22話
「中学ん時の連れがやってるロックバンドがあるんすけど、それのライブ行きません?」
教科書をリュックへ入れる知央が眼球だけを真直に向けた。
「ライブなんて俺行ったことないわ」
「一応ちっこいライブハウス一杯にするくらいには人気あるみたいで」
これまで何度かライブへの誘いをもらっていたがなかなか部活の試合や合宿などと重なって行けなかった。
「へー、凄いな。うん。いってみたい」
素直に言われてニッコリと笑われてしまえば、放課後の教室だということを忘れて抱き締めたくなった。
髪を切ってからはどうしても年上に見えず、庇護欲が刺激される。
「いつ?」
「今週の土曜の三時から」
今まで二人で改まって出かけたことがなく、初デートの予感に胸を高鳴らせたそのとき。
「あー、わり。その日俺昼から目の検査だわ」
「ああ……そか」
急速に萎んだ真直のテンションを見た地央は机の上のリュックに頭をのせ顔を覗き込むようにして見上げると、真直のネクタイを少し引っ張るように指を絡めた。
「次また誘って」
ど……どこで覚えたんだ。
こ、こんな子に育てた覚えはありません!!
と言いたくなる程の色っぽい動き。
「誘ってるのそっちじゃないすか……」
口の中で呟く真直に聞き返すような視線を向けてくる。それがまた……そそる。
これほんとに誘ってんじゃないのか?
なら、なんでこんなに無駄に色気があるんだ!?
そんな風に見えるのが恋愛感情を抱いている故なのか、それとも他の男にもそう見えるのか、かなり気になるところではある。
だが、そんなことは他の男子に聞けるはずもなく、なんだか腹がたって地央の顔を手で覆い隠した。
「絶対女連れてくると思ったのに」
ライブの打ち上げに貸切の居酒屋。
やや出来上がりかけている中学時代の悪友咲和田にグラスを向けられ、真直は苦笑した。
「もう俺はそういうの卒業したんだよ」
熱狂のライブが終わり、咲和田と共にバンドの打ち上げに混ぜてもらうことになった。
「飲んでるか?」
左右で長さの違う極端な2ブロックのド金髪と、耳と鼻と口にはシルバーのピアス。一見も二見も近寄り難い容貌となったバンドメンバーの元同級生、暖人が中腰で真直の隣にやってきた。
暖人と咲和田は同じ工業高校に通っていて、中学の時は3人でよく夜遊びをしていたものだ。
「ウーロン茶?」
グラスを指されて頷く真直に、咲和田が暖人の袖をグイっと引っ張る。
「こいつなんかすっかり変わっちまったぞー。女は連れてないわ、酒は飲まないわさあー。やっぱメダリストは違うよなー」
咲和田はすぐにこういうことを言うけれど、その言葉に嫌味も刺もないのがわかるから苦笑するしかない。
「サッキーは飲みすぎ。吐くなよな。マナやん寮だもんな。なんか悪かったか。誘って」
首を横に振りながら見た目の厳つさとは反比例して気のいい暖人の肩に軽く拳をぶつける。
「やっぱおまえら凄いな。俺、すげー興奮したわ。前より全然客増えてるのな」
最近のライブに来れていなかったから、前のライブとは段違いに増えている客数とライブハウスのキャパシティに圧倒された。
対バン形式ではあったが、暖人のグループの方が確実に人気があっただろう。
「凄くはないだろ。飯食えて初めて凄いっての」
そうはいいつつも、元々の糸目を一層細めて浮かべる笑顔を見れば、真直の言葉に喜んでいるのはわかる。
その時だった。
グラスの割る音がしたかと思うと、場が騒然となる。
「……ンだよっ!!外出ろコラ!!」
「上等だ、こら」
荒げられた声の方へ目を向ければ、離れた席で暖人のバンドのドラムと対バン相手のギターとが掴みあっているのが目に入った。
暖人の舌打ちが聞こえる。
「お前らはゆっくり飲んでてな」
笑顔を向けて手を上げると、二人の仲裁に入り、二人の罵声に挟まれながら外へと出て行った。
その後を追って数人が仲裁に出て行けば、いつものこととばかり、すぐにその場は元々の喧騒へと戻る。
「大丈夫かな?」
気になって腰を上げかけた真直の足を咲和田が掴む。
「おい、マナやん、話終わってないぞ。卒業って何?どゆこと?本命現るの巻?ねえ、ちょっと真直ちゃん」
すっかり酔っぱらいのテンション。
「おまえウザイって」
「ウザくあるか。俺はお前がいつ病気になるか父親になるかずっと心配してたんだぞ?なに?彼女床上手!?」
烏龍茶を吹き出しそうになった。
彼女でもなければ床上手でも……いや、それはわからんけど、案外かも、だけど。
「まだヤってないから知らね」
「はああ?お、おまえが!?嘘だろ!?平成の種馬のくせに何やってんの!?」
「なんちゅー言い方だ。だから何もヤってないんだって」
「え……。やだ。俺まだ生きたい。チカちゃんと卒業旅行はハワイに行くって約束して……」
「滅亡しねえから安心しろ」
「そっかー。なら良かったわー」
チカは中学の時から続く咲和田の彼女で、そんな一途な付き合いをしている二人から見れば、真直が歯がゆくてしょうがなかったらしい。チカには会うたびに苦言を呈せられたものだ。
「つか、おまえらホント長いよな。もう付き合って3年?」
「4年。まあ、でも長いのはこれからだからなー。今の平均寿命って何年だっけ?」
サラッと一生を共にするのだと口にする咲和田に複雑な気持ちになる。
だってまだ学生で、社会にも出てなくて、お互いにお互いしか知らなくて、これから先周りが色々変わっても続けていけるなんて、ある意味奇跡だろ。
でも。
でも……。
それが地央とだったらどれだけ幸せなことだろう。
真直は地央しか知らなくて、地央も真直しか知らない。誰も立ち入る隙のない、ずっと続く未来。
「なあ、マジで滅亡しねえ?」
「しつけーよ!!」
その時、二人の横に白い影が立った。
「真直くん、ちょっといいかな?」
顔を隠すようにニットキャップを目深に被った女が、俯き加減で真直に声をかけてきた。
「はあ。えと……誰だっけ?」
そう問えば少し悲しそうな笑顔を浮かべる女に、記憶が蘇る。
「あ」
真直が付き合った女の中でも抜きん出て美しかった少女。
清純なイメージそのままの彼女は貞節で、だから『ヤらしてくれないなら、別にもういい』とすぐに別れた。
サイテーな自分を思い返して、いたたまれない思いになる。
「お!滅亡回避だ!!行け!マナやん!!!」
女遊びをすれば文句を言うくせにこういうけしかけるようなことを言うのも咲和田。
「は。残念だったな。俺はもう変わったんだよ。滅亡だ、滅亡」
どんな美人が現れたって、絶対ブレない自信。
それがなけりゃ、地央さんになんか振り回されるもんか。
真直は喚く咲和田を残し元彼女を促して居酒屋を出た。




