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第一部第七話:プロセス<戦闘>を準備中です

「……完成だ。」


 修道士の宿舎の一室、一人きりでそう呟いた。20日掛かってついに完成したのだ。


 机の上には一振りの長剣。右手で持ち上げ、魔力を流し込むと、刃が赤く染まり、辺りに熱気が立ち込める。


――魔剣とは言えないだろうし……魔法剣、かな。


 俺はシュタイツ司祭から受け取った金で、マークが使っているような普通の長剣を手に入れた。同時に、魔力を通す金属『ミスリル』の小さな塊も。そこからはとにかく精密な作業の連続だった。紋章をできるだけ細かく剣に彫り込み、ミスリルを埋め込んで、上から加工の痕跡の残らないように塞いでいく。ときには1センチ進むのに丸1日かかった部分もある。

 削った部分は当然強度が弱くなるが、強度強化の術式も埋め込んである。魔力を注いでいる限りは、以前より強度が高く切れ味は鋭いはずだ。炎の術式によって、炎耐性のない相手にはより攻撃力は高くなっているだろう。削った部分がミスリルに置き換えられているので、もしかしたら微妙な部分で重量バランスは崩れているかもしれない。そこまではさすがに計算するのはむつかしかった。また、炎の術式の効果が刃そのものに発現して剣自体を傷めることなく、剣戟の威力を上げることができる距離と発現方向を保つ術式構築にも苦労した。それにしても、初めてにしてはよく出来たのではないかと思う。


――魔力の消費はそれほどでもないな。マークでも使えるだろう。


 そう、俺は、いつも酒を奢ってくれるマークに、この剣をお礼として渡そうと考えた。もちろん、実験も兼ねて。彼に実戦で使ってもらえたなら、使い勝手がわかる。次に予定している自分用の道具の参考にできる、そう思ったのだ。


――まあ、実用に耐えなかったのならそれはそれでいいか。試しに作ったにしては面白いものが出来たしな。


 自分の作ったものに自信はない。これは、前の世界で慣れないスクリプトを書いていたときもそうだったな、と一人で苦笑する。


 丁度夕方だ、マークは今日あたり魔物退治から戻っているはずだ。



「おお!レルドレザル!今日はお前からこっちへ来るなんて珍しいな!」


 マークは酒場では陽気に大声で話す。最初に出会ったときの用心深さはない。甘い印象を与える栗色の髪とそれなりに整った容姿、引き締まった肉体、がさつな大声が無ければもっと女性に言い寄られるだろうに。彼の浮いた話は聞いたことがない、いつも追いかけまわして逃げられた愚痴を聞かされている。


 既に何杯か飲んでいたマークに軽く手を上げ、前の席に座る。酒場はまだ時間が早いのか、まばらな客入りだった。


「なんだ、もう酒が入ってるのか。面白いものを持ってきたんだけどな。」


 マークとは、もう気さくに話が出来る仲になっている。


「面白いもの? なんだ? 女か?」


 そう、これがいけないのだ、と俺は苦笑する。


 これだよ、と布にくるまれた長剣を取り出す。


「ほう……剣か……どこも面白そうには見えないが……お前が言うなら面白いんだろうな。どう面白いか当てろってんだな……。」


「いやいや、謎かけをしてるわけじゃないよ。ちょっと今から時間あるか? 外で試してみてくれないか? 魔法の実験だよ。」


 ふむ、とマークは一気に酔いが覚めたように立ち上がる。さすが剣士だな、と思った。



 村はずれの例の場所へ来ると、結果は教えずに剣に魔力を流し込むように伝える。魔法を使ったことのないマークだが、この世界には魔道具はいくつか存在するし、魔力を何かに流し込むだけなら、その調整はともかく、それほど難しいことはない。彼がそうすると、刃は鈍い赤色に染まり、熱気を帯びた。


