第十節 継承と新生④
リョウに続いてシスティーナも逃げていった後。
それぞれ思うところはあるものの無言で解散した四人の内、自室に戻ったレオナはベッドに腰を下ろしていた。
湿気や冷気が直接伝わらないように高さがあるせいで床に届かない足をぱたぱたと振りながら、アーレニウスの案に動揺してしまったのはなぜかと自分に問いかけていたのである。
「王女様とリョウさんが結婚……」
ほとんど忘れているし親も諦めているが、いちおう貴族令嬢である立場からすれば救国の英雄と救われた王女が結婚するのが理想的な結末であることは分かる。
システィーナもかなり意識しているようだし、身分がどうのと騒ぐ貴族がいたら今回の実績をもって侯爵にしてしまえば口をつぐむはずだ。
しかしそう思うのは心の三分の一だけで、司祭として、あるいは一人の女性として別の思いがあり、せめぎ合う三つが自分を混乱させていた。
「……きっと、よい司祭になれると思うんですよね」
戦うことから逃げず、それでも極力殺そうとしない彼の生き方なら命の女神は契約してくれるに違いない。
誰かを守るために、そのために立ち向かう事に迷わない気高さは盾の女神や剣の女神からも好まれるはずで、二柱の代理である戦の神の聖騎士だって遠い場所ではないと思われる。
危険な町の外でも生き抜ける力強さは大地の女神の教示に一致するし、何があっても冷静さを失わないところは水の女神が良しとするところだ。
彼の裏表のない性格は多くの感謝を得るはずで、天界からの評価が新たな魔法の啓示につながり、より多くの人を救う循環は聖地の目にも留まるはず。
少々贔屓目かもしれないが、そこらの司祭よりよほど適正があるのは間違いない。
そう思ったのは考え方に触れたから。
しかし、彼の持つ両手剣が鍛冶の神の聖遺物と同等の存在感を放っているのも大きかった。
「……あの剣……まるで、大神殿に奉納されていた『魂の鎚』のような存在感をもつ剣……」
残念ながら神聖力は持っておらず、使い手はただの魔剣と言っていたが、何も曰くがないとは思えない。
(聖遺物なら認められた契約者でなければ手にできないように、大きな力を持つ道具はかならず何かしらの資格を必要とする。まだそれを隠しているのか―――)
あるいは資格を必要としない抜け殻や複製品なのか。
神話級の聖遺物と同等の存在感を持つあれが複製品なら、本物はどれほどなのかと思いかけてレオナは首を振った。
いろいろと突き抜けている彼が司祭になったら、聖地が絶対に放っておかないと気がついたのである。
(ギュメレリーに所属する以上、無理矢理囲い込もうとはしないだろうけれど……)
聖地は所属する司祭の管理、統率をしているが、大勢の人の集まりとなるとやはり派閥ができたり政治色が強くなるもので、力を増すために有能な人材を囲い込もうとするのは国と同じだった。
超一流の冒険者パーティーに息のかかった者を同行させようと司祭を派遣することもある。
過去の伝説の中に登場する司祭の何割かがそうやって派遣された、あるいは誘われ待ちを装った者だったりするのは、古典を紐解いて聖地の動きに注目すればすぐ分かることだ。
(……あっ。司祭にならなくても目を付けられてしまうかも)
ましてや、聖地が偉業に数えている上位魔族の討伐を、彼はたった一人で成す計画になっている。
カッツも可能性があると言っていたし、きっとうまく行くと信じているが、事実が聖地に知られたらどんな反響を生んでしまうか想像もつかなかった。
まず確認の為にあちこちに人が送り込まれ、本当かもしれないと思われたら各派閥がこぞって取り込もうとするのは間違いない。
その後はお布施や人集めの看板として縛り付けられるか、さらなる実績のため危険な戦いに送られ続けることになってしまうのではないだろうか。
(リョウさんの言うとおり大事にしない方がいいわ。私も報告するときに気をつけないと)
出てくるのが何であってもリョウは『別の魔族だった』と周囲に伝えることになっており、レオナが嘘発見の奇跡にかけられても、『自分は確認していないが本人は別の魔族と言っていた』とお茶を濁すことになっている。
具体的な手段は知らされていないし実物を見たこともないので、確証はないと言う回答がすべて真実になるからだ。
聖地も第三者に対する嘘発見に穴があるのは承知の上だろうし、万が一事実を知られたとしても、こちら側に公にしない意志があると察すれば、わざわざ自分から偉業を一つ失う真似はしないと思われる。
(でも、神聖力を持っていなくとも上位魔眼種を倒せる武器としてあの剣を狙われそう)
問題は単独討伐が本人の実力ではなく、武器に起因すると思われたときだろう。
むしろあの剣の存在感からそう考える者が大半ではなかろうか。
