第一部第五話:接続が開始されました
宿屋の、村一番高級と言われる部屋と比べてはいけないだろう。それでも木製の机と、椅子、ベッドがある。十分だ。
修道士の宿舎は二階建てで、5室のうち、3室は空き部屋となっている。その内の一つが俺に割り当てられた。
つまり修道士は二人、今は教会で午後の雑務を行っているそうだ。後で紹介してくれるとのことだった。
明日には修道士を一人付けるので、村の案内をする、その後、授業の進め方についてその修道士と相談してほしいと言われた。
今日のところはゆっくりしてほしいということだったので、自室でちょっと所用を済ませると言ってここに籠ったわけだ。
机に向かい、ディスプレイを表示し、アルフレッドの魔導魔法を再生する。
魔法陣の出現で停止し、昨日見た紋章を探す。
あった、これだ。
紋章フォルダ内から該当の紋章を探す。……俺の、紋章魔法の火弾の術式に組み込んであるものだ。
魔法陣の中に、他にもいくつも見覚えのある紋章を見つける。
スロー再生をして、魔力の流れを見る。録画でも魔力の流れは読み取れた。見たものを録画できるということか。
魔力を流し込む場所は3か所、そのタイミングと魔力の流れ、全てをはっきりと見ることができた。
すぐに立ち上がると、午前中にアルフレッドが魔導魔法を見せてくれた場所へ向かった。この世界の魔法を確かめるために。
村の外の、街道から外れた少し開けた場所へ出る。辺りに人の気配はない。
まず、ディスプレイ上に魔法陣を表示し、そこへ魔力を注ぎ込もうとしてみる。魔力を注ぎ込むことができない。
次に、紋章魔法で光の術式を使い、魔法陣を出現させる。そこへ魔力を注ぎ込む。魔力が魔法陣からあふれ出て霧散し、失敗に終わる。
続いて、魔力伝導の紋章を組み入れた術式で、同じく魔法陣を描き、魔力を注ぎ込む。魔法陣の中ではなく、描かれた魔法陣を伝って、魔力が流れるが、術は発動しない。
最後に、魔法陣の枠部分、つまり紋章以外の部分は魔力遮断、紋章部分は魔力伝導の術式を使用して、それに魔力を流し込む。
無論、魔法陣の上下も魔力遮断としてサンドイッチし、中央の魔法発動部分だけ、発動方向へ穴を開けておいた。
かなり複雑な術式となってしまった。
ゴウッ、という音と共に、火の玉が飛び出し、大木に激突して爆散する。
――成功だ!
紋章魔法を利用して、魔導魔法『火弾』が発動したことに、感動を覚えた。
魔法陣さえ手に入れば、魔導魔法が使える、それは、この世界で生き抜いていくための大きな力になる。
今は魔法陣の描画に相当時間がかかっているが、これは紋章魔法の術式を効率化すれば、おそらく使い物になる。
そして、もう一つ、確信を得たことがある。魔導魔法の魔法陣は、内部に紋章を使用している。魔法陣の枠とその幅でタイミングと魔力量を調整し、内部の紋章魔法を発動させている。
つまり、魔法陣の改造だけでなく、魔導魔法を作成できることになる。
魔法陣の収集と解析、これを続けよう。必ずこれは生きるための力になる。すぐさま修道士の宿舎へ戻ると、作業を開始した。
気付けば朝だった。仕事柄、徹夜には慣れている。夕食をすっぽかしたのはシュタイツ司祭には悪かったな、と思いながらも、成果に心地よい疲労を感じる。
火弾の魔法陣の改良、おそらくうまくいっているはずだ。
魔法陣の枠部分はすぐには効率化できなかったが、記述してある紋章術式の改良は本職だ。
ゲームをしていたときには、ネットに出回っていた紋章構築補助アプリケーション、プログラム作成で言うところの統合開発環境のようなもので、効率化と高威力化を目指して狂ったように組み合わせや構文を改良していたものだ。今回はIDEもなく、一晩で作り上げたので、消費魔力量を2割程減らすだけに留まってはいるが。
表計算ソフトが残っていてよかった。これが無ければ、一晩では無理だっただろう。
この魔法陣には、俺の知らなかった紋章と思われる文字もいくつか含まれている。全て解析できればもっと改良できる。
将来的に大量の紋章を管理するために、紋章と構文をデータベース化しておくと便利かもしれないな。あとは、便利な紋章モジュールを増やしていこう。
朝食では、シュタイツ司祭と二人の修道士、アヴァとイータと紹介された二人の男性との会話も上の空で、少し出かけて来ると告げ、すぐに村の外の広場に向かった。
そして、実験は成功した。
「魔導魔法は、詠唱により魔法陣を展開し、そこへ魔力を流し込むことにより発動します。
ゆえに魔導士は、詠唱を覚え、魔法陣への魔力を注ぎ込む場所、そのタイミングを覚えておかねばなりません。
一般的に高位の魔導魔法になればなるほど、魔力を注ぎ込む場所は増え、複数個所へ正しい順に、あるいは平行して行わねばならないことと、その魔法陣を展開する詠唱が長くなる傾向にあることから、覚えておかなければならないことは増えるのです。
