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21話

 蛇の生殺し

 ものすごい言葉だ。

 それでも今の真直は完全にその状態。

 真直が手も口も出さなくなってからというもの、すっかりその状態に慣れ地央の警戒心が薄まったのか、今も風呂上がりにフラリと真直の部屋に現れ、ベッドに寝転がって英単語の記憶中だ。

 まるで居場所を決めた猫のようで、それはそれで嬉しくもあるけれど、気がつけば地央を目で追ってしまいとても勉強が手につかない。地央の視界が狭く、ジッと見てもそうそう気づかれないのが余計それに拍車をかけた。

 風呂で上気した頬と、英単語を口の中で声には出さずつぶやいている為に半開きになった口。

 髪を極端に短くしても風呂上がりの色気は薄れることなく、いっそ露出した顎のラインや首筋のせいで色が増している気がする。

 それが自分のベッドに寝っ転がっているという状況は、もはや誘っていると思われても仕方がないのではないかと、まるで陪審員に向かって最終弁論をしている弁護士のように心の中だけで訴える。

 肘をついていたのに疲れたのか、仰向けになった地央がふと尻を浮かしてポケットから何かを取り出した。

「これやるわ」

 言われて、さも今初めてそっちを見ましたみたいなアピールをして椅子から立ち上がり、ベッド下に腰を下ろした。

「なんすか」

 差し出されたのは小さめのぬいぐるみがついたストラップ。

 まず、その意表をつかれる配色に目を奪われた。

「去年お前がジュニアとったときの土産。買っとくって約束してたろ」

 横向きになって、肘をついて頭を支える地央が顎でそれを示す。

「はあ?え?今?」

 だってあれは去年の夏休みの話だ。

「うん。俺あのあと逐電したから渡せてなくて。夏用のカバン出してたら出てきたから」

 逐電。まさにそうだ。

 あの幸福感の後の喪失感たるや、もう二度と味わいたくない。

 それでも、もう少しで一年になるのだと感慨深く手の平に乗せたストラップを眺める。

 それにしても……。

「ブサカワとかってもんじゃないすね。何だろ。不細工?」

 突き抜けていない不細工さがリアルで、切なくなるようなデザイン。

 よくこれを商品化するにあたって上司も了解を出したなと思うような。

 うーん。企画会議を覗いて見たい。

「だろ。インパクト狙ってみた」

「まあ、ディープっすね…嫌がらせ?」

 なかなかこんなもの見つけられるもんじゃない。

「何言ってんだ。お前の為に悩みに悩んだ俺の心と時間が詰まってるんだぞ」

「楽しかったんすね……」

「当然携帯につけてくれるよな?」

 意地悪に笑う知央は本当に楽しそうだ。

 真直はクスッと小さく笑うと、何の飾りもないシンプルな自分のスマホにそれをつけ始めた。

「え、お前、何やってんの?」

 何故か慌てる知央。真直のリアクションが予想外だったらしい。

「何って、つけてんすけど」

「いや、冗談だって。つけなくていいから」

 手を伸ばしてくるのをヤンワリと払い、背を向けてさっさとと吊ってしまう。

 どんなに不細工でも、気持ち悪くても、地央に初めて買ってもらった形のあるもので、それが一年近くたって巡ってきたことに運命のようなものを感じるから。

「もう俺がもらったんだから俺の好きにするもんね」

 言いながら振り返れば、やたらと近い距離に知央の顔があって慌ててそっぽを向いた。

 警戒区域。

 ヤバい。

 困ったような顔が、近い距離のせいか単なる真直の欲求不満のせいか、愛撫に切なく応えているように見えた。

 落ち着け俺。

 誘わているわけじゃないぞ。

 ここで調子にのって手を出しちゃ駄目だっ!!

 思わず唾を飲み込む真直の気持ちを知ってか知らずか、知央は元の場所に戻る音が聞こえる。

「また今度、もっといいやつ買ってやる」

 ぼそりとそんなことを言うから、キュンとなった。

 乙女か。

 髪を切ってすっかり見た目中学生のクセになんてオトコラシイ。

「えー、じゃあマナコ、ヴィトンのバッグがほしいいぃ」

「アホ」

 茶化す真直に笑う知央。

 でも。

 真直、指輪が欲しいぃ。ペアリング。繋がってる証ー。

 本当はそう言いたかったけれど、フザケてでも、そんなこと言えなくなった。

 ……それくらい、本気で好きなんだ。


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