僕と猫、猫と僕
小さな町の小さな家
あまり裕福ではなかった住人は、朝から晩まで靴屋の仕事をやっていた。
しかし、朝から晩までやっても靴は全然売れなかった。
そんな彼の小さな楽しみは、月に一度の休みの日。
赤レンガの家の端にいる。
小さくかわいい子猫と遊ぶ時。
彼の中の子猫の存在は、友と呼ぶには小さくて、猫と呼ぶには大きな存在だった。真っ白な毛並みがとても気持ちよかった。
でもある寒い仕事の日。
山を歩いていると突然、大小さまざまな山の石が降ってきた。
土砂崩れだった。被害が大きく一緒に山を歩いていた同業者も多く亡くなった。
その中で彼は命を取り留めた。
しかし、彼は軽い意識障害を起こしていた。
仕事、日々の生活はいつも通り記憶はあった。
月に一回の子猫と遊ぶ時間も。
ことはすべて覚えていた。
名前
彼が忘れてしまったもの。
自分にかかわったすべての人の名前
顔は出てくるけれど名前は出てこなかった。
小さな子猫の名前も同様だった。
日課となっていた……いや、月課となっていた子猫との遊ぶのは毎月必ず行った。
ある日、彼の耳に小さな声が聞こえた、弱々しく今にも死にそうな猫の声を、そこでその猫を見つけ少し世話を焼いた、さすがに家に猫を置くと商品が傷つけられると思って家に入れなかった。
しかし休日はいつも遊んでやっている。
家に入れてもいいと一回は思ったが猫にかまけ過ぎて仕事が身にならないと思って、心を鬼にして現在保留中である。
いつものレンガの所に行って。
そこで泣いたりもした。
小さな猫は励ますようにいつもよりそってくれた。
優しい子猫だった。
とある休みの日
猫はいつもの場所にはいなかった。いつもの赤レンガの家の端には、美しい小さな少女が立っていた。
「真っ白な猫を知りませんか?」
彼は少女に訪ねた、だが彼女は首を振るだけだった。
どこにいったかな~っと捜す彼に、挙動不審にキョロキョロとあからさまにする少女は、はじめてきたかのような仕草だった。
「すみません」
小さく息を吐いた口からは白い水蒸気が吐き出され、それが透明になるまで数秒の時間が流れた。
「なんですか?」
「あ、あの私今寝る所がないので、その……泊めてもらえないでしょうか?」
もじもじとしながら話す少女は頬を薄紅色に染め、訪ねてきた。
沈黙……その間に彼女の顔はどんどん曇っていった。
「いいよ」
その言葉を聞いた彼女は、いっきに曇りを払いのけた。
「ありがとう」
とても明るい笑顔だった。
それから少女は、『何もしないのは嫌だから』と彼の靴屋の仕事を手伝い始めた。
少女はよく働いていた、無愛想な彼に変わり、店番を変わってやっている。
彼女の名前は、『しろ』といった。
しろが店番に立ったその日から、店の売り上げは一気に上昇した。
品はいいが、店長が不愛想だったため、店に入りがたかったようだ。
彼は少し悔しかったようで、一回だけ店番を変わってみたらしい。
カランカラン
「いらっしゃいませ」
そう言って、ぶすっとした態度で応対した結果。
「ダメですよ、もっと笑顔で。はいっ、にぃー」
しろに両頬をつままれ上に引っ張られた。
「いらひゃいまへー」
頬を引っ張りあげられているせいでうまくしゃべれず、おかしな言葉になっていた。
当然、客もしろも、大笑いしていた。怒ったのかわからないが彼は、店の奥に入っていった。
以前の店の中と全然違った。
雰囲気がそのよい例だろう、彼の時は空気がよどんでいて明るいと言う感じがしなかった。
しかし、しろが来たら『淀んでる』『ほこりかぶっているよ』など小さい所によく目が行って今じゃ、店の中はすがすがしいくらいだ。
しろがいたからここまで変わったと思う。
それでもまだ変わらない事がある……
名前が思いだせない。
その人の名前を聞いても『ピン!』っと来ない。
まるで、急にURLを抜かれたパソコンの様な……あった事はわかってはいるんだけど、一瞬で消えてわからないみたいな……こと。
