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6話

 真直は自分の射撃練習を終えるとコーラを片手にビームライフルの練習場へ行き、窓から中を覗いた。

 するともうこちらも練習を終えたようで、片付けからそのままなし崩しに残った3年数人がダラダラと話に花を咲かせているようだ。

 入口のドアは開いていて、中に入れば会話が耳に入ってくる。

「まじでーーー?え?何!?相手誰よ!?」

 女部長の声に応えるのは浜崎だ。

「いや、それはわからないんだけどさ、でもあの時黒川が食っちまったんじゃねえかって話になったんだよな」

 当然何か食べ物の話だと思い、衝立から顔を覗かせて声をかける。

「俺が何食ったって?」

「うおー、ビックリしたー。いきなり声かけんなよ」

「ハート弱っ」

 浜崎がこちらを振り返って文句を言うその横にドッカリと腰を下ろし、ぬるくなったコーラを口に含んだ瞬間―――。

「あんた平林さん食ったの!?」

 部長に言われて、盛大にむせかえった。

 ベタな吹き方をしなかったことを誉めてもらいたい程だ。

「ゴホッ、ゴホッ」

「大丈夫かよ」

「な、なん、なんの話だっ」

 俺が食った?

 地央さんを?

 いや、食ってねえよ!

 食いたくて食いたくてしょうがねえのを、我慢して我慢して、頭おかしくなりそうなのに。

 ひょっとしてそんなオーラがだだ漏れで、色々ばれかけてる?

 それは由々しき問題だが……。

 浜崎が少し頭をかがめて声を落とすと、部長と真直を見比べるようにして口を開いた。

「いや、去年の春の遠征のときさ、平林さんガッチリ首にキスマークつけてたんだよ」

「……は…?」

「んで、お前と平林さん、あんとき二人でシングルベッドだった聞いたからさ。あれは黒川のつけた痕じゃねえか、って話になったわけ」

「黒川ぁっ、正直にいいなっ。あんたまさかっ」

 部長が膝でにじり寄ってくるので思わずあとずさる。

 正直もくそもなくて……。

 え?キスマークって服のデザインとかアップリケとかそういうのの話?

「な……に?」

 言葉を無くす真直が気を悪くしたと思ったのだろう、浜崎が慌てて言い直す。

「いや、あんとき平林さんて部活から浮いてて、久我とデキテルとか言われてたろ?んでお前はお前で盛ってるタラシのイメージだからさ、まあ、男もイケたんじゃねえの?みたいな。悪かった」

 サカッテルを含め随分失礼なことを言われているが、それにもつっこめないほど真直の頭の中はすっかり地央につけられたキスマークのことで一杯だった

 そうだ。思い出した。

 確かにあの時キスマークをつけていた。

 しかも真直自身でその話に触れた気がする。

 一年の終わり頃の話で、正直地央を苦手に思っていたからそんなくだりは完全に忘れていたのだが。

 ちょいまて。相手は誰だ。

「まあ平林さんイケメンだし、実家通いだったから彼女いたっておかしかなかったんだけどさ。あの時アンチが多かったから」

 確かに目を悪くするまでの地央は部内では別格の存在で、エアとビームの練習場が分かれているせいもあって下級生とは殆ど口をきいたこともなかっただろう。

 本人のそっけない態度と顧問の特別扱いのせいで、かなり立場が悪かったと思う。

 だが今ではすっかりその壁もなくなり、ファンなどと公言する輩が現れ始めた。

 真直としては「にわかファン」の出現は当然面白くはないが、とりあえず今はそれどころではない。

 白く、細いあの首筋に咲く小さな赤い花の記憶を呼び起こせば、いてもたってもいられなくなり、チームメイトへの挨拶もそこそこに慌てて練習場を飛び出すと、地央が課題研究の為居残っているはずの物理教室へ駆け上がった。

<p> 

 

 

 四回の端にある物理教室のドアを勢いよく開ければ、すぐ目の前に地央の姿。

 一人で課題研究をまとめていたらしく、いきなり現れた真直に驚いて手に持っていたゲルシートを取り落とした。

「おい、ビックリさせん……」

「キスマーク誰につけられたわけ!?」

「はあ?」

 言葉を被せて遮られたどころか、その突拍子もない発言の内容に地央は慌てて部屋の外を見回してから真直を引き込んでドアを閉めた。

「デカい声で何を…っ!おい、こらっ」

 ミルク色の細い首筋に触れる。

 あるはずのない、いや、今あったら完全にアウトなキスマークの残像をそこに描くだけで、頭がおかしくなりそうだった。

 俺だってつけられたことがないわけじゃないが、俺のと地央さんのとは重みが違う。

 絶対遊びでそういうことをしない地央さんのそれは、要はガチのキスマークだ。

「……!?」

 地央が首筋に這わされた真直の親指を自分の手の平でグッと掴むと、ありえない方向へ向けた。

「痛っ!痛いって!折れる折れる」

「今度はなんなんだ、おまえは」

 う。

 絶対に面倒くさいと思っているその口調にひるみつつも、解放された親指をもみほぐしながら、背の低い地央を器用に上目遣いで見た。

「……だってキスマークが」

「ついてないだろ!?」

 作業用のテーブルの上には物理の課題研究につかう衝撃吸収ゲルシートや卵などが並べられている。

 課題研究は本来2年からグループで組んでするものなのだが、地央は留年している為継続しているグループがない。その為3年に入ってから一人で始めることとなり、既に提出期限も迫っている。だから邪魔をされて機嫌が悪いらしいことは、粗暴な態度と言葉から見て取れた。

 だが真直としても、上書きのキスマークなど許してくれない現状で、ここで踏みとどまったら今日は何も手につかなくなるとわかっているのに引き下がるわけにはいかない。

「今じゃなくて去年の春の、遠征頃。ホテルのミスでシングルに二人で泊まったときあたりに!!」

 そうだ。

 考えたらなんてシチュエーションなんだよ。

 シ……シングルベッドで一緒に寝るとか。

 思えば一年の頃から一緒に行動することが多く、俺得なことがかなりあった気がする。

 ああーっ、なんてもったいないことをっ!!!

 地央は再びビックリしたように真直を見た後、心の底からのため息をついた。 

「……おまえ、ほんと、アホだな」

 てっきり、真直自身を棚上げして過去のことに一喜一憂する姿勢のことだと思っていたら、 地央は脱力したように椅子に腰を下ろした。

「つけたの、お前だろ」

「……は?」

 何言い出すんだこの人は。

 言うにことかいて俺って。

 怒ったような表情を作った真直を、地央は胸の前で抱えた膝に両手の平と顎を載せ、斜めに見上げた。

「お前、あれ。ひでーよな。誰にだってやるってことだもんな。今だって他の奴にもすんのな、きっと。ほんと節操ねーわ」

 嫌がらせの意味を込めてわざと少し拗ねたような言い方をしてるのはわかるのに、それでもやはり可愛くてたまらない。

 例えフリでも嫉妬めいた言葉をくれれば当たり前に嬉しいわけで。

 例えそのキスマークをつけたのが俺でも……。

「え…?ええ!?」

 えええええええ!!!???

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