人と魔物の共存を望むモノ
ある日村に一人の魔法使いがやってきた。
魔法使いは、日照りが続き大飢饉に襲われそうになっていた村に来て一言、
「私ならこの日照りを止めることができます。そのかわり私がここにいることを許してもらえないでしょうか?」
村の者たちは本当に日照りを止めてくれるなら喜んで、と魔法使いの言葉を受け入れた。
魔法使いは早速魔法陣を書き、雨を降らすための準備を始めた。そして準備を終えると、儀式の最中は決して中を見ることをないように、と厳命し、小屋の中に入っていった。
それから一時間もしないうちに、空にはみるみる雨雲が集まりその大きさをどんどんと広げていった。
一面が雨雲に覆われ日の光が全く射さなくなったとき、最初はぽつぽつと、次第にどしゃ降りの雨が降り注いだ。
その雨は三日三晩降り続き村中の井戸や、近くの干上がってしまった池を元通りの姿に戻していった。
雨が降りやんだ頃、魔法使いが小屋から出てきた。
「ありがとうございます。おかげさまで村が救われました」
何度を頭を下げ感謝を表しながら村長がいうと、
「では約束通り私はこの村に住まわせて頂けますか?」
魔法使いは儀式の最中ほとんど寝ずに集中していたのだろう、ふらふらとしながら村長に問いかけた。
「あなたは村を救った恩人です。村に住まわれると言われるなら大歓迎いたします」
それを聞くと魔法使いは、ありがとうございますと何度も呟きながら涙を零していた。
魔法使いは皆と仲良くやり、村の人たちが困っていれば魔法を使い助けになろうとした。
怪我をした人がいれば魔法で治し、村の中で火事が起これば雨を降らせて消火し、子どもが近くの森に行って帰ってこないと聞けば、危ないからという周囲の声の一切を無視し、すぐに助けに掛け付け助けた。
そうして魔法使いはどんどんと村の人たちの信頼を得ていった。
「自分の代が終わったら彼女に村長を務めてもらおうか」
などと聞いた者もいるそうである。
しかしそれを快く思わない者が存在するのも確かである。
村長の息子ゼムがその一人である。
現村長のつぶやきを聞き、彼は焦っていた。
何せ自分は村長の息子だからと威張りちらし、周りには子分を引き連れ気に食わないことがあれば権力を振りかざし自分の思うがままに過ごしていたからだ。
もしあいつが村長になったら好き勝手生きてきた俺がどうなるか。
そう考えゼムは一つ計画を打つことにした。
「そういえばこの前村の子どもがこんなことを言っていたな……」
魔法使いが村に住むようになってからひと月が過ぎた。
しかし彼女の顔や体を見たことがあるものは誰もいない。なぜならいつもフード付のローブをまとい頭の先から爪の先まですっぽりと覆い隠しているからだ。フードの隙間から見える口元と声で女性であることはわかるが、それ以上の情報は村人の誰も知らなかった。
ある日村の中で噂が立ち始めた。
曰く、顔に酷い怪我を負っているため顔を隠している。
曰く、彼女は大罪を犯しこの村まで逃げてきたため顔を隠している。
曰く、彼女は魔物が化けておりその姿を隠すために顔を隠している。
今まで一度も顔を見せていないため、様々な噂が広がっていた。
村長は噂の真偽を確かめるため、魔法使いを呼び出した。
「忙しいところすまないな。対した用事ではないのだが、村の中で気になる噂が立っておってな」
「ええ、私も聞きました。何でも私は国から逃げてきたために顔を隠しているとか、酷い怪我をしているために顔を隠しているといったものですね」
魔法使いも村の中で広まっている噂を知っている。仲良くしている村人たちが、最近こんなことを聞くのだが本当のところはどうなんだ?と世間話程度に聞いてくることがあるからだ。
その度にちょっと見せられない顔をしているのでと返し、決してフードを取ることはなかった。
「申し訳ないのだが、一度そのフードを取っていただいても大丈夫か?」