でも、今はそんな事はどうでもいい。そんな事を思えるくらい彼の今の生活は充実していた。ついでに――とは言えないか――愛も一緒に深まっていった。
とある日、『子供ができた!!』とはしゃぐしろはとてもうれしがっていた、しかしかすかに、本当にかすかに悩む顔が見えかくれしていた。
それからも、店の評判は上がっていき、収入も多くなり、彼には弟子ができるまでとなった。
しろのお腹も、だんだん大きくなっていき、彼女も動くのがきついと言いだした。
「大丈夫か?」
お腹をさするしろを心配した彼に
「大丈夫よ、ふふ……心配性なんだから」
もうすっかり母という感じをかもしだしていたしろは、十分立派な母だった。
出産日を迎えた、家に産婦さんが来て長くうなされているしろに付き添っている。
彼には、祈ることしかできなかった。
しろの甲高い声を聞いていると、自分の無力さに腹が立った。
でも、仕方ない……俺には何もできないから。
数時間経つと、産婦さんが動揺した顔で彼の方を向いた。彼は一瞬で悪い状況を想像した。
「どうかしたんですか!!」
彼は、産婦さんに食いかかるように尋ねた。
「お二人とも元気です……ですが」
じらすな、などと思いながら少し落ち着いてもう一度訪ねた。
「どうしたんですか?」
「二人とも元気ですが、子供が人じゃないんです・・・」
「は?」
素っ頓狂な声が出た
子供が人じゃない……
じゃあ、何なんだ
なんなんだ……
「見てもらえば分かると思います」
彼の気持ちを察したのか、そう言って『こちらへ』っと治療室に通された。
中は清潔で、診療台には、しろが横になっていた。
「しろ!!」
つい叫んでしまった。彼女もわかったようで、こっちを向いた。
足早に、彼女のもとに向かった。
「っ!」
ビックリしたっと表してよいのだろうか。
生まれた子供は女の子だった、彼に似た髪をしていてすやすやと寝ている。
問題はそこじゃない、問題は頭に着いた二つの耳の事だった。
「ごめんなさい」
今に見泣きそうな声でしろがいう。
少しの沈黙……それから
「謝るなよ!!」
彼は声を荒立てて言葉を捨てた。
「え?」
虚を突かれたように、目を丸くさせる。
「俺たちの子供には変わらない、どこに謝る所があるんだ!! お前は、この子を産んで嫌だったのか? お前がそんな理由で謝ったんなら、俺はお前を嫌いになる。そんなお前は見たくない!!」
説教じみた言葉を聞いたしろは、涙腺が入れたように泣き彼に抱きついた。
「そうだ……お前は胸を張っていればいいんだ。」
抱きつくしろの頭をゆっくりとなでる。
そのあと、産婦さんの協力で、赤ちゃんは、人間という事で一件落着となった。この事は伏せておいてくれるらしい。
他の友達と遊ぶ時も、帽子をかぶらせればわからないだろうし、育児に気を使えば何ら支障はないと思う。
色々な事がいっぺんに終わり、二人とも魂ここにあらずと言う感じだった。
家に帰ったらしろから話をし始めた。
「……猫の事覚えている?」
「ああ、あの赤レンガの白猫だろ」
彼は、記憶をたどって答えた。
「……名前覚えてる?」
「すまない……前もいったが、名前はおっ!!」
急に、しろがキスをしてきた。彼はなんの抵抗も出来なかった。
「……あっ、何すんだよ」
押し倒した、少女は小さく微笑み
「その猫の名前は……『シロ』、あなたがつけてくれたのよ。」
次の瞬間、様々名前が脳内を巡る。
父さん、母さん、ご近所さん
そして……
あの、猫の名前も出てくる。
「……シロなのか?」
「にゃん~」
その声は、とても愛らしかった。
しろは、人とは思えないほどの猫に似た声で彼の耳元で小さく鳴いた。
元々猫だから、それは当り前だろうが……
この後、獣人という全く新しい種が続々と出てくるようになった。
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