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ブラック・ライク

作者: 須方三城

 昔から、素直になれない自分が嫌いだ。


 好意の裏返しに、私はついつい相手を罵倒したり、嫌味を言ってしまう。

 好きな相手ほど、何故かキツめに当たってしまう節がある。

 もう、脊髄反射に近い。


 おかげで、こちらの好意に反比例して、相手との仲は悪くなっていく。


「……私は、社会不適合者なのかも知れない」


 高校からの帰り道。

 茜色の空を眺めながら、真面目にそんなことを考えてしまう。


「おやおやぁ、お悩みの様子だね」

「…………?」


 公園の前を通り過ぎようとした時、ふと、背後から声をかけられた。

 そして私は、振り返ってしまった。


 私の視界は、灰色の何かで覆い尽くされた。

 鼻先がかする程の距離に、灰色の物体があったのだ。


 ゆっくりと見上げてみると、その灰色の物体の頂上から大きな瞳が一つ、私を見下ろしていた。


「やったぁ。君は『当たり』だね」


 一つ目のそれが、心底楽しそうに口角を引き上げた。


 油断していた。

 この時間帯、『私の様な人間』が知らない声に不用意に振り返るなんて、自殺行為だ。

 子供の頃から、飽きるほど言い聞かされたこと。

 わかっていたのに、やってしまった。


逢魔時おうまがどき』。


 とある素質を持つ人間に、『魔物』たちが語りかけてくる時間帯。


 魔物は、自分を認識した相手にしか干渉できない、特殊な生き物だ。

 逆に言えば、魔物を認識してしまった人間は、その魔物に干渉されてしまう。


 そして、魔物の声を聞き、その姿を見ることが出来るのは、そう言う素質がある人間だけ。


「さぁ、君を僕に頂戴」


 灰色の塊から、巨大な触手が無数に伸びる。


「ひっ……」


 魔物と遭遇、つまり魔物を認識してしまったら、まず逃げられない。

 だから、絶対に認識してはいけない。

 あれほど、母に厳しく言われていたのに。


 ああ、本当に私は駄目な奴なんだ


 私がそう悲観した時だった。


 乾いた銃声が連続し、灰色の触手が吹き飛んだ。


「ぴ、ぎ、ぁぁああぁぁぁぁぁああぁぁあ!? 僕の腕がぁぁあぁぁぁぁあぁ!?」

「やかましい」


 更に一発、銃声が響き、灰色の魔物の頭が木っ端微塵に弾けた。


「……ぱ、ば……」


 頭部を失い、灰色の巨体がゆっくりと崩れ落ちていく。


「ったく、おい、お嬢ちゃん。夕暮れ時に知らない奴に声をかけられたら、絶対に振り返っちゃダメだって教わらなかったのか?」


 その声に振り返ると、


「ひぇっ」

「あーあー、言ってる傍からまぁた振り返った」


 すぐ目の前に、サングラスをかけた男の人の顔があった。


「俺が魔物だったら地獄に逆戻りだよ、全く」


 呆れた様に溜息を吐きながら、その男の人は軽く微笑みかけてくれた。


 多分、二十代中盤くらい。サングラスを筆頭に、背広も、シャツも、ネクタイも、靴まで真っ黒コーデ。

