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第二部第八話:Privateな酒場のShared

 ライエンシュタットに戻った俺は、すぐに王都への旅の準備に入った。


 レアハイム侯爵領主都であるここからは、南西の山を越える街道を通る馬車がある。ローテンベルグまで戻って東の街道、そして王国の南の街道を経由しなくても、山を越えて森を抜ければ王都へ直接向かうことができる。

 おそらく山を越えてしばらく進めば、エルンストとの魔道具による通信も回復するはずだ。


 馬車の手配や旅の食料の準備を終え、宿屋『燕の古巣亭』で一人また酒を飲む。


 北の賢者の塔までの案内をしてくれたホーフェン卿には礼を言いに訪ねたが、今度はまたダリウスに従がって南の村への視察に出かけているとのことだった。


 王都に行けば、きっと試験に受かったエルンストと会えるだろう。

 マーク達は王都にいるだろうか。西に向かうと言っていたような気がするが、まずは王都で誰かに聞いてみることにしよう。大丈夫だ、誰かが知っているはずだ、彼らは有名な暁の深憂(パーティ)だ。


 筋肉と口髭の宿屋の主人がジョッキを運んでくる。


「フリーダには会っていかないのか。」


 テーブルに置かれた追加のエール。


「ああ、そうだった。彼女にも挨拶していかないとな。」


「……それがいい。」


 この店主には、すでに旅立ちは明日だと伝えてある。


 酒場の喧騒は、今日も徐々に夜の闇に紛れていった。




 翌朝、二階の部屋から酒場へ降りると、昨日と同じ格好をした髭の店主が俺に剣の柄を差し出してきた。


 一目でわかる、フリーダの作った柄だ。


 光の剣士カロカハン卿に渡した、俺の趣味にあわせた柄だった。


「フリーダから、今日は会えないから渡しておいてくれと頼まれた。」


 なぜだか店主の髭が震えているように見える。


――『今日は』か。


 おそらく、俺が旅立てば、何年も会うことはないだろう。もしかしたらもう二度と会わないかもしれない。

 ここ、レアハイム侯爵領ライエンシュタットへ、再び訪れることがあるかどうか。


 物悲しい気持ちもあるが、北の賢者の塔から離れたい。少しでも早くグェンの最後の言葉から離れ、マーク達と酒場の喧騒に埋もれたい。


 俺は、店主から柄を受け取ると、ライエンシュタットでの最後の食事を済ませ、まっすぐに馬車の乗合場まで向かった。



++++



 馬車の旅は、いつものように順調だ。


 幌のない馬車だが、この季節、この中原では雨はないだろう。

 それに、二人の商人が組み合う共同の大きな馬車だ。肩寄せ合って身体が軋むこともない。


 レアハイム侯爵領は、王国南部の街道のように物騒ではない。

 この先の南西の山越えとその後に続く森林地帯は盗賊やら魔物やらが出るようだが、山の麓の街で護衛を雇うか、王都へ向かう商隊に乗り換えればいい。


 俺もだいぶ旅慣れて来たな、と馬車の揺れに身を任せて、遠くの山々を眺めながら思う。


 干し肉と、雑多な穀物を乾燥させた食料、いくつかの干し果物、かさばらないよう最低限の水。

 夜を照らす手持ちのカンテラと、旅の友となった装飾が施された茶色のマント。


 腰には自分で作った小剣とフリーダの作った柄が、カチャカチャと馬車の揺れに合わせて鳴っている。


「その腰の棒はなんだね?」


 小太りの商人が俺に尋ねる。


「……ああ、剣だよ。そのうち、ライエンシュタットで見かけるようになるはずだ。」


「へえ、その棒がねぇ。」


