14話
「地央さんっ」
娯楽室でマリオカートに付き合っていたら、やっと帰ってきた地央が開いたドアの前を横切るのが見えて慌てて駆け寄る。
後ろ姿に声をかければ薄い肩が揺れ、萎縮したその背中にキュッと胸が軋んだ。
啓太郎からの電話と真逆の反応に奥歯を噛みしめる。
さっきは色々昂ってあんなことを言ってしまったが、やはり急ぎすぎたのだと、その背中をみて生まれる確信。
「関谷達とマリオカートやってんすけど、一緒にどうすか?」
極力普段通りのトーンで言えば、地央も張りつけたような笑顔を見せた。
「この目じゃさすがにマリオカートはちょっとな」
「いや、それでも友也には勝てるっすよ。あいつ超へぼいの」
笑う地央に、このまま何事もなかったことにしてくんないかな?なんて淡い期待。
「あ…ワリまた電話だ」
地央は真直に片手を上げると、通話ボタンに手をかけながら歩きだしてしまった。
地央が、手の中からこぼれ落ちる砂みたいにすり抜けていく感覚。
「……久しぶりすね。真面目に働いてたんだ。え?なんて?よく聞こえな……は?なんすか、急に。」
砕けた敬語を話す地央をふと遠く感じた。
誰なんだろう。年上の相手なんだろうな。
仲、いいのかな……。
真直が知らない地央の知り合いなんかたくさんいるだろうけれど、その全てに嫉妬を覚える。
その気持ちをなんとか抑えようとした結果が地央のあの背中だ。
腹の底からため息がこぼれた。
「黒川ー、次やるーー?」
娯楽室の中から聞かれたが、とてもじゃないが、もうマリオカートって気分じゃない。
「いや、俺、いいわ。飯までに風呂行っとく」
こんなやさぐれた気持ちじゃ、ヨッシーの顔見てすら悪態をつきそうだ。
重いエナメルバッグを引きずるように娯楽室を出て階段を中頃まで登ったあたりで、ハンドボール部の乃木に声をかけられた。
「あれ、クロ、元気なくなくなくなーい?」
「……元気バリバリ。フルマラソンいける」
見下ろして平坦な声で応える真直に、乃木は大げさに目を見開いて見上げてきた。
「……なに、その死んだ魚みたいな目。マジで大丈夫?」
真直は階段の手すりに体を投げ出すと、情けない声で呻いた。
「うー。もうだめ。死ぬ。……なんだろ、破傷風?」
「は?意味わからん。鉄砲の弾でもあたったか?」
「開かずのドアを俺のために少し開いてくれたから、つい調子に乗って大きく開けようとしたら、鼻先でもの凄い勢いで閉められたような感じ。ガラガラピシャっ」
「え?はさまれたってこと?」
「ん。だから胸が痛いんだ」
「う、うん?」
乃木は困ったような笑顔を浮かべたが、すぐに理解することを放棄して「お大事に!!」と手を振り去っていった。
はああ……。
俺、何言ってんだろ。




