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38話

 苛立ちと、嫉妬とがごちゃまぜにいたたまれなくなった真直は、テストHR後、テスト前だというのにランニングをしてから帰ると地央に告げて走りに出た。

 それに対する地央の返事は「わかった」のみ。

 寂しそうな素振りもなければ、真直の態度の怒ったのかテスト前だからと言って止めることもしてくれなかった。

 勝手に拗ねて空気を悪くし、勝手に走りに行くと宣言したのだけれど、やはり恨みがましい気持ちにもなる。

 ちょっとくらい俺の気持ちも汲んでくれってんだっ!

「バカ地央ー」

 アンド御崎。

 お前の罪は万死に値するぞっ!!

 今度はシャドーミストの最新号、目の前で音読してやるからなっ!!

 一応それなりに進学校なので、明日がテストという時に校内に残って運動をしようものなら教師に指導を受ける。その為、高台にある学校を下って住宅街へとおりた。

 今回の実力考査は大学推薦を受ける上で、かなり重要なウエイトを占めてくる。だから地央も自分の真直の勉強を見てくれていたわけで……。

 しかし、このまま机に向かっても、とてもテスト勉強どころではないことは明白だった。

 何よりも、グルグルグルグル、消えない嫉妬心が渦巻いていたから。

 何やってんだろーな、俺は。

 相手は幼馴染で親友で、比べるようなものじゃないくらいはわかっている。でも、啓太郎のことを得意げに、嬉しげに口にする地央にイラついて、どうしても聞かずにいられなかった。

 だって、俺の話を誰かにするとき、あんたは絶対そんな顔しないだろうから。

 そうして見事に討ち死にして、やっぱり聞くんじゃなかったと後悔する。

 どちらを助けるかを尋ねたとき、地央の目が泳いだ。

 多分、真っ先に浮かんだのは啓太郎だ……。

 二人は長い付き合いで、ずっと一緒にいて、二人しか知らない世界を持っている。そこに真直は割り込めないし、それはもう仕方のないことだ。

 わかっている。でも……。

 俺が目の前にいるときだけでも、俺を助ける、くらいのリップサービスくれよ。

 なんか切なすぎるじゃないか……。

 

 

 



 

 

 モヤモヤした気持ちのまま住宅街の中にある小さな公園に近づいたとき、木々と遊具の隙間からサッカーボールが飛び出してきた。

 真直は近くまで転がってきたサッカーボールを拾い上げて、ふと、ボールに書いてある名前に目を止める。

 桐山ヨウ。

 ……ん?