「ああ、聞いたことがあるぞ。侯爵の夜会の話を。」


 話を振った商人は、隣ののっぽの商人に目を向ける。


「なんでも光の剣だとか。王国の騎士様が持っていたと。」


「王国の騎士様かぁ。俺たちにゃ関係ない話だなぁ。」


「いやいやそうでもないぞ。なんでも作ったのは主都の鍛冶組合だってよ。」


「ほうほう、すると、俺たちでも?」


「まぁまぁ、武器なんかは俺たち小さい商いじゃ、どちらにしろ関係ないかもしれんが。それでも面白そうな話じゃあないか。」


 小太りの方が、俺に目を向ける。


「乗り合いしたのも多生の縁と思って、どんなものか見せてはくれんかね?」


 大きな馬車だ、問題はない。俺は頷いて柄を腰から外し、二人に光の剣を見せてやる。


 魔力を注ぎ、光の剣身が現れると、小太りの商人は目を丸くし、のっぽの商人はあんぐりと口を開ける。


「それは、それは、剣として使えるのかね?」


 俺は、ああ、と頷き、少しだけ彼女のことを思い、二人の商人に言っておくことにする。


「もしこれを仕入れるなら、ライエンシュタットのフリーダという鍛冶屋がお勧めだ。」


 彼らは王都とライエンシュタットを何度も往復しているとのことなので、次に来るときまで覚えていたら、と考えたのだった。



 馬車の速度が遅まり、ギギギと木の擦れ合う音とともに止まる。

 前方に目をやると、何やらものものしい雰囲気の、兵士の一団が見える。その向こうには、何台かの馬車が止められていて、御者や商人たちと、兵士たちがわいわいとやっている。


「何かあったんか。」


「こんなところを兵士がうろうろしてるんじゃ、何かあったんだろうなぁ。」


「南の山脈の魔物騒ぎの絡みにしちゃあ、まだずいぶん遠いが。」


「あれは森の中の話。街道は塩梅いいと聞いとるぞ。」


「どれにしろ、長い足止めにならにゃあいいが。」


 小太りとのっぽの商人はそんなことを言い、二人して小さなため息をついた。


 どうやら、俺たちの向かう方向からの馬車が止められ、なにかを調べられているようだった。

 小太りの商人が兵士に声をかける。


「兵士様、何があったんで?」


「お前たちには関係ない。こちらから向かうのはいいが、この南の村から出るのは少し時間がかかるぞ。」


「へいへい、ありがとうございます。兵士様もお仕事ですから仕方ありません。のんびり村で待つことくらい。足の速いものは持っちゃあいませんから。」


 すんなりと村への道は通ることができた。しかし、村からの馬車の商人たちの中には、兵士にくってかかるものもいた。


「兵士様! こんなにのんびり調べられちゃあ、野菜と果物が腐っちまう! たのむよ! 今日中に主都まで駆けるつもりだったんだ!」


 ぎゃあぎゃあとわめく者もいるが、兵士たちも野菜と果物を理由に通すわけにはいかないようだ。

 5台ほどの馬車が並び、なんとか兵士に通してもらおうとしている脇を通り抜け、俺たちはまた元ののどかな畑の合間の街道を、からからと進んでいく。


「これが反対側もあるなら、村にいる間に終わっているといいが。」


 のっぽの商人の言葉に、小太りの商人も頷いた。



 この村の中心には、旅人が休める大きな屋根だけの建物がある。野営に毛がはえた程度のものだが、旅人や商隊たちにはかけがえのない施設だ。

 なにせ、いくつもの馬車が寄り合い、東へ行く商人や西から帰る商人、主都ライエンシュタットからの旅人や山を越えて来た王都の大商人の護衛、そんな者たちが一同に集まり、自分がこれから向かう先の話を、それぞれ交換し合うのだ。