「その、本当にお見苦しい顔をしているので……」
と魔法使いは言葉を濁していたが、
「……先ほどの噂、こんなものを聞いた事があると仰っていたが、実はもう一つ噂があってな」
魔法使いはピクっと反応した。
「村人たちが不安に思っているんだ。一度だけ、たった一度そのフードをとってくれるだけでいいんだ」
そう村長が言うと、魔法使いは観念したのか。
「わかりました。ですが、決して言いふらしたりはしないようにお願いいたします」
「わかっている。村の恩人に対してそんな失礼なことをするはずがない」
村長の言葉を聞き、魔法使いはゆっくりとフードを外した。
そこには真っ白な髪に整った顔立ちの女の子がいた。目鼻がすらっとしており、間違いなく将来は美人になるだろうと予想できる姿だった。
だが、それよりも目を引くものがある。
彼女の頭の両サイドからは角が生えていたのだ。
それを見た村長は思わず後ずさりそうになったが、
「あ、ありがとう。もう結構だ」
声が多少上ずっているのが自分でもわかったのか咳払いして声を整えようとしている。
それを見て魔法使いは哀しそうにフードを被りなおした。
「ご迷惑をおかけしてすみませんでした。すぐにでもこの村から出ていきます」
落ち込んだ様子の少女がゆっくりとフードをかぶりなおすのをみて村長はいくらか冷静さを取り戻し、
「さて、魔法使い殿のお顔を見せていただいてありがとう。あなたの顔は指名手配されている顔ではなかったな。これは失礼した」
魔法使いは、村長を何を言っているのか?という顔で見た。
自分の顔を見たのだから人間に指名手配されているわけがないのはわかるだろう、と。
「犯罪者でないのなら、存分にこの村にいてもらっても構わない。元々その約束で村を救ってもらったのだからな。あなたは少し恥ずかしがりやなだけの、ただの人間だった。村のみんなにはそう説明しておこう」
魔法使いは村長の言葉が理解できなかったのか、一瞬戸惑ったような顔をした。
しかし、すぐに意味を理解したのか、ありがとうございますと涙を流していた。
「魔法使い殿は泣いてばかりですな。そういえば名前を聞いておりませんでしたね」
「わ、わたしの名前はイーと言います」
「良い名前だな。では改めて、ギルテの村へようこそ。私は村長のアランだ。何もない村だがゆっくりしていってくれ」
アランはイーの嗚咽が止まるのをじっと見守っていた。
結局二人は最後まで部屋のドアが少し開いていることに気が付くことはなかった。
ゼムはすぐに子分を呼び寄せ、先ほど見た光景を伝えた。
「あの魔法使い、やっぱり魔物だったぜ」
それを聞いた子分は、
「じゃあそれを村長に伝えればあいつを村から追いだせるんじゃ……」
「ダメだ、親父はもう魔物に魅入られちまってる。当にはできねえ」
「じゃあどうするんです?」
「簡単なことだ。村中にあいつが魔物だっていうことを触れ回れ。村長が認めてようが村中に嫌われていれば追い出すのは簡単だからな」
ゼムはいやらしい笑みを浮かべながら子分に命令を下した。
それから三日程が過ぎた。
イーは何かがおかしいということに気が付いた。
最初は気のせいだと思っていたのだが、今朝いつものように家の前を掃除していると人が通りかかったので、
「おはようございます。今日もいい天気ですね」
と声をかけたのだが、
「お、おは、おはようございます。私は急いでますので、失礼しまう!」
と勢いよく家の前から立ち去ってしまった。
わたしが魔物であることがバレている?そんな考えが頭の中を巡っている。
だとしてもなぜ?あの時の子どもが広めたとしても今日までバレていなかった理由がわからない。
そう考えていると、
「やぁ、おはよう。今日も朝から元気がいいな」
「あ、おはようございます。アレンさん」
その時イーの中でアレンが広めたのか?という疑問が湧いたが、すぐに消え去った。