 その手に握っている拳銃も黒。銃身に刻まれた十字架の刻印だけが金色に加工されていて、かなり目立つ。


「お、おじさん、誰……?」

「おじっ…俺、まだ二五なんだけど……まぁ、JKから見りゃおじさんか……」


 ちょっと寂しそうに、おじさんが肩を落とす。

 それでも、私を安心させるためか、優しい微笑みを崩さない。


「俺はアレだよ。いわゆる『エスケー』だ」

「え、えす……?」

「ありゃ? 知らないの?」


 おじさんはゆっくりと、握っていた拳銃、その銃身に刻まれた十字架を指差した。


「『聖十字せいじゅうじ警察隊けいさつたい』。悪さをする魔物共を片っ端から撃ち抜いて片付ける。ちょっと乱暴な正義の味方だ」







「……あーあー……やってらんないねぇ……」


 公衆便所の手洗い場。

 サングラス越しに鏡と向かい合い、ダンディさを演出する自慢の顎髭を指でさすりながら、黒斑は深く溜息を吐いた。


 黒斑くろむら 右之定みぎのじょう

 もうすぐ三十路を迎える、いわゆるおっさん。

 職業は『聖十字せいじゅうじ警察隊けいさつたい』、通称『エスケー』の捜査官。階級は聖務巡査長。

 好きな色は黒。サングラスも背広もシャツもネクタイも靴も、何から何まで黒で統一する徹底ぶり。

 一日の終わりに愛飲している酒はブラックニッカ。タバコは吸わないが、カッコつけで『ブラックボルト』と言う銘柄のタバコを常に携帯。


 最早、好きな色と言うか、ポリシーカラーと言った方が適切かも知れない。


「なんで俺が、あんな無愛想で生意気なのと組まなきゃならないのって話だよ、全く……」

「生意気で申し訳ありませんでした」

「ほわぁいッ!?」


 不意に黒斑の背後から響いた女性の声。

 謝罪の言葉を述べているが、その声は実に平坦で、欠片も謝罪の誠意と言う奴を感じられない。

 むしろ、無愛想、不機嫌、謝りたくないけど一応謝っとくよへいへい、って感じがする。


 声の主は、黒斑と同じく全身もれなく黒ずくめな女性。


 黒志摩くろしま 左弥さや

 今年聖務学校を出て社会人になったばかりのピッチピチの二〇歳。

 黒斑と同じくエスケーの捜査官であり、階級は四等聖務巡査。

 その服装は黒斑と同じく全身もれなく黒一辺倒。眼鏡のフレームまで黒である。


「黒斑聖務巡査長は脂の乗ったこってり系中年男性ですからね。私なんぞより、もっと愛想のあるサッパリ爽やか系の相方が望ましかっただろうことは常々お察ししています。お気の毒に」

「なっ! 脂て! これでもそれなりに鍛えて…と言うかそれ以前に黒志摩ちゃん、ここ男子トイレなんだけど?」

「猥せつ行為が目的で無い場合、異性向けの施設区域内に入っても罪に問われることはありません」

「いや、犯罪とかそう言う話では無くて……」

「私が今回、男子トイレに立ち入るに至った最大の理由は、小の方だと言っていた割に戻るのが遅い黒斑聖務巡査長がもしやトイレ内で倒れているのでは無いか、と危惧したためです」


