34話
皿の中の目玉焼きをイジケてつついていたところに、ポケットの中でスマホが震えた。
義理の母親からだった。
「もしもし、真直くん?ごめんね。朝早くから」
「いや、全然」
「買い手が決まりそうなの」
「……そっか」
「うん。……ほんとにごめんね」
父が死に、家を売る話になってから、年若い義母はずっと謝っている。
どうせ真直は帰らないし、どう考えても母一人子一人にあの一軒家は必要ないだろう。
「だから謝んなって。あんな家売って正解なんだから。俺だって学費出してもらうわけだし。それに、あんたが再婚して新しい旦那とあの家住まれても、親父も浮かばれないしさ。……とりあえず、まあ、休み、一回帰るわ。荷物整理しに」
「うん。真理もお兄ちゃんに会えるの楽しみにしてる。じゃあね」
通話を終えた真直を関谷が真剣な眼差しで見ていた。
「俺、なんかごめんな。調子のって」
「ん?ああ」
どうやら真直の沈んでいる原因を、電話の内容と結びつけたらしい。
まあ、確かにヘビーな内容ではあるな。
俺、ある意味天涯孤独だもんな。
うん。まさか誰もハレンチな夢によるハレンチな現象のせいとは思うまい。
しかも相手はクラスメイトの男子生徒ときたもんだ。
「……はあああ」
「わあ、黒川っ、マジでごめんなっ」
「関谷……おまえ良い奴だな。俺なんかウンコ踏めばいいんだ。いや、もう、踏まれたウンコだよ、俺は、ウンコなんだ」
しみじみと呟き肩を落とす真直。そこへ、
「飯の時間に何て話をしてるん、だっ」
だ、の音に合わせて頭部に与えられる軽い衝撃。
「イテッ」
このリズミカルな殴打。耳障りのいい声にキュンとしてみたりして……。
しかし今朝方の事態はあまりに後ろめたく、振り返ることができない。
「あ、おはようっす。平林さん」
「おはよっす」
「お、は、よ」
よ、の所で地央が真直の顔を覗き込んでくる。
思わず真直の顔がこわばり、それを隠すのに慌てて目玉焼きを口に放り込んだ。
「どうかしたか?」
真直の視界の端が、緩めたネクタイの襟元から覗く地央の白い鎖骨をとらえる。勢い目玉焼きを嚥下することとなり喉につまらせそうになった。
「俺が空気よめなくて」
「んぐっ……ああ、いや、違うっす。いや、家が、売れるかもって、今連絡あって」
もうここは関谷の話に乗っておこう。
真直の家庭環境を知っている地央にはそれだけで伝わった。
「そっか。うん」
地央は真直の頭を今度は優しくポンポンと叩くと、食器の返却口にトレーごと戻して食堂を出た。
「平林さんってカッコいいよなあ」
地央が出て行くのを見送りながら、関谷が賞賛の声をあげる。
「いや、なんてえの、綺麗?男子寮でいたらマジ掃き溜めに鶴的な」
ご存知ですとも。
「いやあ、女装したら学校でも並みの女子より綺麗そう」
「怒られるぞ。っつか、女装して綺麗っつうんなら地央さんより桐山カイだろ」
ドキドキを悟られないように、カイ本人を前にそんなことを言おうものなら地央以上に悶着を起こすであろうセリフを口にした。
「桐山はなー。なんか違うわ。あいつは人として成立してない。平林さん頭いいし、顔いいし、背高くないけど顔小さいからシャーっとしてるし。彼女心配だろーな」
「か、彼女って……」
いや、まあ、日々心配してるよ、うん。
幼馴染とか幼馴染とか幼馴染とか。
ほかにもまあ心配はあるけど、やっぱあれだな、あの幼馴染。
つか、どっちかってえと彼女は地央さんのほ……う?
「そういやお前もメダリストか。くそ、このスポーツ系イケメンめっ!!あーあ、神様は不公平だわ。あ、そういや俺のクラスの女子が、お前と地央さんが並んでるのみて、ギャーギャー言ってるわ。前の仮面ライダー二人に似てるんだってよ。んで、腐った会話で盛り上がってた」
確かに二人が学園物の仮面ライダーに似てるとは何度か言われたことがある。しかし自分的に似ていると思ったのは、二人の肌の色と身長差くらいのものだ。
「腐った会話……?は?俺らなんか文句言われるようなことしたか?」
真直の言葉に、関谷は口に運びかけた白飯を一旦止めて真直を見る。
「いや、うん。お前は知らなくていい世界ってのがあるんだ。悪かった。……けど、彼女も自分の男がそんなん言われるのってどんな気分なんだろ」
関谷は後半独り言のように呟くと、箸に載せたままの白飯で真直を指した。
「黒川、平林さんの彼女知ってる?やっぱ可愛い?」
「いやあ、なんていうか……」
関谷なりに勝手に解釈したらしく、白飯を口に放り込んで咀嚼しながら、うんうんと頷いた。
「まあ、本人があんなんだもんなあ。よく電話してるの見かけるけど、遠恋?なんかさあ、たまに平林さんが方言につられてるのが可愛いの」
うん、そう、俺とよく電話を……って……。
「はああ!?電話!?方言!!?」
「お、おお」
真直の勢いにたじろぐ関谷を尻目に、食べかけの朝食を乱暴に片付けて食堂を飛び出した。




