8話
「……!?」
地央は体に妙な圧迫を覚えて目を覚ます。そうして我が身に降りかかっている状況に目を見開いた。
どう考えても自分の頭は真直の腕の上にあり、すっかり背中から抱き込まれる形になっている。
恐る恐る後ろを見れば当然のようにそこには真直の男らしく整った顔があった。
ちょっと待て。
何だ、これ。
落ち着け、俺。
今自分を抱き枕にしている後輩は部類の女好きで、多分、寝惚けて彼女でも抱っこしているつもりなんだろう。
そうなんだろうが――。
俺は寝惚けていない。
いや、寝惚けているとかいないとかってことじゃなくて。
地央はともかく気色の悪い状況から逃れようと筋肉質なその腕をはがしにかかった。
するとより一層腕に力が込められ、首筋をチュウっと強く吸われる。痛みをともなう妙な感覚に「ひっ」と変な声が出た。
こっ、こいつ!!!
そうしている間もその手はトレーナーの中に入り胸を触り始めている。
ゾワっと寒気が走った。
………シャレにならん。
とんでもないセクハラに声を出して起こそうとも思ったが、ここで目覚められても超絶に気まずいわけで…。
と、真直の手が胸元で少し戸惑いを見せた。
何の膨らみもないせいだろうか。
少し緩んだ瞬間、なんとか腕から逃げ出した。
こ、この色情狂がっ!
呑気に寝息を立てる真直にむかついてベッドからその体を蹴落とすと、毛布にくるまって真直の消えたベッドの側を睨んだ。
「……いって…。あー?」
間抜けな声。
今まで何度も違う女を連れていたこの後輩に、泣き真似しながら「俺の操をかえしてよっ」と言ってやろうかと思ったが、バカバカしいから 止めた。
真直と目が合う。
「次やったら、絶対許さないからな」
地央が睨んで思わず言えば、真直は寝耳に水の表情。
「えーと、なんすかね?」
あらためて聞かれれば、真直の反応と反比例するように地央の顔が赤くなった。
やった本人へ「おまえは人の首筋吸って乳を弄ったんだ」と口にすることができず、何度か口を開け閉めしてしまう。
「お、俺をベッドから落としたっ」
むしろそっちならどれほど良かったか。
なんとか絞り出した言葉を受けて、真直は側頭部をボリボリと掻いた後、つまらなそうに斜め横を見た。
「ああ。すんません。狭いもんで」
狭けりゃ乳を揉もうとするのか!?
悪いとは決して思っていないであろう真直の態度に本当のことを言ってやろうと思ったが、内容が内容だけに自分の方が嫌だ。
苛立ちばかりがこみ上げ、地央は財布を手に部屋を出た。
空調の甘い廊下は肌寒く、せめてジャージの上でも羽織ってくれば良かったと後悔しながら自販機でコーヒーを買う。
ちきしょー。
部屋帰れねえ。
気まずかったり、腹が立ったり。
まだ朝の4時で何をするにも早すぎるが、さすがに真直の横で眠れるほどの根性もない。
何で俺がこんな…。
つかあいつ、無意識であれって、あの年でどんだけエロい生活してんだよ。
ん?いや、性活か………って、しょーもな。オヤジか。
自嘲のため息をついてロビーにある安物のソファーに体を丸めて座りコーヒーで手を温める。
そのとき、後ろで人の気配がした。
振り返れば困った顔の真直
「部屋戻ってくださいよ。あんた風邪引かせたら久我さんに殺される」
こいつからみれば、俺は狭量な先輩なんだろうな。
あー、理不尽だ。
睨むように見る地央に、真直が自分の首筋を指差した。
「平林さん、ついてますよ、痕」
「……は…?」
「いいっすね。俺寮だから女連れ込めなくて」
「いや、これは……」
言葉を失う地央に、わかってますとばかりに頷く真直。
心から蹴飛ばしてやりたかった。