第一部第九話:接続プロトコルが変更されました
マークたちの推測が正しいのならば、こういうことだろう。
元々何らかの古代王国の転移魔法陣のあった施設が、火山の噴火か土砂崩れか、地形の変化で山にのみこまれた。
それが半年前の地震で、一部出入り口ができてしまった。一方転移先はどこかわからないが、こちらも古代王国の遺跡かなにかで、そちら側は魔物、ゴブリンの巣になっていた。
マークが言うには、こちらから転移していって危険を冒すわけにはいかないので、推測の域は出ない。あとはギルドか、転移魔法陣を管理する権利を有する王国がなんとかするだろう、ということだった。
おそらく魔法石の権利はこちらが有するので、今回は大きな儲けになるはずだ、とも。
帰り道は順調だった。グレンがゴブリンを倒した証拠の沢山のゴブリンの牙の入った袋に、魔法石を一緒に入れようとしたときに揉めた以外は。
一匹の魔物も、危険な動物も出会うことはなかった。俺たちと同時並行で数パーティが魔物狩りに出ているので、あらかた倒し終わったのだろうということだった。たしかに何か所かで、我々の倒した以外のゴブリンの死体を見かけた。
夕方に村に戻ると、とりあえずは全員が宿に戻るという。俺もそうだ、とにかくぐっすりと眠りたい。
元の世界で慣れているとはいえ、さすがに連続で仮眠だけでは疲れは取れない。明日、今後のことを話すと言われ、俺も教会へ戻った。
まずはシュタイツ司祭に戻ったことを伝えねば。
シュタイツ司祭は、無事の帰還を喜んでくれたあと、少しすまなさそうにこう言った。
「魔法の授業の件ですが……リース伯爵の耳に入りまして。視察の後にしか許可されないそうです。視察は1か月後とのことで、それまでは……。」
「いえいえ、かまいません。私もいろいろと準備がありますし、もし視察で許可されないとしても、他に何か考えますから。」
俺はそう答えた。マークに渡した剣が思った以上に効果を上げた。魔法学校が駄目なら、ああいうものを作って売ればなんとか生活できるだろう、と考えたのだ。
それに、グレンの剣を作る約束をしてしまったし、あともう一つ、実験したいこともあるのだ。
「あ、そうだ、司祭様。算術の授業ですが、しばらくお休みとしてもいいですか? リースまで行く用事がありまして。」
グレンの剣を作るために、鍛冶屋へ行きたいと考えたのだ。
俺の試したい方法は、既存の剣に術式を彫り込むだけで実現できない。この村の鍛冶屋は、修理は請け負ってくれるが、曰くオーダーメイドは扱っていない。いくらかかるのか分からなかったが、魔法石の売却収入がグレンにはあるだろうし、ゴブリン退治の報酬もあるはずだ。
彼は材料費は出すと言っていたのだから。
幸いなことに、シュタイツ司祭はそれを快く了承してくれた。
「いやー、レルドレザルがいると旅が楽だわー。」
マークは気楽にそういった。
飲み水を出すとか、火を起こすとか雑用をいろいろやらされたが、一番重宝がられたのは体の汚れを落とす魔法だというのは驚いた。よく考えればたしかにそうだ、旅の途中では水浴びなどできないのだから。
ミスティーナは最初、「その魔法って体形とかわかったりしないよね?」と少し警戒していたのに、二日目からは事あるごとにその魔法を請求してくるようになっていた。1時間おきに、汗をかいたから、という理由でだ。
あまりの面倒さに、一度は魔法陣を展開する紋章魔法を隠すのを忘れて、術式を教えてしまいそうになった。
腹が立ったので、いつか別の目的で使おうと思って構築してあった『3Dモデルスキャン』の魔法を平行展開して、しっかりと体形を記録させてもらった。生物が持つ魔力に微弱な魔力をぶつけて反応させるだけの魔法だが、魔力感知が出来る俺には、服を透過して色はわからないにしても体形は完全に見えることになる。
これは距離を伸ばした上で魔力を受ける側の魔法を構築できれば、レーダーのように使えるかもしれない。
俺たちは、リースの街へ来ていた。とくに何もない3日間の馬車の旅は、俺にとって『加護』の話を聞けたことで充実したものとなっていた。