本の加護がある者は、願うだけで詠唱、魔法陣と魔力を注ぎ込む場所とタイミングが思い浮かびますから、魔導士としての適性は高いと言えるでしょう。
もちろん、記憶力の良い者なら、いくつか自分の得意な魔導魔法を覚えておけるわけで、本の加護が絶対というわけではありませんが。
現に加護持ちでない魔導士も私は何人か知っています。」
なるほど、こちらの世界に来てからの認識と一致する。無造作に束ねた黒髪から、零れ落ちる何本かの頭髪を面倒くさそうに後ろへ払うアルフレッドの言葉に、静かに頷く。
「レルドレザルさん、あなたの魔法について教えていただけませんか。」
きた。回答を考えていない。どう答えるべきか。少し悩んだ末、少し探りを入れることにする。
「……紋章魔法を知っていますか?」
「……紋章……ああ、あの、古い遺跡等にある、魔法文字によるものですか? 魔力を流すと扉が開いたり、そういう……」
アルフレッドは少し困惑したように、しかし興味を惹かれたのか顔にかかる幾筋かの黒髪を気にすることなく見つめてきた。たしかに、ゲーム内でもそういう仕掛けはあった。
「そうです。あの紋章を使って、魔法を行使します。紋章魔法といいます。この世界……いや、こちらの方ではそういうった魔法は使用しないのですか?」
この世界と言いかけて少し焦った。幸運なことにアルフレッドはそこは気にならなかったようだ。
「紋章魔法……聞いたことがありません。少なくとも、このリベスタリア王国では。
魔法文字の研究をしている学者は過去に何人かは居ましたが、サンプルが少なすぎて今では廃れてしまったと聞きます。
西方や東方にもそういった魔法が存在すると聞いたこともありません。
私はリースの魔法兵団に所属していますから、王都の研究院の魔導士とも翻意にしていますが、そういった魔法は全く聞き覚えがありません。
秘儀に関わるとのことですが、是非……。」
「基本的なものであればお教えしますよ。使用できるかはあなた次第ですが。また、そう大して役に立つものではありません。魔導士にとっては。」
紋章魔法はこの世界では認知されていないようだ。信用できる物言いだ。
『生活魔法』の存在を秘匿する意味などないだろう。少し取引を持ち掛けてみよう。
問題ない程度のものを教えて、かわりに……。
「ただし、これは大したものではないとはいえ、秘儀に関わる部分です。かわりに、いくつか魔導魔法を見せていただけませんか。
詠唱や魔法陣を教えろとは言いません。
昨日のように、見せていただけるだけでよいのです。私も研究熱心なほうでして。」
昨日から使用している村外れの場所で、いくつかの魔導魔法を見せてもらった。当然、全て録画録音した。完全に盗人だ。
アルフレッドには光源を出す紋章魔法だけを教えようと思ったが、少し後ろめたい気持ちがあったので、飲み水を出す紋章魔法も教えた。両方とも改良した簡素な構文となっているので、ここから俺の得た魔法陣との関連を見つけ出すことはないだろう。
見つけ出せるのなら、アルフレッドにそれだけの力があったということだ。それはそれで良しとしよう。
アルフレッドはさすが魔導士だった。紋章を思い浮かべ、そこを魔力の通り道として魔力を順に流し込む、二度程の失敗を経て、三度目には成功させていた。
「これは……とても便利な魔法ですね。魔導魔法には飲み水を作り出す魔法などないのです。旅には欠かせない魔法だ。
光の魔法も緊急時には使えそうです。そして何より、魔力の消費がほとんど感じられないのが素晴らしい。しかし、これは、もしかしたら魔力のほとんどない人間にも使えるのでは?」
たしかにそうだ。ゲーム内では、総魔力量ステータスの低い戦士でも、紋章魔法を使っていた。
ただし、複雑なものや攻撃魔法で威力を必要とするものは、魔導魔法とは比べられない程、コストパフォーマンスが低い。簡単な処理なら軽くて便利だが、複雑な処理には向かない。
「そうなのです。ですから秘儀、と言いました。誰でも使える、だから教えるわけにはいかない。くれぐれも他の方には漏らさぬようにお願いします。」
言ってはみたものの、広まるのは時間の問題だろう。まあいい、と思っておこう。ただ、アルフレッドは神妙な顔で頷いてくれた。
束ね切れていない黒髪がぱらぱらと顔にかかっている。もう少し情報が欲しいと思い、答えを期待せずに魔導魔法について聞いてみることにする。
「ところで、例えば、ですが、私が使用した火弾が、私にとって最高の攻撃魔法だとして、魔法兵団に入ることはできるのでしょうか。
つまり、魔導士としてはどのくらいに位置するのでしょうか。何分、ずっと師匠の元にいて、世間を知らないものですから。」
