第一部第八話:プロセス<戦闘>が開始されました
マークの剣で敵は真っ二つになる。袈裟斬りに、鎧ごと。切断面で肉は炭化し、金属の鎧もブスブスと溶け出している。
「……これ……使ってると、俺、剣術、下手になるかもな……。」
防御の薄い部分を狙う必要がなかった。金属鎧の一番強度の高いはずの胸部分も、やすやすと切り裂くことが出来たからだ。俺の作った剣は、なかなかの出来だった。
だからといって、犠牲者のゴブリン達を憐れむ気にはなれない。こいつらは、旅人を襲い、集落を襲い、時にはもっと強い魔物に率いられて村を襲う害獣なのだ。獣よりもさらに質の悪いことに、戦利品の武器や鎧を装備することができる程度の知恵がある。彼らにとっては彼らの生きるための行動なのだろうが、当然こちらにもこちらの、攻撃や反撃すべき理由がある。単に緑色の肌と醜悪な牙の生えた顔への嫌悪だけではないのだ。
東から街道へ出て徐々に曲がりながら北上し、村からは丁度半日ほどの場所から更に東側へ入って山脈方面を目指す。魔物がどこからやってくるのか、ある程度の目星をつけるのが今回の目的だ。あまり深入りはしない、と決めているので、明日の昼までに行ける場所まで探索することにしている。山へ登り始める手前あたりまでは行けるだろう、とのことだった。
街道から外れて間もなく、先導するイェルスリムが、4体のゴブリンを発見した。マークとグレンが前衛に立ち、イェルスリムの矢で戦闘が開始される。矢によって一体のゴブリンが無力化された。牙の生えた醜悪な顔の、丁度眉間に矢が突き刺さり、絶命する。うなり声をあげながら襲撃者を探してあたりを見回すゴブリン達に、長剣と両手剣が襲い掛かる。ミスティーナの身体能力強化の魔法は、すでに二人にかけられている。イェルスリムは辺りに他の敵がいないかを警戒しながら弓で援護する。俺が何かする間もなく、4体のゴブリンは倒されていた。
「その剣! どこで手に入れたんだよ! 僕にもくれよ!」
イェルスリムがマークに冗談めかして言った。
「……内緒だよ。やるわけないだろ、それにお前、長剣使わねえじゃねえか。」
マークが俺を一瞥する。作ったと言わなければよかった、とまた後悔していると、再度、俺の方を向いて彼はこう説明した。
「……とまあこんな具合にいつもは戦ってるが、イェルの矢のかわりに、レルドレザルが魔法をぶっぱなしてくれればいいわけだ。イェルは哨戒と戦闘中の周囲の警戒が主な仕事になる。ミスティーナはいつでも回復魔法を使えるように待機してないといけないしな。回復魔法が必要なときは、イェルとお前で支援をする。」
「ああ、大体わかった。」
俺は、死体となったゴブリン達をちらっと見てそう答えた。炎だと木に燃え移るかもしれないな、氷か岩かそのあたりの攻撃のほうがいいか、と思案しながら。
ただ、次の戦闘は完全に俺のミスだった。先の戦闘からすぐに、5体のゴブリンをイェルスリムが発見した。俺はマークの言ったとおり初撃を行った。
詠唱はしないが、魔法陣は出現させる。氷の矢が一定範囲を竜巻のように襲う、改良を重ねたオリジナルと言っていい魔導魔法だ。詠唱を覚えることはしていないし、紋章魔法で魔法陣を展開するほうが早い。光らせている魔法陣はダミーだ。適当に紋章のような形で術式らしく並べ、円形に囲った光を出すだけの紋章魔法を平行して行使しているのだ。ディスプレイを表示して、すでに構築してある術式を見ながら、なぞるように魔力を流し込む。今のところ、二列を平行して発動させることができる。もう少し練習すれば、三列平行も行けるのではないかと思う。魔法陣は他人には見せたくないし、かといって魔法陣無しで魔導魔法を行使出来ることも知られたくなかった。
そして、その一撃で、ゴブリン達は全滅した。
「……すまん、やりすぎた。」
俺の謝罪に、ミスティーナが苦い顔をして、肩までの金髪を手櫛で整える。
「もうちょっと魔力を節約気味のほうがいいかな。先のことも考えて。」
