第二部第三話:光のInstance
工房の中庭で光の剣を試した結果、なかなか十分なものとなっていることがわかった。
火と雷光の魔法とともに展開される物理障壁も見込み通りの効果を発揮し、実剣相手でも打ち合いができることもわかった。
皮鎧程度なら、長剣程の効果は望めないにしても、焼き切ったり、電撃によるダメージも十分だ。
逆に、岩や鉄の塊など、熱や雷にそれほど影響を受けないものに対しては、マークやグレンに渡した剣の方が効果は高いだろう。
一つ大きな欠点もある。これも予想したとおりだが、剣身に重さがないため、実剣との打ち合いでは必ず押し負ける。また、実剣のつもりで振り回すと、自分に当たってしまって怪我をしそうになる。十分な修練と、この剣ならではの技術が必要だろう。
実はそのためにもう一つ機能が仕込んである。練習モードとでも言うのか、物理障壁のみ展開する機能だ。
通常、親指部分の魔法陣に魔力を注ぐと、白銀に光る剣身が現れるが、これを下半分だけに魔力を注ぐと、青色の光の剣身が現れる。
この練習モードで展開された剣は、ただの棒とかわらない特性だ。棒には重さがあるが、こちらにはないので、もっと安全かもしれない。
これを使って練習すれば、俺は無理にしても、誰か才能がある人間なら例の騎士を目指せるかもしれない。
――ああ、そのためには、量産しないといけないか。
俺は目立ちたくはないが、これは広めたい。なんとも難しいことだが、せっかく作ったのだ。こんな楽しいことを広めずにはいられない。何かいい方法は、と考える俺を、呆けた顔でフリーダが見つめていた。
フリーダは自分の名前でその剣を品評会に出すことを戸惑った。俺はその説得に失敗し、結局、剣身の部分は「ある魔法使い」が魔導魔術部分を作り、フリーダがそれに柄を付けた、ということで決着した。
俺は絶対に自分が目立つことは嫌だったのだ。そうなれば必ず面倒事が起こるからだ。
実際、この剣は柄部分の美しさが無ければ、ただの光の棒に過ぎない。剣としても実剣のほうが遥かに実用に耐える。フリーダの柄があってこそ、『光の剣』と呼ばれるに相応しいのだ。
量産化については、一日考え、魔法石の術式を刻むための魔道具を作成することに決めた。刻む術式が決まっていればそれほど難しい話ではないが、それよりも魔法石を固定し続ける機械部分の作成のほうが困難だろう。これはフリーダが作成することになった。元々作っていた農機具にも稼働部分はあるので、機械周りは彼女の本職だ。
まあ、どちらにしろ、品評会が終わってからの話だ。
「品評会で、並べるだけでは見てもらえないから、演武にも登録しといたよ。」
翌日、量産化についての考えを伝えに工房へ行くと、フリーダが不意にそんなことを言った。
「演武ですか……それなら、二人で戦う様子を見せたほうが面白いですね。フリーダさんと、誰か……。」
「そうなんだよ! それで……。」
これは失言だった。結局、俺がフリーダと演武に出ることになってしまったのだった。
そこから俺とフリーダの特訓が始まった。なにせ、品評会は明日だ。
一応、俺は剣術は中級の腕前があることになっている。しかし、それはゲームのキャラクターの話だ。しかも、元の世界では一切運動らしい運動はしたことがなく、この世界へ来てからも剣術など使った覚えがない。マークに「才能がない」と言われた俺だ、それでも実剣ならまだ少しは振れるが、『光の剣』を振るのは勝手もわからず、悲しいことにふらふらとした踊りになってしまう。
ところがフリーダは、すぐにこの剣の使い方のコツをつかんだようだ。元々、剣身の細いサーベルを作っていたようで、ほとんど重量のないこの『光の剣』を自在に振り回している。
俺がなんとか形になったのは、もう夜半も過ぎてのことだった。それも、こっそりと紋章魔法で剣の向きを制御したり、身体を浮かせて回避をしたり、そんな手を使って、だ。
――やはり俺には才能がないのか。
改めて悲しくなった。
品評会は、侯爵の館の広間と中庭で行われる。午前中に始まり、侯爵が招待者に立食形式で昼食を振る舞って、午後からは農機具等の中庭での実演、武器の演武はその後だ。招待客の中でも領外の政商や大物商人等は、その後の夜会にも招待されているらしい。
侯爵の館はさすが大物貴族らしく、砦といっても良い風貌だ。大小いくつかの建物が並び、一番大きな建物は小さな城といってもいい、三階建ての石造りになっている。この世界で三階建ては珍しい。建築技術の粋を集めて優秀な職人が設計し、多大な労力を払わなければ造り上げられないものだ。
少し浅めの水が張られた堀を渡り、その橋を越えると城門が開かれている。俺とフリーダは緊張しながら門番の兵士のところで止まると、フリーダが招待状を見せる。品評会参加者の証明の、この街の鍛冶屋組合発行の招待状だ。
金属製の胸当てを着け槍を持った門番が、「通れ」と小さく頷く。門番はレアハイム侯爵領の兵士らしく、腰にはサーベルを差している。
「こちらで武器を預かる。」
門を抜けたところで、別の兵士にそう呼び止められる。こちらは槍を持たない二人の男が、紋章のついたチェニックとズボン姿で、しかしサーベルを帯剣している。
ほとんどの品評会出品物は、前日までに館の中に運び込まれ、兵士が安全確認した上で既に陳列されているが、演武に使用する武器だけは当日、ここで安全確認をすることになっている。
一人の兵士は俺とフリーダの出した柄だけの『武器』を、不思議そうにいろいろな角度から眺めている。
