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魔導魔術師と輪廻の輪  作者: 野間 正
プロローグ
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プロローグ

 耳鳴りが治まり、ズキンズキンという頭痛が次第に和らぐ。


 ゆっくりと瞼を開け、ぼやけた視界が徐々に開ける。


 朦朧としていた意識が段々とはっきりしてきた。


――まずい!急がないと!


 相手先(クライアント)には15時と言ってある。多分、取引先のあの社長は、俺が遅れたら大激怒するだろう……。ウチのポンコツプログラマーの尻ぬぐいは、今回は俺にお鉢が回ってきたのだ。

 社内で使用する簡単なツールくらいなら作れるとはいえ、入社から35歳になる現在まで、ずっと営業職の俺に、しかし何をしろというのか。


「おまえが営業担当なんだからなんとかしてこい!」


 ただ、ウチの社長の言い分もわからないではない。別件のシステムの致命的(クリティカル)なバグが発覚したのが昨日。50人の社員全員で徹夜で対応し、まだ対処の目途がついていない。加えて担当SEは先週突然の退社、技術職をここで出張させられるわけがない。


 目に映った色は白。


――天井か? まさか病院? それはまずい。


 交通事故にあったのは確かだ。黒いミニバンだったはず。飛ばされ、地面に激突し、スーツが破れ、ネクタイが翻って顔に当たった。そして、撥ね飛ばされた瞬間、反射的に中のノートPCを庇ってカバンを抱きかかえたのは覚えている。

 その一瞬後に、身体より仕事を心配したことに悲しみを感じたことも。


 上半身だけを起き上がらせる。身体は思いのほか軽い。


「やっと目が覚めましたか。次の方もお待ちですので早くこちらへどうぞ。」


 背中に感じていた適度な柔らかさは、ベッドのそれではなく、カーペットのようなものが敷かれた床だったようだ。身体の感覚も少しおかしかったのかもしれない。

 自分の身体に大きな怪我がないことに驚いた後、声の主に視線を向けた。


「お急ぎください。」


 男女の別がわからないほど無機質な顔と均整の取れた身体、白衣のようなものを着た人物は、とても人を扱うとは思えないような強い力で俺の腕を引き、俺を立ち上がらせると、そのまま引っ張っていった。


 改めてあたりを見回して先程よりもっと驚いた。50メートル四方ほどの床の他に、何もないのだ。正確には、正面の床の端から本来壁があるであろう場所に、ポツンと古びた壁掛け時計が掛かっている。

 いや、壁がないのだから、浮いているように見える。

 茶色い木目のそれは、よほど古いもののようだが、文字盤の下で振り子は正確に左右に揺れている。十二の文字が円状に並び、しかし、今まで見たことがない文字。

 目を開いたときに見えた白は、天井ではなく、広がる白い空間。壁もないため、白い空間に床だけが浮いているように思えた。

 その古びた時計の真下の位置に、簡素な木製の椅子が一脚と机がある。俺の腕を引く人物は、その机の前に俺を立たせると、自分は椅子に座った。


「あなたは死亡しました。

 消滅、転生又は転移をお選びください。

 ただし、あなたの世界の魂の数は現在限度超過のため、あなたの居た世界への転生はできません。限度超過による他世界転生又は転移は、魂への負担が重いことから、できるだけご希望の世界をお選びいただけます。

 また、一つだけ前世での愛着のある物品を、転生又は転移先の世界で実現できる無理のない範囲でお持ちいただけます。ご希望であれば記憶を引き継ぐことができます。

 申し訳ありませんが、次の方がお待ちですので3分以内でご決断ください。」


 無機質な顔の人物は事務的な声で一息にそれだけ言った。


「……は?」


 間抜けな声を出してしまった。一瞬の思考の空白の後、


「死後の世界ですか?」


と更に間抜けなことを質問した。


「いいえ、世界の狭間です。なお、質問も含めて3分以内です。」


「いやいやいやいや、ちょっと待って……」


「あと2分40秒です。消滅、転生又は転移をお選びください。」


 自分が死んだことも理解できていないが、消滅は嫌だと反射的に思った。


「では転生又は転移ですね。どういった世界がよいか思い浮かべてください。」


 理解できない状況で、理解できない人物が、理解できないことを話す。こちらの思ったことが言葉にせずとも分かるようだ。しばらく呆けていると、さらに追い詰めるように、その人物は問いを続ける。


「あと2分20秒です。どういった世界をお望みですか。」


 追い詰められるような感情と、理解できない思考の中で、ふと昔のことを思い出す。剣と魔法の世界で、大魔法使いにあこがれていた、寝不足の中狂ったように遊んでいたオンラインRPG『ウィザーズ・オンライン』のことを。


「わかりました。可能な限り同様の世界を検索します。……該当がありました。また、基本人物設定を行いました。お持ちいただく物品をお選びください。」


「え? いやいやいやいや、そうじゃなくて、あなたは神様なんですか?」


「いいえ。私は世界の狭間で各世界の限度超過の魂の受け渡しをするための存在です。世界全てを管理するものではありませんし、そのようなものも存在しません。

 あなたの想像するような神は、存在する世界としない世界があります。あなたの転生先の世界に神が存在するか否かは回答できません。あと2分です。」


 理解の前に目の前の人物の中では話が進んでいく。もちろん、どれだけ時間があっても俺には理解できないのかもしれない。それよりも、先程からのカウントダウンに焦りを覚える。それがこの人物の意図なのかどうかはわからないが。


 しばらくまた呆然となる。そして、理解できないまま、またも間抜けた質問をしてしまう。


「転生って赤ちゃんになるんですか?」


「転生をご希望でしたら可能です。

 その場合、その世界に生を受けるという手順が必要な為、転生先の環境によっては不利な状況が発生する場合があります。

 転移の場合には、余命の面で不利が生じる可能性があります。

 転移の場合には、生まれたばかりの状態の知性で出現するという不具合を避けるため、記憶の引き継ぎをお勧めします。あと50秒です。」


 この人物は、あくまで事務的に、そう、まるで原稿を読むかのように話す。その口調に恐怖を感じ、混乱する思考の中で、心を落ち着けるために俺はさらに質問をした。


「……こういったことは常にあるんですか?」


「『こういったこと』というのが漠然として明確なお答えができかねますが、元々存在していた世界への転生はこちらでは行っておりません。別の存在が行っています。

 また、頻度についてはここでは常に行われています。ただし、世界の数に比して、ということであれば、お答えできません。

 物品をお選びください。あと30秒です。」


 自分がこの人物と会話をしていることさえ現実とは思えず……。


 ……そうか、夢か。これは夢だ。もちろんそうに違いない。黒いミニバンにはねられて、気を失って、それでも生きているから夢を見ているんだ。

 目が覚めればきっと病院にいて、病室の天井が見えるはず。


 大きな怪我でなければいいが……。そこでふと視線を上げると、昔祖父の家にあったような、茶色い木目の時計が目に入る。

 短針は文字盤の3の位置を指している。


――……ああ!15時!


 そうだ! カバン! ノートPCはどうした! あれを持っていかないと仕事にならない!


 そこで意識を失った。

2016/04/12:[修正]文法

2016/04/19:[修正]改行と空白文字調整

2016/04/23:[修正]改行と空白文字調整

2016/04/23:[修正]不自然な表現を修正

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