赤ん坊の『加護』は、ほとんどが親や周囲の人間の望んだものになる。
親が騎士の家に生まれれば、剣や槍などだ。猟師であれば弓が多く、商人の家に生まれれば算術、つまりこの世界のそろばんのようなものが見える加護を親は望む。稀に騎馬や猟犬といった生物の場合もある。
前にも聞いたとおり、親が魔導士であれば本の加護を親が願うことが多い。
本の加護を受ければ、詠唱や魔法陣を必死に覚えることなく、カンニングペーパーを見ながら魔法が発動できる。逆に言えば、本の加護が受けられなければ、戦闘に臨む魔導士になるのは相当辛いと言える。
研究系の魔導士なら、実際にそれを書いた本を持ち歩けばよいので魔法の使用に支障はないが、盗難の危険が付きまとう。
これだけだと『本の加護』が圧倒的に有利なように見えるが、実はそうでもない。
加護は現実世界に影響を与えたりできるのだ。
相当な修練は必要となるとはいえ、例えば剣の加護はその力を、極端な話、いわゆる剣圧のようにして飛ばしたりすることもできる。剣圧を飛ばすのは威力としては低いので、ほとんどの場合、剣を振るスピードや威力の底上げに使うことが多いとのことだったが。
また、『弓の加護』も同じく、現実の矢がなくても『加護による矢』を飛ばすことができる。ただし、剣と同じくこちらも実戦では現実の矢の威力を増す方を選ぶことが多い。
『算術の加護』を極めると、算術器が見えていただけのものが、算術器無しでもかなりの速さで正確に計算ができるようになるとのことだ。
ただしこれだけは、元の世界で普通の教育を受けた人間にしてみれば、一番意味のない加護のように思えた。この世界の一般レベルでは、3桁程度の加減乗除ができるだけで天才と呼ばれてしまう。
ただし都会へ行くとまた違うのかもしれないので、奢り高ぶるのはやめておこうとは思うが。
そして、どうやら加護をうまく扱うためには、魔力が関係しているらしい、という話を聞いた俺は、自分の『加護』と現実世界との繋がりを作ることに成功していた。
加護のどこから繋ぐのか。
キーボードの横にあるスロットから。
キーボードはない。タブレットのようなものなのだから、ディスプレイの横にあるのではないか。
何を繋ぐのか。
あの、転移魔法陣の部屋で見たコネクタ状の紋章術式を。接続ケーブルのような術式を。
どこに繋ぐのか。
俺に。
俺の身体の魔力を出すのに一番慣れた場所、手のひらにもコネクタ状の魔法陣を展開する。
ディスプレイ上に紋章術式を表示し、そこに魔力を流し込む。
位置の調整は思うだけで視界内ならどこへでも動かせる。
手のひらの上へいつもの飲み水が現れる。
今までのように、紋章を魔力で書く、といった手間がなくなった。ディスプレイに表示して、タイミングよく魔力を送り込むだけでいい。
野営のときにはこっそり離れ、アルフレッドから盗んだ氷の矢の詠唱を再生し、再生した音に魔力を注ぎ込むことにも成功した。再生された音に合わせて魔力を注ぐのには少し苦労したが。
これでまたいろいろと試さなければいけないことが増えた。
何度か練習していると慣れてきたのか、術式をそれほど意識しなくても、PCへ魔力を送り込むことができるようになってきた。マーク達が言うには、熟練すれば全く意識せずに加護と自分が繋がるらしい。
リースは大きな街だ。
王国では王都に次ぐ第二の都市と呼ばれることもある。大昔は小さな砦だったものが、100年程前から徐々に現在のような城塞とその北側に広がる街を形成していったのだという。
およそ100年前、紀元歴695年、リベスタリア王国とバルドゥーク帝国は停戦条約を結んだ。
150年前の大災厄から50年間争いの絶えなかった両国が戦争を止めたのは、そのときには大した理由があるわけではなかった。それまでも、何度も開戦と停戦を繰り返していたからだ。
ただ、その停戦のタイミングで、丁度、大陸中央に位置するウィーグラット山脈の北部の火山の一つが噴火したのだ。両国の被害は甚大で、10年以上、その後始末のために戦争をする余裕はなくなった。単に、それが100年続いているのである。
