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18話

 地央が知っている腕よりも少し細い、低い体温に再び抱き取られる。

「……俺のもんになってくれへん?」

 突然の言葉。

 脳に直接聞こえるような距離で甘く囁かれ、体がゾクリと震えた。

 さらりと上品に鼻をくすぐる大人っぽいオードトワレの香りは、出会った時と変わらない一来の香り。

 この香りで自分を思い出させるのだと言っていたっけ。

 ……そう、夜を過ごした相手に。

 不意に半年前の記憶が蘇り、体が強ばった。

 一来はそんな地央の髪を優しく梳きながらその髪に唇を寄せる。

「地央の為やったら何でもする」

 地央の表面に声が滑った。

 それはきっと、手に入らない無償の愛をずっとのぞんでいた地央が欲しい言葉。

 そして一来ならきっと望むまま与えてくれるのだろう。

 でも。

 でも…違う。

 これじゃない。

 いきなりの出来事に脳が固まっても、どこか奥底でそう感じる。

 違う。

 違うから、言葉は吸い込まれずに滑り落ちる。

 俺に触れていいのは―――。

「……お、れは、あんたの趣味じゃないって……」

 声に出たのは間抜けな返事。

 でも、確かにそう聞いていたから、一来がゲイと知っても、派手なスキンシップをされても、その距離感でいられたのに。

「どっかのクソガキにベタボレの子供なんか相手できるかって……俺もそう思てた」

 体を押しのけようと腕を突っ張っる地央の手を取ると、一回り小さな地央の体を一層自らの胸に押し付けけた。

 ドクドクと、一来の強い鼓動が地央の頬を打つ。

「けど、地央を感じるだけで、俺の心臓こんなんや」

 髪に、皮膚に伝わる声の振動と熱い吐息。

「会いたくてたまらんくなって、ひょっとしたらあいつと上手くいってへんかもなんて期待してたのに、前より綺麗に、色っぽくなっててめちゃ腹たったわ」

「そんなんじゃ……」

 寝耳に水の言葉と包容に、まるで呪縛にかかったように体が動かない。

 こんなときいつも、いつも、古いパソコンみたいにフリーズして……。

「なあ。俺じゃ、ダメか?」

 切なく低い声が、甘く耳に流れ込む。

「……放して」

 似ているから、間違えた。

 この姿形も、この声も。

 あの時から答えは出ていたのに……。

 自分を認めて、欲しがってくれるのなら、誰でもいいわけじゃない。

 俺がのぞんでいるのは……。

「一来さん、結婚してるじゃないか」

 口から出るのは、本質と違う言葉。

「じゃあ別れたら俺のもんになってくれんの?」

 クスリと寂しげに笑われ、腕の中から解放された。

 それでも両の腕は離されず、地央の視線を探すように一来が少し距離をとって瞳を覗きこむ。

「ちゃうやんな?」

 心の中を見透かされたような気がして、絡みそうになった視線を慌ててそらした。

「あーあ、振られてもた。大陸またいでワザワザ振られにきたようなモンやんか。あー、しかももう飛行機の時間やし」

 本当に、限られた時間を地央の為に使ったのだ。

 地央はなんと応えていいのかわからず、ほんの少しだけ一来に視線を戻す。

「紅茶、うまかった。嬉しかった。ありがとう」

 そう言えば一来がクシャリと笑う。

「紅茶の礼、もらえるか?」

「あんな高価なもののお返しなんてできそうもなっ……ん…」

 首をグイッと寄せられ、唇に暖かく柔らかいものが押し付けられたかと思えば、ヌメリと舌を押し込まれた。

「……ん……ふ…んんっ……」

 意思を持つ生き物のように地央の舌を攫い、吸い上げ、口内を掻き混ぜる。

 それは征服することに慣れたようなキスだった。

「……んっ……っなせっ!!」

 目を見開き全力で押しのけた地央へ、一来は湿った自分の唇を親指で擦りながらニヤリを笑みを向ける。

「もらいすぎたから、お釣りはまた今度渡すわ」

「……あんた……!!」

 先ほどの、切げなしおらしさはどこへ消えたのかと思うほどのふてぶてしい笑顔。

「高校生の恋愛なんてやることやりつくしたら後は冷めるだけやからな。ま、ゆっくり待たせてもらうとするわ。マジで時間ないからもう行くけど、俺の電話、着拒すんなよ。ほなな」

 地央向かって投げキッスを送ると、青年には何も告げることなくドアを開けて出て行ってしまった。

 ……くそ。

 ベロチューされた……。

 だってあの人今までそんな素振り一度だって……見せてない、だろう?

 あ、ありえない。

 だって―――。

 後ろめたさは巨大な壁となり、本人も気づかないうちに地央を囚えていった。

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