テーゼ
ドイツのハイデルベルクに彼女、片岡真理は来ている。
100以上前の建物が当たり前のように残る街並みを真理はヒールを鳴らしながら歩く。転がしづらいスーツケースを若干引きずりながら、迷っている感じでもなく行くべき場所へ一直線に進んでいるように見える。その眼差しは真剣過ぎて、近寄りがたい。
ハイデルベルクは学問の街である。大学があるためか若者も多く大都市ではないが、静かな風格を感じることができる。ハイデルベルク城や旧市街、クリスマスマルクなど観光地としてもにぎわっている。
真理は観光で訪れたわけではない。ハイデルベルク大学哲学部に入学した従兄に会いに来たのである。幸い、真理は地図があれば迷うようなことはない。ドイツ語は分からないが英語を駆使してここまで単身やってきたのである。その行動力、胆力は彼女の魅力の一つである。
歴史の深い学問の街には、こちらも年季の入った学生寮がある。そこに彼、真理の従兄の青木雅敏もいる。雅敏は、子供の頃から集中すると周りが見えなくなってしまう質だった。自分の気になることを見つけるとその事に没頭してしまう。それでも家族や、友達、真理が小言をいいつつ制御していた。だが、ここは元々そういうものたちの集まりでもあるため止める者もおらず、本人自覚もなくそれに拍車がかかっている。
真理は何人目になるか声をかけ雅敏の行方を聞いて、ようやく要領の得た返事を貰い部屋を訪れた。
コンコン…
コンコンコン…
ドンドンドン!!!ガチャッ
「入るわよ雅敏!」
雅敏は窓辺で本に埋もれ思索にふけっていた。
カツカツと真理は近づき持っていた地図で頭を引っ叩いた。
「わ!真理じゃないか。どうしているんだ。」
真理は息を吸い込んだかと思いきや
「どうしたもこうしたもないわよ!!あんた、ドイツに来てから一度でも日本に連絡した!!?どうして一通もメールも手紙も電話も返事が来ないの!!なんで生存確認を大学にしなきゃなんないのよ!!!!ここにきて3年経ってるのよ!!一回ぐらい日本に帰ってきなさいよ!!あんたの両親、悟りの境地に入っちゃってるけど、あたしがそうは問屋を下ろさせないわよ!!!!」
「真理のエネルギーはすごいな。目が覚めた心地だ。」
雅敏は伸びをしてずれた眼鏡をかけ直した。
「…あんた、日本からわざわざ来たあたしに対しての一言目がそれなの…。まったく、こんなに散らかして。」
真理は本や、服で散乱した部屋を見渡して雅敏を動かせ始めた。真理の凄いところは、自分で片付けるのではなく本人にやらせるところである。雅敏もその気になれば生活能力はあるのである。やらないだけだ。それを分かっている真理は、あえて指図するだけでほぼ雅敏に自分のことをやらせるのである。
「ようやく座ることが出来るわね。」
真理は日本から持ってきたものをテーブルに広げる。緑茶にきゅうすも準備してきた。ティータイムにすることにした。
「で、この先どうするの?」
真理は即核心を突いた質問をした。
「真理はそれを聞きに来てくれたんだね。」
「ええ、そうよ大学もあと1年もないでしょ。叔父さま叔母さまのかわりにこの先をどうするのか聞きに来たのよ。」
「…そうか、ぼくはここにいたいんだ。助手にしてもらえるように動いているんだ。」
真理は一度目をつむり、深呼吸をした。
「そう、それがあなたの決めた道なのね。」
「ああ、僕のテーゼだ。」
「なら、あたしがどんな道に行こうと私の勝手よね。」
「真理…」
「あたしも1年後こっちに来るわ。」
「真理!」
「だって、あなたのそばにいるのがあたしのテーゼですのも。」
雅敏は涙を浮かべて真理を抱きしめた、否、抱きついた。
「真理がいないと僕は駄目なんだ。僕が駄目なんだ。ありがとう。ずっと我慢していたんだ。声を聞いたら会いたくなるから。離れたくなくなるから、でも僕はここにいたいんだ。ここで学びたいんだ。」
真理は雅敏の背中をさすりながら笑った。
「もちろんあたしもよ。あなたがいないとぽっかり穴があいた気分だわ。あたしの仕事はねここでも出来るの。あなたの相手はあたししか出来ないんだからあたしが来るのが当然でしょ。」
「結婚しよう僕の真理…」
テーゼ…1定立。初めに立てられた命題。正・反・合の、正。
2綱領。 ぐーぐる先生より抜粋