レオナも毒を使うというのは方便で、本当は剣の真の力を解放させて魔族を倒すつもりであり、カッツが驚いたのは過去の神話や伝説に名を残す銘ありの剣だったからではないかと思っている。
(神殿派や教会派が奉納しなさいって圧力をかけてくるかも……)
聖地は権威を増すために、聖遺物に代表される神聖力を帯びた道具の収集にも力を入れていて、噂があれば人を遣わせて半ば強引に徴発してしまう例も皆無ではない。
大神殿がたった一つだけ保管している聖遺物も、元はとあるドワーフ部族の宝として伝わっていたものを、人には言えない方法で手に入れたという噂があった。
使い手がいない間の管理という建前は分かる。
しかし、希有なはずの適格者がいる場合でも取り上げて、神殿の息のかかった者から次の使い手を捜そうとする過激派が動くこともあるそうだ。
ちなみに『神殿派』とは国や貴族に協力する事で上からの発言力を得ていこうとする派閥であり、平民や貧民に施し、広く光の教えを説いて影響力を増していこうとする者達は『教会派』と呼ばれていた。
この二つ、やり方は違えど聖遺物に対する執着は強いようで、聖遺物の噂があると我先を争うように人員を派遣している。
現地で諍いや足の引っ張り合いもするらしく、余計な騒ぎを起こして口を出しにくい国に迷惑をかけた例も少なくない。
そのほか、政治には興味がなくてただ己の信仰を高めたい者や神学や歴史を研究する者など、どっちつかずの者達を表す『中庸派』のほかに、暗黒司祭や妖術師狩りに精を出す『武闘派』などもいる―――というのは余談である。
(神殿のもろもろに捕らわれるより、司祭を側に置くぐらいがちょうど良いのかもね……)
そしてそれが、私だったならと思って赤くなったレオナは追い払うように何度も頭を振った。
支持が二分されかねない王女はともかく、世話になりっぱなしの同僚がそんなことを考えている場合ではないと思ったのだ。
「……まだ、本番はこれからだと言うのに。浮ついている場合じゃないのに」
幼なじみである桜花もだが、二十歳過ぎの彼女はすでに貴族令嬢として行き遅れたといってもいい年齢だったりする。
いろいろあって男性は苦手だし、信仰に身を捧げるつもりだったので気にならなかったはずのことを、急に意識するようになってしまったきっかけが彼なのは間違いない。
ただ、裸を見た責任を取ってほしいとかお付き合いしたいとか結婚したいという明確な願望ではなく、もう少しお近づきになってみたい程度の芽生えなわけで、非常時になにをという自己嫌悪のほうがよほど強かったのである。
「そもそも償いもまだなのに」
想いが人を強くすることもあるように、前向きな力に変えていくこともできるので非常時の色恋沙汰がすべて悪いわけではない。
どこかのご令嬢のように空気を読めない言動を繰り返さなければ白い目で見られることはないはずだが、強い罪悪感があるレオナは自分を戒めるべくベッドを降りた。
「大地の女神よ。豊穣と再生を司り、生存本能を教示とする我が神よ……」
石床に膝をついて胸の前で手を組み、天界の女神に祈りを捧げる体勢になる。
戦いが終わり、王女の願いが叶うまで決して浮つかない。
彼がどんなに強くて一人でなんでもできてしまうとしても、決して油断しない。
そう誓いを立てた彼女は限られた時間を有意義に使わねばと気合いを入れた。
(回復が一段落して手が空いてしまったから、余計なことを考えてしまうのよ)
騎士たちは狭い中でも交代で体を動かしているし、大勢の面倒をみるメイドらは城にいたときよりも忙しく動き回っている。
カッツは作戦に使うからと渡された大量の白符に魔法を込めており、リョウに至ってはいつ休んでいるのか分からないほどで、ギルガメシュはあてがわれた部屋に彼が居るのを見たことがないそうだ。
ならば体調管理を指示された者として、訓練する騎士たちがやり過ぎていないか確認してみるべきだった。
魔石の消費を抑えるためカッツに精神力譲渡の奇跡をかけた方が良いだろうし、それでも何もなかったら神聖魔法の効果を高めるために瞑想してもいいはずだ。
「よしっ」
思考停止が一番よくないと立ち上がったレオナはぱちんと顔を叩いて気合いを入れると、早速行動に移るべく部屋をでる。
その後、小走りで動き回る彼女の姿が花園のあちこちで見かけられ、その足音から来るあだ名は若手以外にも広まっていくこととなった。
なお―――
「『ぱたぱた』ってか『ゆさゆさ』じゃねーのー?」
とある者が言ったところ、同じ事を思っていた多数が目を背けたり俯いたりしたそうだ。
幸い定着しなかったのだが、人づてに聞いたレオナが言い出したと思われる男に天罰を願ったとしても、誰も責めはしないだろう。
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