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深淵の闇の魔女  作者: 米澤 継紀
ある騎士の夢
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第5話 - 「カウントダウン」

 それから更に三年の歳月が流れた。


 作物の収穫を終え、遠くに見える山々が鮮やかに色づき、人々の目を楽しませている。赤や黄の葉が落ちれば、もうすぐ冬の到来だ。そろそろ冬支度をせねばならないだろう。


 だがしかし、この日、民家の多くに人気はなかった。

 民の多くが一所に集まっていたためである。


 王都は沸き返っていた。街中が飾り立てられ、祝福の声が飛び交う。そこかしこで花びらが撒かれ、楽隊が陽気な音を奏でる。酒場では麦酒が振る舞われ、酔った人々が陽気に歌う。教会の鐘の音が、王都中に鳴り響いた。


 この国でただ一人の姫君。ミュレット姫が結婚したのである。相手は近衛騎士にして英雄となったリュノスである。


 一国の姫ともなれば結婚の相手は他国の王子であるのが常である。

 身分や家柄の他に、外交上の問題が絡んでくるためだ。そこに姫個人の意思が入る余地など、本来であれば無い。


 現国王には、ミュレットの他に子供がいない。つまり、ミュレットの夫となる人物こそが、次期国王となるのだ。


 おいそれと決められる事ではなかったというのも事実である。更に理由の一つとして、これらの縁談をミュレット自身が拒み続けたという事もあった。王とて人の子である。たった一人の愛娘を、無理に結婚させるようなことはしたくなかったのだろう。縁談の話は山とあったものの、中々その話が進む事はなかった。


 しかし、いくつもの縁談を断り続けた姫が、ただ一人。この人とならばと告げた名があった。その名は近衛騎士リュノス。


 騎士とは、国を護る誇り高き守護者である。これまで他国も含め、姫と騎士の結婚には数多くの先例がある。とはいえ、他国の王子と比べてしまえば、騎士は見劣りも甚だしい存在である。故に、これまでの例においても姫と共になる騎士は、皆、英雄であることが求められた。


 近衛騎士となってからのリュノスの働きぶりには目を見張るものがあった。

 王族警護の任に始まり、外交の使者、反乱分子の討伐、王国の主催する剣術大会での活躍と、目覚ましい活躍を見せたのだ。

 その中で最も熱を入れたのが反乱分子の討伐であった。


 リュノスがこの国に来るきっかけとなったミュレット姫の襲撃事件。その首謀者を捜し出し、憂いを断つことが目的であったからだ。ミュレット姫を敬愛する近衛騎士団の怒りは凄まじく、徹底した調査によって間もなくその身元が割れた。


 首謀者は大臣の一人だった。


 この国の王となるためには、ミュレット姫を娶るほかない。


 とはいえ、野心家の大臣に姫との婚約の話など持ちかけられたことはない。当然である。


 そこで、男は考えた。たった一人の王家の姫がいなくなった時、果たして誰が王になるかと。世継ぎはいないのだ。今、王が死ねば方法は二つに一つしかないはずだ。


 まだ幼い王家に名を連ねる男子を王位に据えるか、宮廷の実力者に後を託すか。


 首謀者である男は信じていた。後を託すとすれば自分をおいて他にないと。仮に幼い男子を王位に据えることになっても、傀儡にしてしまえばよいだけのこと。

 己の器をはかり損ねた男は、野心に燃えて暴走した。


 そして事件は起き……失敗した。


 近衛騎士団によって捕らえられた男は、ミュレット姫暗殺未遂の罪で絞首刑となった。

 リュノスはこの事件の解決に大きく貢献したのだった。


 さらに、リュノスは指揮官としての実力まで示して見せた。


 この国では、戦の折、近衛騎士が各部隊の指揮官として采配を振るう。将軍としての役割を担うのだ。


 半年前に起こった北の隣国との戦で、リュノスは友軍の危機を救って全軍の崩壊を防ぎ、敵の左翼を突き崩して勝利をもたらした。

 数々の功績を持って、青年は姫の相手として不足のないことを証明して見せたのである。


 そして今日、リュノスとミュレット姫は晴れて夫婦となった。

 午後にはリュノスの戴冠式典が行われることになっている。


 幼い頃、騎士に憧れた少年は隣国で若き国王となったのである。


 今正に、リュノスは黄金時代を迎えたのであった――。



 闇に閉ざされた部屋に、ぼんやりと浮かび上がる光りがあった。


 いや、部屋と呼べる場所ではないのかもしれない。

 全てが暗闇に包まれたその場所に、空間的広さを感じさせるものは一つとしてない。

 どこまでも闇が続いているような、そんな場所だ。


「ふふふ。ついに願いが叶ったのね」


 艶やかな声が、暗闇に溶け消える。


 淡い光を放つ水晶球を覗き込み、全身を漆黒に包んだ女、リリスが呟いた。


 水晶球には、王冠を戴くリュノスの姿が映し出され、その端には、リュノスの妻となったミュレットと、その片腕たるハンスの姿も確認できる。


「長いこと待った甲斐があったかしら……もっとも、私たちにとってはさほどの時間でもないのだけれど……」

「お姉さま。こんな面倒なことをする必要があるのでしょうか?」


 リリスの肩越しに水晶球を覗き込み、赤毛の女はかねてからの疑問を口にした。


「お姉さま……か。いい響きね。いいことを教えてあげるわ。長い刻をかけて、じっくりと熟成させたワインのように、人間の負の感情もまた時間をかけて大きくしてあげた方が、甘美になるものなのよ」


 そう諭すと、リリスは大きな瞳を細めて、栄光を掴んだ男の姿を凝視した。


「十年よ。リュノス。これから十年の後、あなたの願いに相応しいものを貰いにいくわ。契約を忘れてはダメよ。どんな代価でも払ってみせると、あの日、あなたは言ったのだから」


 呟き、細い指を唇に当てる。

 くすりと笑うリリスの声は、王となった男の耳には届かなかった。


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