うん……とうなってから、アルフレッドは慎重に言葉を選びながら答えてくれた。
「あれを続けて10回程使用できれば、正直、すぐにでも入団できます。もちろん、身元が確かならば、ですが。
こちらのほうが難しいでしょう。私はツェトラ老とアイン村の長との身元引受をいただいて入団しました。もし魔法兵団に所属を希望でしたら、王都で試験を受け、研究院に生徒として所属し、認められればあるいは……。
魔法兵団の兵力に関しては申し訳ありませんがお答えできませんが、少なくともレルドレザルさんは、中級の魔導魔術師といっても問題ありません。」
「ああ、もちろん、魔法兵団に所属したい、というわけではありません。少なくとも今のところは。
それよりも、私の実力がどの程度なのか知りたいのです。中級……というのは更に上の魔導士がいるということでしょう。火弾を10回程度使用できるとして、どのレベルに居るのかが知りたいのです。」
ああ、とアルフレッドは勘違いを詫びつつ、すらすらと語りだす。この人はたぶん、いい人なのだな、と感じた。ほぼ会ったばかりの俺に、多くの情報を誠実に教えてくれている。
「中級、というのは言葉どおりです。
魔法研究院の区分では、下級、中級、上級魔導魔術師と呼んでいます。
その下にも魔法研究院の生徒などがいますが、下級魔導魔術師となって初めて、魔導士爵を得る資格を持ちます。
火弾の下位魔法である火炎を不発させない程度の実力が必要です。
中級魔導魔術師は、魔法部隊の戦闘での主力、数は……そうですね、軍事的な話は詳しくは言えませんが、軍属以外であれば、リースの街に数人、といったところでしょうか。ああ、リースは大きな街ですから、つまり、とても貴重な魔導魔術師と言えます。
上級の魔導魔術師は、通常は王都以外には居ません。研究院に数名、軍属、と言えるかどうかわかりませんが、宮廷魔術師に数名といったところです。
戦闘に特化した上級魔導魔術師になるには、広範囲殲滅魔法か、効果の高い広域支援魔法等が使用できることが条件ですね。もちろん、王城に入る必要がありますから、家柄と人格も問われます。ほとんどは魔法の英才教育を受けた貴族です。
あとは、研究院で魔導魔法の研究において大きな成果を上げた場合にも、上級魔導魔術師の称号を得ることができます。それに並ぶとなると……」
落ちてきた黒髪をまた払いのけながら、嬉しそうにアルフレッドは続けた。
「北の賢者グェン様、でしょうか。リベスタリア王国宮廷魔術師筆頭アーデルハイド・ルッツ様の師、大陸最高の魔導魔術師です。ご存じかと思いますが、150年前の大災厄、暗黒龍ヴリトラを討伐した竜殺しの一人です。
南方の、ノアと名乗る集団、彼らはクランと呼んでいますが、そこの何人かも他の上級魔導魔術師を圧倒すると聞きます。
それから、西方には『西の悪い魔女』エルファバ。」
ノア、クラン、西の悪い魔女エルファバ、俺が今までずっと、もしかしたら、と思っていたことが確信に変わった。いる、のだ。俺以外にも。記憶を持ってこの世界に来た、元の世界の住人が。
「『NOR』とは、もしかして、正確には『ナイツ・オブ・ラウンド』のことでしょうか。」
「ご存じでしたか。そうです、ただ、何故ナイツ・オブ・ラウンドをノアと呼ぶかはわかりません……。」
たしかにそうだ。元の世界のアルファベット、しかも英語を無理やりローマ字表記にして、その略語など、この世界の言葉には置き換えられるわけがない。彼らがウケを狙ってそうしたのか、本当に英単語を間違えたのかは、知り合いにもあのクラン関係者はいなかったから、俺も知りようがない。
エルファバは知っている。何度か別キャラクター、当時最強最悪と呼ばれた超攻撃系魔導魔術師で遊んでいたときに仲間となったことがある。自分で言うのもなんだが、俺のキャラクターと並ぶ、ゲーム内では大魔導士だったと言っていい。二つ名とは違ってそれなりの常識人だ。おそらく問題ない。この世界に来て変わってしまった可能性がなければ。
だが、ノアは厄介だ。何人かは知っているが、全員を把握しているわけではないし、嫌がらせが好きな奴や自己中心的な奴、とんでもない奴もいた。こちらに来た人間が、いい奴であることを祈るしかない。ゲーム内での評判はあまり良い方ではなかったが、戦闘力だけは折り紙付きなのだ。
「……なんでもないです。ありがとうございます。何分、本当に世間のことをよく知らないもので。」
考えに没頭していた俺に不思議そうな顔を向けているアルフレッドへそうお礼をした。
2016/04/13:[訂正]アルフレッドの発言中「魔導士」を「魔導魔術師」に訂正
2016/04/19:[修正]改行と空白文字調整
2016/04/23:[修正]改行と空白文字調整
2016/04/23:[訂正]アルフレッドの発言中「古代文字」を「魔法文字」に訂正