なにせアレンはあの日から毎日イーの家を訪ねて何か変わったことがないかを聞きに来ていたから。
怖がっていたならそんなことはしないはずだ。
「うん? どうした。少し元気がないな」
「アレンさん。その、失礼なことを聞いてもよろしいでしょうか?」
「急にかしこまってどうした? 何でも聞いてくれ」
「では失礼して、私のこと、誰かに言いふらしたりしました?」
アレンは怪訝そうな顔をし、
「村を救ってくださった魔法使い様を貶めるようなことは絶対にしません。もしや何か言われたのですかな?」
「いえ、特に何も言われたりはしていないのですが、最近他の皆さんのわたしへの態度がよそよそしく感じまして」
アレンはふむ、と顎に手を当てて考え始めた。
そして声をひそめながら、
「誰かに姿を見られたりはしていないのか?」
と尋ねてきた。
「一度村の外に迷子になった男の子を助けた時に姿を見られました。ただそれは二週間ほど前なので今回とは関係なさそうです」
そういうともう一度アランはもう一度顎に手を当てて考え始めた。
「まあもう一度私から皆に呼びかけておこう。今日は村の者が集まって方針を決定する日だからな」
「ありがとうございます」
いいってことよと言いながらアレンは自分の家へと帰っていった。
その日イーは家の前を人が通りかかるたびに挨拶をしたのだが、誰一人として足を止めて世間話をすることはなかった。
皆挨拶だけ行うと足早に立ち去ってしまって会話など行う暇がなかったのだ。
お昼を過ぎたころ、イーの家に小さな来訪者がやってきた。
「魔法使いのおねーちゃん遊びにきたよ!」
「いらっしゃい。今日も魔法の練習する?」
「うん! 早くぼくもお姉ちゃんみたいなすごい魔法使いになりたいんだ!」
この男の子は以前森の中に迷い込んでいたところを助けてあげたのだ。名前はリオン
狼の魔物が今にも襲い掛からんとしていたので勢いよく魔法を使った際にフードが取れて顔を見られてしまっていた。
しまった、と思った時にはもう遅い。バッチリと顔の横に這えている角を見られてしまっていた。
魔法使いは怖がられるかと思っていたのだが、
「すげー!!」
リオンはかなり興奮した様子でイーの顔を見ていた。
「ぼく、わたしの事が怖くないの?」
「怖い? なんで? ぼくのこと助けてくれたじゃん! それよりもその角いーなー! かっこいい!」
角がかっこいいと聞いたイーは一瞬ぽかんとしたあと、
「この角をかっこいいなんて言うのは辞めておいた方がいいよ。わたしはこの角のせいでろくな目に遭ったことがないから」
「ねえおねーちゃん!」
リオンは話を全く聞いていないようだ。
「おねーちゃんみたいになるにはどうしたらいいの?」
「わたしみたいに? あまりおすすめはしないよ」
「でもお姉ちゃんぼくを助けてくれた! だから今度はぼくがおねえちゃんを助けてあげられるようになるんだ!」
イーは言葉が出せなかった。
自分を助けるなんてことを考える人がいるとは思わなかったのだ。
「じゃあ、ちょっとだけ魔法が使えるようにしてあげる」
「えー、ちょっとだけー?」
「いきなり大きな力を渡しても使えないからね。それに暴走して死んじゃうかもしれないし」
死ぬ、という言葉を聞いてさっきの状況を思い出したのか、リオンはぶるっと震えた。
「わ、わかった。じゃあぼくが簡単な魔法を使えるようになったらもっとすごい魔法を教えてね!」
「ええ、約束するわ」
答えつつイーはリオンの額に指を当て、自身の魔力を流し込んだ。
こうすることで体に魔力を受け入れる下地を作ることができるのだ。
「? 今何をしたの?」
「魔法を使えるようになるおまじないよ。本格的に魔法を使えるようになりたいなら私の家にいらっしゃい」
そしてリオンは家に通うようになったのである。
リオンがイーの書いたお手製の魔法書を読んでいる。
イーはしばらくはうんうん唸っているリオンを見ていたのだが、台所へ行ったかと思うと、お盆の上にクッキーと紅茶を載せて戻ってきた。
