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深淵の闇の魔女  作者: 米澤 継紀
ある騎士の夢
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第2話 - 「目覚め」

 翌日の昼、リュノスは窓から差しこむ陽射しに目を覚ました。


 まだ少し酒が残っているようだ。当たり前のように瓶から水を汲み、一息に飲み干す。


 辺りを見回した。兵舎だ。昨日、道端で酔い潰れてしまったと思ったが、どうやらここまで帰り着けたらしい。或いは、町の誰かが送り届けてくれたのか……。


「酒に呑まれるとどうも記憶が曖昧になる」


 リュノスは両手を挙げて伸びを一つすると、今日の予定を考えた。

 どうせやるべき仕事など無いのだ。時間は腐るほどある。


「そういえば、奇妙な夢を見たな」


 願いが叶うという内容だった。


「あり得ない話だ」


 ため息一つ吐き出し、自嘲する。

 このへんぴな町に左遷されてきた時点で可能性は潰えている。

 しかし、思い返すに随分と具体的なことを言われた記憶があった。


「確か、明日の正午に身なりを整えて朱の丘に……だったな」


 これまで、夢の内容に興味を持ったことなど一度もなかったが、今回の夢だけはどうにも気になった。


「神のお告げ……それこそあり得ないよな」


 思わず鼻で笑う。


 もし本当に神様なんて存在がいるのであれば、世の中はもっと平等であっていいはずだ。

 リュノスは、壁に飾られた剣へと視線を移した。

 もう長いこと使われていない埃を被った剣。それは今の自分を象徴しているように思われた。


「たまには手入れでもしてやるか」


 昨夜見た夢に感化されたのだろうか。

 リュノスは剣の手入れを始めた。


 こういう事は一度始めると、次々と気になり出すもので、ついでとばかりに鎧や槍の手入れも行った。

 長らく着ていなかった服を洗濯し、皺を伸ばす。布団を干し、兵舎中の掃除を終えた頃には夕方になっていた。


 リュノスは部屋中が綺麗になったことで、久々に少し前向きな心境になっていた。


 夕食時まで、久しぶりに剣を振った。

 馴染んだ感触に、青年は自分が騎士だったことを思い出した。


「長いこと鍛錬を怠っていたせいで、大分、筋力が落ちているな。あの頃は羽のように軽く感じたものなのに……」


 剣の根本から切っ先へと視線を滑らせ、リュノスはそう呟いた。



『朱の丘』は兵舎から北東に十キロメートルほどの場所にある。


 昔、この地方を治めていた領主が、戦で捕らえた敵の兵士を小高い丘の上で処刑した。

 殺された兵士の数は数百にも及んだという。


 兵士たちの流した血で、丘は真っ赤に染まった。

 それが『朱の丘』の由来だと言われている。


 だが、実はもう一つ由来とされていることがある。

 夕暮れ時に遠くからこの丘を観ると、赤土を含んだ丘は赤く染まって見えるからだというものだ。どちらかと言えば血生臭い前者よりは後者であって欲しいと、リュノスは思う。


 正午も近い時刻、リュノスは朱の丘に立っていた。


「夢で言われた通りにするなんて、我ながらどうかしているな」


 リュノスの声が風に流されていく。


 朱の丘の頂上は、この辺りで一番高い場所だ。遮蔽物となるものもなく、遠くまで見渡すことが出来る。


「やっぱり……何も起きないじゃないか」


 視界の端に町を捉えて呟いた。


「どこか現実感を伴った夢に或いはとも思ったんだが、所詮、夢は夢か……」


 現実はそう甘くないと、思わず苦笑する。


 朱の丘は静かだった。まだ正午までは少し時間があったのだが、何かが起きるような気配は感じられない。

 リュノスはしばらくの間、ぼんやりと佇んでいた。


 何となしに視線を巡らせる。

 これといって何があるわけでもない。見慣れた町以外のものといえば、国境線でもある河と、葉の衣を脱ぎ捨て寂しさを感じさせる森、澄んだ空と流れる雲くらいのものだ。


 何事も起きないとあれば、いつまでもこの場所にいる意味はない。


 リュノスが丘を降ろうとしたその時、視界の端で何かが動いた。


 森から勢いよく飛び出してくるものがあった。馬車だ。丘の方へと向かってくる。

 視認するなりリュノスは馬車へ向けて駆け出していた。


 あれが夢で女の言っていたものだろうか? まさか正夢だったのか?


 考えを巡らせながせながらも、懸命に走る。

 長らく運動不足だった所為で、息が切れた。


 馬車がこちらに向けて近づいてきているのが救いだった。

 見る見るうちに距離が縮まる。


 馬車を観察する。御者の胸に突き立っているものがある。恐らくは既に事切れているのだろう。暴走する馬車の振動でその身体が傾いた。


 リュノスはすれ違いざまに馬車の手すりに掴まると、一気に身体を引き上げた。

 御者台へと移動し、事切れた男の手から手綱を引ったくると、暴走する馬車を止める。


 次いで御者台から飛び降り、後方を確認した。


 森から二つの騎影が躍り出た。剣を片手に奇声を上げる。


 襲撃者と見て取ったリュノスは、急いで馬と御者台とを繋ぐ綱を解くと、馬上の人となった。馬車に繋がれていた馬である。無論、鞍や鐙がついているわけではない。そんな馬を走らせるには相当な技術を要求される。


 御者台で操るための長い手綱を左手に巻き付けると、内股と膝で身体を固定する。

 呼吸を整えると馬首を返し、腰に佩いた剣を抜き放った。


「馬車は止めた。もう大丈夫だ、ここで待っていろ!」


 車内に人の気配を感じ取ったリュノスは、中で震えているであろう人物に声をかけ、馬腹を蹴った。


 猛烈な勢いで景色が後方へと流れ去る中、迫る敵騎に気合いの声を上げる。


 すれ違いざまに放った鋭い一撃に首を半ばまで切断された襲撃者は、声を上げることも出来ぬまま大地を朱に染め上げた。


 主を失った馬が、自由を得たとばかりに遠ざかっていく。


 続く敵影が速度を上げた。交差した剣が火花を散らす。互いの位置が瞬時に入れ替わる。


 次の瞬間、馬首を廻らせた襲撃者の胸元で朱が爆ぜた。


 胸に突き立った剣に、男の顔が驚愕に歪む。刀身は背に抜けていた。

 長引けば不利とみたリュノスが、剣を投じたのだ。


 血泡を吐いて地に伏した男に、リュノスはゆっくりと近づいた。息絶えた男の胸に足を当て、一気に剣を引き抜く。男の服で付着した血を拭き取ると、リュノスは二人目の襲撃者が乗っていた馬に跨った。


「やっぱり、乗るのは鞍のある馬に限るな」


 二頭の馬を伴い、リュノスは元来た道を戻り始めた。


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