経験ないが」
「リョウがどうしようといっさい口出ししないわ。思うとおりにやってくれて構わないから」
「特にアルは大変だと思うけど」
「おめーが上なら何でもやってやんぜ!」
好きにして良いという言質はとった。
奪還成功後に任命される可能性を考慮してあったリョウは、ならやりようはあると条件付きで了承する。
「分かった、城を取り戻すまでは俺で良い」
「やってくれるのね!?」
「うっひょー! さすがリョウ様だぜぇ!」
「アルやギルの気持ちも分かる。俺がそうすることで少しでも奪還戦の有利に繋がるのなら、やるさ」
ただし城を取り戻すまでの暫定だと繰り返すと、一度座らせてしまえば何とかなると思っている二人はうんうんと頷いた。
「けどなあ。俺はそういうがらじゃないし、新入りの若造が上に立つことを不満に思う人だってきっと居るぞ?」
「んなことぁねーよ! おめーがどんだけ本気でやってっかわからねーヤツなんかいねぇ! そんな節穴野郎は俺がぶっ飛ばしてやんよ! なんて言えば足りっかわかんねーけど、とにかくおめーはスゲー奴なんだ!」
彼の風格は王者のそれと比べて遜色ないことを、彼の実力と人柄がどれだけ周りの信頼を得ているかをうまく言葉に出来ないアーレニウスは、もどかしさから両手で頭をかきむしる。
「私も、アーレニウスの言うとおりだと思う。リョウ、貴方は人の上に立つことで輝きを増して周囲を照らし出せる人よ」
自覚を持った王族には分かるのだ。
もしもリョウが、時に小を切り捨て大を取る思考を持てたなら。
上に立って部下を使う覚悟をしたならば、ロシュディの血が霞んでしまうほどの求心力を持つ王者になるはずだと。
しかし当の本人は父親の教育でいろいろ出来るだけの、今までの経験から少しスレているだけの小僧と思っているので大げさだと笑ってしまった。
「はははは、ただの近衛騎士を買いかぶりすぎだよ」
「おめー、姫様にタメ口きいといてただの騎士ってマジで言ってんの?」
「あっ」
じっとりとした横目で言われて思い出したが、花園でも友達付き合いのまま過ごしてしまっている。
礼儀を知らぬ訳ではないものの、王族との距離感としてこちらが自然なのは、この国の公的機関に属する者として明らかに異端だろう。
「俺ぁこんなだし、姫様が認めてるようだからなんも言わねーけどよ。しらねー連中は驚いてたぞー?」
「あー……直した方がよろしいでしょうか、王女様」
まずかったかなと聞いてみると、違和感に目を丸くした王女は即座にやめてと言った。
「今更でしょ、どうせみんなすぐに慣れるわよ。それに貴方はもうただの親衛騎士や近衛騎士じゃない。新しいギュメレリー王国親衛騎士団の団長であり、王都解放軍の指揮官なんですからね」
「新しい?」
てっきり元の所属に戻るのかと思っていたリョウが首を傾げたので、王女はよくある慣習なのと人差し指を立てた。
親衛騎士団は番号持ちとは一線を画する集団であるがゆえに、縁起や成り立ち、冠名が重要視されるのだ。
「マルコスの仕業だから公式とは言い難いけれど、一角獣騎士団は瓦解した上に解体させられてしまったわ。縁起も悪いし同じ冠名は使わないことになっているから、貴方を団長とした親衛騎士団を立ち上げましょう」
「ってえと、新しい冠名はどうすんすかー?」
独立時に発足した一角獣騎士団が自分達の代で失われてしまったのは悲しいが、劇的な王女の復権とともに新生するなら心は弾む。
国旗や王家の家紋を汚すな、と言われていた今までとは別の意味で冠名は大きな意味を持つことになり、ましてや東部に名だたる一角獣騎士団の後継となれば内外の注目を集めることになるのは間違いない。
強くてかっけー名前にしてくださいや、と楽しそうなアーレニウスがどうするのか尋ねると、リョウを見つめて眉をしかめるシスティーナはうーんと考え込んでしまった。
「前は独立がきっかけだったから家紋を象徴としたらしいけれど、今回の象徴はリョウよねぇ」
「なんで俺?」
「大逆人の簒奪を挫き、私を支えてくれる貴方じゃないなら、なにを象徴にしろって言うの」
「するってぇと、イグザート騎士団っすか」
「勘弁してくれよ……」
家名そのままなんて冗談じゃないとリョウが頭を抱えていると、王女はさすがにひとひねりしましょうと苦笑した。
皆の先頭に立ち、上位魔族を引き受け、この国の窮地を救おうとする英雄候補たる少年をなにに例えるべきなのか。
今回の事件を決して風化させず、皆を戒め、有事の際は絶対的な希望となる力強さを込めるにはなにが相応しいのか。
悩みに悩む王女は、脳裏に浮かんでは消える動物や怪物、鉱物に自然現象、果ては古典や歴史の知識まで総動員してあれは違う、これもいまいちと首を振り続け、椅子を立つと部屋の中をぐるぐる歩き回る。
「う~~~ん。 …………!」
果たしてそれは天啓だったのか。
あるとき視界の端にとらえた両手剣と、ついにおとぎ話にまでとんだ思考が奇跡的に一致した瞬間、彼女はひらめきを得たのである。
鞘の表に彫り込まれているのは数千年も昔、創生期に起こったと言われる神々の戦いで暗黒竜を封印し、全滅寸前だった光の神軍を救った神の竜。
二度目に現れた時には竜種を率いて古代魔法文明を滅ぼした最強の存在だ。
「神…竜……?」
テーブルに立てかけられていた両手剣から、腕組みをしている背中に視線を動かしてみる。
