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第一部第二十三話:システムを修復しています

 四人が死んだ。


 『銀の翼』の弓使いオーウェルは、ドラゴンの尾に潰されていた。魔導魔術師ハインツはドラゴンの三度目のブレスから仲間を守るために限界まで障壁を張り、後ろにいた『鉄の牙』のザックと共に炭になった。

 それから、竜殺し(ドラゴンスレイヤー)の剣士ゲルハルトは、銀狼アラモスの身代わりとなって、腹を食い破られた。


 生き残った者も、無事ではなかった。

 マークはドラゴンの攻撃に内臓や頭、四肢、要するに身体全部を打ち付けられていて、ミスティーナと俺の治療魔法を散々受けたが、まだ意識が戻らない。身体は治っているはずだが、もし脳をやられていたら、そのまま意識がもどらないかもしれない。

 そのミスティーナも、魔力の使い過ぎで、立ち上がることすらできない。座ったまま延々とマークに治癒魔法をかけ続けていたのを、俺とグレンが無理矢理引き離し、別のテントで寝かしてある。

 グレンは、右目を失っている。俺たちの使える治療魔法では、部位欠損は治すことができない。司祭の使う神聖魔法が必要だ。

 同じくイーゲルシュテルンも限界を越えて魔力を使い、昏睡状態だ。アリスが言うには、非常に危険な状態だが、何もできることはないらしい。神に祈る以外は。

 ガルフは右腕を爪でもがれ、右足も足首から先を失った。


 無事だったと言えるのは、俺とイェルスリム、アラモス、アリスの四人だけだ。しかしそれも身体の傷がない、という意味で、だ。

 イェルスリムはいつものような冗談を言わないどころか、あの後一言も話さない。あれからずっと、何も飲まず、何も食べず、横になることもなく、静かに弓矢の手入れを続けている。半日以上もだ。

 アリスは治療魔法と周囲の精霊による哨戒、食事の準備等、ひたすら働いている。何かしていなければ気が狂ってしまうとでもいうように。

 アラモスも同じだ。剣を磨き、周囲の警戒、食事こそ取ったが、あれからずっとそれを繰り返している。日没もとうに過ぎ、そろそろ日付が変わろうとしている今も。


 通信魔道具でリースには既に連絡済だ。だが、救援の到着までは10日はかかる。食料などは十分にあったが、もし再度の襲撃があれば戦力が足りない。ドラゴンが再び現れるとは思えないが、ワイバーンの集団に襲われれば成す術がない。

 全員が焦燥感に駆られていた。


 野営の火のパチパチという薪が弾ける音の横に、アラモスがじっと座っている。元の世界ではめったに見られなかった、気味の悪いくらい沢山の星の輝きの下に、銀狼と二つ名される男。ここまでの旅で少し伸びてきたのだろう銀髪に、野営の火の揺らめきが映る。歴戦の戦士らしく、顔にもいくつか古い傷が見える。彼は火を見つめている。


 俺は彼の横に座り、同じように火を見つめる。南へ降りてきたとはいえ、日が落ちて少し冷たい風が俺の頬を撫でる。


――俺はまた人を殺したな……。


 アイン村の修道士の宿舎で、エルンストと建てた石の塔で、魔法を構築して遊ぶ。

 人を襲う魔物は、自然の摂理と割り切って殺す。その後、マークと、グレンと、イェルスリムと、ときどきミスティーナと、散々酒を飲んで、翌日の吐き気に神に祈り、そのあと呪う。

 エルンストの算術の才能を羨ましくも喜び、シュタイツ司祭の真摯な神への態度に少し引きつつ、彼の人々への奉仕の心に尊敬を向ける。

 そういう『平和な生活』が、また戻ってくるだろうか。あの化け物、神々しく美しい化け物、真紅の龍との死闘を、笑って話せる日が来るだろうか。真紅のローブの男、腕を奪い、顔を半分潰しながら殺したあの男との闘いを、なつかしく語る日がくるだろうか。

