第一部第二十話:[警告]システムイベント用の内部タイマがタイムアウトしました
「南の空、速い。数5。」
俺のレーダー魔法と同じ探知結果だ。俺の魔法もなかなか捨てたもんじゃないな、と少し嬉しくなる。
ワイバーンの襲撃があるというのに嬉しくなる自分はやはりちょっとおかしいのか、とも思う。
レーダー魔法に引っかかったということは、ここからでも対空魔法は撃てる。だが、それは少し戸惑った。ワイバーンにどれほど通用するのかわからないし、仲間を呼ばれても厄介だ。一撃必殺ならいいが、相手の防御力がわからないのだ。
待とう、と決めた。
目視距離で戦闘開始だ。イェルスリムの弓やミスティーナの魔法と合わせるべきだ。地上に落とせばマークやグレンが居る。彼らは信頼できる。
ワイバーンが視界に入る。徐々に大きくなり、弓の届く距離に入る。赤い体表の鱗、大きな翼、蛇に似た胴体、数は5、こちらは全員戦闘準備済だ。
空からの炎のブレスと、イェルスリム、続いてザックの矢が交差する。狙われたワイバーンはイェルスリムの矢を回避し、しかし回避先を読んで放たれたザックの矢が翼を掠める。しかし鱗の防御力か、傷ついた様子はない。ブレスはミスティーナとアリスの障壁魔法で防がれている。イーゲルシュテルンは魔法の詠唱を始めている。
俺は対空魔法を出来る最高速で三つ展開する。今のところの最大個数だ。
ダミーの魔法陣を展開する余裕はない。
俺の周りに浮かぶ他の者には見えない積層型魔法陣から、三つの光の矢が別々のワイバーンに飛ぶ。
光の矢に見えるのは魔導魔法陣だ。黒いローブの男を殺した魔法を改良し、ミサイルのように作り替えてある。初速はマッハ2だが、魔法陣自体には空気抵抗がないため、至近距離で放っても問題はない。
魔法発動の魔力を感じたのか、ワイバーン達は回避行動を取るが、この距離なら見えた瞬間には当たっている。魔力レーダーによる誘導もある。外すわけがなかった。問題は威力だ。
しかしこれも問題ないようだった。『HEAT弾』の効果を発揮する魔導魔法は、一匹のワイバーンの胴体に穴を開け、絶命させる。
それでも二匹は体を捩じって回避行動をしたため、翼を貫かれただけだった。
だが十分だ。二匹は錐揉みしながら墜落し、そこへマークとグレン、『銀の翼』のメンバー二人が向かう。障壁が使える魔導魔術師と弓使いだ、問題ないだろう。
上空の残りの二匹のワイバーンの内、一匹の頭上に、イーゲルシュテルンの魔導魔法が発動する。なるほど、網の魔法だ。翼を絡めとられたワイバーンは俺たちの前に落ちる。アラモスとガルフが走り、ミスティーナがブレスを警戒して彼らの補助に付く。
俺は二回目の3発の対空魔法を上空に残るワイバーンに放つ。一匹に3発、二回目のブレスを準備していたワイバーンは避けきれずに身体を引き裂かれて絶命する。
網の魔法で地上に落ちたワイバーンは、ブレスをミスティーナの障壁に阻まれ、アラモスの剣に切り裂かれる。そこへイェルスリムとザックの矢、イーゲルシュテルンの氷の矢の魔法を何発か受け、力尽きた。地上に落ちてブレスを封じられたワイバーンは、ただの大トカゲとかわりなかった。
マーク達がこちらへ戻ってくる。その背後には、地面に倒れ、動かない二匹のワイバーン、上手く仕留めたようだ。全員がほっとした表情になっている。
「レルドレザルさん、先程のワイバーンを落とした魔法、すごいですね。」
イーゲルシュテルンが俺に声をかける。
「いや、あの網の魔法は流石だ。俺は思いつかなかったし、落ちた後のワイバーンに先に氷の矢を撃ってくれたのは助かった。俺は一瞬、あの魔法を撃とうとしてしまった。後ろにいるマーク達を一緒に消し飛ばすところだった。」
「そうすればよかったのに。」
いつもの調子でイェルスリムは言う。全員が笑っていた。
「……あ、たぶん馬。上に人。こっちへ来る。一人だと思う。……ん? その後ろから馬で二人。」
アリスの言葉に、マークが答える。
「ゲルハルトか?」
「竜殺しさんなら、ちょっと遅かったね。」
イェルスリムは、目だけを上に向け、赤毛の前髪を引っ張って遊びながらそんなことを言う。