 なので道徳的にも問題視される謂れはありません、と黒志摩は堂々言い切った。


「まぁ、実際の所は、可愛気の無いクソ生意気な後輩に対し、辟易とした溜息混じりに愚痴を零していただけの様ですがね」

「あー……いや、ごめんねぇ。その……」

「構いません。常々お察ししていると言ったでしょう。それに、陰口と言う陰湿かつ卑劣かつ性根の腐り切った行為は実にあなたにお似合いですよ」

「絶対めっちゃ怒ってるよね!? 何? もしかしてコンプレックスだったの無愛想なこと!?」

「自身の欠点を気にせず生きていける程、私は老成していません。誰か様と違って若いので」

「……黒志摩ちゃん、君さ、ちょいちょい俺の歳についてアレコレ言うけど俺まだギリギリ二十代だからね? まだ君と同じ土俵だからね?」

「土俵際いっぱいいっぱいで見苦しい……」

「見苦ッ…!? 流石にその言い様は傷つくよ!?」

「勝手に傷つけば良いでしょう。さ、無駄話はこの辺りで止めにして、さっさと行きましょう。別にあなたと言葉で殴り合って親睦を深めたいとは思いませんし」

「……………………」


 ぶっつりと会話を切り捨て、黒志摩はスタスタとトイレを出て行ってしまった。


「…………あいつが男だったら、全力でド突けるのに…………!」


 悔しい、でも流石に女性を殴る訳にはいかない。


 と言う訳で、黒斑は大人しく拳を引いて、その手を洗うしかなかった。







 黒斑と黒志摩の移動手段アシは、基本的に黒斑の私用車である軽自動車だ。当然、車体のカラーリングは黒。


 黒志摩を助手席に乗っけて、黒斑は夕焼けに染まる空の下、愛車を走らせる。


「……………………」

「……………………」


 騒がしい音楽は好きになれない。バラードなりクラシックなり静かな音楽の用意が無いなら無音でお願いします。

 そんな黒志摩の要望で、基本的に二人の移動中にBGMは無い。


「……あー、今日も今日とて夕日が眩しいねぇ」

「そうですね」


 余りに素っ気ない黒志摩の返答。

 黒志摩は現在、助手席で捜査資料を黙々と読み進めている。


「………………………………」

「………………………………」


 会話が、欲しい。

 黒斑的には、本当にもう、何て言うかこう、会話が欲しい。


 やはり、親密度の足りなさが致命的なのが問題だろう。

 仮にもコンビ。移動中お互い無言なんてのはちょっとアレだ。


 ここは、一応人生の先輩である黒斑の方から距離を詰める様に努めるべきだろう。


「ねぇ黒志摩ちゃん、今日暇だったら、仕事終わりに飯…」

「非常に残念ながら、予定があるのでお断りします。また次の機会に誘ってください」

「……ですよねー……」


 一応、ただ嫌だからと断るだけではなく、社交辞令らしきモノを言ってくれただけ、黒斑の予想よりはマシな返答だった。


 黒斑は黒志摩に気付かれない様に小さく溜息。


「何ですかその不満気な溜息は。見苦しい」

「あ、いや、ごめ…って見苦しいて……」


 気付かれない様にやったつもりだったが、バッチリ気付かれていた。

 黒志摩は意外と目敏く、黒斑の一挙手一投足を見逃さない。


「不満があるなら言えば良いじゃ無いですか。それともそんなに陰口がお好みですか?」

「……じゃあ言うけど……何と言うかさ、黒志摩ちゃんはもう少し俺を敬うべきと言うか、少しくらい気を使ってくれても良いと思うんだ。仮にも俺は目上よ?」

「……見苦しい」

「今のも見苦しいの!?」


 余りのショックにアクセルを踏み込みそうになった。


「今のご時世、年功序列云々を語り出すなんて、老害以外の何者でもありませんよ?」

「あ、あのねぇ黒志摩ちゃん? 年齢抜きにしても、俺は一応巡査長で、君は四等巡査だよね?」

「聖十字警察隊に置いて、巡査と巡査長は役名と給与が違うだけで、権限は同一級であると聞いていますが」

「それはそうなんだけど……」


 聖務巡査長と言っても、これに含まれる『長』の字のニュアンスは『聖務巡査たちの長』では無く『長いこと聖務巡査やってますぜ』的な感じだ。

 要するに黒斑は『巡査部長まであと一歩なベテラン巡査』であり、黒志摩の上司と言う訳では無い。普通に同僚である。

 だから現に、黒志摩と共に地道な外回り活動(パトロール)に駆り出されている訳だ。


「…………………………」

「…………………………」


 ……これはもう、クラシックのCDを買ってきた方が早いかも知れない。


「…………あ…………」


 ふと、黒志摩が窓の外を見て小さな声を上げた。


「? どうした? 魔物がいたの?」


 黒斑は急ぎつつも、危険が無い様に、速やかに道路脇に車を止める。


「あ、いえ……別に……」

「?」


 黒志摩にしては珍しく、要領を得ない返答。


 不思議に思い、黒斑も助手席側の窓の外を覗いてみる。


 黒志摩の言う通り、特別何も無い。

 公園の入口の鉄柵に繋がれた柴犬が今まさに粗相をしているくらいしか特筆することの無い、極めて普通の日常風景だ。


「…………?」

「……なんでも無いと言っているでしょう」

「……なら良いけど……」


 何か引っかかるが、当人が何も無いと言っているし、異常は見当たらない。


「…………あの、少し良いですか、黒斑聖務巡査長」

「ん? 何? やっぱ何かあんの?」

「いえ、ただ、気が向いたので雑談でもしようかと」

「薬局に向かえば良いのかな?」

「熱とか無いので風邪薬は不要ですが」

「…………!?」


 馬鹿な、熱も無いのにあの黒志摩が俺との雑談に興じようとするだと……!?