「……すげえ! なんだこれ!」


 マークの驚く顔を見て、自分の作品が認められた気がして嬉しくなる。だが、これだけではない。


「そのまま、あの岩を切ってみてくれないか。」


 岩程度に負ける術式は組んでいないはずだ。少しでも刃が欠ければ失敗と言える。


「岩なんか切ったら、剣がダメになるんじゃないのか?」


「だったら失敗だよ。実験、と言っただろ。ああ、剣が岩に当たる瞬間に魔力を思い切り注ぎ込んでくれよ。」


 うん、と頷き、静かに剣を構え、岩を一閃。切り裂く瞬間、刃は青白く光る。音もなく斬られた岩の上部は、斜めにずり落ちた。


「……おおおお!!! なんだこれ!!!!!」


 マークは相当興奮しているようだ。剣を見つめながら大声で喚いている。


「やるよ、それ。」


「……はああああ??? これ一体いくらしたんだ??? つーか見たことないぞこんなすげえ剣、どっかの遺跡から出てきた魔剣だろ!?」


 彼の驚きを見るのはとても楽しい。


「作ったんだよ。剣を買ってきて、魔術を埋め込んで。初めて作ったから、使い勝手をレポートしてもらうのが条件だ。あと、魔剣はたぶんもっとすごいものなんじゃないのか? 魔法剣ってとこだろ。」


 その後、興奮するマークを宥めながら、魔力を込めていないと脆いこと、バランスは少し変わっていること等を説明し、使い勝手のレポートを必ずしてもらうよう頼んだ。彼は二つ返事で請け負ってくれた。もちろん、魔力を消費するから、使用時間に気を付けるように、との念押しも忘れなかった。もしかしたら、この剣がこの世界では世に出してはまずい物かもしれないという不安がよぎり、もう一つ念押しをする。


「俺から貰ったって絶対言うなよ。誰にも。」


「わかったわかった。」


 マークの返事は俺の不安を煽るのに十分だった。俺が作った、と言ったのは失言だったと反省する。



 酒場に戻ると、急にマークは真剣な口調で語りだした。


「なあ、レルドレザル。俺たちと魔物討伐に行かないか。」


「何を冗談言ってるんだ? 俺は戦いなんてしたことないぞ。」


 盗賊を一人始末したのは、ただの行きがかりだ。偶然だ。


「……最近、このあたりの魔物が増えてるんだよ。ギルドも戦力を呼び込もうとしてるが、南方もキナ臭くてな、リースに廻せる戦力も少ないらしい。リベスタリアの軍はもっと大規模にならないと動いてくれないしな。正直、戦力不足なんだ。知っての通りこの村には騎士団どころか兵士も常駐してない。いざとなればリースから魔法兵団が出張ってくれるだろうが、このまま魔物が増え続けると、村の近くにも被害が出る可能性がある。今のうちに叩いておく必要があるんだ。」


 魔物はバルドゥークとの緩衝地帯となっている山岳方面からやってくるらしい。しかも時を追うごとに増えている。たしかに村にとって良くない話ではある。しかし、俺が行って戦力になるものなのか。


「魔導魔法、使えるんだろ? それだけで大戦力だ。」


 少し考える。たしかに近隣に魔物が出れば平穏な生活が脅かされる。それは避けたい。それと……マークが実践で魔法剣を使うのを見てみたい。後日のレポートよりも、生で見たほうが情報は多い。


「……シュタイツ司祭に学校を休む許可をもらえれば、な。」


「おお! よし! 俺からも司祭に頼んでおく。出発は三日後だ。明日、ここでいつもの時間に仲間と顔合わせをしよう。頼んだぜ!」


 まるでシュタイツ司祭の許可を既に得ているような雰囲気でマークはそう言った。そこからは、どれだけ酒を飲んだのか、正直覚えていない。翌朝の二日酔いが酷かったことは言うまでもない。



