25話
「つか、おまえそれこないだもおんなじとこでつまずいてたろっ」
「いや、どーかな。こんな問題とは今日初めて会ったから」
「ふざけんな。出会ってるよっ!初対面のフリをするな!名刺だってもらってるだろ!?おまえの頭の中の消しゴムはどこ製だ!?よくそんだけよく消せるな?フォームイレーザーWか!?オムニ消しゴムか!?」
マニアックな叱られ方。
テストを前に、地央の指導が熱さを増してきた。
ありがたいことなのだ。
自分のテスト勉強だってしなければならないのに時間を割いてくれてることを、心から感謝しなくてはならない。でも……怖い。
「こなだのテスト、あれは何だ!?俺が解説してやったとこまんま出て、まんま落とすってどーゆう了見だ!ああん!?」
前回のテストまで引き合いに出され、あんたの頭の中の消しゴムは100均の5個入りのやつだ!!と言おうと口を開けて視線を向ければ、あまりの鋭い目にまた口を閉じた。
怒ってくれるのは愛情なんだ。
うん。
その怖い目の奥のどこかに、愛がきっと隠れているはず……。
その時、地央がポケットから携帯を取り出した。
「え、もうそっち出てんの?マジで?」
溶けるような甘い笑みがこぼれた。
いきなりの変貌。
とても可愛い、待ちに待った遠距離の恋人からの電話をとった時のようなはにかんだような笑みに目を奪われ、そして胸が締め付けられた。
誰からの電話かなんて、もう聞かなくてもわかる。
瞬時に地央をこんなふうにしてしまうのなんて、きっとたった一人しかいない。
誰よりも地央の傍に居て欲しくない岸啓太郎。
「あ。俺メチャ髪きった。……うん。大丈夫」
自分には向けない緩んだ表情。
本当に二人は恋人同士なんじゃないかと錯覚するほどの甘さに、嫉妬で電話を取り上げたくなる。
「うん、そう、わかった。じゃあ、俺も早めに出る。じゃな」
甘い余韻を残して通話を終えた地央に、せめてもの嫌味。
「ほんと嬉しそうっすね。初デートの乙女みたい」
「久しぶりだからなー。あ、佐藤にもメール入れとこ」
真直の嫌味は完全にスルー。
いつもなら乙女なんて言ったら目をむいて怒るくせに。
なにがクラス会だ。やりすぎなんだよっ!
少し前にも開催された地央の前のクラスでのクラス会が、啓太郎が帰ってくるということで再び開催されるらしい。
二人っきりで遊びに行くわけじゃないのがせめてもの救いだ。
真直は以前にクラスの女子が「可愛くて優しくてやばい」と評した岸啓太郎の人の良さそうな笑顔を思い出す。
くそっ。イライラする。
小さい頃の地央を知っているということだけでも許し難いというのに、どうにも啓太郎の地央を見る目がいただけない。
あの、慈しむような目。真直が地央に抱くのにも近い感情を持っているのが滲み出るような……。
だから啓太郎の在学中は、ただでさえ距離感の近い二人がいつも一緒に居るところを見て随分心が乱されたものだ。
でも結局、今もそう。
距離は完全に真直の方が近く、一緒にいる時間の長さなら誰にも負けない。
地央の唇を知っているのだって、啓太郎ではなく自分なのに。
なのに。
心の距離では随分差がつけられているのだ。
「じゃあ、俺もう行く用意するから、ちゃんとやっとけよ」
そんな真直の気持ちなどまるで頓着しない地央は言いながらいそいそと帰り支度を始める。
地央の中では啓太郎はかけがえのない幼馴染で、男で、だからきっと真直が嫉妬をする対象だと思っていないのかもしれない。
じゃあ、啓太郎は?
ふと、疑問に思う。
「あ、あの、岸さんて、俺たちのこと……は?」
「ん?」
「いや、だから……」
「何だよ」
「いや、だから……」
地央と自分の関係性を口にしようとして、口ごもる。
あれ?
何?
あれ?
「ん?」
「いや、あの」
俺たち付き合ってるって関係にはなれてないですか?
どうしても口に出せず、結局口にするのはどうでもいいようなこと。
「深夜徘徊でとっつかまらないようにね」
「俺もう本来高校生じゃないから問題ないんだな、これが。あ、遅くなるかもだから、トイレの内鍵開けといて。じゃな」
あっさりと取り残される真直。何やら飼い主に置いていかれた室内犬のようだ。
「あー!もうっ!」
仰向けにベッドに倒れこむと、盛大にため息を吐きだした。。
とりあえず、キスには応えてくれていたのだ。
この頃は恐怖で真直から求めないから行為自体はないが、時に呆れつつ、時に情熱的に。
体は許してくれなくても、本来なら「気持ち悪い」と切り捨てて当然の同性からの愛情を拒否することなく傍に置いてくれるだけで幸せなことなのだ。
そう、心の底から理解はしているつもりなのだが……。
テスト前で部活が休みとなり、一人で部屋にこもると、どうにも思考がマイナスに傾くようだ。
「よし!!」
こんな時は体を動かすに限る。
真直は気持ちを切り替えるように声を出すと、タオルを首にかけて部屋を出た。




