プロローグ
投稿した直後ですが、公開されたものを見たところ、読みづらい気がしたので改行の仕方を変更してみました。
吹き上げる風が長い赤髪をなぶる。
潮の香りを運ぶベタつく風だ。その不快さに顔を顰める者も多いだろう。
しかし、女にそんな様子は見られない。
深いスリットの入った深紅のドレスに身を包み、女は薄い笑みを張りつかせて、眼下を見下ろしていた。
高さ五〇メートルはあろう崖の下には、若い男の姿が見て取れる。男の手足はあらぬ方向へと折れ曲がり、大きな鮮血の花を咲かせていた。
「可哀想なことをするわね」
背後から響く声に、赤毛の女は全身を翻した。振り向いた先にはゆったりとした漆黒のローブに身を包んだ細身の女が立っていた。
腰まで伸びる真っ直ぐな黒髪が風に靡く。艶やかな髪と同色の大きな瞳をうっそりと細め、女は愉悦の笑みを浮かべた。
赤毛の女の瞳に警戒の色が宿る。
つい先程まで、この場には赤毛の女と崖下に横たわる男以外に誰もいなかったのだ。見通しの良い場所である。近づく者があれば気づいたはずであった。
それを足音一つ立てることなく現れたのだ。
まるで始めからそこに居たかのように――。
「あなた……何者なの?」
「私? 私の名はリリス。あなたと同じ深淵なる者。もっとも、生まれたばかりのあなたと違って、大分長いこと生きてるけれど……」
リリスと名乗った女には、確かに同種の何かを感じ取ることが出来た。
であるならば、突如現れたことにも納得できる。
内から湧き上がる黒い欲望と、その身に宿る大きな力は明らかに人とは異なるものだ。
「あなた……記憶がないでしょう?」
リリスの言葉に、女は息を呑んだ。
「別に驚くことはないわよ。私たちは皆そうなのだから。端的に言うなら、私たちは悪魔と呼ばれる存在よ。人間の負の思念が集まり形を成したもの。内なる欲望はその証。力の使い方を教えてあげるわ。深淵たる喜びを。そして何よりも為すべき事を……」
赤毛の女は差し伸べられた手を取った。理屈ではなく、本能が告げていたのだ。このリリスと名乗る女に従えと。
次に崖下から一際強い海風が吹きつけた時、そこに女たちの姿はなかった――。