15話
啓太郎と話を終えたあと佐藤に連絡をとったりしていたら、思いの他遅くなった。
もう、部屋にもどってるかな?
真直と顔を会わすのはやはり気まずく、夕飯の時間が被ったらどうしようと思ったときだった。当の本人に声をかけられ、自分の想像以上にドキリとした。
恐る恐る振り返れば、いつもと変わらぬように見える真直で少し安堵する。
「関谷達とマリオカートやってんすけど、一緒にどうすか?」
確かにドアの開いた娯楽室の中には、楽しそうな声が響いていた。
「この目じゃさすがにマリオカートはちょっとな」
地央が先ほどの真直の真剣さをまともに受けとってしまったというのに、真直は今至って通常運転でマリオカートに興じている。
これはやはり恋愛経験の差なのだろうか。
一人焦らされたようで、少しだけ腹がたった。
「いや、それでも友也には勝てるっすよ。あいつ超へぼいの」
真直の中では、さっきの出来事はどうなっているのだろうと思ったが、聞けばヤブヘビになりそうで聞けない。
気まずさに言葉が出ず固まってしまいそうになった時、ポケットの中で携帯が震えた。
「あ…ワリまた電話だ」
啓太郎か佐藤だと思っていたら、そのどちらでもなく見たことのない番号だったが、地央は再び訪れたグッドタイミングに乗っかるようにして通話ボタンを押すと真直に手を振って歩きだした。
「もしもしちーちゃん!?」
へんなガチャガチャした雑音の中で、自分のことをそんな風に、しかも関西のイントネーションで呼ぶのはあの人しかいない。
休学中、色々な意味で色々あって、曰く有りながら、なんだかんだで良くしてくれた人物。
どこぞの大きな会社の跡取り専務だと聞いている。
「……久しぶりすね。真面目に働いてたんだ」
「で……なか……やろ!?」
「え?なんて?よく聞こえな……」
「明日ちょっと付き合え!!」
「は?なんすか、急に」
「あー、あー、聞こえてる!?」
場所でも変えたのか、少し雑音がマシになった。
「聞こえてるけど、何なんすか、突然」
「いや、地央、紅茶飲みたいっていってたやろ?幻のやつ!」
確かに以前、二人でテレビを見ていたときに飲んでみたいもんだよねなどと話した記憶はある。
ダージリンのセカンドフラッシュで、その農園のものは先にセレブに買い占められるから、本当に市場にまわらないのだと聞けば、そう思うだろう。
「手に入ったから、明日、時間空けて。4時半頃、加志駅前のビル。来れるやろ?そこのバーにな、紅茶ソムリエみたいなバーテンおるねん」
「いきなりだな。んー、時間的に微妙。金曜学校7現だから4時まであるし」
「なら大丈夫やんか。4時に校門前に車つけとくからそれでおいで。場所運転手に説明しとくわ」
以前から強引なところはあったが、それにしても今回は極端だ。
「ほんといきなりだな。つか一来さん今どこ?なんか電話変じゃない?」
「あー、俺今中国やねん。明日ちょっとだけ時間とれたから、可愛い地央に紅茶届けようと思うてな。ほんまは俺が直接迎えに行きたいとこなんやけど……」
「え、ちょ、ちょっと待って。また中国に行ってんの?」
「はあ?またて何や。まだと言え」
「え?ずっと行ってんの?」
「せやなかったら、地央のとこ顔出してるわ。マジで軟禁生活やで?言葉もわからんし、仕事もややこしし、頭おかしなりそうやから、明日一旦返って充電すんの。チ・ヒ・ロ、で」
甘えたようなふざけた声を出す27の男に脱力してしまう。
「はあ、そうすか」
「え、何、その気のない返事。せや、気になってたんはそこや。あれから……ああああーーーーーーーー!!やめて、放してっ!!俺は今ささやかな癒しを………」
断末魔のような声の後訪れるしばしの静寂。
どうしていいかわからず受話器を握りしめる地央の耳に、冷静な低い声が飛び込んできた。
「見苦しい……いえ、聞き苦しいものをお聞かせして申し訳ありません。お久しぶりです。加納です」
「どうも。……あの人、大丈夫ですか?」
地央の声に、一来の秘書である加納はクスリと笑った。
「あまり大丈夫ともいいかねますね。奥様のご指示はなかなかにお厳しいから」
確か一来と一来の奥さんとは、お互い別の会社を経営していると言っていたように思ったが、合併なりなんなりをするのに大変なのだろうか。
「いきなりで本当に申し訳ありませんが、いつになく仕事してるので少しだけ専務の相手をお願いします」
こういうことを頼んでくるタイプの人間ではないので、やはりかなりのハードワークなのだろう。
幻の紅茶への誘惑もあり、とても断ることはできなかった。
そして何より、今は真直を距離を取りたい気がしたから……。




