49話
何が「地央さんだけだから」だ。
バカにしてる。
内蔵が溶けてどうにかなってるんじゃないかという程の苛立ちを抱えて洗濯室のドアの前に座り込み、特に洗うことを急ぎもしない体側服がドラム式の洗濯機で回る様をジッと睨みつけていた。
俺以外はなんでもいいなんて、そんな甘い言葉を言っておいて。
お前の「なんでもいい」は、手当たり次第の「なんでもいい」かよ。
さんざん人を惑わしといて、罪悪感引き出しといて、影ではうまいことやってたんじゃねえか。
さっきから、まるで洗濯機のように、思考がグルグルと回っていた。
考えないようにしようと思っても、そうすればするほど週刊誌の写真と記事が浮かんで、わけのわからない焦げ付いたような胸の苦しみが地央を支配する。
明里の腰を抱いた真直の腕は、ごまかしようもなく明確にキスをする意思を表していた。
他の女とヤるときに、人のやったストラップ持ち込んでんじゃねえよ。そんなもん、いっそブッちぎって捨てとけよ。
地央を捉えたあの熱は結局地央だけのものではなく、きっとこれと思った相手にはそうやって接しているのだ。
自分だけが特別だと思っていた自分。
そうじゃないのだと見せつけられて動揺してるのは、きっと浅はかな独占欲。
だって、俺だけだなんてあんなに言われたら、あいつが俺のモノだって錯覚してしまうじゃないか。
なんだよ、もう。
やり場のない、支離滅裂な感情。
ムカつくことにムカつく。
そして、自分の部屋にいたら真直が来るんじゃないかと思い、普段は寮スタッフに依頼している為足を運びもしない洗濯室に逃げこもっている自分に、限りなくイラつく。
明日テストだってのに、なんで俺が逃げなきゃいけないんだよ。
そう。平気な顔で「節操なし」ってただそう言えばいいだけの話だ。
なにもこんなとこにこもる必要なんてない。
こんなことしたら、まるでその女に嫉妬してるみたいじゃないか。
嫉妬―――。
そう思うだけで、胸がギュウっと熱く痺れた。
だって裏切られた。
俺は、おまえの言葉をバカみたいに真に受けてたのに。
真直に愛されることで自分は特別な人間だなんて優越感を抱いていたのだと知り、そんな自分を嗤いたくなる。
本当にバカだ。
真直からの感情を持て余している筈なのに。
体の関係なんて考えられないと思っている筈なのに。
それなのに女と消えた真直に怒りを覚えているなんて。
美しい女とホテルに消えようが何をしようが、自分にそれを止める権利などないし、文句を言える筋でもないのに、胸焼けみたいに内蔵の底から不快な感情が込み上げる。
いつだって、俺にこんな思いをさすのはお前だ。
そうだよ。
バカバカしいけど嫉妬してるんだ。
冷静に部屋でいられない程に。
「……!?」
急に背中に圧力を感じる。ドアが向こう側から押されているのだ。
ドアの向こうの人物は、開かないドアに確信を得たように声を上げた。
「地央さん?そこに居るの!?」
地央は、反射的に脚で壁横の棚を支えにして自分の体をつっかえ棒にする。
「地央さん!!」
切羽詰ったような自分を呼ぶ真直に声に、イライラが募る。
なんでここわかったんだよっ。
背中にあたるドアにガンガンと拳が打ち付けられる。
居留守を決め込むことも難しく、そして居留守を決め込もうとした自分にも苛立って声を発した。
「何だよ」
やたらこわばっているように聞こえて、それにまた苛立つ。
「地央さん、あの週刊誌は――」
「いいんじゃないか?」
最後まで言い終える前に言葉を被せた。
「俺なんか追っかけるより、よっぽど真っ当だろ。しかも相手が女優とか、節操なしにもハクがついたじゃないか」
感情を押し込めるように声を絞り出せば、鼻頭が熱くなる。
「あれ、確かにキスはしたけど、あれは向こうからいきなりで!!」
そうかよ。
腰に手回してよく言うよ。
お前は俺だけとかいいながら、その同じ腕で女を抱いてんだよ。
「いいよ、もう別に。俺に言い訳なんていらねーよ。おまえが誰とどこで何しようが、そんなん自由だろ」
声が震えそうになるのをこらえ、なんとか呼吸と合わせて声にする。
「地央さん、頼むからここ開けて」
頑なな心がドアを開けることを拒む。
この件に固執しているようで嫌なのに、どうしても開けることができなかった。
「間違う前に、目覚ました方がいいんだ。いい機会だろ」
そうだ。
そもそも俺とのことが間違いなんだから。
今ならいくらだって修正がきく。
「……目覚ますって、何?俺が寝こけてたとでも?……人の気持ちを、なんだと思ってんの…?」
それはこっちのセリフだろう!?何でお前が怒ってるみたいに言うんだよ!!
そう言いたい気持ちをグッと呑み込む。
お前の気持ちなんて、そんなもん知るか。
こっちは自分の気持ちすらわかんねーのに。
「3年黒川くん。至急一階の寮監室まできてください。繰り返します。3年……」
この時間にはあまりない寮内放送が響いた。
「行けよ。今回のことじゃねえのか?」
「どーでもいい。俺はあんたに話を聞いてもらいたいんだ」
「なんだよ。綺麗な女優さんはベッドの中でも綺麗だったってか?DVD借りて、思い出に浸ってたってか?」
自分で口にして、そしてまるで胸を抉られたような痛みに、涙が滲む。
うわ。
ダサ。
俺、何泣いてんの?
「あれは勝手に書かれてるだけで、俺、芽依里とはマジでヤってないからっ!あの日、あの後寮に帰ったし、友達だってそれ知って……」
「うるせーよ。だからどうでもいいっつってんだろ。さっさと行けよ。寮内放送しつこくされたらウザい。テスト前なんだ」
突き放すような地央の声。それはそうしなければ震えてしまうから。
少ししてドアの向こうに真直の気配がなくなれば、それが寂しく思えて、苛立って。
あっさり引き下がってんじゃねえよ。
強引にドアあけて、抱き締めるくらいのことしろよ。
やっぱその程度かって思ってしまうじゃないか。
ああっ、ちくしょー。
ふざけんな。
俺が好きだってんなら、貫けよ。
女によそ見なんかすんじゃねえ。