自分を背負うときは腰に吊されていたので忘れていたが、もともとそこは両手剣の場所だった。
強い存在感で人目を引きながら、違和感を感じさせない一体感がそこにあった。
「この世で一番強い存在の名を借りましょう。冠名は神竜よ」
「ゲッ!?」
わくわくしながら待っていたアーレニウスは確信めいた決断を聞いて、思わず悲鳴に近い声を出してしまった。
装備に家紋に国旗など、意匠を凝らされたものはたくさんあるが、それに釣り合わなければ意匠負けと笑われるのは二つ名や称号と変わらない。
主物質界の竜を意匠にした装備や家紋ですらほとんど見かけないと言うのに、神をもしのぐ究極の高次存在を使うなど恐れ多すぎやしないだろうか。
同じ高次存在である神々の契約紋などは、しもべのみが聖印や護符として身に付けることを許される風潮であり、不勉強で世間知らずの貴族が家紋にしようものなら聖地から来た怖い人たちに屋敷を取り囲まれる。
幸い神竜を信仰する集団が居ると聞いたことはないが、名を聞けば誰もが最強を連想する存在を冠名にすると、新しい団長のみならず所属する全員が相応しいのかと注目されるのは間違いない。
「ひ、姫様。ちょおぉぉっと、オオゲサすぎやしませんかねー?」
「もう決めました。アーレニウスも名に恥じないように精進してね」
「ぜ、善処しまっす……」
大仰なのは百も承知だが、リョウが団長なら意匠負けしないだろうと確信するシスティーナに圧力まじりの笑顔を向けられて、室内は肌寒いというのに冷や汗が滲む。
別の意味で腹が痛くなってきたアーレニウスは、彼を団長に推したのは失敗だったかもしれないと頭を抱えたくなったが時すでに遅かった。
「新しい親衛騎士団の名は、神竜騎士団。うん、素敵じゃない」
―――胸を張った王女には申し訳ないが、少々横道にそれておく。
神竜もディバイン・ドラゴンも同じ存在を指すが前者は共通語であり、後者は古代イグリス語になる、と言うのは数百年ほど前まで話。
古代魔法文明の創設者は共通語を制定したが、それまで各地で使われていた言語を廃したわけではない。
そのため時を経るにつれて共通語と古代語は混じり合い、今ではほとんど一つになっていた。
弊害と言うべきか、霊獣の龍と幻獣の竜は文字だと区別ができるが読みだと同音だし、古代イグリス語では読み書きともに両方ドラゴンのためよく混同される。
さらには竜でも『りゅう』や『りょう』と読みが複数あるためよく確認しないととんでもない認識齟齬が起こり、討伐依頼で事故が起きた例も少なくないそうだ。
当然、イグリス語の他にも共通語に紛れ込んだ古代語は無数にあり、騎士をリッターと呼ぶ地方やシュバリエと呼ぶ地方もあるので非常にややこしい。
またこのように各地の文化や古代語を飲み込みつつ謎言語化が進んでいるなかで、三神国だけが制定当時の共通語をほぼそのまま受け継いでいる謎に目を付けた言語学者も居るのだが。
いまだ、古代魔法文明の創設者と三神国を興した伝承者の繋がりを見つけだすには至っていないそうだ。
そんな共通語を分類、整理してみようと研究していた別の言語学者などは、とうとう匙を投げてこう言った。
「意味が伝われば何だって良いんだよ!」
大陸各地で様々な共通語に揉まれた結果、自分が基準とするものすら分からなくなってしまった詠い手も、それには大いに共感せざるを得ない―――
「じゃあ、早速周知に行きましょう」
「へ~い……」
リョウの気が変わる前に、とアーレニウスの腕を引っ張るシスティーナは出て行ってしまい、後には腕組みのままの新団長のみが残される。
静まりかえる部屋でテーブルに手をおろし、背もたれに体を預けて全身の力を抜いた少年は何とも言えない表情で呟いてしまった。
「……凄い偶然もあったもんだ。親父が、女の勘は凄いって言ってたのはこういうことなのかな?」
リョウ=D=イグザートのDはディバインのD。
父であるハスラム=D=イグザートのDもディバインであり、名も知らぬ祖父も曾祖父もそのまた先祖もこの洗礼名を持っていたらしい。
理由やどんな意味があるかは分からないものの、子ができたならかならず引き継がせるようにと繰り返し言い聞かされたそれが、王女が選び出した存在との共通部分なのは果たして単なる偶然だったのか。
とはいえ、自分についてはどうでも良いのが彼である。
そんな事よりやらなければならないことが山積みだと剣に布を巻いて部屋を出た。
決行まで二日半を切っている。
ギルガメシュの賛成以外は作戦の詳細も詰め終わっており、前後して動いてもらう協力者たちへの連絡を急がねばならない。
(……当日は荒れるかもしれないな)
管理者の家から空を見上げると、空は高いものの雲は早く、風も湿り気を帯び始めて冬の嵐を予感させた。
花園には鎧の上から羽織れる耐水コートの用意もあるので心配いらないが、詰め所の倉庫にある分を隠させておけば、向こうは冷たい風雨にさらされて機動力や体力を低下させると思われる。
最近よく身に付けている濃い青のフード付きマントを羽織ったリョウは、残りわずかな時間のすべてを活用すべく町にでると、まずは盗賊ギルドに向かったのだった。
読んでくださってありがとうございます(´・ω・`)
第十節もあと二~三回でおわります。




