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46話

「はあああああ!??てめっ!!ふざけんなよ!!なんつーこと言ってくれてんだ!??」

「俺はお前が問題出すの待ってるって言っただけだけだろ」

 いいながらフローリングに横たわって爆笑し始めるカイを尻目に、地央へリダイアル。

「もしもし地央さん!?」

「なんだよ」

 ワンコールで出てきた地央の声は究極に不機嫌で体がすくむ。

「今のはあれっすよ!!カイの陰謀っす!!」

「どうだか。女顔好きで、節操なしだもんな」

 カイにキスさせろと迫った話を啓太郎から聞いたと言っていたときのセリフ。

 はっ。

 よもやカイは刺客か!!!!?

「まさか岸さんの陰謀!?」

 真直の言葉に、先にテキストが飛んできた。

「……っぶねっ!カイ、てめ!!」

「ケータがそんなしょうもないことするか!!殺すぞ、てめえ」

 カイの声が聞こえたのだろう。通話口の向こうの地央からも同調の声。

「えー、なんで俺悪もん……?」

「もう、わかったから、マジで切るぞ。俺物理苦手なんだよ。もう勉強戻るから電話かけてくんな。お前らも遊んでないでちゃんと勉強しろよ。ああ、でも、そうだ、今日10時からテレビ見せてくれよな。先週の続き見とかないと」

 すっかり普段通りの声に戻った地央に胸をなで下ろす。

「いいっすよ」

「ん。じゃあな」

「地央さん」

「ん?」

「ちょっとは妬いてくれた?」

 甘く囁くような真直の言葉に、少しの沈黙のあと、

「アホ」

 と、それでも照れたような声を残して通話は切れた。

 ひゃーっ!!妬いてくれたんだっ!!

 スマホを手に小さくガッツポーズをして振り返った瞬間。なんとも言えない表情のカイと目があった。

 ―――あ。

 今の会話って、男同士で普通にありえる内容、だっけ?

 限りなく黒に近いグレー……か?

 カイは形だけの笑顔を貼り付けたまま、逸らせた視線を泳がせた。

 ははは。

 漂う不自然な空気が痛い。

 グレーの要素、ないかも。真っ黒?。

「あー、えーと……。いやあ、あはは」

 なんと言い訳していいのかわからず、投げられたテキストを拾い上げると、そっとテーブルの上に置いてからカイに目を向けた。

 と。

「えーと。その距離は?」

 ローテーブルにいたはずのカイが、部屋の入口付近に移動して膝の上にテキストを開いて座っている。

「あぁ?……いや、気にすんな。念の為、な」

 さっきの話に出てきた変態と対峙しているかのような扱いに、真直の眉が上がった。

「はあ?ふざけんなよっ!!俺が触りてーヤローなんて地央さんだけだっつーの!!」

「………」

「あ」

 ついつい勢い余って確実に誤魔化しようのないことを口走ってしまった。

 カイはしばらくその琥珀色の目で真直を凝視したが、いたたまれないように視線をはずした。

「あれ、か?さっきから言ってる相手って平林さん、か」

 俺、何言ってたっけ?