イーがリオンの前にそれを置くと、リオンは目を輝かせ、
「いっただっきまーす!」
と勢いよく食べだした。
クッキーを食べながらも魔法書を呼んでいる手は止まらなかった。
それから二時間か三時間ほど経過した後、
「じゃあそろそろぼくは家に帰ります。魔法使いのおねーさん!!」
リオンが家に帰ろうとしたとき、
「きみ! これ、持って帰る? 多分勝手に魔法を使うことはしないと思うしいいよ」
以前リオンが魔法書を持って帰ってもいいかと聞いたときは、頑として許可は出さなかった。
自分の知らないところで魔法の練習をして暴発される恐れがあったからだ。
まあ、魔力を体に貯めることはできても使い方は教えていないのでそんな可能性はほとんどないのだが、万が一ということもあった。
だが、今日の様子を見ると、体の中の魔力の動かし方が理解できていないようで、心配していることは起こらないだろうと考えた。
だからこそ魔法書の持ち出しを許可したのだ。
「いいの? ありがとう! 大切にする!」
あげるとは言ってないんだけどなと苦笑しながらリオンが帰っていくのを眺めていた。
イーが空を見上げると遠くの方から雨雲が表れているのが見えた。
そろそろわたしが力を使わなくても空気の流れが正常に戻りそうね。
そういって雨雲がゆったりと広がるのを眺めていた。
アレンは家に戻ると村の有力者たちを集めた。
「皆に集まってもらったのはほかでもない。かの魔法使いについての噂のことだ」
そういうと周囲がざわめきだした。
「前にも言ったと思うが、あの方は何もない、ただの魔法使いだ。怖がるひつようはない」
「う、嘘をつくな! 実際にあいつが角を生えてるのを見たやつがいるんだ!」
それを聞いてアレンはぎょっとした。
「誰だ! そんなでたらめを言っているのは!」
そういうと、周囲はますますざわめきだした。
「ああ、本当に村長はあの魔法使いに……」
「? なんのことだ?」
アレンは首を傾げた。
「みなさん! これで分かってもらえたと思います。もう村長はあの魔法使いに洗脳されてしまっているのです!」
唐突に家の奥から一人の男が現れた。
「ゼム! お前がこの馬鹿なことを言いまわっているのか!」
アランはゼムに詰め寄ろうとしたが、周りの村人達に遮られた。
「父上こそ目を覚ましてください。あの魔法使いは魔物なのです。角の生えた人間などいるはずがない」
「だがこの村を救ってくれた!」
「それがあの魔物の策略なのだとなぜ気づかない! 日照りを起こしピンチになったところで登場して雨を降らせる。これで救世主様の出来上がりだ!」
ゼムはアランが自分の主張を曲げないことにイライラが募りだし、丁寧な口調がはがれてきた。
「一体何を根拠にそんなことを!」
「根拠など魔物であるということだけで十分すぎる! 父上こそどうしてあの魔物が日照りの原因ではないと言い切れる?」
「それは……ただの勘だ。あの娘がそんなことをするはずがない」
それを聞いたゼムはやれやれといった風に首を振った。
「これはもう手遅れだ。この男は牢屋にでもいれておけ。これからは私がこの村の村長となる」
それを聞き周囲にいた村人たちがアランの腕を両側から取った。
「村に魔物なんか住ませやがって!」
「お前ら!あの娘が今いなくなったら何が起きるかわからんぞ!」
アランはうるさいと周りの村人たちに殴られ気を失い、そのまま牢屋へと連れて行かれてしまった。
それを見届けた後、ゼムは口を開いた。
「ではこれよりこの村から魔物を追い出す! 全員ついてこい!」
掛け声とともに尊重の家から何人もの村人が出てきた。目指す先はもちろんイーの家である。
イーが家でくつろいでいるとガンガンと乱暴にドアを叩く音が聞こえた。
「はい、すぐに行きます」
家の中ということでローブを脱いでいたイーは急いで身に着けようと玄関脇のそれを手に取った。
