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カエルの品評会  作者: 水玉カエル
1/6

走るカエル

「ひゃあああ、遅れてしまう遅れてしまう」

 一匹の雨蛙が森の中をぺちょぺちょと走りながら大きな箱を抱えていた。雨蛙の半分はあろうその箱の中からはカラカラと音がしている。



 この雨蛙は最近スイレン会に入ったばかりであるが、既に二回も遅刻をしてしまっている。そのため次に遅刻でもしようものなら、お前のあの長靴を頂くからなと先輩ガマ蛙に言われていた。

 雨蛙の長靴は紐で編み上げるロングブーツに見えるが、つるつるとした硬いもので出来ており、よく水を弾いた。一番お気に入りのあの長靴をとられてしまっては敵わない。そう考えながら雨蛙は走り続けた。



 もみじ池が近づいてくると、雨蛙は勢い良く草むらから飛び出した。二、三回跳ねてレンガほどの大きさの丸い石が中央にある広場に到着した。

 開始三分前であった。ふらふらと歩くとそこには既に多くの蛙たちが集まっていた。



「ふう、ふう、間に合った、よかった、はぁ」

 雨蛙がその場にうつ伏せで平たくなって息を切らしていると、

「おや、今回は間に合ったんだね。よかったよかった。君、あの長靴を気に入っていたものね。ニンゲンの作った物の何が良いのだか、ぼくにはわからないけどね」

雨蛙より少し小柄で高い声の友人蛙が声をかけた。



「ああ、間に合ったさ。頑張って走れば家からここまで十二分だ。どうってことはない」

 雨蛙はぐったりしながらも強気の口調で友人蛙に言った。

「あの長靴はいいぞ。何せかっこいい。何事も自分の心にズバっと訴えかけるものが一番良いんだ。そして珍しく紐がついている。しかも表面はつるつるで、みんなの石で作った靴よりもはるかに軽い。僕はニンゲンが作ったものであろうが良い物は良いと思っている。どうせ使うのは僕なのだから、あまり文句を言うなよ」

「ぼくはどうしてもニンゲンが好きになれないんだがなぁ。まあ君がそういうのなら文句はやめてあげるよ。そんなことより君、早く起き上がらないとヌシ様が来てしまうよ」

 そう言って友人蛙はあたりをキョロキョロし始めた。



「ああ、こうやって寝そべっているおかげでヌシ様のヒチョヒチョという足音がよく聞こえるよ」

 雨蛙は二度深呼吸をしてゆっくりと起き上がった。

「君は耳がいいねえ。ぼくは周りがケリョケリョうるさくてちっとも聞こえない」

 雨蛙の「そうなのかな」と言いかけた声を掻き消すように、

「おはよう諸君! 本日もよい天気だな」

ヌシ様が大きく膨れた腹をさすりながら東の草むらからやって来た。蛙たちは皆ヌシ様にケリョケリョキイキイと挨拶をすると、落ち着かない様子でゆらゆらしている。



 栗ほどの大きさの一般の蛙たちに比べ、ヌシ様は林檎ほどの体格で、小石のような若い蛙たちにとっては岩山のようである。故に若蛙のうちはヌシ様の腹で顔を見ることが難しい。そのためスイレン会に入った若蛙たちはまず初めに「ヌシ様のお顔が見たけりゃ五歩下がれ」と教えられる。

「さて本日のスイレン会は前回選ばれた者が持ってきた品を品評することになっておったな。わしはこの日を今か今かと待っておった。今や我がスイレン会の品々は天下一品! キキョウ会やアヤメ会なんぞは屁でもないな!」

そう得意そうに語るヌシ様は興奮のあまり軽快なステップをヒッチョヒッチョと踏んでいる。

「今日のヌシ様えらくご機嫌だなあ」

友人蛙がそうつぶやくも、雨蛙は緊張のあまりに胸が苦しくて「うん」と小さく返事をするのみで足を震わせていた。



 今日雨蛙が持ってきた品は前の品評でヌシ様にとても良いと褒められ、次回までにわし用のものを作ってきてくれと頼まれていたものであった。ここで今回作ってきた品を認めてもらえれば今後の遅刻も少しは許してもらえるだろう、そう雨蛙は考えていた。しかし認めてもらえなかった場合は、雨蛙お気に入りのあの長靴をヌシ様に献上しなければならないかもしれない。

ヌシ様も先輩ガマ蛙同様、僕の長靴を見ては褒めていた。ヌシ様に「それが欲しい」と言われようものなら断れやしない。一番の宝物を持っていかれてしまっては敵わない。

悲観的なことばかりを考え始めた雨蛙は緊張に呑み込まれ、さらに身体を小刻みに震わせる。



「さて、今日は誰のから見ようかのう……」

 蛙たちの顔を見ながらヌシ様は考えている様子だった。

「ならば……君からにしようかのう」

ヌシ様に指名された友人蛙はピキッと小さい声をあげたあと、

「わかりました。ご覧に入れましょう」とすまして答えた。

「ふむ……」

ヌシ様は少し微笑んでドスッと地面に座った。それに続いて他の蛙たちもひょこひょこと地面に座り始めた。



友人蛙は自分よりも一回り大きい、葉っぱにくるまれた楕円形の品を抱えて、広場の中央にある丸い石の上に立った。大きく深呼吸をして周りの蛙たちの顔を見ると、いつもより少しばかり高い声で、

「さて、本日わたくしがお目にかけるものはこちらの品でございます」

 友人蛙は品を包んでいた葉っぱをもったいぶるようにゆっくりと取り外した。


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