 一つ間違えば命を落とす、山越えの街道の山賊や魔物の話、向かう先での穀物の相場の話、豊作だった野菜の話や、果てはどこそこの若者が嫁を迎えた話まで。


 ただし今は、全員が一つの話題を口にしていた。


「ダリウス様が襲われたらしいぞ。」


「怪我をなすって、村長の家で治療を受けているようで。」


「主都の司祭がこちらへ向かっているとか。」


 彼らから村長の家の場所を聞くと、俺は小走りにそちらへ向かう。

 ダリウスのことは小生意気な子供で嫌いだが、北の村までの旅をした仲ではある。もし命に関わるような怪我であれば、助けてやるのが筋だろう。

 それに、ダリウスが何者かに襲われたのなら、ホーフェン卿が一緒だったはずだ。彼のことも気にかかる。


 教えられた民家に向かうと、北の村への視察のときの護衛兵が扉の前に青白い顔で立っている。

 どうやら兵士は俺の顔を覚えていたようで、扉を開くとすぐにホーフェン卿が中に招き入れてくれた。


 ダリウスはベッドの上に、横たえられている。顔は紫色に変色し、瞳は閉じられたままだ。

 腹には矢の傷なのか、ぐるぐると布がまかれ、しかし大きく血が染みだしている。

 ここでは治療もままならないのだろう。布はとても清潔なものとは思えず、汗を拭く桶の水もうっすらと血に染まっていた。


 ベッドの脇にはホーフェン卿と、奥のテーブルにはあの髭の騎士。


「あの手腕、盗賊ではありませんでした。」


 ホーフェン卿が言う。それに髭の騎士が答える。


「いや、盗賊にも手練れはいる。決めつけるのは早計だ。」


「しかし……。」


「ホーフェン卿、それよりはまず治療を。」


 俺が二人の言葉を遮るが、ホーフェン卿は力なく項垂れ、大きなため息を一つついた。


「……ダリウス様を襲ったのは毒の矢です……私の治療魔法では……司祭がこちらに向かっておりますが……。」


 俺は無言で横たわったダリウスの横に立つ。


 腹にまかれた布だけの上半身から覗く肌も、紫、あるいは黒く見える。どのような毒かはわからないが、呼吸に荒く上下する胸は必死に生きようとしてもがいているようにも見える。

 まだ成長しきっていない四肢は力なく投げ出されている。ホーフェン卿は13歳だと言っていた。エルンストと同じ歳。


 13歳。

 もしかしたら、もっと若かったのかもしれない。もしかしたら、すでに成人していたのかもしれない。もしかしたら、俺よりも年上だったのかもしれない。

 彼が元の世界を旅立ったのは、いくつの頃だったのだろう。


 だが、目の前にいるのは13歳の子供だ。少なくとも、ホーフェン卿に馬車の中で無邪気に夢を語っていたのは、13歳の子供だ。

 俺が嫌いな、少し背伸びした、小生意気な、自分が大人というものに足を踏み入れていると思い込んでいる、小さな子供だ。

 そう、まだ子供だ。



 少し目を瞑って考える。


 ホーフェン卿は魔導士だ。それから髭の騎士、外には騎兵たち。騎兵は5人居る。加えて、ホーフェン卿は魔法兵団に所属していた。


――であれば、おそらく、『勝利の女神ヒューン』


 俺は祈りの言葉を捧げる。


 今は勝利を掴めなかった少年に、次の勝利の得られんことを。力ある限り、敗北を積み重ねようとも必ず勝利に導かれるように。


 新しい言葉と古い言葉と、精霊の言葉と、そして神の言葉と。


 すべての言葉で祈りを捧げる。


 やがて、俺の言葉に導かれた光がダリウスに満ち、強く光り、そして、消えた。


「おおお……。」


 ホーフェン卿はただその光景に目を見開いていた。



 ダリウスは回復した。


 まだ意識は戻っていないが、顔色は戻り、静かな寝息を立てている。

 ホーフェン卿はダリウスの側にいて、彼を見守っている。


 俺は神を信じているわけではない。しかし、神の力がこの世界に顕現することを知っている。


 北の賢者グェンの言葉を借りれば、


「そうだと思えばそうなる そうでないと思えばそうならない」


 ということに尽きる。


 神を信じ祈りを捧げる人間が、神と呼ばれる存在を作り出す。

 そして、人々が神に求め、それが応える。この世界が応える


 これこそが神聖魔法だと、俺は知っている。


 魔力のあるこの世界で、人々が神を信じることで、神は存在する。




 ダリウスは次の朝、目覚めた。まだ体力は戻っていないのか力なく目を開き、ホーフェン卿ににこりと笑って見せた。

 ホーフェン卿はしっかりとダリウスの手を掴み、彼を守れなかったことを謝罪し、ダリウスはそれに首を横に振った。


 襲撃犯は、ここから一日南に下った民家で、ダリウス一行を夜襲したそうだ。

 ホーフェン卿は、相手が相当の手練れで、ただし装備は統一されていないことから、おそらく傭兵かギルド員だろうと見ている。

 反対に髭の騎士は、盗賊の物取りだろうと考えているようだ。


 どちらにせよ、事件が解決しなければ王都へは旅立てない。俺だけならあるいはホーフェン卿に頼めば村を出られるだろうが、商隊の馬車なしに、自分の脚で次の馬車が見つかる場所まで歩くわけにはいかない。


 馬に乗れるようにならないとな、と一人小さく呟いた。


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