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39話

「つうかおまえ、テスト前に何やってんの?」

「リンボーダンスの特訓してるように見えたか?」

「リンボーすんのは勝手だけど人の弟巻き込んでんじゃねえよ」

「いや、しねーよっ!」

 カイはカラカラ笑って首を公園とは逆の方向へグイと向けた。

「家、寄ってくか?茶くらい出すぞ」

 言葉少なに並んで歩き出せば、また、ギリギリする心の要因である啓太郎のことが思いだされた。

「岸さんてどんな人?」

 つい聞いてしまったそれに、カイの唇の端が嬉し気に少し上がる。

 あまり見ることのない柔らかい表情に、それだけでもう、どれくらいカイが心酔しているのかがわかった気がした。

「すげー懐の深い人。んで貧弱なくせに、どっか強いんだ」

 野獣の癖に、蕩けるような甘ったるい顔をして啓太郎のことを語るカイ。

 なんとなく「ちびくろサンボ」の虎を思い出した。あれは溶けたバターだったけれど、こんな綺麗な奴が溶けたもんなら絶対美味いだろう。

 少し地央と被って、少しは治まりかけていたイライラが再び蘇ってきた。

「ダメよ、カイ子!岸さんには平林さんがいるから、あんた泣くことになるわよっ!!」

 ふざけていたというより、完全に投げやりだった言葉。

 絶対鼻で嘲笑われるか、胸ぐらでも掴まれるかと思ったのにそのどちらでもなくて、苦虫を噛んだような表情をみせた。

 それは真直の言葉への苦々しさでなく、きっと脳裏に浮かんでるのは幼馴染同士の仲睦まじさ。

 お前、結構ガチだな。

 カイは顔をそらすと取り繕ったような声をあげた。

「怪物ランドのおぼっちゃまの婚約者みたいに呼ぶなっ」

「いや。誰だよ」

 なんだか……。

 ああ……。

 とりあえず岸さんはやめとけよ、報われねーぞ。

 

 

 


 

 

 


 実力テストの範囲を再確認しようとクリアホルダーの中からプリントを取り出すと、それと一緒に折りたたまれた紙が机上に落ちた。

「あ……」

 見ればそれは先ほどのプリントと全く同じ範囲表だ。間違えて真直のものを持ってきたのだろう。

 地央は椅子の背もたれに体を預けると頭の後ろで手を組み、天井を見つめた。

 ――啓太郎へはっきりと示された嫉妬。

 同性の親友に向けられる感情に、男女間の恋愛とは必然的に異なるのだと実感した。

 例えば友との時も、御崎とのポッキーゲームの時も、そしてそれ以外の時も、あからさまにヤキモチを焼かれたから、同性だって嫉妬の対象になるってことはわかっていたつもりだ。

 だから、啓太郎相手にもそれなりの嫉妬を覚えているだろうということだって、気づいていなかったわけではもちろんない。

 でも、啓太郎とのことは理解してくれていると思っていたのだ。

 地央は基本的に「男が好き」という性癖を持っているわけではない。

 それは真直だって知っている筈だし、ならばその特例である真直がいかに特別であるかくらいは言わなくても解ってくれてもいいわけで、そうなれば啓太郎と真直を比べることがいかに意味がないことなのかだということもわかるわけで……。

 だってキスだぞ?

 そんなん啓太郎とはしないじゃないか。

 汲めよ、そこを。

 要するにおまえは、俺のことを好きだなんだという割に全然わかってないんだ。

 妙に意固地な気分になり、真直が「放課後は走りに行く」と言うのを適当にあしらった。

 でもその時、傷ついていないフリをした真直の姿を目にして、随分後悔しているのだ。

 だから何度か謝罪メールを送ろうとは思った。それこそ何度か書きかけて――そしてやめた。

 だって何に謝る?仮想の話で真直を助けなかったこと?俺がそっけない態度をしたこと?

 それは何か違うだろ。

「よしッ」

 声を上げると同時に両手で太ももを叩いて立ち上がると、プリントを手に部屋を出た。






 


「黒川」

 ドアをノックして少し待つが応えはない。

 先ほど自動販売機でコーラを買った際に下駄箱を確認しているので、建物の中にいることは間違いなかった。シャワーか、どこか別室にでも行っているのだろう。

 ドアから範囲表を差し込んで帰ろうと思ったが、そうするとせっかく買ったコーラが行き場をなくしてしまう。

 ちなみに地央の中では、このコーラは範囲表を取り込んでしまったことへの詫びであり、啓太郎とは無関係と区分けされている。

 結構な確率で鍵を掛け忘れる真直。

 普段からも勝手に入ってくれていいと言われていることもあって、一応ドアノブを回してみた結果、案の定鍵は開いていた。

「入るぞ」

 一声かけてドアをあけ、とたんに目に入った光景に笑ってしまった。

「わんぱくか」

 思わず声に出してツッコミを入れてしまう。

 よほど疲れているのか、真直はベッドの上で大の字になって爆睡していた。広くはない寮のベッドでは長い手足が邪魔になり、片方の手と足がベッドから落ちている。

 何より笑いを誘ったのは、暑かったのだろうか、Tシャツの前を胸どころか首まで捲くっていたことだ。診察室で医者に聴診器を当てられる時ですらこんなにも捲らないだろう。

 地央はクスクス笑いながら窓際の机の上に範囲表とコーラを置いた。

 Tシャツをおろしてやろうと手を伸ばし、その手が止まる。

 うーわ。筋肉。

 同じ競技をしていた自分と、どうしてこうも違うのか。

 服を着ている時には細く見えるのに、今目の前にある浅黒い皮膚の下の筋肉は、完全にアスリートのものだ。

 無駄な脂肪のない、筋肉の形がハッキリとわかる胸部から腹部にかけてのライン。思わず見惚れてしまう。自分の細い、筋肉のつきにくい体に劣等感をおぼえるほどだ。

 ……まあ、羨ましいとは思うけど、やっぱ欲情はしないなあ……。

 でも―――。

 この胸に、何人の女を抱き締めてきたんだろう。

 内臓のどこかが、少しだけチリチリと焦げた。

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