馬蹄の音が聞こえてくる。走っているようだ。段々音が近づき、姿が見える。あれはバスティアンだ。しかも、剣を掲げている。全員が唖然とする中、アラモスだけが苦虫を噛み潰したような顔で剣を構える。
馬上で掲げたバスティアンの剣が光り、稲妻がアラモスを襲う。アラモスは避けようと地面を転がり、それでも脚に当たり、起き上がったときには構えが崩れる。
バスティアンが馬から飛び降り、剣を構え、アラモスに走りこむ。
「バスティアン!! 待て!!」
やっと後ろからゲルハルトと従者の馬が見えた。
バスティアンの雷の魔剣がアラモスに振り下ろされる。アラモスは両手に持った紋章の刻まれた長剣でそれを下から斬り上げる。剣はまばゆい白光を帯びている。
剣同士が打ち当たるガキン、という音と共にバスティアンの魔剣が二つに斬れ飛んだ。返す剣でアラモスは袈裟斬りにバスティアンの身体を二つに斬った。
バスティアンの二つに分かれた身体が崩れ落ちる。
斬られた雷の魔剣の刃が、すとん、と脇に刺さる。一瞬バチンと電撃を鳴らすが、剣はぐらりと揺れ、力尽きたかのように横に倒れた。
まるで銀色の牙のように輝いていたアラモスの剣が、静かに赤味を帯びていき、ついには鋼鉄の色に戻る。
「……バスティアン……。」
その声は、先程叫んだ老人らしからぬ力強い声ではなく、孫を呼ぶ祖父のような、小さな優しい声だった。ゲルハルトはゆっくりと馬を降り、先程まで力強く雷の魔剣を振るっていたバスティアンに近づく。膝を付いてバスティアンの開いたままの目を指で閉じる。ゲルハルトの皺だらけの顔から涙がぽたりと下草に落ちた。止まっていた時が動き出したかのように、イェルスリムが言った。
「……なんなんだよ、一体。」
アラモスがゲルハルトに剣を構える。
「ゲルハルト・アインスブルグ・フィードラー卿、戦うか。」
いや、と涙を流しながら竜殺しゲルハルトは口を開く。
「復讐は復讐を生む。その連鎖を止めるのは老人の務め。だがもしお主が許してくれるのなら、この任務、ワイバーンの殲滅まで待ってくれぬか。」
ゲルハルトが見上げた先の空に、豆粒のような黒い点が見える。5つ。
「南の空、数5。ひとつには人が乗ってる。」
アリスの声が少し震える。
「その一つはものすごく大きい。ワイバーンじゃない。」
大木をなぎ倒し、地響きを立て、土煙を舞い上げ降り立ったのは、ドラゴンだった。
本物の上に付き従って空を舞うワイバーン達が、ライオンに集る蠅のように思える。ドラゴンの前では、その姿を『飛竜』と呼ぶのが憚られる。
真紅の鱗に覆われた美しい肢体、大空の王者を表す強靭な翼、大地に傷跡を刻む巨大な爪、そして、魂を揺さぶられ根源からの恐怖を呼び起こす咆哮が放たれた。
全員がその恐怖から逃れようと心を奮い立たせる間に、ドラゴンの背中から、ひょいっと人が飛び降りる。
ドラゴンの鱗と同じ真紅のローブを纏い、ねじ曲がった奇妙な杖を持っている。やたらと整った顔立ちの若者、黒いローブの魔導魔術師サイトとは別人だが、何故か同じ印象を受ける顔。
「あーあ、俺のペット、殺しちゃったの?」
男はすたすたとドラゴンから離れると、ドラゴンとは反対側の少し開けた場所まで移動する。誰もがその緊張感のない様子に動けないでいる。
「んじゃドラゴンと戦いたい人あっち。俺と戦いたい人こっち。んー、この人数ならワイバーンいらないね。」
男が手を振ると、ワイバーン達は一糸乱れぬ編隊で元来た南へ飛び去って行く。
「んじゃよろしく。」
男は詠唱を開始する。ドラゴンがブレスを放とうと大きく息を吸い込む。
ミスティーナ、イーゲルシュテルン、アリスと銀の翼の魔導魔術師ハインツは、ドラゴンのブレスの方が危険と感じたのか、そちらに魔法障壁を展開する。イェルスリムとザック、もう一人の弓使いオーウェルが、真紅のローブの男に弓を引く。しかし、加護を使用した矢でさえ、『守りの杖』の結界に阻まれる。唯一、イェルスリムの矢だけは結界を通過するも、軌道を逸らされたのか、男の頬を傷つけるに留まった。