 黒いローブの男を殺したことも、最初に盗賊を殺したことも、未だにそういうふうにはなっていない。


 アラモスが不意に口を開く。


「これは、返した方がいい。」


俺が魔法陣を刻んだ剣を、彼は差し出す。俺は無言で彼の顔を見る。アラモスは野営の火を見ている。


 俺が受け取らないでいると彼は剣を俺の脇に置き、続ける。


「俺が殺したんだよ。みんな。」


 瞳の中で炎が揺れているのが見える。


「この……いや、最初はまだよかった。……剣と魔法に……俺は剣の方が得意だったが、それなりに戦えた。」


 アラモスは言葉を選ぶように、ぽつりぽつりと語りだす。


「始め、俺はガラハドの近くに居た。そこで商人に拾われた。

 俺が右も左もわからないと知ると、よそ者の俺に、あの商人は親切にしてくれた。

 商人の奥さんも同じだ。うまいスープを作ってくれた。故郷で食べたスープと同じくらい美味かった。

 商人の子供は10歳くらいの男の子だった。俺に、木の棒でふざけて殴りかかってくることもあった。俺がかまってやると、やれ木でおもちゃを作れだの、向こうの木まで競争だのとからんできた。俺は剣の練習にも付き合ってやった。」


 火を見つめていた目を閉じる。


「だが……。」


「盗賊に襲われて、俺が判断を間違い、死んだ。ヤールが死に、アランが死に、ロイドが死んだ。それからその商人が死んだ。」


 もう一度、彼は火を見つめる。


「規則を律儀に守ったくそ真面目な騎士も死んだ。」


「あの商人の奥さんも、あの生意気だった子供も死んだ。」


「俺のくだらない密告で殺したんだ。」


 見つめながら、両手を握りしめている。


「それからバスティアンを殺した。」


「最初にミドラが死んだ。ハインツとオーウェルも死んだ。ゲルハルトも死んだ。俺が殺したんだ。みんな、俺が……。」


 アラモスはいつの間にか泣いていた。涙がぽとりぽとりと顔を伝って落ちるが、彼は野営の火を見つめ続けている。


 俺は何も語る言葉を思い浮かばず、脇に置かれた剣を持ち上げる。鞘から抜き、剣身を眺める。

 一切の傷もない、俺が魔法を刻印したままの美しい剣だ。刻印を隠して上から被せてある部分も、とてもそうであるとは思えないように一体化している。

 少し魔力を流してみる。

 剣は赤く発熱し、徐々に魔力を強くすると、銀色に輝きを増す。

 魔力を徐々に小さくすると、青、白、赤と色がかわり、元の鋼鉄の色に戻る。


 俺は剣を鞘に戻し、アラモスに聞く。


「アラモス、剣は好きか。」


 彼は答えない。答えないが、ついに火から目を逸らし、俺を見つめる。


「俺は剣が好きだ。剣に魔法を埋め込むのが好きだ。まあ、なんというか、趣味だな。

 でも、俺は剣を振るのは下手くそで、一度マークに練習に付き合ってもらったが、才能がないと大笑いされたよ。自分では中くらいの実力はあると思っているんだけどな。」


 俺は剣を見ながら続ける。


「俺は、強い剣を作りたいんだよ。魔法は結構得意な方だしな。守りたいし守られたいからな。それもまた剣と魔法だろ。」


 ニヤリと笑ってみる。


「それしかできないならそれをやる。そのとき最善と思ったことをやる。それに……。」


 目を剣から離し、アラモスを見る。


「お前が生き残ったのは、俺の剣のおかげだろ?」


 俺は、得意げな顔をしてやる。


「……配られたカードで勝負するしかない、か。」


 俺は剣をアラモスに握らせ、立ち上がる。


「それより強い剣があったら教えてくれ。そうしたら俺はもっと強い剣を作ってやる。」


 俺はテントに向けて歩く。ああ、と途中で振り返り、アラモスに聞く。


この世界(・・・・)にカードゲームってあるのか?」


 アラモスが狼狽える顔を見て満足し、こんどこそ俺は自分のテントに向かった。



 リースの騎士団と魔法兵団が、三台の馬車で救援に来たのは、それから8日後のことだった。南方諸国を刺激しないために、指揮を執る騎士2名、司祭が1名、魔導魔術師が1名、兵士が6名の10人とう小編成だった。


