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第一部第六話:システムは正常に作動しています

 半年が過ぎた。アイン村の人々は、俺に快く接してくれている。


 アルフレッドはリースへ帰り、マークは相変わらず近隣の魔物退治に精を出している。

 マークは呑み仲間が欲しいらしく、魔物退治を終えて金が入ると、俺を酒場に誘うのが慣例となっていた。俺は給料を貰っていないので奢ってもらってばかりは悪いと最初は断っていたが、彼は愚痴を聞いてもらう報酬だ、と無理やり俺を連れ出していた。

 俺もマークの魔物退治話とそれに付随する愚痴を聞くのは新鮮で楽しかった。今の魔法の研究が一段落したら、少しお礼をさせてもらおうと思っている。


 シュタイツ司祭も、最初の数回の授業を見て、学校運営を全て俺に任せてくれている。

 とても30とは思えない渋い金髪の司祭は、食事と寝床だけで熱心に授業をしてくれる、と恐縮しつつ、教会の財政が苦しいことも打ち明けてくれ、俺に理解を求めた。俺としては、食事と寝床の心配をしなくていいだけで、十分有難かった。

 教会の運営が軌道に乗り、周辺の村からも寄付が集まるようになれば、財政も少しは余裕ができる、もう少しで給料も出せるようになるからと、出来ればずっとここで教師として働いて欲しいと懇願された。当面はここで教師を続けさせてもらいます、と答えると、金髪の渋い男は似合わないニカッとした笑顔を見せてくれた。


 リベスタリア王国の南東にあるアイン村は大きな村だ。街道から繋がる西と東の村の二つの入り口には、それぞれ宿屋兼酒場が数件連なる。西へ向かえば三日程で魔法兵団のある街リースへ、東へ向かえば国境沿いに北上し、辺境の村々へと続いていく。

 リベスタリア王国は、バルドゥーク帝国と現在のところは友好的で、戦争の心配はほとんどないと言っていい。魔法兵団は、戦争の絶えない南方諸国へのけん制として駐屯している。つまり、リースが落ちなければアイン村は戦争という面では安全といえる。

 村の中央には、シュタイツ助祭が司祭を務める教会、村の行政、司法及び簡易な立法を担う村議会場、それらを中心にいくつもの商店が軒を連ねる。これは街と言ってもいいのではないと思ったが、リベスタリア王国の制度上、貴族たる官吏が常駐しなければ街とは呼べないらしい。リースの街には魔法兵団長を兼ねる伯爵が責任者として存在しているが、アイン村には貴族は一人もいないので、村議会で選ばれた長が伯爵から村内での代理権限を与えられる。リベスタリア王国の制度上では、この村は、リースの街の一部、という扱いなのだそうだ。


 ツェトラ老は二代前の村の長で、現在も議会の議員でもあり、俺がこの村に教会の教師として留まることをすんなりと現在の長と議会に認めさせた。ただ、反対意見はほとんど無かったらしいので、白い鬚をなでながら、別なお礼も考えんとな、と言って、結構な大金を渡されそうになり、これは丁重にお断りした。出来るだけ目立ちたくはないのだ。


 この世界には、ギルドが存在する。ゲーム内で言えば、冒険者ギルド、というやつだ。アイン村にはギルドの支部はないが、リースに大きな支部があるとのことで、そこでギルド員として登録した荒くれもの達が、アイン村を出入りする。

 ギルドに登録しているギルド員は、どんなに怪しい人間でも、アイン村の議会が追い出すわけにはいかない。彼らは、周辺に出没する魔物や魔獣を、せっせと退治することで生計を立てているのだ。ここアイン村は、バルドゥーク領との間にそびえる山脈のすぐ脇にあり、人の住まない山脈からの人ならぬ侵略者を常に撃退していなければいけない運命なのだ。

 かといって、新参者の俺が大金を持って村をうろついて、彼ら『冒険者』に目をつけられるのは避けたい。大金を貰ったという情報すら知られたくない。どこから『NOR』の耳に入り、『レルドレザル』の名を知る者にちょっかいをかけられるかわからない。俺は静かに暮らしたいのだ。

 キャラクター名でなく、偽名を最初に名乗ればよかったという後悔は消えない。


 算術の授業は、とても順調に進んでいる。基本的には加減乗除の簡単な計算を教えるだけだ。文字を書けない者も何人かいたが、この世界の数字と四則演算の記号だけ教えればよいので、それほど難しくはない。