 どうにも聞き及びのあるイメージ。

 そういえば、野獣の巣はこの住宅街にあるという噂が……。

 しかし真直の予想と違って、木の陰からあらわれたのは黒髪黒目の9、10歳の少年だった。

 サッカーの練習着を着た純和風の少年。愛らしい顔立ちではあるが、カイの西洋的な要素は全くない。

「これ、君の?」

「はい。ありがとうございます」

 投げたボールを受け取り、丁寧に頭を下げる謙虚な態度に野獣の影は微塵もなかった。

 でもやはり、そこはかとなく漂う雰囲気が……。

「なあ、君、兄ちゃんいる?」

 立ち去りかけた少年が、険しい表情でこちらを振り返った。

「君の兄ちゃん、桐山カイだよな?」

 ……あ、間違いない。この人を威嚇するような目つきの悪さ……。

「ああ、俺、兄ちゃんの友達。ほら、な?一年とき同じクラスだったんだ」

 急なランニングの為に体操服だったことが功を奏したようで、体操服の校章を目にして少年の目が少し緩んだ。まあ、友達といえるかどうか微妙ではあったが。

「君……、ヨウでいいか?ヨウもサッカーやってんの?」

 ヨウは距離を確保したまま伺うような目で真直を見て、小さくハイと頷いた。

 チンピラのような兄と違って礼儀正しい弟。それでも距離の取り方が野生の小動物のようで、兄と被るのがなんとなく面白い。

「あれ、できる?ほら、足とか頭とかでするやつ。ヘディング……じゃないや……」

 ど忘れして言葉を探す真直に、

「リフティング?」

 と、ヨウがのせてきた。

 どうやら少しだけ警戒心が薄れたらしい。兄よりは人に慣れているのかもしれない。

「そう。それ!」

 ヨウは手にしたボールを一旦地面に置くと、足先で蹴り上げ、地面に落とすことなく器用に膝や足先に当てていく。

「おお、すげえ」

 ヨウは最後に上に大きく蹴り上げると、まだまだ小さな手でそれをキャッチした。

「俺より兄ちゃんのが全然うまいよ!」

 その言葉と口調で、ヨウが兄を崇拝していることが伝わる。そしてそれはとても微笑ましくはあったが、あの柄の悪さをリスペクトしないかと少し不安になった。

 その時。

「……ヨウ?」

「あっ!兄ちゃん!!おかえり!!」

 振り返れば木の間から、しなやかな金茶色の獣が睨みをきかせて姿を現すところだった。

「なんでてめえがここに居んだよ。ヨウ、向こう行ってろ」

 ヨウは不安そうに二人を見比べつつも、兄に言われたとおり公園の中央に戻ってリフティングの練習を始めた。

「ランニングしてたらたまたま。なんかあれだな。お前とは何か縁があるな。もう結婚しちゃう?」

 やけくそで口にする。

 どうせ地央はヤキモチのひとつも焼いてくれないのだ。

 捨て鉢とも思える真直の声に、カイは何も言わず少し目を細めて真直を見た。

 カイは絶対怒ると思ったのでなんとなく肩透かしをくらったような気持ちになり、そして昼間の出来事を思い出した。

 それは真直が今ここにいる元凶。

 だが、その元々の原因は真直にあるのだから救いようがない。

「悪かったな、今日。俺のせいでキャプテンに叱られたろ」

「そんなこと言いにわざわざ……」

 彫り深いカイが目を細めると、長いまつ毛のせいで余計影が深くなる。改めてそんなことを気付かせる表情。夕焼け前の柔らかい光は金茶の髪を余計に美しく引き立たせた。

 静かに佇むカイを見ていると、なんだか外国映画の中に迷い込んだような気分になる。

 見惚れそうになり、慌てて言葉を発した。

「いやいや、それはない。俺、お前の家知らないし。マジでたまたま」

「じゃ、なんで弟のこと知ってんだよ」

 その言葉にヨウに目を向ける。こちらを見ていたらしく、慌てて目をそらすとまたリフティングを始めた。どうやら兄が心配なのだろう。まあ日頃のカイを見ていれば納得のいく話ではある。

「ボールに名前書いてたから。苗字とあわせてカタカナ二文字だったし、若干おまえに似てたから話かけたらそうだった。ほんとたまたま。な、運命感じるだろ?」

「ヨウ見て、違うと思ったろ」

 真直の最後の言葉は完全無視されたようだ。

 何を違うと思うかは、聞くまでもなく明白だった。

 抑揚のない声が意外で思わず目を向けた真直の視線の先には、無表情にヨウを見つめる彫刻のような美しい横顔。

 カイの、容姿に似合わぬ言動の一端を垣間見た気がした。

「ああ、まあ。誰でも思うわな。俺の母親紹介したときみたいなもんか。ああ、俺の母親26歳。結構美人だったりして、俺と間違いがあったらどうすんの!?みたいな。笑える?」

 カイは無表情のまま、目だけを真直に向けた。

 それは紅茶のキャンディのような色をした瞳の流し目で、真直の心臓がドキリと跳ねる。

「笑えねー」

「ですよねー。だから寮に住んでんの。そうそう、妹とは15も年離れててさ、こないだ二人で買い物言ったら『お若いパパね』だと」

「それは笑える」

「だろ?で、妹の名前、親が俺に気つかったんだろーな、真理っての。俺が真直だから」

 そこまで言ってから気づく。

「……ん?なあ、お前ら兄弟ってさ、あれだな、二人揃うとヨ……」

「カイヨウ!海の海洋だ、ボケ。順番間違うな」

 言い終わる前に釘を刺された。

 多分これまでも言われてきたことがあるのだろう。

 と、カイの視線が真直の後方へと動いた。視線の先をおって見れば中年の夫婦と思しき二人が乗ったミニバンが近づいてきている。

「ヨウー!もう時間だってよっ!」

 車の影をみとめてカイが声を上げる。と同時に助手席の窓がおりた。

「今日早いのね。こちらお友達?カイがいつもお世話になってます」

 そう言って軽く頭を下げた目の力の強い和風美人は、雰囲気で二人の母親だろうということがわかる。そして運転席で笑顔で会釈する黒目黒髪の中年男性は、ヨウにとても似ていた。

 ヨウをサッカークラブに送っていくというミニバンを見送りながら、カイがポツリとつぶやく。

「俺の父ちゃんと母ちゃん。笑えるだろ?」

 純和風の両親と弟。確かに、カイの存在は驚く程に異質だった。

 粗暴な獣は、孤高の存在なのかもしれない。

「……別に」

 某女優で有名になったセリフは、やはりとても便利だ。

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