9話
「え?あれって、俺?」
「おまえ」
「……マジで?」
「ウソだと思いたかった俺の気持ちを察してみろ」
まさかの展開に悶絶した。
「なんで俺!?あーちくしょーー!覚えてねえっ!!」
真直はガッシと地央の肩を掴むと、
「ここは一つやり直しということで」
そう言って唇を首筋に近づけた。
と。
「ぐっ」
顔面に結構な衝撃を受ける。
呻きながら、押さえつけてくる地央の手を持って引きがはがすと、そこにはニヤリと笑う地央の顔。
「キスマークまでは終わってるからな。やり直しは俺の報復からだろ」
手には課題研究用の青い衝撃吸収ゲル。
「それ、衝撃吸収しなかったっすよ」
誤って飛び込んできた虫をかんでしまったような表情で自分の顔を撫でる真直に、地央は笑って今度は頭をペタリと叩いた。
「じゃあ、ずっと俺あんたの中でセクハラ野郎なわけ?事故なんだから文句言ってくれればよかったのに」
真直は向かい合う位置にある椅子に腰かけ、恨めしげな表情を浮かべた。
「言えるか」
まあそりゃ男にキスマークつけられたなんて言えるわけないのかもしれないけど、これじゃあ俺は完全な色情狂だ。
それにしてもどういうシチュエーションだったんだろう。
いきなりキスマークをつけたのか?
それ以外のことは何もしなかったんだろうか。
だっていきなりキスマークって考えにくいわけで……。
それ以外って。
えーと。
「なんか、他に俺、やりました?」
うかがうように上目遣いに地央を見れば、数回の瞬きのあと顔が赤く染まった。
……やったんだ。
地央は顔をそらすようにして立ち上がり、紙パックの紅茶を開け口から勢いよく直接飲むと、研究材料を片付け始めた。
「お前、部活だろ?さっさと戻れよ。俺、もう今日は……」
「地央さん!」
真直は立ち上がり地央の背中を腕に抱き込むと、細い首筋に唇を押し当てる。
「……!?」
びくりと地央の体が揺れた。
首筋に口づけを落とせば、真直の手は自然と地央のブレザーの胸元へと運ばれる。
ああ…… なるほど。
こうなるわ。
じゃあ、どこまで?
自分で自分に嫉妬する。
「こらっ!!やめんかっ!!」
体を捻って逃れようとする地央の手を後ろから押さえ、逆の手で顎を持って後ろを向かせると、文句を言うその口に自分の唇を押し当てた。
「ん……っ」
角度のせいで開かれていた地央の口内に侵入することは容易く、舌を絡め取れば、地央の文句は紅茶の香りの残る唾液と共に真直に飲み込まれる。少しだけ地央の体が緩んだ。
そんな地央に心が震える。
少しづつではあっても、確かに前へ進んでいるのだと思える瞬間。
地央の眼鏡のフレームが当たって鼻が痛むので角度をかえようと口を放せば、微かに出来た隙間から地央の声が漏れた。
「……ここまでされてない」
自分の知らない、過去の自分との比較。
「よし……じゃあ勝った」
自分に向けた、バカみたいな優越感。
「何の勝負だ……んっ…」
真直は、文句は飲み込むのだとばかりに再び深く口づけた。