「あっ!」
柄の中を覗き込もうとした兵士に、俺は声を上げる。銃口を覗き込むようなものだ、あぶない。
兵士が不思議そうな視線をこちらに向ける。
「あの、魔法道具の武器ですので、覗き込んでもし間違って魔力を込めてしまうと、魔法が飛び出て危ないのです。」
兵士は驚いたのか、「うわっ」と柄を顔から話し、恐る恐る遠目に、今度は中を覗き込まないように見ている。その様子を、もう一人の兵士とフリーダは必死に笑いをこらえて肩を揺らしている。
「さっきの兵士、面白かったね。」
武器の検査を終えて、中庭に向かう途中、まわりに兵士がいないことを確認してフリーダは言う。
俺も頷くが、たしかに何らかの安全装置が必要だな、と術式の構築について考えていると、フリーダは乗ってくれないのが面白くないのか、黙り込んでしまった。
建物と塀に囲まれた中庭には、各種農具がずらっと並べられている。鍬、犂、シャベルのようなものから、有輪犂、脱穀機と思われる刃のようなものが円筒に並んでいる足踏み式の道具まで。
ここで俺は少し違和感を感じた。農業を行っていないリースは除いて、アイン村をはじめ、ローテンベルグでも、その他の農地でも、鍬や犂、千歯のようなものしか見かけたことがなかったからだ。
「フリーダさん、レアハイム領は農具作りが相当進んでいるのですか?」
「そうだな。だが、ほとんどはダリウス様が考えてくだすったんだ。あの方がまだ10歳になるかならないかのお歳のときに、ああいったものを鍛冶屋に作るようおっしゃって。すごい方だよ。」
フリーダは頭の上で丸くまとめた髪を気にしながら言う。
――機械いじりの好きな少年なのかな。
その時はそう思った。しかし、農具を一通り見て回り、昼食会が始まったときに、俺は不安に心を押しつぶされそうになった。
白い食パン、ジャムやマーマレード、このあたりはまだいい。それから、俺はこの世界に来て初めてバターを見たが、これもまだ理解できる。サンドイッチ、これもないとは言えないだろう。
だがその先はいけない。
お好み焼き、焼きそば、果てはラーメン。
香辛料が足りないのか、味は少し違っていたが、まさにあのウスターソースや、ラーメンに至っては『醤油』味だった。
一応、館の給仕をしていた女性に聞いてみる。
「……これは珍しい料理ですが、どこか異国の料理ですか?」
中年の女性は、にこっと笑って答える
「ダリウス様が考案なさったんですよ。不思議な味ですが、とてもおいしいと思います。いかがですか。よろしければお取りします。」
――あの少年、ダリウスは『そう』なのか。
頼んだ焼きそばを受け取り、頬張りながら、『光の剣』をどう誤魔化そうか思案する。演武は、侯爵をはじめ、侯爵領幹部の前で披露するのだ。当然、ダリウスも同席するに違いない。
午後に入り、農機具たちにおいやられた、一角に集まった武器や防具の展示品を眺める。確かに素晴らしい品もあったのだろうが、俺は思案に暮れて全く目に入らないでいる。フリーダはそんな俺を、真剣に品定めしていると思ったのか、それとも自分も真剣なのか、あまり俺には話しかけてこなかった。
演武の時間が近づく。俺は何も策が思い浮かばず、結局、長いローブの袖で柄を出来るだけ隠すことにした。ローブは元々用意してあった。もちろん雰囲気を出すためだ。もしかしたらこれは逆効果かもしれない。
また、音を遮断する紋章魔法を使い、例の音を聞こえないよう隠ぺいする。
何組かの演武が続いている。どれも、美しい剣舞だったり、丸太を力強い男が打ち切ったりといった、見応えのあるものだ。特に今、横にした腕ほどの太さの丸太を三本断ち切った剣は、サーベルとしては素晴らしい出来栄えだ。
広間正面の一段高い場所には、侯爵とその脇に侯爵夫人、侯爵の息子三兄弟が座り、さらに両側に魔導士や騎士等が並んで立っている。ダリウスの姿を見つけ、俺が一つため息をつくと、ダリウスの隣に立っていたホーフェン魔導士がため息をついたのが見えた。彼はあいかわらずためいき卿のままのようだ。
演武は丁度広間の中央で行われている。囲むように商人達や侯爵領騎士団の兵士、今回の品評会の出品者等が見物している。演武出演者は部屋の一角で待機していて、俺とフリーダもその中の一組だ。
演武が行われるたびに、侯爵達や観客から歓声が漏れる。その声はもう、俺の不安を増す要因でしかなくなっていた。
――次か……。
今の剣舞が終われば、俺たちの番だ。フリーダを見ると、剣の舞に夢中なようだ。
彼女は今、動きやすいようにチュニックとズボン、さらにその上に上着という格好に着替えている。上着は俺の注文で前合わせの柔道着のような服装だ。全て薄いベージュに統一してある。そして茶色い皮ベルトに光の剣を下げ、膝下までのブーツ。
見る者が見れば、それだとわかってしまうだろう。
俺の視線に気づいたのか、フリーダは俺を見ると、ニコっと微笑んだ。そして小さく頷く。
今更ながらに気付いたが、がさつな口調を気にしなければ、彼女はかなり美人の部類だ。ロルフ村の楽師ラウラのような静かな美人ではないが、少し活発な、元の世界で言えばスポーツをやっていそうな美人だろうか。
現金なもので、美しい女性に微笑まれて少し嬉しくなり、気分が和らぐ。
――まあ、どうにかなる、か。それとも、どうにでもなれ、か。
ついに俺たちの番がやってきた。
広間の中央に進み、侯爵達に向かって跪いて礼を執る。続いて左右の観客に立礼。
俺にとっては、小学校の学芸会以来の舞台が始まった。