だがローブを着るよりも早くドアが破壊された。
するとそこからは鍬や鋤、鎌や斧で武装した村人たちがどかどかと入ってきた。
「! 角が生えてやがる! やっぱり噂は本当だったんだ!」
「俺は見たって何度も言ったろう」
魔法使いはローブを手に持ったまま尋ねた。
「な、何のご用でしょうか。」
「なに、この村に住んでる魔物に出て行ってもらおうと思ってな。いやって言っても力づくで出て行ってもらうぜ」
イーは先頭にいた青年に問いかけた。
「アランさんは? アランさんはなんといっていたのですか?」
青年、ゼムはその問いかけに対してニタニタと笑いながら答えた。
「アラン? ああ、あいつなら魔物とは顔も合わせたくないっていって家に閉じこもってるぜ。二度と口もききたくねえってさ」
それを聞いてイーはその場で崩れ落ちた。
「そういうわけだ、さっさとこの村から出ていけ!」
ゼムが乱暴に呼びかけるが反応はない。
「聞こえねえのか! さっさと立て!」
イーの腕を掴み強引に立たせる。そのままひっぱり村の外へと連れ出そうとしたとき、
「あ、おねーちゃん! 今から家に行こうと思ってたんだ! ちょっとこの本で聞きたいことがあってね」
イーを見かけてリオンが駆け寄ってこようとする。しかし周りの雰囲気が何かおかしいことに気付いたのか立ち止まった。
「おねーちゃん?」
「おう坊主あぶねーぞ。こいつは俺たちを騙して村を乗っ取ろうとした魔物だからな。まあ村に被害は出てないからこのまま追い出すだけで許してやろうと思ってる」
それを聞いてリオンは驚いたような顔をした。
「おねーちゃん、魔物なの?」
イーは一瞬びくっとした後、
「そうよ、今まで黙っててごめんなさいね」
それだけ言うと、再び村の外に向けて歩き始めた。
「おい、勝手に歩くんじゃねえ」
ゼムもそのあとに続いていきながら村の入り口に合図を送る。
元々イーを逃がすつもりなどなく、村の中に魔物の血が流れるのが嫌だっただけで、村の外に出た瞬間に殺すつもりだったのだ。
リオンはそれを見て何かを感じ取ったのか、急いでイーの後を追いかけて行った。
イーは村の入り口の近くまで来たときふと振り返ってみた。
リオンが何かを言いながらこちらに走ってきている。きっと今まで騙していた自分への罵倒でもいっているのだろう。
ついさっきまで慕われていた子にまで嫌われるなんて、やっぱり魔物と人間が仲良くやるなんてのは無理だったのかな。
そのままゆっくりと歩いて村の外に出た。
何かが動く気配がした。なんだと思い振り返ると、十人ほどの村人たちが各々手に弓を持ちこちらを狙っていた。
「おねーちゃん危ない! 逃げて!」
リオンは罵倒など言っていなかった。ただイーに危ないということを伝えようとしていただけだったのだ。
「今だ! 撃て!」
ゼムの号令により一斉に矢が放たれた。
イーは回避をしようとしたが間に合わず、わき腹と右足に矢を受けてしまった。
その間にも村人たちは次の矢をつがえていっている。
そして次の矢が放たれようとしたとき、
「やめろ!」
リオンはゼムの腕に噛みついた。
「何をしやがる!」
リオンはゼムに殴り飛ばされ、そのはずみでイーの近くまで転がっていった。
「ちっ! 親父だけじゃなくこんなガキまで洗脳していたとはな。こいつももう手遅れだな。お前ら何をしている! 早くそこのガキともども魔物を始末しろ!」
村人たちはリオンをどうしようかと迷っているようだったが、
「そいつは新しい村長である俺にたてついたんだ! 別に死んでもかまいやしねえ! それにうまくそいつらを殺せた奴には俺が村の中での地位を保障してやる」
という言葉を聞いた途端、再び弓を引き始めた。
そして再び弓矢が射掛けられた。しかし、今度はイーに矢が刺さることはなかった。
イーの目の前にはリオンが立ち、矢を受けていた。
リオンは振り返りながら、
「ちゃんと約束は守ったよ」