ミスティーナの当然の指摘に頷く。ただ、魔力の消費についてではない。俺にとっては、マークの剣の実験にならないことが問題だったのだった。耐久力や、継戦能力を知りたかったので、マークには極力戦ってほしかった。
魔力の消費について言えば、今の魔法はほとんど魔力を消費していない。アルフレッドから盗んだ魔法を組み合わせて、それなりの時間をかけて効率化した結果、火弾の10分の1ほどの魔力で今の魔法を発動できる。魔法陣のダミーも含めて、だ。どうやら、今この世界で使われている魔導魔法は、非効率の塊のようだった。
「まあ、最初はがんばっちゃうよね。」
ミスティーナは気付くことなくそう言ってくれた。
野営の準備は、マークとイェルスリムがほとんど二人で行ってくれた。火を囲み、夕食の時間だ。グレンとイェルスリムが見張りに立ち、残りの三人が先に食事をする。しばらくするとグレンが食事をはじめ、食事を終えたマークが見張りに立つ。日が暮れてきたが、全員で寝るわけにはいかないし、寝るといっても座ったまま目を瞑る程度だ。いつどこから魔物が現れるかわからないのだから。
「……レルドレザル。」
珍しく、グレンから口を開く。出会って間もないとはいえ、たぶん俺が彼の声を聴いたのは、自己紹介のとき以来だろう。低くて渋い声だ。栗色の顎鬚と口髭が話すたびに動く。猫が話しているように見えて、少し面白い。俺は、無言でグレンのほうを向いて少し首をかしげる。
「マークのあの剣を作ったと聞いた。俺の剣も頼めないか。金はある。」
正直、これは予想していた。昼間のマークの戦いと彼らの反応を見るに、あの剣はかなり物騒な代物のようだ。だが、俺は鍛冶屋ではない。正直、剣に紋章を彫るのは、魔法への興味と趣味以外の何物でもないのだ。
うん、と俯いていると、グレンはさらに続けた。
「マークの使っている剣と同じものというわけではない。俺は、『剣の加護』と繋げる剣が欲しい。」
――加護と繋ぐ……どういう意味だ?
詳しく聞くと、こういうことらしかった。
『剣の加護』を持つ者は、それが認識できるのは物心ついてからではあるが、生まれたときから剣を持って生まれ、本物と同じようにそれを握ることも振ることもできる。当然、他者には見えないし、その剣で切っても何かが斬れるわけではない。消したいと思えば消え、現れて欲しいと思えば現れる。幼少から剣を身近に感じ、それを振り回すことで、優秀な剣士になる者も多い。
ただしそれだけではない。加護を持った者が、この世界の住人誰もが持つ『魔力』の使い方を覚えたとき、それこそが『剣の加護』の本当の力を発揮する。
実際の剣を持ったまま加護の剣を重ね合わせ、自身の魔力を繋ぐように送り込むと、その剣の威力が増すのだという。剣を軽く、振りぬく速度も増した高威力で扱うことができるようになる。
――加護に魔力を繋げる……。
かなり興味を惹かれる話だ。
「『剣の加護』を持って生まれたが、未だに加護の力を使えない。なさけないと思うだろう……。たのむ!」
グレンが俺に頭を下げている。ここまでされては断れない。元々頼まれると断れない性格なのだ。元の世界では、それでかなり苦労した覚えもある。
「いやいや、顔を上げてください。ええと……そういうったものは作ったことがないので、出来るかどうかわからないので約束はできません。でも、試してみますよ。」
「本当か! ありがとう!」
両手を握られてしまった。出来なかったらと思うと気が重いが、加護と魔力を繋ぐ、というのは興味がある。帰ってからそのあたりの詳しい話を聞きたい、と言ってこの話は一旦終わらせた。ただ、終わらせた後も、終始嬉しそうなグレンの髭面を見ては、さらに気は重くなったりはしたが。
二日目の昼頃、俺たちはほぼ目的の場所まで来ていた。もう少し進めば、険しい山へ入り込むことになる。そこでイェルスリムは、これまで以上のゴブリンの集団を見つけた。10体の醜悪な緑の魔物が、崩れた崖の隙間から出てきたのだ。
「このあたりにあんな崖あったかしら?」
ミスティーナが首を傾げる。マークが剣を抜きながら答える。
「いや。だがとりあえず殺ろう。」