男の詠唱の端々に、聞き覚えのある音が混じる。この世界に来てから、ずっと魔法構築に時間を費やしてきたせいか、詠唱を聞いてある程度の魔法の方向は把握できる。
――違う。ブレスよりこっちだ。
俺は高速詠唱と紋章魔術平行使用で、5枚の障壁を円錐形に張る。真紅のローブの男の前に巨大な魔法陣が現れ、俺は確信する。魔法陣を見れば、概ねどんな魔法かわかる。
――耐えきれるか。
例えるなら、直径10メートルのレーザーを照射する魔法。ゲームの設定では、攻撃力は全ての魔法の中で最大だ。範囲が他の核撃魔法よりも狭いが、強力な単数の敵を相手にするには必須の魔法だった。そして、ゲーム上では、この魔法を防げる魔法は、ない。
ドラゴンのブレスと真紅のローブの男の魔導魔法は、ほぼ同時だった。俺たちを中心に交差するブレスと巨大なレーザー。俺はブレス側を防御する余裕はない。次々に障壁が破られる中、高速詠唱と紋章術式並行使用で新たな障壁を作り上げる。
――まずい。
障壁の右手側、ブレスと同時に攻撃を受けている部分が決壊する。イーゲルシュテルンとハインツがレーザーを受ける。直前でアリスがこちら側に障壁を張ったが、三人が後ろに吹き飛ぶ。
そして、ようやくブレスとレーザーが止み、全員が一斉に動く。
ゲルハルト、グレン、アラモスがドラゴンに向かい、マークとガルフが真紅のローブの男に走りこむ。
ドラゴンは爪と牙で三人を翻弄し、イェルスリム達の矢も全く効いていないように見える。しかし、ゲルハルトは巧みに攻撃を引き付け、グレンとアラモスに攻撃の機会を作っている。
――ドラゴンは任せるしかない。
マークの剣とガルフの槍が真紅のローブを切り裂き突き破ろうとするが、『守りの杖』の結界障壁によりはじかれる。
「マーク! ガルフ! 障壁は俺がやる!」
俺の言葉に、マークとガルフがさっと離れる。俺はすでに展開していた三つの魔法陣を上に向けて発動させる。ローブの男はすでに次の詠唱を開始している。
三つの魔法陣の発動に続けて、球体魔法陣の展開を始める。ローブの男の目の前に、俺の構築した美しい珠が形作られていく。
――見せられないのがもったいないな。
ふとそう思うが、それを振り払って展開に集中する。珠が完成した。完成と同時に障壁魔法を展開する。自分の側に円錐の頂点を向けて。何重にも重ねていく。
これで障壁を砕けなくとも、まだ対空魔法を対地に変えたトップアタックがある。
球体魔法陣に魔力を注ぐ。美しく魔力が満ちていく。光輝く太陽のように全てが魔力に満ちた瞬間、ローブの男の詠唱が止んだ。いや、全ての音が球体魔法陣の発動にかき消された。
暴力的な爆風と、狂気の熱量、それらが全て円錐形の障壁の向こう側、真紅のローブの男へ向かう。眩い光に誰もが目を開けていられない。その中で俺は、ただひたすらに、障壁を重ねる。
――魔力が足りない。
今まで感じたことのない疲労感に困惑する。俺の魔導魔法は、全て魔力吸収の術式が使われている。基本的には、周囲の魔力のみで発動し、切欠の魔力さえ注いでやれば魔力は消費しないはずだった。
――この魔法のせいか。
周囲の魔力が全て球体魔法陣に吸い込まれている。それほどの魔力を消費するのだ。
魔力が薄い。障壁が持たない。すぐに障壁魔法の術式を、自分の魔力消費型に切り替える。障壁魔法に魔力を注ぐ。もう少し。もう少し。
永遠と思える時間が過ぎ、球体魔法陣はその役目を終え、光が消えていく。
――だめか。
ローブの男は立っていた。『守りの杖』はすでに砕け、真紅のローブはすでに黒く焼け焦げている。顔の半分は焼け焦げ、右腕は肘から下がすでにない。千切れた断面は、炭化しているのか血も出ていない。だが、立っていた。
俺の魔法の発動直前、男が攻撃魔法の詠唱を止め、障壁魔法に切り替えたのは気付いていた。だが、あれを止められるとは思わなかった。俺はもう既に魔力がない。立っているのがやっとだ。
瞬間、体を衝撃が襲い、視界が歪む。
主人を傷つけられ、怒り狂ったドラゴンの尾が、俺を打ち付けたのだった。
――よかった。
俺は、薄れる意識の中で、マークの剣がローブごと男を切り裂き、ガルフの槍が心臓を貫いたのを見た。
 