 と黒斑は驚愕の余り恐怖すら覚える。


「……やっぱり辞めておきます」

「あ、いやいや! ごめん! ちょっと驚いただけだから! よぉぉし! 雑談バッチ来いだぜおぉい! かましたれ黒志摩ちゃん!」

「テンションが見苦しい」

「酷いッ! ……で、何の話がしたいの?」

「……黒斑聖務巡査長は、私と組む前からよくこの辺りのパトロールをしているんですよね」

「ああ、ウチの署の管轄区域だからねぇ」

「やっぱり、この辺りは魔物の出現件数が多いのですか?」

「んにゃ、この道はほとんど無いね」


 これから向かう捜査対象のポイントは魔物のホットスポットだが、この道はそうでもない。


「あ、でも四・五年くらい前に、一匹出たな。丁度まさしくこの辺だよ」

「……へぇ、そうなんですか」

「灰色の饅頭みたいな魔物でさ。しかも、俺が見つけた時には、もう今まさに『可愛らしい女子高生』が魔の手にかかる寸前って状況で。焦ったわあれ。思わず無駄に『聖弾パニスト』を連射しちゃって、後で部長に『無駄弾使うんじゃねぇ』と……聞いてる?」

「え、えぇ……聞いてますよ」

「資料で壁を作る行為は、先輩の話を聞く後輩の行為として適切なの?」

「気にしないでください」

「無理難題を言うな」


 話の途中で、いきなり資料で顔を隠されたら気になるわ。


「ちなみに、その女子高生はどれくらい可愛かったんですか?」

「はぁ?」


 掘り下げるにしても、何故そんな割とどうでも良い所を?

 ……まぁ、無愛想な後輩からの貴重な質問だ。黒斑はしっかりと答える。


「余裕で『学年のマドンナ』レベルはあったと思うぞ。もう大分前の記憶だからちょっとウロ覚えだけど……こう、将来的にはクールビューティ系のバリ美人っつぅか……って、おい」

「気にしないでください」

「いや、隣りに座ってる後輩が資料で顔を隠しながら突然うずくまってムズ痒そうにグネグネし始めたのをスルーとか難易度高過ぎるよ?」


 一体お前に何が起きてるんだ黒志摩。


「背中かどっか痒いんなら手を貸すけど……」

「体のいい口実を見つけて、意気揚々とセクハラしようとしないでください。見苦しい」

「純粋な心配の念と親切心だが!?」


 やはり黒志摩は黒志摩か。

 心配して損した、と黒斑は呆れ果て、車を再発進させる。


「…………その女子高生は、きっとあなたにとても感謝しているでしょうね」

「ん? あー、まぁ、そうだと嬉しいねぇ」


 誰かから感謝されるのは、良いことだ。

 しかもそれが可愛い女子ともなれば、男である黒斑としては喜び三割増である。


「いつか、恩返しに来るかも知れませんよ」

「お、良いねぇ。JKの恩返しか。期待して待ってるとするよ」

「わざわざ卑猥な表現にするのやめてくれませんか? 見苦しい」

「別に卑猥にしたつもり無いんだけど!?」

「…………まぁ、良いです。期待していてください」

「? 今何か言った?」

「いえ。初老特有の幻聴ですか? 見苦しい」

「せめて中年って言ってくれないかな!?」

「若さへの執着は末期的に見苦しいですよ」

「って言うかマジでその見苦しいって言い回し止めて!? 割とガチに心に刺さるんだけど!? ねぇ!? 聞いてる!? 黒志摩ちゃん!? ねぇってば!?」



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― 新着の感想 ―
[一言] 活報から来たために、黒斑さんが平田さんの声で再生されました。 このノリはまさしくタ○バニw ノーマルで良かったです。 続編がきっと出てくれることを期待しています!
[良い点] さやちゃんツン×10+デレ [気になる点] おっさん死ね [一言] いろいろ広がりそうであります
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