「まってまって、あの中にまだいるかもしれないだろ。少し離れてからだよ。気付いて沢山出てきたら困っちゃうじゃないか。」
イェルスリムの言葉に、全員が頷き、少し離れるまで待って敵を襲撃する。
ミスティーナが周囲に気付かれないための音を遮る魔法を使ったあと、俺が20本の氷の矢を放った。グレンとマークが次々に敵を切り裂き、剣がすぐに届かないゴブリンは、イェルスリムの的確な弓で無力化された。
数分の戦闘の後、最初にイェルスリムが崖の隙間を窺う。音もなく中に入ると、こちらに手招きをする。入り口付近には誰もいないようだ。
中に入ると、切り出された石を積んだ建築物の通路のようになっている。マークが小声で話す。
「遺跡かなんかか?」
「そのようねぇ。……ああ、半年前の地震で出てきたんじゃない? 前にこの辺まで来たのはそれより前だったから。」
ミスティーナは顎に指を当てて思い出すようにそう言った。
「地震?」
俺は思わず声に出す。こちらの世界に来てから地震を経験したことはなかった。
「えっと、お前に会った日だよ。馬車が立ち往生した。あれ?会う前だったか?朝だったと思ったが。あれは結構大きく揺れたぜ。」
マークの答えに軽く頷いておいた。おそらく、俺がこの世界に来る前の話だろうと思ったからだ。
慎重に一本道を進んでいくと少しカーブしたあと、天井がドーム状になった玄室のような場所へ出た。丸い部屋は直径10メートルほどだろうか。動く者の気配はない。代わりに、床一面に大きな魔法陣が描かれている。魔法陣に魔力の光はなく、今は稼働していないようだ。正面の壁には大きな窪みがあり、台座の上に拳大の赤色の宝石のようなものがはめ込まれている。うっすらと光る宝石の台座と台座の周囲にも複雑な魔法陣が、おそらくミスリル金属で彫刻されている。
「たぶん、魔法石、だね。」
イェルスリムがぽつりと言った。俺とミスティーナは床に描かれた魔法陣を見つめている。
「大きいな。外せるなら相当な金額になるな。これは……。」
マークはきっと、その後に「当分の間、酒代に困らないな。」と続けたかったのだろう。俺とミスティーナ以外は、ぼんやり部屋の光景を見ている。ミスティーナが肩までの金髪を指で耳にかける仕草をしながら言った。
「……見たことがない魔法陣ね。」
「転移の魔法陣……だと思いますよ。あるいは、召喚。」
俺は少々の自信を持ってそう告げた。空間や座標を指定する術式が見えたからだ。細かい場所は正確な地図のない俺にはわかるべくもないが、通信の魔法にしては規模が大きすぎる。召喚であればこの世界の座標を示す紋章が使われることはないだろう。だから先に転移、と推測した。
「転移だとしたら、ギルドの規則通り『王国による管理のない転移魔法陣は可能な限り魔法陣の現状を維持しつつ転移不可とした後、すみやかにギルドへ報告』だな。」
マークが珍しくちゃんとしたことを言う。
「ってことは魔法石を取っ払って、報告、かな。魔法石は俺たちのもの、ってことでいいんだよね?」
「その通りだ。」
と思えば、結局イェルスリムの言葉で酒代に繋がるのか。
「……それにしても、よくわかるわね。魔法文字が読めるの?」
俺は転移の魔法陣をある程度読み解いた後、床の魔法陣を踏まないように回り込みながら魔法石に近づいて行く。ミスティーナの言葉に答える余裕はない。魔法石の台座から床の魔法陣へと延びる魔力導線とも言うべき紋章の術式を辿っていく。台座の小さな魔法陣には、恐らく動力源となっている魔法石から床の大きな魔法陣へ魔力を供給するための、コネクタとでも言うべき術式が刻まれている。そこから有線接続のように、術式の記載された溝が床へ伸びている。床の魔法陣と魔法石が紋章術式で繋がっているのだ。
「魔法石を外しましょう。」
魔法陣に夢中の俺が答えないとわかったのか、ミスティーナがそういうと、全員が頷く。念のための魔導魔法による結界をかけたあと、ミスティーナが静かに魔法石を台座から取り外すと、魔法石は輝きを失ったのだった。
2016/04/19:[修正]改行と空白文字調整