といい、笑いながらその場に倒れた。
「あああぁあぁぁああ!」
イーは叫びながら男の子を抱き上げた。
お腹に二本、左足に一本、そして心臓に一本の矢が刺さっていた。
段々とリオンの体温がなくなっていくのがわかる。
「ガキがかばったのか。おいお前ら!早く次の矢を撃て!」
さっきまではうるさいぐらいだった怒鳴り声が遠くに聞こえる。
「どうしてこんな……」
「お前がこの村に来たからそのガキは死んだんだ! そのガキが死んだのはお前のせいなんだよ!」
それを聞いてイーは愕然としていたのだが、リオンはほとんど聞き取れないほどの声で、
「ううん、違うよ。前におねえちゃんが助けてくれて、約束したでしょ。次は僕が助けるって……約束守れてよかった」
それだけ言い残し、男の子の体から力が抜けた。
「よし! 撃て!」
第三射が放たれた。しかし、
「な、なんだ!? 矢が勝手に」
一斉に放たれた弓矢はその全てが見当違いの方向に飛んで行ってしまった。
「魔物を殺すためなら自分と同族ですら簡単にその命を奪う。そんな者たちと仲良くするということが間違っていたのでしょうか」
イーはリオンを抱えたままゆっくりと立ち上がる。
先ほどまでとは違う空気を感じ取ったのかゼムが焦ったように怒鳴る。
「お前ら! どこを狙ってやがるんだ! 早くあいつを殺せ!」
その言葉に反応するかのようにどんどんと屋がイーに向かって放たれる。しかしそのことごとくが見えない力が働いているかのように別の方向に逸らされていく。
「もう終わですか? ではこちらの番ですね」
イーはそういうと手を空中に向けて振った。
先ほどリオンを抱えた時についた血が宙をまったかと思うとそのまま空中に静止した。
「行け」
イーが号令をかけると空中に浮かんでいた血の球が銃弾のような勢いで飛んで行き弓を構えていた村人たちの眉間を貫いていった。
何をされたのかはわからないが、倒れた者を見る限り何かをされたのは明らかだ。
それだけはわかった村人たちは我先にと逃げ出した。だが、
「逃がすと思いますか?」
もう一度イーが手を振ると、今度は風が刃のように飛んで行った。逃げようと走っていた村人たちは一人残らず上半身と下半身を分けられてしまった。即死した者もいれば運悪く生き残り自分の下半身を呆然と眺めている者もいた。
ただ一人残されたゼムはパニックに陥っていた。
「それで、あとはあなただけですね。どんな死に方がいいですか」
ゼムは目の前に迫ってくる存在にただただ恐れることしかできなかった。
「ああ、そういえば一つ尋ねたいことがありました」
イーがゼムのすぐそばまで近づき言った。
「こんな子どもまで洗脳されているといっていましたが、他には誰が洗脳されていたんです?」
「ア、アレンだ。あいつがあんたをかばおうとしていたから牢屋にぶち込んできた」
「ということはさっき言っていた私を追い出すことを言い出したというのは嘘だったのですね」
良かった。とつぶやきながらイーは村のほうを見つめた。
油断している今なら、とゼムはナイフを構えイーの背後から襲いかかろうとし、
「そうそう、尋ねたいことがあるとは言いましたが、別にあなたを助けるとは言ってませんからね」
不意に眩暈がし、その場に膝をついた。
「なんだ、急に体が……」
イーはゆっくりと振り返ると、
「別に大したことはありません。風を操りあなたの周囲だけ少し気圧を高くしただけです」
いくら呼吸をしても息苦しく、ゼムの意識は徐々に消えていった。
「それではおやすみなさい」
イーは軽く手を振り風の刃でゼムの首を刈り取った。
近くの木の下にリオンを埋めた後、イーは誰にともなく呟いた。
「人間と魔物。分かり合うことができないというのならどちらかが滅びるしかないのでしょうか」
いや、アランもリオンもわかってくれた。きっと話せば分かり合える日が来る。
そう信じてイーはまた一人歩き始めるのであった。