 小学生のころを思い出し、均等な大きさの木の枝や小さな石を使って、足し算と引き算を教えた。九九という考えはこの世界にはなかったので、九九の表を木の板に書いて、全員に配った。これを覚えてしまえば掛け算も割り算も全部できる、と言ったら、皆真剣に覚えてくれた。語呂合わせはこの世界の言葉で作らなければいけなかったので、少し苦労したが、生徒全員が協力して覚えやすいように工夫してくれた。


 生徒は20歳を超えている修道士二人以外は、ほとんどが10歳から13歳くらいの年齢の子供だ。商店の息子や娘が、将来店を継ぐために、算術を学びに来るのだ。

 10人程しか入れない教室は、最初のうちはほぼ常に満員だった。しかし、シュタイツ司祭曰く『画期的な算術学習法』である九九の表のおかげで、基礎的な四則演算を学習し終わった生徒は、『卒業』していったのだ。


 最初の2か月が過ぎたころは、正直、ものすごく焦っていた。自分の教え方が上手いと褒められるのは嬉しいが、これでは学校の需要が早々になくなってしまう。大きい村とは言え、生徒が限りなく湧いてくるわけではないのだ。しかし、3か月目、ふと思いついたことを試して、一人で長いことニヤニヤしてしまった。魔導魔法と紋章魔法について寝る時間を削って思考錯誤していた俺は、ある日、素晴らしい発見をしてしまったのだ。


『詠唱は、紋章魔法である。魔法陣も、紋章魔法である。ゆえに、魔導魔法は紋章魔法である。』


 紋章には、形だけでなく音があった。魔力を声に込める、というのを実現するのに少々手間取ったが、大量の紋章を知っていて、その効果もほとんどわかっている俺にとって、形と音の対応を順次見つけていくのはそれほど難しくはなかった。

 魔導魔法は、紋章魔法たる詠唱で魔法陣を描き、魔法陣に魔力を込めることで発動する。なんのことはない、全てが紋章魔法でできているのだ。

 そこからは俺は、既存の、アルフレッドから盗んだ魔導魔法の改良と、詠唱の効率化に着手した。その後、新しい魔導魔法の作成も行った。

 多くの詠唱を知ることが出来れば、紋章の音が埋まる日も遠くない。発音だけは何度も練習しなければならないのは、少しだけ気分が暗くなったが。

 しかし一番苦労したのは魔法陣の枠部分の構築だった。いかんせん数学が苦手で営業職についた俺にとって、魔法陣の中を流れる魔力量と速度を、魔法陣内の体積や断面面積で調整する、ということは苦痛だった。おそらく数学的には美しくないであろう方法で計算したり、総当たり的に村はずれのあの場所で徐々に幅を狭めて調整したり、自身の不勉強を恨みながらの作業だった。

 ただ、一つ良かったことがある。面倒くさいから省略してみようと思い、魔法陣の枠を光らせるのをやめてみたのだ。魔法陣の魔力の光の流れを見てタイミングを調節しなくとも、完璧なタイミングで魔力を送り込めば、光っている必要はないのだった。今、俺は、見えない魔法陣から魔導魔法が発動できる、それも、無詠唱で。


 そして今、俺は、この村で平和に静かに生きる、そのための最後の難関に立ち向かった。


「シュタイツ司祭、お願いがあるのですが。」


 金髪の渋い中年、いや、30歳にそれは失礼か、シュタイツ司祭は静かに話を聞いてくれた。


「こちらの教会の教義がどのようなものかわかりませんので、失礼があれば先にお詫びします。今、学校運営は順調で、多くの生徒が巣立ちました。ただ、このままでは生徒がいなくなってしまうと思うのです。」


 シュタイツ司祭は頷く。


「ただ、私としてはここでの生活をもうしばらく続けたいのです。よろしければ、ここで、魔法の授業を行うことをお許しいただけませんか?」


「すばらしい考えだと思います。ただ、アイン村としては難しいかもしれません。魔導魔法は、いわば兵器ですから。」


 一応は答えを考えてあった。


「あ、いえ、攻撃魔法をというわけではありません。例えば火を起こしたり、飲み水を作り出したり、木を加工しやすく一時的に柔らかくしたり、そういった魔法です。軍事に転用が可能かといわれれば、兵站や行軍に関わると言えなくはないですが……。いかがでしょうか。」