幸いなことに、その時の二国の勢力圏は丁度山脈を隔てて東西に分かれており、わざわざ攻め込む経済的な利益もない。王国と帝国の間では、今では協力関係にはないものの、戦争をしかける空気はない。
リースの少し南にはウィン川という大きな河が流れていて、その河が南方諸国との国境線となっている。
河は西の海に向かって流れていて、当然西に向かえば川幅は広くなるし、どこにも橋はない。
もし、南方諸国がリベスタリア領に攻め入るとして、渡河する場所としては、ここリースは好都合の場所なのだ。
当然、帝国との国境も近く、南方への備えもあり、軍備は厚くなるというわけだ。兵士が増えればそれを支える街も発展する。
停戦から100年、南方諸国に不穏な動きはあるにせよ、帝国との関係も良好で、一度の戦禍も受けていないリースは順調な発展を遂げ、帝国と行き来する商隊や旅人たちが適度な刺激を運んでくれることもあって、軍事都市、商業都市として大きく発展しているのだった。
また、王国の主力部隊の一つである魔法兵団が駐屯しているためか、町中で魔法使いを見ることが多く、王国では王都以外唯一の魔法学院支部が設置されている。
ここは、魔法の才能がある若者を門戸広く受け入れ、適性がある者を魔法兵団に入団させるためのれっきとした軍事施設なのだった。
「お、あれだ、あれ。」
マークが指さす。
リースの街に入った俺たちは、まずはギルドでゴブリン退治の証拠提出と魔法石の売却依頼をした後、マークの馴染みの鍛冶屋へ向かっていた。イェルスリムとミスティーナは他に用事があるとのことで、俺とマーク、グレンの三人だ。
ギルドでは、魔物退治や護衛の依頼を仲介するかわりに、いくらかの手数料を取る。この組織は、王国と帝国、それから西方諸国をまたいで存在している。この世界で最大の組織と言えるかもしれない。
ただし、基本的には各支部がそれぞれ独立採算で仕事をしており、時折発生する強力な魔物の発生だとか、一支部で買い取りができない程高価な物品の買い取り費用だとかを、本部経由で各支部に依頼するだけなので、例えば本部の人間が何か大きな権限を持っているというわけでもなかった。
鍛冶屋の看板が見えてくる。
――『かじやブランブラン』
中央共通語で書かれた屋号の下に、日本語でも同じように書かれている。
少し崩した毛筆のような、すし屋やそば屋の看板などでよく見るあれだ。
思わず片手で頭を抱えてしまったのは、俺もこの世界に慣れてきてしまったからなのか。
彼の名前は知っている。鍛冶屋ブラン、ドワーフだ。ゲーム内では有名な腕利きの職人だった。俺が転移者だとバレるのは困る。
ただ……レルドレザルは有名なプレイヤーネームではないはずだし、黒髪に平均的な日本人顔とは言え、村やここリースで同じような顔立ちの人間は少なからずいたので、俺がそうだとはわからないはずだ、と思い直した。
ドアベルのついた扉を開けると、店の中には、剣や槍などが綺麗に陳列されている。鎧や盾はないところを見ると、武器専門なのだろうか。
今は俺たち三人以外に客はいない。
店の裏からだろうか、カンカンという鍛冶の音が聞こえてくる。奥から、髭面のドワーフが顔を出す。
160センチほどの身長に、ずんぐりむっくりの体形、ゲームの設定と同じだ。ただ、俺の知っているブランではない。
「いらっしゃい。ああ、マーク、グレン、久しぶり。今日は修理?」
「元気だったか? 今日は修理じゃなくて、ちょっとこいつの剣をオーダーメイドしたくてさ。おやっさんいる?」
マークはグレンをちらっと見てそう告げた。
「ああ、いるよ。奥へ入って。」
店番か弟子かどちらかだろう、ドワーフは俺たちを店の奥のテーブル席へ案内してくれた。そのままドワーフは裏手にあるのだろう工房へ店主を呼びに行く。
俺たち三人がテーブル席でしばらく座って待っていると、俺が知っている顔のドワーフが現れた。
2016/04/19:[修正]改行と空白文字調整
2016/04/24:[修正]改行と空白文字調整
 