 そこで奇跡が起こった。いや、奇跡を起こした人物がいる。同行の司祭、シュタイツ司祭だ。


 金髪の渋い司祭は、マークに神聖魔法をかけると、何か嬉しいことがあるといつもする、あのニカっとした笑いを俺に向けた。


 マークが目を覚ます。不安げに見守っていたミスティーナが、まだ起き上がっていないマークの胸の上に拳を当てる。


「マーク!」


「……ああ、ミスティーナ。どうした。飯か?」


 ミスティーナはぼろぼろと泣いていた。


 それから、「ドラゴンはどこだ!」と騒ぎ出したマークを落ち着かせ、全てを説明するまでにしばらくの時間がかかった。彼は全てを聞き終わっても、小さく「そうか……。」とつぶやいただけだった。


 そして、アルフレッドも居た。マークが目を覚ますと、アルフレッドは零れ落ちた数本の黒髪をかき上げながら、ふう、と一つ息をついた。

 アルフレッドの所属する魔法兵団は、俺たちがリースを立った後、シュタイツ司祭に連絡を入れていた。ワイバーン退治で大きな怪我を負うようなことがあったら、便宜を図ってもらえるように。何も俺たちだけのことではなく、そして、シュタイツ司祭だけにでもなく、周辺の教会関係にワイバーン退治への協力を要請していたのだ。そこでマーク達や俺がワイバーン退治に出たと知り、慣れない馬でリースへ赴き、アルフレッドと合流した後、リースへ俺たちからの連絡が入った。

 被害状況を知ってシュタイツ司祭は同行を申し出、アルフレッドは自分から志願し、やって来たというわけだった。


 グレンとガルフもシュタイツ司祭の神聖魔法で治療が可能らしい。まさに奇跡と言える。ただし、元の世界で言う『魔法のように一瞬で』というわけにはいかないようで、継続的に神聖魔法を受け、グレンは半年ほど、ガルフは一年ほどで元に戻るということだった。

 戻ってからもすぐに失う前に、とはいかず、徐々に元のように鍛える、いわゆるリハビリが必要だという話だ。


 しかし、『神聖魔法』は不思議な魔法だ。

 詠唱するわけでもなく、魔法陣を使うわけでもない。ただ神に祈る。

 祈りの言葉も、シュタイツ司祭は中央共通語で祈ってたが、特に言語は決まっていない、自分の話す言葉で祈ればいいのだという。

 シュタイツ司祭が祈りを捧げたのは、『知神ロートシルト』だった。どちらかといえば、アイン村の教会の中で治癒の印象を受けるのは豊満な身体の女性の神『豊穣神ベルトト』だったのだが、司祭はその理由を、今ここにいる人間で信者が一番多いのが『知神ロートシルト』だからだと言う。アルフレッド、ミスティーナ、指揮する騎士と魔法兵団所属の3人、そしておそらく、昏睡から覚めたイーゲルシュテルン、アリス、とシュタイツ司祭は断言する。

 司祭とは、誰が何を信仰しているのかまでわかるのか、と聞くと、彼はまたニカっと笑って答えてくれた。


「わかるわけではありません。知っていないと神聖魔法を使えませんから、聞いておくのです。それに、魔法を使う方は、ほぼ確実に『知神ロートシルト』を信仰していますからね。」


 シュタイツ司祭に治療を受けた俺たちは、一路、ロルフ村に向かう。すぐに出発だ。長居しては南方諸国に何を思われるかわからない。ロルフ村なら落ち着いて治療が継続できる。

 野営や警備を騎士達に任せ、俺たちはやっと休むことが出来たのだった。

2016/05/01:[削除]まえがき「二話同時投稿です。」

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