 短い金髪の司祭は、訝し気な表情で真っすぐとこちらを見つめる。


「……それは、魔力の殆どない村人達も使用できるということですか?」


「そうです。少しだけ、この村の生活を良くしたいと考えています。」


「それでしたら、そうですね、村の議会に諮るのがよいかと思います。私からツェトラ老へ話をしてみましょう。」


 こちらの世界の教会の教義は、魔法を禁じていなかった。紋章魔法と魔導魔法の研究と、三日に一度の授業の準備に追われていた俺は、この世界の教会、宗教については全く無頓着だったのだ。そうだ、これを機会にシュタイツ司祭に宗教について話を聞いておこう、そう考えた。


 シュタイツ司祭は、この世界の宗教事情について、かいつまんで教えてくれた。


 この大陸では、主に十二柱の神が信仰されている。この十二柱への信仰は、それぞれが対立するものではなく、全部に対して信仰心を向けてもかまわないし、どれか一つだとか二つだとかを最も信仰する神としてもよい、それぞれ司るものが違うので、例えば兵士であれば『戦の神アスラ』や『勝利の女神ヒューン』を信仰することが多いし、商人であれば同じく『勝利の女神ヒューン』や『知神ロートシルト』『天秤の座バイトー』を信仰する者が多い。魔術師であれば多くは『魔術大公ギュネイ』を信仰するが、『知神ロートシルト』を同時に信仰することもある、という話だった。十二柱の神を一つ一つ説明してもらったが、全てを覚えることはできなかった、大枠がわかればよかったので、また調べてみようと考えた。

 興味深かったのは、神聖魔法についてだった。シュタイツ司祭の話を聞く限り、魔導魔法とは別の仕組みで発動しているようだった。

 司祭、あるいは信徒が魔力を込めて神に祈りを捧げ、そうすると奇跡が起こるのだそうだ。詠唱も魔法陣も使わない。特に神に祈る言葉の決まりもない。まさに奇跡なのだろうと思った。奇跡の内容は、俺のゲーム内の知識とほぼ一致した。怪我を治したり、体内から毒を排出したり、不死族を浄化したり、そういった魔導魔法や紋章魔法でもやろうと思えば可能なものだ。

 また、十二柱とは別に、雑多な神々も存在するらしい。地方土着の神や、魔族、亜人達の中で信仰されている神は、およそ体系化されておらず、どのくらいの数なのかはシュタイツ司祭にもわからないとのことだった。


 その話の後、そうそう、とシュタイツ司祭から給料の話を切り出された。


「レルドレザルさんの授業の評判が良く、順調に寄付が集まっていまして。遅くなりましたが今までのお給料です。」


 多くはないが、それなりの金額を差し出された。これはありがたくもらっておくことにした。魔法について少し金がかかる実験をしたかったのだ。


「それと、今後のことですが、月に銀貨五枚を報酬としたいと思っていました。しかし、魔法の授業も始めるとなると、これでは足りませんね、少し考えさせてください。」


「いえ、それで十分です。宿舎も使わせてもらっていますし、食事もいただいています。本当に感謝しています。」


 何度か押し問答をした末、シュタイツ司祭が折れてくれた。どこのだれかわからない俺にとても親切にしてくれた司祭、他のこの村の人々。俺は本当に感謝しているのだ。


 10日程経って、またもやツェトラ老の尽力により、魔法の授業を行うことを許可された、とシュタイツ司祭から伝えられた。一度お礼に伺わなければいけない。また、もしかしたらリースの役人が視察に来るかもしれないと聞いた。これは、「魔法兵団へのスカウトですよ」と司祭に言われた。丁重にお断りしよう。

 算術の授業とは別の日に、魔導魔法の授業の日を設定した。シュタイツ司祭に話したとおり、戦いで使うような魔法を教えるわけではない。ゲーム内では紋章魔法で行うような、火を起こしたり、飲み水を出したり、少し拡声出来るようにしたり、あるいは土を柔らかくして掘りやすくしたり。

 もちろん、紋章魔法の『秘儀』は隠したままだ。その効果を出す魔法陣を作成し、魔法陣を展開するための紋章術式を詠唱に変換し、詠唱と魔力を注ぎ込む場所だけを教えるのだ。紋章自体を教えることはしない。魔力を注ぎ込む場所は、極力一か所で済むように魔法陣を工夫した。分岐させた魔力をあるタイミングで合流させるのは、一番苦労した部分だ。


 魔導魔法の習得には非常に時間がかかる。詠唱を覚えるのは、『本の加護』がない者にとってはなかなか大変なのだ。もちろん発音が不得意な者にとっても。常に一定数の生徒数を保てるだろう。


 こうして、再び心安らかな日々が取り戻された。

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