51話
「おお、平林、珍しいな。目、どうだ?」
射撃へ顔を出した地央。久我に手を伸ばされ、グイと顔を上向かされて、無意識に体を引きそうになった。
触れるのは俺だけ、そんな真直の言葉をバカ正直に覚えている体に自嘲する。
「日韓戦、どうなります?」
真直の名を出すまでもなく、久我は自分の頭に手を置いて、苦く笑った。
「相手が女優で話がデカくなったから、まあ隠しとけないだろ。今年こそ、だったんだけどなあ。」
去年は知央の目せいで辞退となり、今年も真直の件で流れてしまうのだろう。ゆくゆく縁がないようだ。
「まあ、本人が一番苦しいところだろうから、お前、力になってやれな」
返事をしない地央をどう思ったかクシャリと笑うと、地央の髪を撫でた。
「せっかく来てくれたから練習みてやってくれっていいたいとこだけど、台風近づいてるから、今日練習中止なんだ。おまえも雨が降る前に帰れ」
大きな台風がこちらに向かっているということは聞いていたが、普段なら祭り気分になる台風の話題も、真直の件ですっかり形を潜めていた。
「学校とか寮に、あいつのことでやたら電話とかかかってきてるって聞いた」
「ああ。うん。正々堂々と出てこれない汚いやつらだ。ほっときゃいいのに、今の校長アレだからな。名誉のときだけもちあげて、なんかの時は切り捨てようなんて、腐ってる」
我が身を顧みず、久我がかなり校長に食ってかかっていたと、射撃部の部長から耳にしていた。
「そんなん校長に聞かれたら、先生給料下がるよ」
「余計なお世話だ」
「ほんと、あいつムカつく。黒川」
「なんだよ。そんな風に言ってやるな。お前に懐いてるだろ」
「女のことで、あんたにまで迷惑かけて」
「あいつモテるからなー。今回のことも、事実確認に相手に連絡とったら、女優側が勝手にキスしたんだって認めたらしいぞ。初恋の相手だったらしくてな。結局ホテルに行った事実も、酒飲んだ事実もなかったってのに停学にまでなって。色男は苦労するな。おまえも色男だから、気をつけろよ。女は怖いぞ」
笑う久我の声は、途中から言葉に意味を持たすことができなかった。
それほど、最初の久我の言葉を地央を占めていた。
女が勝手にキスしたって……。
じゃあ――。
「俺……帰ります」
地央は歩くことに邪魔にさえなる強い風を受けながら、寮へと走った。




