32話
体育のバスケ授業。
目の関係上、地央は別の場所で課題をさせられている。
せっかく俺のダンクシュートもどき見てもらおうと思ったのになあ……。
別グループがミニゲームをしている間、座って雑談をしていた真直の足元にバレーボールが転がってきた。
ネットで仕切られた隣コートは女子が使用中で、ボールを取りにきていた女子に投げ返す。
「ありがとー、黒川くーん」
「おう」
笑顔で片手をあげた真直に、同じクラスの樋口が肩をぶつけてきた。
「さっわやかあっ!もう、この女殺しっ!」
「何だよ」
「なーんか、おまえ雰囲気変わったよな」
「は?」
「いや、なんかさ、柔らかくなったわ、うん。一年の時なんか桐山とお前がいたクラス、世紀末救世主伝説だもんな。あ、おまえ、ラオウな」
「俺はラーメンか」
荒れていたとか柔らかくなったとか、自分では全くそのつもりはないが、幸せオーラというものが出ているのかもしれない。なんとなく嬉しくなって惚気けてみる。
「いや、付き合ってる人がもう、綺麗で、可愛くて……」
付き合っている。
ここぞとばかり、あえて声に出してみたり。
あー、なんか照れるわ。
付き合ってる、とか。
そんな事実はないわけだけど。
でも、なんか、それに近い感じにはなってない?
ああ、そいうや二人で改まってでかけたことないな。誘ってみよっかな。
映画とか?
暗いし?
手とかつないでみる?
えー、ムリムリ。
キンチョーするって。
わー、マジ照れるわ。
「えー、何その顔、マジか。涼しい顔で女とっかえひっかえしてたおまえからそんな言葉を聞く日がくるとは……」
腕を顔にあて、鳴き真似をする樋口の肩に手を置いた。
「人はね、本当の愛を知って変わるものなんだよ」
例え叩かれる日々でも、欲求不満で悶々とする日々でも、あんなドンバマリの人なんて、絶対いない。
数日前の酔った地央なんてとにかく可愛くて、官能的で、扇情的で。
濡れた唇から漏れる吐息が……。
いかん。
これ以上はダメだ。
立ち上がることが難しい状態になるぞ!!
「おい、黒川、おまえ、ほれ、鼻」
樋口が自分と真直の鼻を交互に指差す。手でこすると、その手が真っ赤に染まった。
「お前の彼女、相当な手練だな……」
なんだかもう……。
いろいろと切ない真直であった。
体育の授業も残すところ後10分。
職員室の一角で体育教師に与えられた課題を終わらせた地央は、大きく伸びをした。
視界と視力の関係で、ひたすら文字を書くのはやはり疲れる。
バスケかあ。いいよな。俺もやりてー。
ああ……黒川のバスケやってるとこ、見たいかも。
あいつデカいから似合うよな、絶対。
一旦眼鏡を外し、目のマッサージをしてから、なんとなく体育館の方へと目をむけた。
「ん?」
体育館の通路に人の影。
地央は再び眼鏡をかけた。
黒川?
はっきりとは見えないが、多分そうだ。
「先生、課題終わったから体育見学してきます」
近場の教師に声をかけて職員室を出た。
近づいてみれば通路の人影はやはり真直であったようで、あぐらをかいて座り、白い物を鼻に当ててうつむいている。
白いものはどうやらトイレットペーパーで、足元に置いてある丸めたトイレットペーパーの一部は赤かった。
「鼻血?」
地央の声に、真直がギクリとした様子で振り返った。
「いや、これは、その、そういうんじゃなくて……」
ボールを顔面で受けたのかと思ったが、真直の様子でそうではなく「そういうん」だと察する。
「どういうんだよ」
「いや、なんか、はははは」
真直は背中を丸くして、ペーパーのロールから新しい紙を片手で取ろうとする。
地央はため息をこぼすと、ロールを手に巻き取ってちぎり、渡してやった。
「ども」
お、こっち見ない。原因はやっぱ俺か?
常日頃鼻血を出す方ではない。欲求不満というところなのだろうか。
彼女をコロコロ変え、やることもちゃんとやっていたであろう真直。
経験が豊富だというのは、たまに交わすキスでわかる。真直との深いキスには不慣れな地央もゾクリとさせられるからだ。
そんな真直がずっと我慢しているのだと思うと、なんとなく申し訳ないような気持ちにもなる。
とはいえキス以上に進むことはどうしてもできず、その最たる理由がどうしても告げられない今、地央はとまどうばかりだ。
自分だけを見て、ひたすら想いを寄せてくれる真直。
そうされるのが心地よかった。
でも今は、その一途な想いが地央を苦しめる。
なあ、黒川。
俺はおまえの求める関係をやれない。
それでも……お前と一緒に居たいと思ってしまうんだ。
なあ、俺どうしたらいい?