 う。

 エロちゅーしたけどエッチさせてくれないとか、そんな話……。

「いや、ちがっ……!!」

 だってまずいだろ。これは俺だけの問題ではなく、地央さんにも関わってくる話だ。

 そんなもん学校で広まったあかつきには――。

「カイ!頼むから黙っててくれ!あの人のことは俺が勝手に好きになっただけだから迷惑かけたくないっ」

 カイは苦いものを噛んでしまったような顔をすると、ため息をついてローテーブルへと戻ってきた。

「言わねーよ。あの人ケータの大事な幼馴染だからな」

 こんな時に啓太郎に助けられようとは。つい奥歯を噛み締めた。

 それにしても言い回しに若干刺を感じるのは気のせいだろうか。

 感じた違和感は自分の気持ちと同じような気がして、思ったことを口にしてみた。

「つかあの二人仲良すぎなんだよ。二人の世界には割り込めないっていうか。しょうがないとは思うけど、正直かなり妬ける」

 カイは思い返すように視線を漂わすと、苦い表情のまま、ハハンと鼻で嘲った。

「まあ、お前とよりよっぽどカップル感満載だわな。こないだだって無理して帰ってきたみたいだもんな、あの人に会いに」

 それはきっと、地央が酔ったあの日のことだろう。

「俺なんてあの人帰ってきてたの知ったの、あっちに戻った後だからな」

 若干拗ねたような顔になっているのは気のせいではあるまい。

 カミングアウトしてしまった上で同調してくれる相手を見つけ、真直はこれまでのわだかまりを口にした。

「岸さんからかかってくる電話とるときなんて、遠距離恋愛の相手からみたいに、マジで嬉しそうだから!!ムカついて毎日でもこっちからかけりゃいいじゃないかって言ったら『勉強の邪魔するから』っていいながら勉強してる人の横でお笑い見て笑ってんだからな」

「いやいや。ケータなんて『人生地央に賭けてます』だぞ。見ててイテーもん。つか、何?おまえらのこと、ケータ知ってんの?」

「……おまえらって言われるとなんか嬉しいな」

 ふにゃんと緩んだ顔を教科書で叩かれた。

「痛っ。……いや、多分知らないと思うけど、おまえ言うなよ!??」

「どうやって言うんだよ。あんたの大事な幼馴染が、尻軽の男と乳繰り合ってるぞってか?」

「ちっ……乳繰り合っては……って、おい、だから尻軽じゃねえっつの。マジであの人一筋なんだ、俺。……気持ち悪いだろ、男相手に」

 笑う真直に、カイは浅いため息をついて両手を後ろ手に天井を見上げた。

「あー、なんか俺、痴漢のせいで性別の感覚おかしくなってっから、同性間の恋愛もそんなに抵抗はねえみてえだわ。女とっかえひっかえより、相手が男でも一途な奴のほうがいいと思うし」

 性別のボーダーが狂うほど痴漢にあっていたのかと思えば気の毒ではあるが、同性への恋愛感情を気持ち悪いと切り捨てないカイの言葉に胸が熱くなった。

「カイー、心の友よー!!」

 感謝の気持ちが溢れ、ローテーブルからカイへ両腕を伸ばした時、カイの早さが目にも止まらぬスピードで後ろへと下がった。

「えーと、桐山さん?」

「気にすんな。念の為だから」

「だから俺は地央さん一筋だっつってんだろ!??」

「そんなもんわかるかっ!!てめえの今までの女グセの悪さ考えてみろ!!性的マイノリティには何も思わねえけど、どこにでも突っ込める奴は信用できねえんだよっ!!」

 キッと牙を剥いて真直を睨みつける潔癖の獣。

「どこにでもは突っ込まねえよ。……今はマジで地央さんだけだぞ。まだ片想いだけどな。あの人が復学してから、マジで誰ともヤってないし、ヤる気もない。……それくらい気持ちがなきゃ男になんて走れるかよ」

 牙がおさめられるのが見えるかのように、少しだけ空気が緩んだ。

「大層なこと言ってるけど、普通の高3は基本そんなにヤってないからな。おまえは起筆からがおかしんだっての」

 かすかな優しさを含んだようなカイの声に被せるように、部屋のドアがノックされた。

「兄ちゃん、お菓子持ってきた。開けていい?」

 弟のソウだ。

 昨日リフティングを見せてくれた弟に挨拶をしようと口をあける真直に、カイは慌てて身を起こすと、ドアに向かって、

「ダメだぞ!!デカイ兄ちゃんが帰るまで顔見せるなっ」

 そこそこ必死な声をあげた。

「……桐山さん」

「あ?ああ。念の為、な」

 獣はやはり用心深いのだった。

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