 ようやく二日酔いが治まった午後、シュタイツ司祭に許可を求めに行くと、午前中に既にマークが話をしていたようで、すんなりと司祭は学校の休講を認めてくれた。村の平和のために教会ができることは全て協力すると言って、準備のための金も渡してくれた。


 夕刻、いつもの酒場でマークの所属する討伐メンバー(パーティ)と顔合わせをした。明日は必要なものの買い出しと準備、明後日には出発ということもあり、酒は控えめだ。マークの仲間は3人。


 ブレストプレートを付けた剣士グレン、巨体というほどではないがマークよりも大きい。濃い茶色の髪と鬚、40にはなっていないだろうが、歴戦の戦士といった印象を受ける。両手剣を背中に背負っている。無口なようで、腕組みをしたまま目を瞑り、眠っているのかと思ったほどだった。ほとんど彼とは話しをすることが出来なかった。


 灰色のローブを着た女性ミスティーナは、妙齢の魔導士。主に回復魔法と支援魔法を得意としていると言う。攻撃魔法も若干はこなせるらしい。前の世界での妙齢、と見えたので、もしかしたらこの世界では妙齢とは言わないのかもしれないが。25歳かそのくらいだろうか。『本の加護』を持っていることも教えてくれた。マークは彼女を口説いて振られた過去があるとのこと。それを詳しく『本の加護』に書き込んで、忘れないようにしている、と言った。それはおそらく冗談だろうが、振った経緯を詳細に、面白おかしく話し、マークは大声で止めるように喚いていた。


 弓使いイェルスリム。東方から流れてきたという赤毛の彼は、マークが付けているよりも軽そうな胸だけの皮鎧と、マークより少し小さ目の身体に似合わない大きめの弓を担いでいる。「ミスティーナはマークに言い寄られたのが生涯最後のチャンスだった。」やら「グレンが自分から口を開くときには、かならず悪いことが起こる。」やら、終始会話に絡んできていた。全員がそれを受け流しているところを見ると、これがいつもの調子なのだろう。


「レルド・レザルなんてすごい名前だね。」


 そうかな、ととぼけた答えを返して真意を探ると、どうやら東方のスイ・オンでは『魔術の達人』という意味になるようだ。東方では東方語とは別に名前用の言葉があるようで、ちなみにイェル・スリムは『太陽の子』という意味らしい。そちらの方がすごい名前だよ、と言うと彼は得意そうな顔をしていた。マークだけがそれに大笑いした。


 マークを含めた四人に攻撃系の魔導士として俺が参加すれば、バランスのとれたパーティになる。誰が何を出来るか話し合い、全員でいくつか戦術を考えた。もちろん、紋章魔法のことは伏せておく。リーダーであるマークが明日中に隊列や会敵時の決め事、戦闘中の対応パターン等、必要な事をまとめておくらしい。また、目的地は大よその目当てがあるとのことで、詳細を聞いておく。


 明日準備するものを確認する。食料や飲み水、野営用のカンテラ等の簡易な道具類、緊急時の毒消し薬等だ。行程は三日間とのことだったので、量はそんなに多くはない。買い出しの担当はグレンとイェルスリムが引き受けてくれた。後は各々必要と思うものを準備することにした。一番嵩張る食料と飲み水はロバを使って運搬するが、緊急用の最低限のものは自分で持っていかなければいけないため、そう多く他の何かを持っていくことはできないだろう。飲み水は魔法でも作れるが、あてにして持っていかないのは愚か者のすることだ。


 夜も更けてきた。さすがのマークも今日は深酒することもなく、全員が宿の部屋へ戻ることになった。俺は一人、修道士の宿舎への道を歩きながら、何か準備していくものがないか考えている。魔物との闘い、少し興奮している。現実にこんなことが起こるとは考えたことはなかった。絶対に、死ぬのは嫌だ。最善を尽くさねば。

 そこで、ふと一つ思い出し、明日試してみよう、と決めたのだった。

2016/04/19:[修正]改行と空白文字調整

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